14. 騒がしい夜の祝杯
観客のざわめきが次第に収まり、訓練場には熱を帯びた静けさが広がっていた。
俺は剣を支えながら、荒い呼吸を整える。汗が砂に落ち、全身が震えている。
ガイアスは数歩下がったところで剣を下げ、しばし沈黙した。
やがて、その唇がわずかに動く。
「……見事だ。確かに、君はヴァレリアの弟子だ」
低く、だがはっきりとした声。
その言葉に観客席が再びどよめき、拍手や歓声が沸き起こる。
「ルクス……!」
マイラが目を潤ませて駆け寄ろうとする。俺は膝をつきかけながらも必死に立ち、剣を鞘に収めた。
そんな俺に、ヴァルが歩み寄って肩を叩く。
「ふふ、よくやったわ。……ご褒美に師匠へ一杯奢りなさい」
肩を叩かれた衝撃で、全身の疲労が一気に押し寄せてくる。
「ご褒美が奢りってどうなんですか……」
息も絶え絶えにぼやくと、ヴァルはにやりと笑った。
「弟子を使うのも師匠の特権でしょ?」
「そんな特権いらないですよ」
それでも、どこか誇らしげなその笑みに、胸が熱くなる。
マイラが駆け寄り、勢いよく俺の手を握った。
「すごかったよ、ルクス! 本当に勝っちゃうなんて!」
「正直、必死だっただけだよ。まだまだ師匠みたいには……」
そこで言葉を切り、恐る恐るヴァルを見た。
「師匠……俺、ちゃんとやれてましたか?」
「当たり前でしょ。最後まで踏ん張って勝ちをもぎ取った。それで十分よ」
ヴァルは短く息を吐き、ほんのわずか目を細める。
軽い調子だったが、その瞳には確かな労いが宿っていた。
観客の熱気がようやく落ち着いたころ、ガイアスは腰の袋を外してヴァルへ差し出した。
「約束通りだ。剣の納品の報酬だ」
「ま、当然よね」
ヴァルは当然のようにそれを受け取り、にやりと笑う。
そのやり取りを横目に、ガイアスが俺へと視線を移した。
「それにしても、君が使っていたその剣。見事な出来だった。切れ味も耐久も申し分ない。……あれも君の手によるものだな?」
「えっ……あ、はい。俺が打ったものですけど……」
鋭い眼差しに、思わず背筋が伸びる。
ガイアスは顎に手を添え、少し考え込むように視線を落とした。
「……出来も良い。鍛え方に無駄がなく、実戦でも十分通用する。――こちらで買い取っても良いかもしれないな」
「えっ……か、買い取るって……!」
予想外の言葉に俺は思わず声を裏返らせた。
「ちょっ……やめてください! 俺、まだ王都で鍛冶場も構えてないんですから!」
慌てて両手を振るが、時すでに遅し。噂はあっという間に広がっていく気配を見せる。
そこで横から、マイラが勢いよく口を挟んだ。
「そう! ルクスの“バクメツ剣”だからね!」
「……は?」
俺とガイアス、観客までもが一斉に固まる。
慌てて俺は手を振り回した。
「ちょ、ちょっと待て! それ俺がつけたんじゃない! “バクメツ剣”は師匠の命名だ!!」
俺が必死に否定していると、ヴァルが肘をつきながらにやりと笑った。
「いいじゃない。“バクメツ剣”でも“剛速落とし”でも、あんたの剣はちゃんと強いんだから。名前はおまけみたいなもんよ」
「おまけで済ませないでくださいよぉ……」
俺は頭を抱え、項垂れるしかなかった。
ギルドでの騒動と模擬戦の熱気がようやく落ち着いた夜、俺たちは王都の酒場に腰を落ち着けていた。
賑やかな音楽と酔客の笑い声が響く中、ヴァルがずしんとジョッキを卓に置く。
「さあ! 今日は祝杯よ!」
彼女は豪快に笑いながらジョッキを掲げた。
「弟子が幹部に勝って、剣まで評判になったんだから。これ以上に飲む理由がある?」
俺とマイラもジョッキを掲げ、三人の器が軽やかに打ち鳴らされる。
「かんぱーい!」
苦味の効いた酒が喉を通り抜け、胃の奥に熱が広がる。
「……ふぅ」
「ルクス、本当にすごかったよ」
マイラとヴァルは俺を褒めてくれるが、それが僅かに胸の内へと刺さる。
「俺、別に有名になりたいわけじゃないんです。ただ普通に剣を打って、食べていければそれでよかったのに。……なんでこう、大ごとになっちゃうんですかね」
マイラは慌てて俺を覗き込む。
「えっ、で、でも……いいことじゃない? 仕事だって増えるかもしれないし……」
「いいことばかりじゃないわよ」
ヴァルがにやりと笑い、ジョッキを傾けた。
「名が広まれば敵も増える。……でも、それが“力”になるのも確かね。弟子がどこまでやれるか、楽しみだわ」
「……師匠はまた人ごとみたいに言う」
俺はぼやきながら酒をあおり、頭をがしがしと掻いた。
(本当に……有名になりたいわけじゃない。ただ、借金を返して、鍛冶場を構えて……それだけでよかったのに)
俺が「有名になりたくない」と愚痴ると、ヴァルは酒を煽ってから、にやりと笑った。
「じゃあなんで、冒険者になりたいなんて言い出したのよ?」
挑発めいた声音に、俺は返す言葉を探す。
(……なんで俺は冒険者をやろうと思ったんだ?)
自然と視線が横に向き、隣に座るマイラとぶつかった。
彼女は真剣な目でこちらを見ていて――俺は思わず言葉をこぼしていた。
「……マイラがいたから、です」
「えっ……」
マイラの頬が一瞬で真っ赤になる。
「俺は鍛冶師のままでもよかった。でも、マイラが冒険者として前に進もうとしてるのを見て……その隣に立ちたいって思ったんです」
酒場のざわめきの中で、彼女は耳まで染め上げて、グラスを抱え込むようにうつむいた。
「な、なによそれ……そ、そんな真面目な顔で……」
小さく震える声。
すると、急に彼女が顔を上げて叫んだ。
「そ、そういうことなら……わ、私だって……!」
「……だって?」
俺とヴァルが同時に首をかしげる。
「わ、私だって……えっと……えーっと……!」
マイラは言葉が続かず、真っ赤な顔でグラスをあおり、むせ返った。
「ぶはっ……げほっ、げほっ!」
酒を吹き出して咳き込む彼女を見て、ヴァルが声を上げて笑う。
「ふふっ! あんた、ほんと分かりやすいわねぇ!」
「わ、笑わないでくださいよぉ!」
涙目で抗議するマイラの横で、俺は頭を抱えながらも胸が妙に熱くなっていた。




