7. バクメツ剣爆誕
炉の炎が赤々と燃え盛る。
俺は黒曜獣の外殻を金床に置き、槌を握りしめた。
「――はぁッ!」
火花が飛び散るたび、鍛冶場に甲高い音が響き渡る。
石とも金属ともつかぬ黒い外殻は、最初の一打ではほとんど変形すらしなかった。
だが、諦める気はない。熱を加え、打ち、冷やし、また熱を入れる。
一打ごとに芯が鳴るような感触が返ってくる。
「なかなか様になってるじゃない」
炉の向こうで、師匠が酒瓶を抱えながら呟いた。
その横でマイラは、俺の背中を食い入るように見つめている。
「すごい……ルクス、本当に鍛冶師なんだ……」
「何を今さら。あれでも私の弟子なんだから」
師匠はさらりと言い放ち、酒をくいっとあおる。
「むっ……でも! さっきの戦いだって、私が決め手になったんだから!」
マイラが負けじと声を張る。
「決め手になったのは剣よ。その剣を打ったのは誰?」
「うぐっ……! で、でも私が突いたから倒せたの!」
「突けたのは――ルクスが隙を作ったから」
「むぐっ、なんか私だけ蚊帳の外みたいに言わないでよ!」
頬を膨らませるマイラに、師匠はにやりと笑う。
「事実を言ったまでよ。悔しかったら……その剣を使いこなせるようになりなさい」
マイラは真っ赤になって剣の柄を握りしめた。
「ぜ、絶対に使いこなしてみせるもん……!」
俺の耳には二人のやりとりが届いていたが、振り返ることはしない。
ただ槌を振り下ろし、火花を散らす。
――師匠と幼馴染。二人の視線が俺の背中に突き刺さっている。
それが妙に熱くて、槌を振る腕に、いつも以上の力がこもった。
炉の火がごうごうと唸りを上げる。
俺は黒曜獣の外殻を赤熱させ、火箸で取り出すと金床の上に置いた。
槌を振り下ろすたび、火花が散り、金属のような硬質の響きが鍛冶場を満たす。
黒い外殻はなかなか形を変えず、普通の鋼よりずっと扱いが難しい。
急激に冷やしすぎれば砕けるし、熱を加えすぎれば脆くなる――その加減を見極めるのは鍛冶師の腕の見せ所だ。
「ふぅん……ちゃんと芯を捉えてるわね」
「すごい……まるで生き物みたいに動かしてる」
「当然よ。鍛冶は“素材と会話する”仕事だからね」
師匠は当然のように言い放つ。
「そ、そうなの!? 会話って……えっと、しゃべったりするの?」
「するわけないでしょ」
「な、なんだぁ!」
マイラが肩を落とすと、師匠はくすりと笑った。
「……で? あんた、自己紹介は?」
「えっ、自己紹介?」
「私はヴァレリア。まあ、ヴァルでいいわ。昔ちょっと冒険者をしていてね、今はこうして鍛冶師をやってる」
さらりと言う師匠に、マイラは目を丸くする。
「やっぱりただの師匠じゃなかったんだ……! どおりで強いわけだ」
「まあ、強いって自覚はあるけどね」
師匠がにやりと笑うと、マイラはむっとして胸を張った。
「わ、私はマイラ! ルクスの幼馴染で、冒険者やってます! ……で、でも仲間にいろいろあって、今はルクスと一緒に!」
「ふぅん。なるほど、厄介事を持ち込むタイプね」
「な、なんでそうなるの!?」
「実際にそうじゃない」
言い合う二人の声を背に、俺は刀身の仕上げに移った。
熱した外殻を冷水に浸け、ジュウゥッと蒸気が上がる。
立ち込める白煙の中から、黒光りする刀身が姿を現した。
俺は布で拭い上げ、砥石にかける。
黒曜獣の外殻は硬すぎるため、研ぎの段階こそ最も神経を使う。
「……息を詰めすぎて、こっちが苦しくなるわね」
「それでいいのよ。鍛冶を見てる時に呼吸を忘れるくらいじゃないと、本物は打てない」
師匠はあくびをしながらも、どこか誇らしげだった。
俺は砥石から刃を上げ、炉の明かりに透かして見た。
黒光りする刀身は、まるで夜の闇を凝縮したようで、その中に青白い輝きが宿っている。
「――よし。仕上げは終わりだ」
炉の熱が収まり、静寂が戻った鍛冶場。
俺は仕上げの研ぎを終え、布で黒曜の剣を拭き上げた。
細身の刀身は炉の残り火を映し、青白く揺らめいている。
「……できた」
俺が刀身を掲げた瞬間、マイラが顔を輝かせた。
「うわぁ……! すっごく綺麗! これ絶対強い!」
「見た目だけじゃ判断できない」俺は小さく首を振る。
「剣は振ってみて初めて――」
「――貸しなさい」
いつの間にか立ち上がった師匠が、するりと俺の手から剣を奪った。
酒瓶を床に置き、代わりに剣を握ったその仕草は……妙に優雅だ。
「お、おい師匠、落としたらどうす――」
――シュッ。
一閃。
空気が裂ける鋭い音が鍛冶場に響く。
炉の炎が一瞬揺らぎ、布の端がはらりと舞った。
「……ほぅ」
さらに逆手に振り下ろし、今度は壁際の木札を真っ二つに。
「わっ!? それ師匠が付けた鍛錬メニューでしょ!」
「もう使ってないからいいのよ」
「いや、俺まだやってましたけど!?」
師匠は剣を返す前に、キラリと光る刀身を覗き込み、ニヤリと笑った。
「……いい剣ね。せっかくだから名前をつけてあげる」
「いや、名前なんて別に――」
俺が止めるより早く、師匠は腰に手を当て、仁王立ちになった。
「漆黒の闇を切り裂く閃光! 雷鳴とともに舞い降りし破滅の刃! 名付けて――」
両手を広げ、炉の火を背に叫んだ。
「超究極爆裂雷煌滅斬神剣ッ!!!」
「なっっっが!!!!!」
俺とマイラの声がハモる。
「え、カッコよくない?」
「どこがですか!? それ名乗ってる間に敵にやられますよ!!」
「じゃあ略してバクメツ剣ね」
「余計にダサい!!!」
マイラは腹を抱えて笑いながら剣を掲げた。
「私、それ好き! 今日からバクメツ剣!!」
「やめろーー!!」
師匠は肩を揺らして酒を煽り、にやにや。
「ふふ……剣に名をつけるのはロマンなのよ。まあ、弟子のセンスが凡庸だから、師匠が補ってあげただけ」
「凡庸でいいから普通の名前がいいです!!!」
マイラが「バクメツ剣!」と満面の笑みで剣を振り回すのを、俺は頭を抱えて見ていた。
「やめろって言ってるだろ! 村中にその名前が広まったらどうするんだ!」
「いいじゃん! かっこいいし! バクメツ剣!」
「……お前、わざとだろ……」
俺が胃を押さえて呻いていると、師匠がくすくす笑いながら剣を返してきた。
「まあまあ。名前なんてどうでもいいのよ」
そう言って、俺の胸元へと剣をぐいと押し当てる。
その顔はにやけているくせに、目だけは真剣だった。
「これは餞別だと思いなさい」
俺は思わず息を呑む。
「……餞別?」
「そう。あんたが仕上げた剣。折れるそのときまで帰ってくるんじゃないわよ」
酒瓶を片手に、いつもの調子でだらしなく笑いながらも、言葉の奥には鋼の響きがあった。
冗談めいた空気の中で、それだけは確かに師匠の本心だと伝わってくる。
「……わかりました」
俺は深く頭を下げ、両手で剣を受け取った。
横でマイラが「バクメツ剣、餞別かぁ~」なんて呑気に呟いていたけど……その声に重なるように、俺の胸にはずしりとした責任が刻み込まれていた。