瀬能杏子の事前整理 僕の心の中の殺人 1.3話
世の中、色々な人がいるものです。
にわかに信じられない話ですが、織部君を名乗る女性が、近いうちにまた家に来るそうです。
非常に困りました。
前回は、適当な相槌を打って追い返しましたが、次回はそうもいきそうにありません。
自分の事を、三年前に死んだ織部巡と名乗る、女性。年齢は、私と同じ、高校生ぐらいだと思います。名前は、確か、二宮絵馬と名乗っていました。
織部君の心臓を移植され、織部君の記憶が宿ったとか、言っていました。
その話自体、眉唾ものだと、私は考えています。
ただ、今回は、そういう話と関係なく、事情は知りませんが、その女性は、織部君を殺害した犯人を捕まえたいと言っています。
そして、どこでどう調べたかこちらも知りませんが、織部君の同級生である私を見つけ出し、協力を仰いできました。
非常に困りました。
非常に面倒くさいです。
どこから、どの角度で考えてみても、私、関係ありません。
非常に迷惑です。
私は織部君の事を詳しく知りません。ただ、学校が同じだったに過ぎません。
二宮絵馬という女性が、もしかしたら、織部君の当時の恋人で、その復讐の為に、織部君を語って、犯人を捜している可能性も否定できません。
なんせ、私は織部君の事を知りませんから、そういう女性がいたって、不思議ではないからです。
なんなら、織部君から私の事を聞かされていたり、当時の日記などから、記憶を創作して、私の前で披露している事だって考えられます。
多くの多重人格の小説では、外部から与えられた情報から、創作して人格を作っている、エセ多重人格、偽物の精神疾患が語られていました。中には本物の多重人格の人もいるでしょうが、多くがそれらを語る偽物です。
もし二宮絵馬が織部君の恋人なら、一人で片付けてもらいたい問題です。私には関係ない話ですから。
・・・非常に迷惑です。
当時の新聞を、図書館から見つけ出してきてしまいました。
地方紙です。
テレビでは事件の事を放送していませんでした。政令指定都市で起きた事件ならセンセーショナルにテレビで報道されるのでしょうが、地方都市の事件だか事故だか分からなかった事件ですから、取材されなかったのでしょう。
私の記憶だと、事件が起きた翌日、織部君は学校を休みました。そりゃそうでしょう、死んでいたのですから。
別に生徒の一人が学校を休んでいようと、誰も気にしていなかったと思います。
午後になり、保護者が体育館に呼び出されました。
私達生徒は、特別授業となり、自習または部活動に変更され、時間までそれを行い、時間になり下校しました。
次の日です。朝、登校すると生徒達の間で、織部君が死んだと噂されていました。昨日の保護者会で、そういう話があったようで、一部の生徒は保護者から聞かされていたようです。
私はと言うと、両親とそれほど仲が良い方ではないので、何も聞かされていませんでした。私を心配して、とかそういうのではなく、私に無関心だからです。
私の話はどうでもいいのですが、その後、朝礼で、改めて先生から、織部君の死が報告されました。
死因は不明。ただ織部君が昨日、死んだ、と。
ほとんどのクラスメイトが、昨日、保護者から説明を受けていたから、驚くそぶりはありませんでした。
あれも不思議なものです。学校側は黙っている様にと、保護者に伝えたようですが、守る保護者がほぼいなかった様です。
翌日、学校に警察が来ました。生徒の幾人かが呼ばれ、織部君の事を聞かれた様です。私は仲が良い方ではなかったので、呼ばれませんでした。
警察に事情を聞かれた生徒の話をまとめると、よく一緒にいる友達はいたか、下校時間は何時頃だ、最近変わった友達とか人間関係は無かったか、他校の生徒とトラブルは無かったか、という事です。
そして、警察に何故そのような事を聞くのかと尋ねた所、今は答えられないが、事件と事故の両方で捜査しているから、協力して欲しいと答えたと、言っていました。
これを聞いた生徒は、織部君は殺されたと騒いでいました。警察は生徒が動揺しないようにしているのに、男子中学生はバカですから、余計、人の口に戸は建てられません。あっという間に学校中にそれが知れ渡りました。
生徒の噂を重く見た、学校側も、事件と事故、まだどちらか決まった訳ではないのに、念の為という理由で、登下校を保護者同伴で行う指導がなされました。
そうこうしているうちに、織部君の告別式が行われました。私達、同学年の生徒は、参列しました。
織部君が当時、好きだった安田さんが泣いた、というのは嘘です。
思春期の女子は、同級生が死ねば、共感と同調圧力で皆、泣くものです。女子は怖いんですよ。関係ない人間の死で泣けるんです。
織部君は、事件当日、夕方三時頃、自宅へ帰宅する為に、いつもと同じ道を通っていたと考えられます。
それは友達の証言と合致します。商店街で、事件に遭っています。
第一発見者は、倒れた自転車の横に、倒れている男子学生を発見します。腹部から出血していたとされています。
すぐに救急車が呼ばれ、病院に搬送されましたが、同日、息を引き取ることになります。
二宮絵馬の話を信用するならば、この時、臓器移植が行われた事になります。心臓の移植だったとの事。
織部君がそのような提供者になっていたかどうかは、知る術がありません。
そして、仮に心臓を移植したとするならば、心臓にダメージがなかった、という事になります。この事は、腹部から出血していた、という話からも一致します。
心臓を一突きされていたら、即死。心臓に繋がる大きな血管を同様に刺されていても即死。
そのように、人間の弱点を一撃で刺せる人間がいたら、間違いなく専門家の仕業です。そうなれば警察はもとより誰も見つける事は不可能でしょう。相手は殺す、プロなんですから。
織部君の場合、大動脈に繋がる支流を、運悪く、傷つけられた事からの大量出血だったのでしょう。一番の支流であれば、即死にいたらなくても多量の出血はまぬがれません。ですから、死んでしまった訳ですが。
第一発見者は、特に怪しい人物は見ていなかった様です。新聞には何も書かれていませんでした。
警察も、私の予想ですが、セオリー通り、商店街ですから、防犯カメラの類を解析したと思われます。
ですが、三年経っても、事件が進展している様子は見られません。
この状況で、どうやって、犯人を捜すというのでしょうか?
私は無理だと思います。
何も手がかりが無いではないですか?
二宮絵馬にしたって、何も情報が無いと言っていました。それで犯人を捕まえる?お手上げですよ。お手上げ。
警察に、何か事件の進展を聞こうにも、無関係な私、そして、二宮絵馬が聞いた所で、教えてくれる訳もありません。
・・・。
やはり、二宮絵馬を嘘でも、織部君の恋人に仕立て上げ、不本意ではありますが、織部君のご両親に会い、事件の事を少しでも聞くしか方法はない様です。
それにしても、仮に恋人なら三年も音信不通っていう自体、破綻していますけども。
私が、織部君の恋人を名乗るよりかは、まだ成功率が高い気がします。事件当時から同じ町内に住んでいるのに、今更、恋人でしたっていうのも、おかしな話です。二宮絵馬を恋人役にするしかありません。本当に恋人だったかも知れませんが。
いや、あの童貞臭ただよう織部君に限って、絵に描いた健康美そのものの恋人がいるなんて信じられません。見るからに性欲が、いえ、我が強そうな顔をしている女です。織部君が童貞を守れるはずがありません。その日のうちにやらてますよ、織部君が。
そして、その後、類似事件が起きていない点も押さえておきたいと思います。
犯行に常習性があるならば、織部君の事件の後も、同様の犯行を犯すはずですが、近隣で、その様な事件は起きていません。
文字通り、ゆきずりの犯行だったのでしょうか。
課題となる点は、中学生男子だから襲われたのか、中学生だから襲われたのか、学生だから襲われたのか、ただ単に、その場に居合わせたから襲われたのか、織部君だから襲われたのか、その点が明確にならないと犯人を推測する事も難しいです。
ピンポイントで中学生男子が狙われた事件ならば、その嗜好の人間を探せばいいので、まだ絞り込みやすいのですが。織部君自身が狙われたとしたら、恨み妬み逆恨み、みみみです。警察も犯人を特定しやすいでしょう。三年経ってもそのような人物が捕まっていない所みると、知人説は希望薄ですね。
迷宮入りです。
二宮絵馬には悪いですが、迷宮入りです。これ以上は考えても無意味です。
そもそもなんで私が、見ず知らずの人間の為に、知恵を絞らなければならないんですか。