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5. 無謀すぎる勝利

 

「……あっ」


 俺の肩口に滲んだ血に気づいたのか、マイラが慌てて俺の体を押し離した。


「ル、ルクス! 怪我してるじゃない!!」

「大したことない」


 俺はそう言って笑ってみせたが、マイラは首をぶんぶん横に振る。


「大したことあるでしょ!? さっき岩の破片が直撃したじゃない! それに……血がまだ止まってない……」


 必死な声に、俺は返す言葉を失った。

 さっきまで剣を握って恐怖と戦っていた彼女が、今は俺のために眉を寄せている。

 その変化に、妙に胸が熱くなった。


「……ほら、手をどけて!」


 マイラは俺の腕を乱暴に掴み、布を裂いて応急処置を始めた。

 不器用な指先が震えながらも、必死に血を押さえようとしている。


「……そんなに心配しなくても死なない」

「うるさい! 死ぬとか死なないとかじゃないの! 痛いのは嫌でしょ!? 血が出るのだって……嫌でしょ……」


 最後の方は小さな声になって、布を結ぶ手に力がこもる。


「マイラ……」


 彼女の指先はぎゅっと震えていた。

 それが恐怖ではなく、俺を思っての震えだと気づいた瞬間――不思議と痛みが薄らいでいく気がした。

 俺は静かに息を吐き、少しだけ口元を緩めた。


「……ありがとな。助かったよ」


 マイラは一瞬だけ顔を上げ、照れたように頬を赤らめた。


「べ、別に……当然でしょ。仲間なんだから」


 そう言って視線を逸らす彼女の横顔が、どこかくすぐったく見えた。

 応急処置を終えると、ようやくマイラは大きく息を吐いた。


「……よし。とりあえず血は止まったみたい」

「だから言ったろ、大したことないって」

「大したことあるの! あんたはいつも強がりすぎ!」


 俺は苦笑しながら立ち上がり、黒曜獣の巨体を見上げた。


「さて……ここからが本番だな」

「え?」

「依頼は“黒曜獣の素材を使って武器を打て”だ。仕留めただけじゃ終わらない。剥ぎ取らないと」


 マイラは一瞬きょとんとした後、慌てて剣を握り直した。


「そ、そうだった! あ、でも……どこから剥ぎ取ればいいの?」

「関節の裏。外殻が薄い部分を狙う。あとは……ここと、ここだな」


 俺は黒曜獣の脚と脇腹を指で示し、刃を突き立てる位置を教えた。


「わ、わかった! やってみる!」


 マイラは深呼吸し、恐る恐る剣を差し込む。

 ガギンッ、と硬質な手応えに体が跳ねた。


「ひゃっ……! す、すごい硬い!」

「焦るな。体重をかけて、刃を滑らせるんだ」


 隣で手を添えながら指示すると、マイラの剣が外殻を割り、黒曜色の板がぎしりと剥がれ落ちた。


「……取れた!」


 彼女の顔が一気に明るくなる。

 その表情を見て、俺も胸の奥の緊張が少しほぐれた。


「よし、その調子だ。次は俺がやる」


 俺は反対側に回り、剣を差し込む。

 硬質な感触が腕に響くが、狙いを外さなければ剥ぎ取りは可能だ。

 数枚を取り出すと、マイラが感心したように俺の横顔を見ていた。


「さすがだね……ルクス、こういうの慣れてる」

「鍛冶師は素材が命だからな。扱えなきゃ話にならない」


 俺は剥ぎ取った外殻を布に包みながら言った。


「これだけあれば十分だろう。あとは村に持ち帰って、依頼を果たす」

「……うん!」


 マイラは力強く頷き、剣を収めた。


 谷に響いていた黒曜獣の咆哮はもうなく、残るのは静かな風の音だけだった。

 けれど俺たちの胸には、戦い抜いた証と次への一歩を刻む実感が確かに残っていた。




 黒曜獣の外殻を包んだ荷を背負い、俺とマイラは森を抜ける小道を歩いていた。


「ねぇルクス」


 マイラが口を尖らせて振り返る。


「……今さらだけど、あの黒曜獣って、普通はどれくらいの人が討伐するものだったの?」

「上位冒険者が最低五人。俺たちみたいなペアで挑むのは無謀だ」

「……」


 しばし沈黙した後、マイラは両手で頭を抱えた。


「わ、私たち……無謀すぎぃっ!?」


 その大声に鳥が驚いて飛び立っていく。

 俺は思わず額を押さえた。


「今さらかよ……せめて戦う前に気づいてほしかった」

「でも勝ったじゃない! ねっ!」


 マイラはにっこり笑って親指を立てる。

 その笑顔につられて、俺も小さく笑ってしまった。


「……まあな。勝ったのは事実だ」

「でしょ! だから私たち最強コンビ!」

「胃薬必須のコンビ、の間違いだ」


 俺がぼやくと、マイラは頬を膨らませた。


「もー! なんでそういう言い方するのよ!」

「現実を直視してるだけだ」

「現実より夢を見た方が楽しいって!」


 言い返すマイラの顔は、いつもの調子に戻っていた。

 恐怖で固まっていた姿を思い出すと、むしろこのくらい軽口を叩いてくれる方が安心する。


「……まあ、そうやってお前が元気なら、それでいい」


 俺がぼそりと呟くと、マイラはぱちりと目を瞬かせた。


「なにそれ、今のちょっと格好良いんだけど」

「……言った俺が恥ずかしいから忘れてくれ」

「やだ、忘れない」


 にやにや笑いながら俺の横に並び歩くマイラ。

 森の木々の隙間から、ようやく村の屋根が見え始めていた。


「さ、帰ろっ! 早くお師匠さんに報告しなきゃ!」

「報告っていうより、また小言を浴びそうな気がするが……」

「そのときは私が全部かぶるから大丈夫!」

「いや、お前がかぶったら余計に話がややこしくなるだろ……」


 俺の頭痛の予感をよそに、マイラは鼻歌交じりで歩いていく。

 こうして村への帰路は、騒がしく過ぎていった。


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