表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

父の家

 我が家は、しがない子爵だ。


 兄が後継者に決まっていた。

 裕福な家なら、次男の私にもスペアとして教育が施されただろうが、そんな余裕はない。

 最低限の教育を受け、平民になる心づもりをしていたのだ。


 突然、両親と兄を失った。

 馬車の事故だった。


 残された私は、後継者となる。

 成人が目前だったため、爵位を親族に渡さずに済んだ。

 だが、後継者教育をゼロから始めないといけない。


 卒業までは執事と弁護士が業務を回してくれることになった。


 私は学業と並行して、叔父に領地から出てきてもらい、後継者教育を受けた。

 叔父は父のスペアとして後継者教育を受けたが、領地で家令をやっていたのだ。

 言葉の端々に、せっかく学んだのにという悔しさが滲んでいた。

「私に教えることができたから、まったく無駄というわけでは……」と慰めるつもりで言ってしまった。失言だった。



 勉強、勉強の日々をようやく終え、卒業と同時に子爵になった。

 だが、そんな付け焼き刃で、仕事がすんなりできるはずもない。


 いちいち執事に確認する。

 彼も、従来の仕事に加えて私の教育をするのは負担だったようで、疲れている様子が見えた。




 領地に戻った叔父は家令に復帰したが、やりとりにぎこちなさを感じた。


 叔父上は次男なのに家令になれたではないか。私は自分で身を立てろと言われていたのだぞ。

 一度だけ、私を家令にしてくれないのかと父上に尋ねたことがあった。

 叔父上一家を路頭に迷わせる気かと言われた。

「それに、お前はそういうことが得意ではないだろう」とも。


「そういうこと」の意味がわからなかった。



 もしそれが、領地経営や爵位と家を守っていくことを指すのだとしたら……父上に否定された人生を歩んでいるのか、今。


 そう考えると、虚しさが胸をよぎる。




 夜会に出れば、既に爵位を持つ者として、女性たちの熱い視線を浴びるようになる。

 なんと気持ちがいいのだ。

 今までは平民になる予定の者として、見向きもされなかったのに。



 だが、平民になる予定だったので、私には貴族的な会話が身についていなかった。

 たびたび会話の途中で「そのような、明け透けないい方はちょっと……」と遮られたり、次の約束をしてもらえないことが続く。


 落ち込んでいたときに舞い込んだ縁談が、今の妻とのものだった。


 お互いに様々な不満を溜め込んでいたので、心置きなくしゃべる時間は楽しかった。

 下品だの、相手の立場をおもんぱかるだの、建前はもうたくさんだ。

 本音を語り合える女性に巡り会えた幸運に感謝して、私たちは結婚した。




 子どもは女の子が二人。

 世間は男の跡継ぎをと言うが、婿を取ればいいだろう。

 執事に、長女に後継者教育をするように頼んだ。



 ある日、執事が嬉しそうに、長女の飲み込みが早いと言ってきた。褒めてやってほしいと。


 私が必死に勉強している間は、そんな顔をしなかったではないか。

 長男である兄が贔屓されていたように、長女も贔屓するのか。

 突然、苛立ちと許せないという気持ちが湧き上がる。


 思えば、それから長女を目の敵にし始めたのだ。


 妻も、長女は執事に懐いていて、可愛くないと言いだした。


 大義名分を得た私たちは、長女に当たることでストレス解消をするようになっていく……。




 見かねた執事に苦言を呈された。


「お前なんかクビだ!」


 売り言葉に買い言葉のつもりだったが、執事は出て行った。

 なぜだ。ただの軽口ではないか。


 ――いや、私の言葉に、それだけの威力があるのだ。

 いちいち誰かにお伺いを立てる時代は、とっくに終わっていたのだ。

 それに、ようやく気がついた。



 執事見習いを執事に昇格させ、困ったことは長女にやらせた。

 前執事が仕込んだ長女は、ちゃんと仕事ができるではないか。

 あいつが出て行ったのは、この長女のせいなのだから、働いて穴を埋めるのは当然だと思う。



 こうして、私は自分の王国を手に入れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
叔父さんに跡目を譲ってたら、無難だったでしょうにね。 自分は養子にしてもらってどこぞの貴族家に婿入りか、或いは就職してれば、上手く行けば貴族残留、文官や騎士にでもなれれば騎士爵や男爵が狙えたかも。 そ…
>言葉の端々に、せっかく学んだのにという悔しさが滲んでいた これさ自分が兄より当主にふさわしかったという悔しさでなく何も身につけていないくせに甥が継ぐことになった運命にだよな。最初のお金がないから教育…
あっ、ちゃあ元々継ぐ予定で無い男が子爵家ついだ所から没落スタートしてたか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ