11. 酒と借金と剣の行方
――結局その場では結論を出さず、俺たちはギルドをあとにした。
夜の王都の石畳を歩き、辿り着いたのは賑やかな酒場。
木の扉を開ければ、酔客の笑い声と楽器の音が溢れ出す。
空気の重さを振り払うように、ヴァルは真っ先に奥の席へ腰を下ろし、酒を注文した。
「さぁ、ここで腹を割って話しましょうか」
卓に肘をつきながら、ヴァルの瞳だけは笑っていなかった。
彼女は俺の肩を軽く叩く。
「ルクス。あんたの腕で武具を打って、それを売ればいい。王都なら武具の需要なんていくらでもある。弟子の剣で八十枚ぐらい、そう苦労しないわ」
「……俺が、武具を売って……」
驚きと共に、自然と拳を握りしめる。
「そう。出世とか名を売るとかじゃなくて、単純に金を稼ぐ手段としてよ。鍛冶師としてのあんたの力は、もう十分通用する」
ヴァルの声は柔らかいが、そこには確かな信頼がにじんでいた。
マイラが俺を見つめる。
「ルクス……」
「……分かった。やってみる」
俺は深く息を吐き、頷いた。
(マイラを守るために、そして一緒に進むために。――それなら、俺にだってできるはずだ)
やがて料理が運ばれ、ざわめく店内で三人は木製のテーブルに身を寄せ合う。
安酒とパンを前に、俺は改めて口を開いた。
「武具を作って売る……そういうことなら俺にだって出来る」
覚悟を決めた俺に、ヴァルは満足げに頷いた。
「そうそう。その意気よ。……でもね、ルクス」
彼女は酒を一口煽り、平然と続けた。
「王都で鍛冶場を借りるには、使用料が必要。武器を作るなら鉄や革の仕入れもいる。あ、もちろん私の酒代も計上してね」
「……は?」
俺は目を剥いた。
「し、師匠、なんで酒代まで!?」
「当然でしょ。弟子の稼ぎで師匠が飲む。これこそ健全な師弟関係よ」
頭を抱える俺の横で、マイラが力なく俯く。
「全部……私のせいだ。私があんな仲間と組んだから……ルクスまで巻き込んで……」
その言葉を聞いて、ヴァルがきっぱりと叱り飛ばした。
「甘ったれるんじゃないわよ、小娘。自分に出来ることを考えなさい。仲間に全部押しつけて泣いてるだけなら、冒険者なんてやめちまいな!」
マイラはびくりと肩を震わせる。
酒場のざわめきの中、ヴァルの声だけが鋭く響いた。
(……って、いやいやいやいや!)
俺は頭を抱え、心の中で全力で突っ込む。
(弟子に全部押しつけてるのお前だろ、師匠!!)
それでもヴァルは平然と腕を組み、堂々とマイラを睨んでいる。
「……」
マイラは反論出来ずに悔しそうに唇を噛み、拳を握った。
「師匠、言いすぎだ……!」
「言いすぎくらいで丁度いいのよ。女は強くなきゃ生きていけないんだから」
ヴァルは真剣な眼差しでマイラを見据えた。
しかし現実の問題は消えない。
「……でも、どうやって資金を調達すれば……」
俺が頭を抱えると、ヴァルは酒瓶を机に置き、にやりと笑った。
「だからこそよ。ここからが本題」
その声に、俺とマイラは顔を上げる。
「私が王都に来た用事――それは、剣の納品。昔の知り合いから頼まれていてね」
酒場のざわめきの中、ヴァルの瞳だけが妙に鋭く光っていた。
「剣の……納品?」
マイラが首をかしげる。俺も思わず息を飲んだ。
「ねえ、その知り合いってどんな人なの?」
マイラの問いに、ヴァルはわざと軽い調子で肩をすくめる。
「昔、一緒に組んでた仲間よ。今は立場も変わったけど、まぁ、ちょっとした付き合いね。頼まれてた剣を渡すだけ」
「えっ……!」
思わず俺は声を上げた。
「そ、それって前に言ってた“倒せなかった相手”のことですか!?」
「さぁ、どうかしらね」
ヴァルは酒をぐいっとあおり、にやりと笑う。
「師匠、冗談言ってる場合じゃないですよ! そんな相手とまた関わって大丈夫なんですか?」
俺は思わず身を乗り出す。胸の奥に、不安と苛立ちが入り混じっていた。
だがヴァルはあくまで涼しい顔のまま、さらりと続ける。
「とにかく、これで当座の金の心配は減る。納品のついでに、ルクスの剣も世に出してやるわ」
「そ、そうなんですか……」
マイラは拍子抜けしたように息をついた。
俺は一方で胸の奥がざわついていた。
「……はい」
俺は頷きながらも、言い知れない不安を胸に押し込めた。
大通りを抜け、俺たちは王都でも一際大きな建物――冒険者ギルド本部へと足を踏み入れた。
受付で要件を伝えると、案内されたのは建物の奥にある重厚な扉の前だった。
「こちらが幹部室になります。中でお待ちです」
案内役の職員が一礼して下がる。
分厚い扉の前で立ち止まると、自然と息が詰まった。
(ギルド幹部……師匠の“昔の仲間”。ただの納品で済むはずがない)
隣のマイラはやや緊張した面持ちで、それでも期待を隠せない様子だ。
「なんだかすごいね、幹部に直接会えるなんて……」
一方でヴァルは涼しい顔を崩さない。
「ほら、立ち止まってないで行くわよ。大物だろうと剣を渡すだけ」
軽い調子のその背中を見ながら、俺は無意識に拳を握りしめた。
やがて扉が静かに開かれる。
俺たちは幹部室へと足を踏み入れた――。




