婿の家
嫁が化け物のようになったので、僕は実家に逃げ帰った。
それなのに、家令が「マリーリエ様と婚約破棄をした時点で、縁を切ると言われておりましたでしょう」と家に入れてくれなかった。
なんでだ。実の息子なのに、縁を切るとか。
妹と結婚したんだから、家同士の関係は継続されて……あれ? 何か事業提携とかしていたっけ?
マリーリエは自分が頭いいからって、こちらに要求することもすごい。
普通、無理だって。
自分に何かあったり、妊娠出産のときは僕が代理をするんだからって……無理無理。
僕が出て行くより、執事に頼んだ方がいいだろう?
僕は自分の分をわきまえているからね。
できる人がやればいいんだよ。
マリーリエは消えたくなるほど、僕のことが好きだったのかな。
全然、そうは見えなかった。
むしろ、嫌われているのかと。
だったら、可哀想なことをしたな。
妹と仲良くしているのを見て、どれほど心を痛めたんだろう。
夜ごと、涙を流したりしたのかな。
まあ、求められたら、同じ屋根の下だし……愛してあげないこともなかったのに。
う~ん、でも、髪を振り乱して仕事をしているから、可愛いとは思えなかったんだよ。
好かれる努力をしないマリーリエが悪いよね。
そんなことより、僕はあの家に帰らないといけないのか。
包帯グルグルのミイラみたいな妻の元に。
結婚してから、言葉遣いも乱暴になったし、怖いんだよなぁ。
仕事を僕に押しつけようとするし。
あれが本性だとしたら、僕は騙されたんだ。
とぼとぼと帰って行く息子を、執務室の窓から見下ろしていた。
馬鹿な息子だが、安泰な将来を用意してやろうと婿入り先を見つけた。
あまり知的な会話ができないので、同格の侯爵家とは縁を結べなかった。
伯爵家でも、情報通な家からは断られてしまう。
素直でお家乗っ取りの危険性はないと話しても、素直すぎて騙されそうだと敬遠された。
もっともだ。
次男なので、長男に何かあった場合のスペアとして家に残す選択肢もあったが、私は三男をスペアにしようとしているのだから。
子爵夫人が「侯爵家との縁ならなんでもいい」という、上昇志向の高い女性だった。
そして、長女はうつむき加減で覇気はなかったが、領地経営の成績は良いという。次男のことも受け入れてくれるだろうと期待できた。
なにやら次女をいじめているという噂があったが、朗らかで明るい様子の次女を見るに、大したいじめではないだろうと考えた。
次男は、少しくらい厳しくされた方がいい。
私たちが何を言っても「どうせ見捨てることはないでしょう?」と、どこか人生を舐めているところがあったから。
三男が、学園での次女の様子を見て、「裏表の激しい、変な女の子だ」と報告してきた。
大げさに「姉にいじめられた」と言うが、人気のある女の子にも「いじめられた」と言いがかりをつけているという。
だから女子には嫌われ、一部の男子が「可愛いから妬まれるんだね、可哀想」と、ちやほやする。
「あんなのと親戚になるのは嫌だ」と三男がきっぱり言った。
次女には、どこか遠くの裕福な平民を紹介しようと考えていた。
それなのに。
勝手に長女との婚約を破棄して、問題児の次女と結婚するだと?
しかも、後継者を次女にする?
馬鹿と馬鹿を組み合わせたら、没落以外の道があるか? いや、ない。
断言する。絶対に、おかしなことをやらかす。
もしくは、騙される。
あの両親もそろって愚かだ。自ら崩壊への道を選ぶのか。
息子を怒鳴りつけ、縁を切ると宣言した。
ここまで育てた我が子との決別に、私は声が震えたし、妻は泣いていた。
しかし、貴族としては当然の決断だ。情に流されて、家を傾けるわけにはいかない。
(それなのに、言葉の綾だと本気にしていなかったのか――夫婦げんかをしたからと、気軽に帰ってきた息子に、心底呆れた)
本来は、一方的な婚約破棄の慰謝料の話し合いが必要だ。だが、あちらのご家族は妹との結婚式の話で盛り上がり、要求してくる様子がない。
請求権を持つ側が何も言ってこないのだから、いいだろう。
長女にだけこっそり迷惑料を手渡し、あとは「なあなあ」で済ませた。
結婚式には、我が家からは誰も出席しなかった。
縁を切ったのだから。
そして、対外的にも、我が家は「あの家と親戚づきあいをするつもりはない」と公言したに等しい。
それすら、疑問に思わないのは……どうしてだ?
同じ教育をしたのに、あの子だけ話が通じない。
どうすればよかったのか、誰か教えてほしい。
2025.10.21 長女の描写を修正しました。




