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12. 旧き因縁、弟子の剣

 

 重厚な扉が開き、俺たちは幹部室へと足を踏み入れた。

 部屋の奥、椅子に腰掛けていた男が立ち上がり、穏やかに口を開く。


「ようこそ。剣を納品に来たと聞いた」


 整った身なりに落ち着いた声。立ち振る舞いは威厳に満ち、まさに王都ギルドの幹部といった風格だ。

 マイラは息を呑み、思わず背筋を正した。


 男は俺とマイラを一瞥し、軽く会釈する。


「私はギルド幹部のガイアス。……もっとも、ヴァレリアにとっては旧い馴染みだがな」

「へぇ、ちゃんと幹部らしい挨拶もできるようになったのね」


 ヴァルはにやりと笑って片手を挙げた。


「出世したじゃない、ガイアス。偉そうに椅子に座ってるなんて似合わないわよ」

「君は相変わらずだな」


 ガイアスの口元にもわずかな笑みが浮かぶ。


「こうして顔を合わせるのは……何年ぶりだったか」

「さぁ、数えるのは嫌いでね」


 ヴァルは軽く肩をすくめる。その態度は、幹部相手というより古い仲間へのそれだった。

 俺は二人のやり取りを見ながら、胸の奥にざわつきを覚える。

 隣のマイラは緊張の面持ちで小声を漏らした。


「す、すごい人だね……幹部が直々に……」

「……ああ」


 ヴァルは包みを机に置き、静かに剣を取り出した。

 鍛えられた鉄の光が、幹部室の灯に反射してきらめく。


「これが……依頼の剣だ」


 ガイアスは黙って手に取り、刀身を細かく眺める。

 光にかざし、刃文を確かめ、重量を試すように軽く振った。


「……なるほど。やはり君の仕事だ、文句のつけようがない」


 穏やかな声ながら、その瞳の奥に一瞬だけ懐かしさが滲む。


「昔もそうだったな。君が打った剣は、どれも頼もしすぎて……つい無茶をしたものだ」

「ふん、あんたが勝手に突っ込んでただけでしょ」


 ヴァルは肩をすくめて笑った。だが声の端に、わずかな刺が混じっていた。


「だが、その無茶に君はいつも付き合ってくれた」

「昔話はいいのよ。今はただの取引相手。……それで十分でしょ」


 ガイアスの口元に、僅かな笑みが戻る。


「そうかもしれんな」


 ガイアスは剣を鞘に収め、机に置いた。


「……相変わらずの出来だ。これほどの剣を持てば、誰であれ心強いだろう」

「気に入ったなら結構。じゃあ、報酬の話に――」


 ヴァルが椅子に腰を下ろしかけたその時、ガイアスが静かに言葉を差し挟んだ。


「ヴァレリア。君は、もう一度冒険者をやる気はないのか」


 その場の空気が、わずかに張り詰めた。


「……またそれ?」


 ヴァルは小さく鼻で笑い、椅子の背にもたれた。


「引退した人間に声をかけるなんて、幹部の暇つぶし?」

「暇つぶしなどではない」


 ガイアスの眼差しが真っ直ぐにヴァルを射抜く。


「君が前線に戻れば、どれほどの力になるか……皆が理解している。私も、かつての仲間として願っている」

「出世しても、口説き方は変わらないのね」


 ヴァルは肩をすくめ、わざと軽い口調を崩さなかった。

 だがその手は机の端を軽く叩き、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。


「……もう、あの頃のように信じられなくなったのよ。仲間って言葉を」


 ヴァルは小さく漏らした後、すぐに表情を取り繕い、笑みに戻った。


「ま、報酬の話に戻りましょ。銀貨でも金貨でも、きっちり払ってくれればそれで十分よ」


 だがガイアスは首を横に振る。


「報酬のことなど些細な問題だ。金で君を動かそうとは思っていない」

「……あら、今はギルド幹部も財布を軽く見せる時代?」


 ヴァルは皮肉を飛ばしてみせたが、ガイアスの視線は逸れない。


「私は本気だ、ヴァレリア。王都は今も強者を求めている。君が前線に戻れば、多くが救われるだろう」

「……」


 一瞬だけ、ヴァルの瞳が揺れたように見えた。

 だがすぐに笑みを浮かべて言い返す。


「悪いけど、私はもう剣を振るうだけの女じゃないのよ」

「そう言いながら、今もこうして剣を打ち、届けに来たじゃないか」


 ガイアスの声は穏やかだが、そこには確かな確信めいた響きがあった。


「ただの取引よ。必要とされたから渡した、それだけ」


 ヴァルは涼しい顔で答える。

 しかしガイアスは一歩踏み込むように言葉を重ねた。


「違うだろう、ヴァレリア。君が私の依頼を受けたということは――まだ心のどこかで、私を見ている証拠だ」


「っ……」

 一瞬、ヴァルの笑みが固まった。

 胸の奥に冷たい棘が刺さったような苛立ちが走る。


 だが表情には出さない。


「……ずいぶんと自意識過剰になったものね。幹部って椅子は人を勘違いさせるのかしら?」


 ヴァルは皮肉を返したが、ガイアスは怯まなかった。


「勘違いではない。私はずっと見てきた。――君ほどの力を持つ者が、村に隠れて錆びついていくのを」


 低い声には、確信と執念が入り混じっていた。


「君が本気を出せば、再び世界を揺るがす力になる。私はそれを知っている」


 ヴァルの目が細くなる。


「……しつこいわね。もう昔の話よ」

「いいや、君はまだ終わっていない」


 ガイアスが一歩近づき、机越しにヴァルを見据えた。


「この依頼を受けたことが、その証拠だ」


 ぐっと胸の奥が熱くなるのを感じた。

(勝手に決めつけやがって……! 師匠は……!)

 気づけば俺は立ち上がりかけていた。


「――っ!」


 思わず声を出しそうになったその瞬間、ヴァルがちらりとこちらに視線を投げる。


「ルクス」


 短く名前を呼ばれ、俺ははっとして口をつぐんだ。

 師匠の瞳は冷静で、けれどほんの一瞬だけ「余計なことは言うな」と告げていた。


(……くそっ。黙って見てろってのか!)

 拳を握り締めながら、俺は唇を噛みしめるしかなかった。


「……馬鹿なことを言うな」


 ヴァルの声音は低く冷たい。


「私はもう戻る気なんてない。あんたと同じ道を歩くつもりもね」

「それでも私は諦めない」


 ガイアスは一歩も引かず、視線を貫いた。


「君を前線に戻すことが、王都にとっても、私にとっても必要なんだ」


 ヴァルは深く息を吐き、椅子から立ち上がる。


「……ほんと、しつこい男ね。でも、そうね。私の弟子に勝てたら、考えてあげてもいいわ」


 その言葉に、ガイアスの視線が真っ直ぐ俺へと注がれる。


「弟子……?」


 射抜かれた瞬間、背筋がぞわりと粟立った。


「ちょっ、し、師匠!? なんで俺を……!」


 思わず声を上げる俺をよそに、ヴァルは自信満々に腕を組む。


「私が直々に叩き込んだんだもの。そう簡単に負けるはずがないでしょ」


 ガイアスは驚いたように目を細め――やがて静かに笑った。


「……師匠、簡単に言わないでください」


 苛立ち半分、不安半分で振り返る俺に、ヴァルは涼しい顔のままにやりと笑うだけだった。

 そして、視線をガイアスに戻す。


「それにね――」


 口元をゆるめ、わざと挑発するように告げる。


「昔は確かにあんたに執着したこともあったけど、今は違う。今の私の“本命”はルクスよ」

「……弟子を本命、と?」


 ガイアスの眉がわずかに動き、空気がひやりと張り詰める。


「そう。あんたみたいに“強い女は嫌いだ”なんて小さな器じゃない。ちゃんと私を見て、受け止めてくれる相手」


 ヴァルの声音には冷ややかな棘と、ほんの僅かな誇らしさが滲んでいた。

 心臓が跳ね、思わず息を呑む。胸の奥が熱くなる。


(……師匠……)


 だがガイアスは剣呑な気配を隠さず、俺を射抜くように見据えた。


「……なるほど。では確かめよう。弟子としてだけではなく、“本命”とやらに相応しいかどうかを」


 その一言に、喉の奥が熱くなった。

 拳を強く握りしめ、俺はまっすぐに言い返した。


「――絶対に負けません」


 ガイアスの瞳が細められ、静かな火花が散る。

 一方でヴァルは腕を組み、満足げに頷いた。


「いいわね。その顔。……やっぱり、あんたは私の弟子だわ」



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