ギフツ・オブ・ノクタリス 【前編】 ―それぞれの―
今日も奇妙な夢を見た。 これで五日目だ。
昨日も一昨日も見たのに、起きているときには忘れていた。
首都ノクタリス、中央マギ=レール第七レーン。
地鳴りのような振動と共に、都市の地を裂くように走る一本の列車。
その屋根上に俺はしゃがみこんでいた。
制服の袖をなびかせ、息を乱している。 風を切る音が鳴り止まない。
「今だ」
狙いを定め、射撃。
背後の列車車両が、魔力弾に穿たれ、煙を上げる。 破片が宙を舞い、空中に展開した防護結界が火花を散らす。
マギ=レールを並走するのは、黒塗りの貨物輸送車。
その車体には、ノクタリス警備部隊――セントリガードの紋章。
俺の視線が、列車の先頭をとらえる。 トンネルに入る寸前。
一呼吸おいて天井を蹴り、ぶち抜く。 車内へ突入すると、停電が発生していて、真っ暗だった。
「何だ、今何かが落ちてきたぞ」
どよめきが起こる。 私の存在は誰にも気づかれていない。
狙うは政府高官のバッジをつけた白髪の男。
とらえた。
地を蹴る。 急加速。 己の残像がみえるほど。
手刀で。 胸を――突く。
鮮血が飛び散る。 即座に天井の穴へ跳躍し、身を投げ出す。
落下し、レールに激突する瞬間、目が覚めた。
――
『ちょっとナグぅ、もうすぐ三限始まるよ』
通話口が責め立てる声を鳴らす。
「っ……わかってるよ」
ナルグは顔をしかめたのち、気だるげに言う。
『あなたね、少しは他の生徒の模範――』
電話をぶち切って、ため息を一つ吐いた。
「うるさいやつ……」
バイクに跨がり、エンジンを吹かす。
発進。
紫色にきらめく海を横目に、立体交差を駆け抜ける。
「それにしても、すごい発展だ」
百年前の暗黒期からよく持ち直したものだ。
特に、遠くに見える浮遊都市……あれはどこの国も真似できない。 ネザレーンの誇り高きシンボルだ。
「三限は歴史だったかな……」
モニターで時間割を確認する。
すると、なにかが視界の端に飛び込んできた。
装甲車だ。 装甲車が、ナルグがいる真下のレーンを猛スピードで走っている。
「なぜ――」
瞬間。
「っ!?」
爆発音が響き渡る。 体中に痺れが走り、視界が点滅した。
「うわあっ」
道路が崩れ去り、数十メートル落下した。 バイクは彼方へぶっ飛んでいった。
「…………」
意識が途切れていく。 光に包まれる。 なに、これは……
――
高々とファンファーレが鳴り響き、空砲が夜空を裂く。
浮遊都市ノクタリス。
その天頂、王宮を中心に、年に一度の軍事パレードが始まった。
整列する兵士たち、連なる装甲車両。
光沢を放つ装甲が、煌びやかな都市灯に反射する。
すべてが精緻で、圧倒的な統率美だった。
だが。
異変は、開始からわずか十分後に訪れる。
最東の列、先頭に並んでいた一台が、突如として動きを乱した。
エンジンが唸りを上げ、装甲車は隊列を抜け、スロープへ向かって加速する。
「入口が見えた! 歯ぁ食いしばれっ」
運転席の男が、操作モニターに手を走らせた。
【jammer running】――画面に警告が点る。
次の瞬間、ガラスを割り、車体ごと室内へ突入。
大きく揺さぶられ、きしむフレーム。
「くそ、衝撃がモロにくるな……」
後部座席から助手席へ滑り込んだ女が、唇を噛みながら言った。
「このまま《中層》に向かい、マギ=レール第二レーンに出る! 迎撃用意を」
「わかった」
女はマガジンを勢いよく装填し、答える。
■司令室
入室したマークが見たのは、混沌だった。
オペレーターたちがパネルを連打し、スクリーンには警告灯が点滅している。
「どうした」
「パレードの車列から、一台の装甲自動車Ⅱ型が離脱しました! 現在、《上層》の八十二階に突入」
「シルバ・ギアどもは何をしている」
マークは低く問う。
「電波が阻害され、機能していないようです」
「画像解析、完了しました!」
スクリーンに、装甲車内部の映像が浮かび上がる。
男女二人が映し出された。
「ジャマーはアズラン王国製で間違いありません! ギアは復旧まで時間がかかります」
「……ちいっ……」
完璧なはずだった。 どの過程で抜けがあった? こんな単純な裏切りで……これほど資金と時間を費やして、このざまか!
「スロープ封鎖! セントリガード出撃準備! C.E.N.《セン》で座標を追跡しろっ」
怒号が司令室に響き渡る。
——
マークは司令室を急ぎ足で退出して、トランシーバーを起動し、彼に回線を繋ぐ。
『マークだ。 ギアを遠隔操縦に切り替える。 蒸気塔の内部コクピットに向かってくれ』
『……承知いたしました、司令官』
■セントリガード待機室
「またお呼び出しかい? 大変だな」
通話を切った私に、部隊員が肩を叩きながらからかう。
「ああ。 そっちも頑張って」
軽く肩を叩き返すと、指先がビリリとしびれた。
「いてっ」
「おいおい、もうアーマー電源オンだぜ。 ほんとポンコツだなお前」
「……すまん」
「うまくやれよ〜?」
私は赤面しながら部屋を出て、エレベーターへ向かう。
しばらく歩くと、コクピット前、マーク司令官が立っていた。
「よろしくお願いします」
一礼。
「よろしく。 早速始めるとしよう。 訓練通りやってくれれば大丈夫だから」
私は頷き、席に着く。
シートに身体を固定され、バイザーを下ろすと、視界が闇に沈んだ。
「神経接続開始」
瞬間、脳に膨大な情報が流れ込み、身体中を電流が駆け巡る。
だが、恐れはない。 もう慣れたものだ。
視界がクリアになり、操縦映像が開かれる。
「シルバ・ギア隊、発進」
■ノクタリス《中層》 大広場
「レーダーに反応が! 五機こっちに向かってくる」
螺旋階段を一気に駆け下りながら、男が叫ぶ。
「もう復旧したか……あと何秒だ」
「十五秒ぐらい」
「じゅうぶんさ!」
急旋回し、回廊へ滑り込む。
アラート音が耳を劈く。
「来るぜ」
男が言う。
女がライフルを構え、車窓から半身を乗り出す。
瞬時に、銀塊が陰から飛び出す。 シルバ・ギアだ。
「堕ちろっ」
ライフルを連射。 ギアの右腕を吹き飛ばす。
だが、奴は怯まない。
ガトリングの砲口がこちらを覗いた直後、強烈な弾の雨が車体を打ち付けた。
「しつこいんだよ」
女は窓ガラスの欠片から頭を守りながら、狙いを定め、パイルバンカーを突き刺す。
装甲を貫通し、爆散。
しかし、背後から次々と追いすがるギアたち。四機。
「今は差をつけることだけ考えろ! 後で分断できる」
男の号令に従い、地雷を惜しみなく撒く。
ギアは爆炎の中に飲み込まれた。
閉じるギリギリでシェルターゲートを潜り抜け、マギ=レールへ滑り込む。
視界に青空が広がった。
「「ふう……」」
二人は大きくため息をつく。
顔を見合わせ、微笑んだ。
「よくやった」
「そっちこそ」
■ノクタリス上空 トワイライト=スカイレール
『装甲車を捕捉。 アトラスカーからの迎撃準備完了』
マギ=レール第二レーンを見下ろしながら、報告。
『了解。 C.E.N.の座標データを頼りに狙撃しろ』
短い指示。
無表情でレーザー砲をセットする。
「全く残酷なことするな、本部も」
記憶処理弾が込められた砲身を担ぐ。
「ステルス」
車体が透明化する。
すぐに視界がぼやけ、真っ白な霧の中に沈んだ。 全く不便なしくみだ。
「予想到着時間は十秒後……うまくやってくれよ、C.E.N.」
オート操縦に切り替え、緊張の中、息を潜める。
「あと、五、四……ファイア」
轟音。
閃光が空間を切り裂き、標的に命中。
「さようなら。 忘却の彼方へ」
爆煙が立ち上る。 髪をなびかせながら呟いた。
■マギレール 第二レーン 崩落地点
六日目。 やはり今日も、日中には思いだせなかった。
崖から落ちてきた装甲車を受け止める夢だった。
車内には軍の人たちと思われる男女がいて、何故かノクタリス高校の生徒も一緒にいた。 俺と同学年だ。
彼らを観察していると、古びた民家から老人が出てきた。
しばらく立ち話をしたあと、老人は突然猟銃を取り出し、俺を撃った。
意識が遠のく前に老人はなにか喋っていたが、よく聞き取れなかった。
どうにも、俺はいま、夢の中で死ぬことで目覚められるようだ。
どうしちゃったんだ、ユウ=アルセイド。 悪夢を続けてみるとは、疲れているんだろうか?
――
「なあ」
「なんだよ」
「俺たち国家直属の警備部隊だぜ〜、なんでこんな地味な作業しないといけないんだ」
「お前、これも重要な任務なんだぞ。 マギ=レールが止まったら全部の物流が止まるんだ」
「こんなん下請けの業者とかにやらせとけば済むだろう? 周辺の封鎖と破損部分の修復なんて」
「俺らが一番信頼できて手軽に使えるってことなんだろ」
「そんなもんかね。 あの装甲車もどっか落っこちちゃったし。 ま、この高さじゃ、百パー死んでるだろうけど」
――
気が付くと、ナルグはベッドの上に横たわっていた。
フカフカで気持ちがいい。 が、寝ている場合ではない。
身体を起こす。 関節がズキリと痛む。
丁寧に用意されていたスリッパを履く。
起き上がり、ドアを開けるとそこはリビングルームだった。
シワシワの服を着た老人がソファーに座り、新聞を読んでいた。
気配に気がついたのか、こちらをくるりと向いて、にこやかに言った。
「おや、目が覚めたかい。 軽いけがで良かったよ」
「あ、ありがとうございます! 助けてくださったんですね」
「大したことじゃないわ。 ま、お茶でも飲みなさい」
彼はナルグに座るよう促した。
ナルグは恐縮しながら腰を掛け、お茶に口をつけた。
「美味しい……! なんですかこれ」
「これはリョクチャといってな、作り方を知っているのはこの世でワシだけじゃ」
彼は誇らしげな声で言った。 だが、顔は寂しげだ。
「それにしても、急に崖から落ちてきたもんだから驚いたぞ。 何があったんだ」
「いや〜それが、私にもわかんないんです。 突然なにかに撃ち抜かれたみたいな……」
「撃ち抜かれた?」
彼は血相を変えた。
「え、ええ……」
「……そうか、それは大変だったな」
穏やかな顔に戻って、老人は言った。
「あの、なにかお礼にできることはありませんか」
それを聞いた老人はしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「じゃあ……久しぶりの話し相手だ。 すまんが、老いぼれの昔話に付き合ってくれないか」
「もちろん!」
ナルグはたくさんの面白い話を聞いた。
この民家は先祖代々受け継がれていて、ネザレーンとアズランのちょうど国境の上にあること。
庭の畑でたくさんの作物を育てていること。
彼の心臓には機械が埋まっていること。
昔はここはニホンという名前の美しい国だったこと。 とある事件がきっかけで、その国はほんの数十秒のうちに消え去ったこと。
彼はその事件で唯一、無事だったこと。
「ワシも見ての通り、もう長くはない。 最後に客をもてなすことができてよかった」
「最後が私でよかったでしょうか?」
彼はもちろん、と頷き、視線を窓の方に移した。
「見てごらん。 景色が本当にきれいだ、かつてと変わらず」
ナルグも視線を外へ向けた。
メタリックグリーンの粒子をまといながら浮かぶノクタリス。
幾重にも枝分かれするスカイレールが淡い輝きを放ち、王宮を照らしている。
「星の都と謳われるだけはありますね」
「ああ。 やはりどれだけ変わろうとも、同じ世界なのだな。 美しいものは美しい」
しばらく言葉をかわさずに、景色に見とれていた。
「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないか? 親御さんが心配するだろう」
やがて老人が口を開いた。
「そうします。 今日は本当にありがとうございました」
ナルグは深々と頭を下げてから、バッグに手を伸ばした。
「ああそうだ、カメラは中に入れておいたよ。 外で転げ落ちていたから」
「あ、ありがとうございます! よかったあ、助かりました」
ナルグは銀色の球体を取り出し、大事そうに手で包んだ。
老人に案内され、玄関に向かう。
「よければ、君の名前を教えてくれないか」
老人は静かに言った。
「ナルグ。 ナルグ=ハマテです」
「……そうか。 いい名前だね」
「おじいさんは?」
聞き返す。 彼はジャケットの胸ポケットからカードを取り出し、ナルグに見せた。
「これがわしの名前だ」
そこには、黒い字で【浜手 翔吾】と書いてあった。
「読めない……これがニホンの文字なんですね」
「ああ。 かっこいいだろう」
「ですね」
ひとしきり笑った後、ナルグが言った。
「せっかくだし、記念写真撮りませんか?」
「いいね、撮ろう! 写真なんて何年ぶりかなぁ」
ナルグは球体のカメラを起動した。 レンズが開く。 さながら眼球のような見た目だ。
「じゃ、撮りまーす。 せーのっ」
――
時間旅行から戻ってきた。
わかってはいたが、もう私の隣に浜手はいない。 過去が変わった。
俺は臆病だからダラダラ生き延びてきちまった、それが彼の口癖だった。
彼は望みを果たせたから、死に場所を見つけられたから、ここにいないのだ。
この農園は私が引き継いでいかないとな。
ふと目をやると、今までなかったはずの写真立てが棚に飾られていた。
「そうか、この子が……ん」
写真立ての脚に紙切れが挟まっていた。 置き手紙だ。
手に取り、読んでみる。
【ナルグちゃんに会えたよ
私に似て聡明な子だった
しかし驚いた 彼女は記憶処理弾を食らって無傷だった
ノクタリスの血を引いていると考えて間違いないだろう
器の素質は十分だ だが大切に扱ってくれよ
それから好奇心で軍人二人の荷物を覗いてみたんだ
すると中身は魔導核に関する機密文書だった きっと使えるぞ
あとは頼んだ 色々頑張ってくれたまえ、アルセイドくん】
「……わかってるよ」
もし、面白そう、続き気になる、などと思ってもらえたなら、
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