妹の家
痛い、痛い……熱い? ズキズキ疼いて痛い。
信じられないわ。熱々のポットをわたくしに投げつけるなんて。
それでも母親なの?
わたくしだって、お姉様に投げつけるときは、ティーカップの中身だけにしたのよ。
そういう配慮って、大切だと思うの。
それから、ブローチ一つであんなに半狂乱になるなんて。恐ろしい。
結局、冤罪じゃないの。言いがかりだわ。ひどいわ。
わたくしは可愛いから、すぐに妬まれて、いじわるされてしまうの。
お母様まで、わたくしに嫉妬するようになったの?
童話の意地悪な魔女みたいに、若くてキレイな子に嫉妬するなんて。醜いわね。
お姉様はどこに消えたのかしら。
仕事を放り出して、どうして出て行ったのか……。
本当に人の迷惑を考えない、自分勝手な人よね。
いつもわたくしのお願いを聞いてくれたのに、なんで結婚式に出てくれなかったのかしら。
そのせいで、略奪だとか、陰口を叩かれてしまったわ。
彼がわたくしを選んだんだから、しょうがないじゃない。
わたくしに魅力があるのは、わたくしのせいじゃないわ。
彼の心を掴めなかった、お姉様の自業自得。
お姉様の結婚準備が進んでいたけれど、残念だったわね。
ちょうどいいから、花嫁を交換したのよね。
ウェディングドレスもイチから作るのは間に合わないからって、仕方なく、作りかけのお姉様のものを修正したんだわ。
布のグレードが低くて嫌になってしまう。
ケチでセンスが悪いお姉様。
それでも、思い出の品なのよ。
お父様ったら、わたくしに相談もせずに売ってしまうなんて、ひどい。
お姉様だって、悲しむはずよ。
せっかく選んだ布を、お姉様よりも美しいわたくしが着て、より輝いた思い出。
姉妹の合作と言ってもいいドレス。
まだ、お姉様は見ていないじゃない。見せてあげなければ。
きっと、感動してむせび泣くと思うわ。
そうしたら、「お姉様、ありがとう」と微笑んであげるの。
飾り付けだって、おもてなしのお料理だって、楽団だって、来てくださる方々を楽しませなきゃ。
お姉様のプランを、かなり練り直したわ。
はあ、大変だった。
それなのに、彼の実家の方々は欠席したのよ。
侯爵家は、子爵家主催の結婚式なんて参加できないとでも言うのかしら。
失礼な人たちね。
婿にしてあげるんだから、もっと感謝して、頭を下げるべきじゃない?
お姉様とは交流があったのに、わたくしとは付き合う気がないなんて。
どういうつもりなのかしら。
あんな、地味でつまらないお姉様が好きなの? 変わっているわね。
……侯爵家でお茶会とかあったら、行ってあげてもいいけど。
でも、お姉様は高位貴族のマナーは違うって言われて、勉強し直したのよね。そんなことはやりたくないなぁ。
そうよ。お姉様に付いてきてもらえばいい……あら、お姉様はお茶会にほとんど出たことがないんじゃない?
役に立たないかもしれないわね。
……それならなぜ、お姉様はマナーを改めて身につけなきゃいけなかったの?
勉強だけして、実践の場がないなんて、可哀想。
大人しく言うことを聞いているから、バカをみるんだわ。
そういえば、学園で仲良くしてくださったお友達たち。
わたくしは結婚するために退学したけれど、卒業に向けて頑張っているころよね。
近いうちに応援に行ってあげようかしら。
冴えない婚約者たちとの結婚話が進んで、落ち込んでいるかもしれないわね。
慰めてあげなくちゃ。
本当は君と結婚したいんだって言われたら、どうしましょう。
わたくしはもう人妻だから諦めてね、って言うの。
ああ、わたくしのなんと罪深いことか。
ところで、お父様にも困ってしまうわね。
わたくしに当主の仕事をさせようなんて。責任転嫁もはなはだしいわ。
わたくしがやったところで、どうせ誰かがやり直すのよ。知っているのよ。
やるだけ無駄、というのだわ。
お姉様の「貸してご覧なさい。やってあげるわ」って、あれ、大嫌い。
偉そうに。
年上だから、わたくしより早くできるようになっただけじゃない。
そんなだから、親に嫌われて、婚約者に捨てられるのよ。
わたくしは優しいから、見捨てないであげたけどね。
それなのに、ふてくされて、どこをうろついているのかしら。不良よね。
結婚が駄目になったから自棄になるなんて、悲劇のヒロインを気取らないでほしいわ。
そういえば、彼が出て行ってから、しばらく経つわね。
もしかしたら、侯爵家のお医者様を連れて来てくれるのかしら。
先ほどの町医者より腕がいいに決まっているわ。
もっと効く痛み止めがほしいわ。早く治る塗り薬も。
彼ったら、わたくしのことを愛しているんですものね。
わたくしを見捨てて井戸に行った侍女は、どうしてくれようかしら。
取りあえず、土下座させるわ。
東の国の、最上級の謝罪のポーズよ。
痛い、痛い。今日は眠れるかしら。
うっかりシーツで擦ってしまうと、激痛が走るのよ。
お風呂に入れないことも辛いわ。




