表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

二宮絵馬の胸中告白 僕の心の中の殺人1.4話

世の中、おかしな人間もいるもんだ。

僕の記憶の中で、とびきりおかしい人間、それが瀬能杏子だ。

僕の中に、もう一人、僕がいるという事を、信じてくれている人間だ。

瀬能杏子を教えてくれたのは、僕の中にいるもう一人の僕だ。

もう一人の僕、織部巡が言うには、瀬能杏子という人物は、とても綺麗な人で、色白で華奢な体、猫の目のような丸く、大きな目、長いまつ毛。簡単に言えば、美人という言葉がぴったりくる人だそうだ。性格は活発で裏表がなく、優等生を絵に描いて歩いているような人で、実際、クラス委員をずっとやっていたらしい。

おまけに、勉強もスポーツも何でも出来る。本来ならお高くとまっていて、近づき難そうだが、人懐っこく、瀬能杏子の周りにはいつも友達が絶えなかったらしい。

・・・正直、僕はそんな人間を信じられない。そんな人間、いる訳がない。きっと裏があるに違いない。

瀬能杏子の家は、地元でも有名な超がつく、お金持ちの家らしい。白亜の豪邸だと聞いていたが、実際、そうだった。お城か?

それだけ金を持っているなら、友達だって金に釣られて集まってきた、烏合の衆だろう。

ま、瀬能杏子がどういう人物だろうと、僕には然程、関係がない。

僕の、犯人を捕まえるという大きな目的の為に、必要な人物だから接点を持ったに過ぎない。あまり瀬能杏子の人間性には重きを置いていない。

今回、瀬能杏子が必要な理由に、彼女の持つ知識が役に立つと考えたからだ。

博学なのは普段の、頭のいい彼女を見ればすぐ分かるが、うさんくさい噂話から怪談話、男の子が熱中するカードゲーム、ミニカー、サッカー、アニメ、女の子が夢中になる占い、おまじない、アイドル、ドラマ、お笑いと瀬能杏子は話す話題を欠いた事がない。瀬能杏子は知らない事がないのだ。

僕の中にもう一人、僕がいるという話をしても、瀬能杏子は驚く事は無かった。

彼女のライブラリから、きっと過去の事例を集めてきて、そういう事例もあるのだと、納得したのだと思う。

なにより適任と感じたのは、そこだ。

彼女は否定をしなかったのである。他の人は、僕を奇妙な目で見たり、可哀そうな人だと言ったり、まるで話にならない。

僕の目的はそこではないからだ。

僕が誰であろうと、僕が心の病気でうわ言をのたまわっていたとしても、そんな事は関係ない。僕の目的は一つ。僕を殺した犯人を見つける事だ。僕の事を理解してくれる仲間を見つける事ではない。

瀬能杏子は、その事を一瞬で理解し、協力者になってくれた。とても聡明な人間だと評価している。

まず、僕は事件に遭った日、いつも通りの生活を送っている。

部活動をやっていないから、授業が終われば、家に帰るだけだ。学習塾にだけは通っている。

僕の家は、学校から三十分の所にあり、かなり郊外である。見渡せば畑ばかりだ。その為、自転車で学校まで通学している。学校を出て、最寄りの商店街を抜けて、市街地に入り、そのまた奥が、僕の家のある集落である。

十五時五分に授業が終わり、友達はその足で部活に行ってしまったから、掃除当番もなかったあの日は、自宅へ直行した。

十五時過ぎの商店街の人はまばらで、込み合う時間は十六時からだ。その前に抜けてしまわないと大変な目に遭う。

商店街は、十字の形をしたアーケード街で、十字の中心を起点として、南を学校。西に市役所。東に図書館。北に駅と市街地という配置になっている。

僕が、犯人に声をかけられたのは、十字の起点近く、本屋の前だ。

本屋の前をウロウロしていて、遠くから気にはなっていた。誰も歩いている人間はいない。今、思えばこの時点で運が無かったのである。

犯人と目があった。自転車に乗っている僕を呼び止めた。

犯人は、市役所から来た。駅に行きたい、と言う。僕は、自転車を降り、駅のある方角、というか、この道を真っ直ぐ進めば駅だと指を指し、説明しようとした。

何かが体にぶつかった。その衝撃で僕は自転車ごと倒れてしまった。

体が痺れて、動かなくなった。息も出来ない。コンクリートの地面に頭をぶつけたのか、頭も痛い。体に力が入らない。オレンジ色と緑色のアーケードの傘を見上げた。どれくらい時間が過ぎたのか分からないが、花屋のおばちゃんが近寄ってきて、僕の顔を覗き込んだ。

えらい大きな声を上げた。

ぞろぞろと人が集まってきた。騒いでいる。騒いでいるが、何を言っているかまるで聞き取れない。いつの間にか耳が聞こえなくなった。

体をゆさぶられているのか、叩かれているのか、体に触らないで欲しかった。

救急車の人が来た。おばちゃんよりデカい声で何かを喋っているが、耳が聞こえないので、まったく分からなかった。

僕の織部巡の記憶はここまでで、後は、二宮絵馬という僕に引き継がれた。

犯人は、コートを着たスーツ姿の男の様にも見えたし、スポーツ用の長いコートを着た男にも見えた。見た目は青年から中年くらい。背の高さは僕より上だった気がする。

僕は、この犯人をこれまで見た事がない。初対面の人間だ。

あの時、声をかけられなかったら、織部巡のまま、人生を全うしていただろう。

非常に腹立たしい。腹立たしい犯人である。僕の人生を奪ったのだから、犯人の人生を奪ったとしても誰も文句は言わないだろう。お互い様だ。

僕は犯人に復讐しなければならない。僕はそれを行う資格がある。

資格はあるはずなのだが、当の復讐の相手が見つからない。事件が起きた日から、僕の事件と類似するような事件を探しているが、まったく見つかっていない。

文字通り、雲隠れ、霧隠れ。消えてしまったのである。

僕の事件は、素人の僕から見ても、猟奇的なものであると思う。猟奇的殺人を行った人間は、繰り返し、行うはずである。

だがしかし、犯人に繋がる情報を得られる事は無かった。

迷宮入りである。

泣き寝入りである。

僕が泣き寝入りするならまだ許せるが、僕の両親、織部巡の両親は、泣き寝入りどころではない。子供が殺されたのだ。僕は両親の為にも仇を取らなければならない。

のはずだが、どうする事もできないし、ままならない。

自分の無力さを痛感する。途方に暮れる日々だ。

だけど、思い出した。この事件に最適な人物を。この事件を解決に向かわせてくれるであろう人物を。

あらゆる物事を正確に理解しようとしている人物、瀬能杏子である。

人がバカらしいと思う事を、常に、真剣に取り組んでいる、稀有な存在である。言い方を変えれば、おかしな人間である事は確かだ。

天才と何かは紙一重と言うが、紙一重で、天才ではない方の人物であろう事は、容易に想像がつく。煙と一緒で高い所も好きらしい。

そんな人でなけば、この事件を一緒に、考えてくれる人物に相応しくない。

さて、これからどうしたものか。

手がかり一つない。瀬能杏子は新しい情報を手に入れただろうか。楽しみである。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ