6. 火床に立つ覚悟
村へ戻ると、すでに夕日が西の山に沈みかけていた。
鍛冶場の戸口を開けると、師匠はいつものように炉の横で酒瓶を抱えていた。
「ただいま戻りました」
俺が声をかけると、師匠は片目だけ開いてこちらを見た。
「……おかえり。で、どうだった?」
無造作にそう尋ねられ、俺は包んでいた黒曜獣の外殻を机に置いた。
「――討伐成功。依頼の素材を持ち帰りました」
ゴトン、と鈍い音を立てて黒曜石の板が机に転がる。
師匠の半目がわずかに見開かれた。
「……ふぅん。本当にやったのね」
マイラが勢いよく胸を張った。
「もちろん! ルクスが打った剣で、私が突いて、見事仕留めたんだから!」
師匠はちらりと俺を見やり、口元をゆがめた。
「……無茶したでしょう、どうせ」
図星を突かれ、俺は言葉を失った。
代わりにマイラが慌てて俺の腕を持ち上げる。
「そ、そうなの! ほら、ここも怪我してて! 血だって出て……!」
「だから大したことないって」
けれど師匠は俺の傷を一瞥すると、酒瓶を傾けながらぽつりと呟いた。
「……あんたなら、もっと上手く出来たでしょう。次からは無茶させない工夫を考えなさい」
その声音には酒に酔った気怠さではなく、重みが滲んでいた。
俺は無言で頭を下げた。
マイラは黙って俺の横顔を見つめ、そして小さく拳を握った。
「……次は、もっと私が頑張る。だからルクスにばっかり無茶はさせない」
その言葉に師匠が片眉を上げ、にやりと笑った。
「ふぅん。言うようになったじゃない」
師匠の声はどこか試すようだった。
マイラは背筋を伸ばし、唇をきゅっと結ぶ。
「本気です」
マイラは悔しそうに唇を噛み、でも視線は逸らさなかった。
師匠はそんな二人を眺めて、くつくつと笑う。
「なるほど。良い組み合わせね。けど、そんなんじゃあ二人とも潰れるよ?」
一瞬、場の空気が張り詰めた。
師匠の言葉は鋭く、けれどそこにはただの皮肉ではなく、経験に裏打ちされた重みがある。
俺は息を吐き、静かに頷いた。
「……だからこそ。次からは互いに無茶をさせないようにする」
マイラもすぐに顔を上げ、力強く続けた。
「うん。私、ちゃんと戦えるようになるから」
その決意を見て、師匠は酒瓶をぐるりと回し、ひと口飲んでから口元を歪めた。
「ま、見ものね。二人が本当に言葉通りにやれるのかどうか」
そう言って炉の横に腰を下ろすと、師匠はまるで興味なさそうに欠伸をした。
だが俺には分かる。あれはきっと――笑みを隠すための仕草だ。
俺はそっと、隣に立つマイラの横顔を見た。
彼女の瞳は燃えていた。
あの黒曜獣の前で震えていたときとは違う、確かな光を宿して。
師匠は炉の脇に無造作に置かれていた酒瓶をどけ、俺たちが背負ってきた荷に視線を落とした。
「……それが黒曜獣の素材ね」
「はい。関節部から剥ぎ取った外殻です。強度は申し分ないかと」
俺は布包みを開き、黒曜色の板を見せる。炉の明かりを受けたそれは、岩でも金属でもない独特の光沢を放っていた。
師匠はひとつ手に取って、爪でコンと弾いた。甲高い音が鍛冶場に響く。
「ふぅん……確かに。これなら剣に仕立てれば、一級品になるわね」
「じゃあ……依頼はこれで果たせますか?」とマイラが身を乗り出す。
師匠は彼女をちらりと見て、くすりと笑った。
「何を勘違いしてるの。討伐しただけじゃ終わりじゃないわよ?」
「えっ……」
視線が俺に戻される。
「ルクス。あんたが打ちなさい」
「……俺が?」
「当たり前でしょ。素材を持ち帰っただけじゃ依頼は果たしたことにならない。『黒曜獣の素材を用いて武器を一振り鍛えよ』――そう書いてあったでしょ?」
俺は無意識に依頼書の文面を思い出し、唇を噛んだ。
確かにそうだ。討伐は条件の一つに過ぎない。本題はここから――。
「黒曜獣の外殻はただ硬いだけじゃない。魔力を通しにくい性質を持つ。だから扱いを誤れば、ただの石ころに逆戻りするわ」
師匠の言葉は淡々としていたが、炉の熱より重たく響いた。
マイラが不安げに俺の顔を覗き込む。
「ルクス……できるの?」
俺は彼女の視線を受け止め、ゆっくりと息を吐いた。
「……やるしかない。これを果たさない限り、依頼は終わらない」
「そういうこと」
師匠はにやりと笑い、炉の火を強める。
「さあ、見せてもらおうか。弟子としてじゃない――一人前の鍛冶師としての腕前をね」