父の家
我が家は、しがない子爵だ。
兄が後継者に決まっていた。
裕福な家なら、次男の私にもスペアとして教育が施されただろうが、そんな余裕はない。
最低限の教育を受け、平民になる心づもりをしていたのだ。
突然、両親と兄を失った。
馬車の事故だった。
残された私は、後継者となる。
成人が目前だったため、爵位を親族に渡さずに済んだ。
だが、後継者教育をゼロから始めないといけない。
卒業までは執事と弁護士が業務を回してくれることになった。
私は学業と並行して、叔父に領地から出てきてもらい、後継者教育を受けた。
叔父は父のスペアとして後継者教育を受けたが、領地で家令をやっていたのだ。
言葉の端々に、せっかく学んだのにという悔しさが滲んでいた。
「私に教えることができたから、まったく無駄というわけでは……」と慰めるつもりで言ってしまった。失言だった。
勉強、勉強の日々をようやく終え、卒業と同時に子爵になった。
だが、そんな付け焼き刃で、仕事がすんなりできるはずもない。
いちいち執事に確認する。
彼も、従来の仕事に加えて私の教育をするのは負担だったようで、疲れている様子が見えた。
領地に戻った叔父は家令に復帰したが、やりとりにぎこちなさを感じた。
叔父上は次男なのに家令になれたではないか。私は自分で身を立てろと言われていたのだぞ。
一度だけ、私を家令にしてくれないのかと父上に尋ねたことがあった。
叔父上一家を路頭に迷わせる気かと言われた。
「それに、お前はそういうことが得意ではないだろう」とも。
「そういうこと」の意味がわからなかった。
もしそれが、領地経営や爵位と家を守っていくことを指すのだとしたら……父上に否定された人生を歩んでいるのか、今。
そう考えると、虚しさが胸をよぎる。
夜会に出れば、既に爵位を持つ者として、女性たちの熱い視線を浴びるようになる。
なんと気持ちがいいのだ。
今までは平民になる予定の者として、見向きもされなかったのに。
だが、平民になる予定だったので、私には貴族的な会話が身についていなかった。
たびたび会話の途中で「そのような、明け透けないい方はちょっと……」と遮られたり、次の約束をしてもらえないことが続く。
落ち込んでいたときに舞い込んだ縁談が、今の妻とのものだった。
お互いに様々な不満を溜め込んでいたので、心置きなくしゃべる時間は楽しかった。
下品だの、相手の立場をおもんぱかるだの、建前はもうたくさんだ。
本音を語り合える女性に巡り会えた幸運に感謝して、私たちは結婚した。
子どもは女の子が二人。
世間は男の跡継ぎをと言うが、婿を取ればいいだろう。
執事に、長女に後継者教育をするように頼んだ。
ある日、執事が嬉しそうに、長女の飲み込みが早いと言ってきた。褒めてやってほしいと。
私が必死に勉強している間は、そんな顔をしなかったではないか。
長男である兄が贔屓されていたように、長女も贔屓するのか。
突然、苛立ちと許せないという気持ちが湧き上がる。
思えば、それから長女を目の敵にし始めたのだ。
妻も、長女は執事に懐いていて、可愛くないと言いだした。
大義名分を得た私たちは、長女に当たることでストレス解消をするようになっていく……。
見かねた執事に苦言を呈された。
「お前なんかクビだ!」
売り言葉に買い言葉のつもりだったが、執事は出て行った。
なぜだ。ただの軽口ではないか。
――いや、私の言葉に、それだけの威力があるのだ。
いちいち誰かにお伺いを立てる時代は、とっくに終わっていたのだ。
それに、ようやく気がついた。
執事見習いを執事に昇格させ、困ったことは長女にやらせた。
前執事が仕込んだ長女は、ちゃんと仕事ができるではないか。
あいつが出て行ったのは、この長女のせいなのだから、働いて穴を埋めるのは当然だと思う。
こうして、私は自分の王国を手に入れた。




