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9. 騒がしい旅立ち


 村の門を出て、踏み慣れた土の道を進む。

 鍛冶師としての試練を終えた俺と、冒険者としての再出発を決めたマイラ。

 胸の奥に湧くのは、希望と不安の入り混じったざわめきだった。


「いよいよだね。王都に着いたら、まずはギルドに登録して……依頼もきっといっぱい来るよ!」


 マイラは弾む声で未来を語る。横を歩く俺は頷きながらも、まだ現実感が薄かった。

 これからの将来を思い描いていると、後ろから聞き慣れた気配が近づいてきた。


「――お待たせ。置いていかれるかと思ったわ」


 気楽そうな口調と共に、ヴァルが当然のように歩み寄ってくる。

 背に荷を背負い、腰に酒瓶をぶら下げた姿は、どう見ても旅支度そのものだった。


「し、師匠!? なんでついて来るんですか!」


 思わず声を上げる俺に、ヴァルは肩をすくめてにやりと笑う。


「王都に用事があるのよ。……ま、あんたたちがちゃんとやっていけるか心配ってのもあるけど?」


 さらりと言うが、その目は妙に光っていた。

 どうにも“ただの用事”で済むようには思えない。

 それに、師匠が村を離れて俺たちに同行するなんて――絶対裏がある。


「……本当に用事だけなんですか?」

「女の秘密を根掘り葉掘りするもんじゃないわよ、ルクス」


 含み笑いを残して先に進むヴァルの背を、俺とマイラは顔を見合わせながら追った。

 ――どうやら、王都への旅路は思った以上に騒がしいものになりそうだ。



 村の門を抜けて街道に出ると、春の風が吹き渡り、麦畑の若い緑がさざ波のように揺れている。

 旅立ちの実感が胸に広がる中、背後から場違いなほど大きな欠伸が響いた。


「ふあぁ……やっぱり旅っていいわね。空気がうまいし、外で飲む酒は格別」

 腰の瓶を片手で揺らし、ヴァルは早速くいっと煽った。


「師匠……まだ出発したばっかりですよ!? もう酒ですか!」

「だって喉が渇いたんだもの。……ほら、ルクスも一口飲む?」

「遠慮します!!」


 俺の即答に、マイラが口元を押さえて吹き出す。


「ははっ!ほんと変わらないなあ、ヴァルさん」

「でしょ? いい師匠でしょ?」

「いやいやいや!弟子に酒勧める師匠がどこにいますか!」


 抗議する俺を横目に、ヴァルはまるで気にした様子もなく肩をすくめ、のんびりと歩き続ける。


「まぁまぁ。心配しなくても、あんたの師匠は世界一強い女なんだから」

「そういうとこが問題なんです!」

「へぇ、じゃあルクス。あんたは弟子として“世界二番目”の男ってことになるのかしら?」

「ややこしい言い方しないでください!!」


 俺の声が街道に響いた、その勢いのまま。

 マイラはくいっと顔を上げ、にやりと笑って俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


「ねぇルクス。どうせなら師匠じゃなくて、私の隣を歩きなよ」

「ちょっ、マイラ!? 歩きにくいから離せって!」

「やだ、減るもんじゃないんだし」


 春風に揺れる麦畑を横目に、俺は引き剝がそうともがく。

 だがマイラは頑として離れず、むしろ得意げに腕を組む力を強めた。

 そんな様子を横目に、ヴァルはにやにやと酒瓶を揺らして見せる。


「ふぅん……やるじゃない、小娘」

「ふふん、負けませんから!」


 挑むように言い返すマイラ。

 俺は二人の間で、ため息をつきながらも結局そのまま腕を組まれたまま歩く羽目になる。



 日が傾き始めるころ、俺たちは街道沿いの林に腰を落ち着けた。

 旅の最初の夜を迎えるにあたって、野宿の支度を整える。


 ぱちぱちと乾いた薪のはぜる音が響き、焚き火の明かりが三人の影を揺らす。

 鍋の中では肉と野菜が煮え、湯気とともに香ばしい匂いが漂い始めていた。

 慣れた手つきで塩を振り入れ、木の柄杓でゆっくりとかき混ぜる。――即席のスープの完成だ。


「ほら師匠、できましたよ」

「ありがと。弟子はこうでなくっちゃ」


 ヴァルは当然のように腕を組んだまま腰を下ろし、椀を受け取ると湯気をふぅっと吹き払った。


「……あのですね、師匠」

「ん?」

「できるなら少しくらい手伝ってくださいよ。火起こしとか、薪割りとか」

「私? 嫌よ、爪が割れるじゃない」

「今まで剣で散々ぶっ叩いてきたくせに!」

「ふふん。弟子がいるんだから弟子にやらせるのが師匠ってもんよ」


 俺は匙を握ったまま頭を抱えた。

 すると隣で、マイラがぐっと身を乗り出す。


「ルクス! 私、明日は薪割りするね! 火の番もするし! 師匠なんかに任せないで!」

「ほう? やる気ねぇ、娘」

「やる気じゃなくて! ルクスに頼られるのは私なんだから!」


「おいおい……火を囲んで口げんかするのやめろよ」


 俺の声などお構いなしに、二人の火花はますます勢いを増す。

 マイラが椀を差し出す。


「ルクス、スープどう? 私が切った野菜も入ってるよ!」

「えっ!? これ俺が全部切ったんだけど……」


 俺は匙を止めて目を瞬かせた。


「いいの! そういうことにして!」


 俺は額に手を当て、ちらりとヴァルの方を見やる。

 案の定、師匠は口元をにやつかせていた。


「ルクス、明日は私が朝食作ってあげるわ」

「やめてください、師匠。前に作った時、黒焦げのパンが出てきたでしょう!?」


 俺は思わず身を乗り出して手を振った。

 それにヴァルは平然と肩をすくめる。


「味はどうあれ、愛情はこもってるでしょ?」

「愛情とか言わないでください!!」


 すかさずマイラが身を乗り出し、俺の横顔を覗き込んでくる。


「ほらルクス、私の分、味見して! 師匠より私の方が美味しいでしょ!」

「ちょっと、それ私の椀なんだけど」

「いいの! ルクスに食べてもらうの!」


「どっちでもいいから落ち着けって!!」


 俺は両手を上げて二人の間を見回した。

 視線を交わす二人の火花を前に、俺は深々とため息をつく。


 肉と野菜の煮える匂いに混じって、嫉妬と張り合いの熱気まで漂ってくるようだ。

 頭上には澄んだ星空が広がり、静かな夜のはずなのに――俺の胃は、もうとっくに限界だ。



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