顛末 僕の心の中の殺人 1.99話
一連の顛末を記しておこうと思う。
あの日、私と二宮絵馬は、亡き織部巡の墓参りに、訪れた。二宮絵馬の先導によってである。
二宮絵馬の独白によると、織部巡の死は、他殺ではなく、自殺によるものだと言う。
二宮絵馬と織部巡が文字通り一心同体である、という事を私のみならず、今の科学で証明しようがない。
私は織部巡の事件を、掘り起こそうとしたが、出てくる物は到底つかえるような物はなく、底なしのドロ沼を掘っているような感覚だった。
一度、埋めた墓を掘り起こして良いことは無い、そう思った。
当初、私は、織部巡は、二宮絵馬に殺されたと思っていた。それは本人に言わせれば、前述の通り、お門違いであり、私が考えるよりも理解の外にあった。率直に言って、巻き込まれた私は非常に迷惑なうえ、それを聞かされた所で、嫌悪感しか感じなかった。。私以外の人間に至っても同じであろう。
それを本人に伝えたところ、逆上して、襲いかかってきた。
今思えば、私も、言葉を選んで話せば良かったが、あまりにも、自分本位で身勝手な思想に、つい悪態をついてしまったのが、悪かった。
反省している。
逆上した二宮絵馬を制圧した。寝技で絞め落とし、意識を喪失させた。
そこまでは良かった。
それからが困った。墓場に、いくら高校生とはいえ、意識を失った女性が寝ている訳である。いくら腹が立ったとはいえ、このまま放置して帰る訳にも行かない。
成人女性を運ぶとなっても、五十キログラム、六十キログラムはあるだろう。人間を運ぶのは骨が折れる。しかも、意識を失っている女性を運ぶとなれば、嫌でも、他人から奇異の目で見られることは必須である。
このまま救急車を呼ぼうか。その方がてっとり早いか。
仮に、ザーメン安田、国本一樹を呼んだとしても、状況を見て、救急車を呼べと言うだろう。彼らは常識人だ。おかしな事件に巻き込まれる事に危機感を覚えている。・・・確実に何か疑われるのは私の方だ。実際、絞め落としのは私であるが。
考えあぐねた末、タクシーを呼び、意識を失った二宮絵馬を、疲れて寝てしまったと誤魔化し誤魔化しタクシーに乗せ、現在、住んでいる織部巡の家に向かった。
降りた所で、思い切り、顔を叩き、目を覚まさせる。
完全に、私に怯えていたが、ここは織部巡の家だと、強引に諭し、嫌がる二宮絵馬を家の中に入れた。押し込んだという表現の方が正しいだろう。
面を喰らったのは織部巡の両親である。
高校生の女子生徒二人が、家の前で、ギャーギャー喚いているのである。不審に思うより、不安を感じた事だろう。
織部巡の両親には、この女は、中学生時代、織部巡と強い親交があった女で、恋人の様に二人はふるまっていたが、彼女の事情で、他県に引っ越し、織部巡が死んだのを知らなかった、が、私が彼女にそれを伝え、嫌がる彼女を無理矢理、連れて来たという設定にした。
愛する男が、死んだのだ。それを受け入れられない哀しい彼女。
まあ、筋は通っている。
二宮絵馬も、織部巡の両親を目の当たりにすると、暴れまくっていたのが嘘みたいに静かになり、そして、泣き出した。
母親に抱き着いて、泣き出したのである。
これは、織部巡の母親も困惑していた。・・・知らない女が、自分にすがって声にならない声を上げ、涙、鼻水、よだれ、ありとあらゆる体液を出し、嗚咽するのである。
事が切れた、とはこの事であろう。
人目もはばからず、泣きじゃくる女を、織部巡の母親は、抱きかかえる事しか出来ないでいた。
二宮絵馬は永遠に「ごめんなさい、ごめんなさい」と吐き続け、
織部巡の母親は「あなたの所為じゃない、あなたの所為じゃない」と答え続けた。
仮に、本当に、この女が、織部巡だとしても、父親と母親はそれを信じる事はないだろう。
まだ、息子の事が忘れられない恋人の方が、筋書き的にも、世間的にも、正しい見方だと思う。
彼女を誰が攻めようか。
彼女は、悲しい哀しい、少女なのだ。
刺殺、殺人事件として解決する事は今のところ、ないだろう。新しい情報が三年経っても出てこない。現実的には迷宮入りとなる。
警察は自殺の線も考えたのだろうか。
自殺の場合、大抵、死にきれず、一度は自殺を躊躇う、ためらい傷というのが出来るという。
警察は、それの在処を分かった上で、犯人は別にいるとし、捜査をしているのか、それとも、自ら、一撃のもと、急所を突き刺したのか。現物が火葬された今、それは分からない。警察の遺体捜査に関わる資料の中に、それは埋もれているハズだ。
それがあったとしても、私にどうする事も出来ない話だ。
被害者家族、被害者の友達が、事件の全容と感情を、自分の心の中に、受け入れられるかどうかである。
この哀れな女を見て、織部巡の母親と父親は、どう思うのだろうか。
織部巡の死とは、何を残したのか。
織部巡の心臓を託された二宮絵馬は、どう生きるのか。
そして、二宮絵馬は、何故、私に接触してきたのだろうか。私に何を求めたかったのだろうか。私はその辺、察しが悪い。利口ではない。ちゃんと口にして言ってもらわなければ理解が出来ない。
死んでからでは遅いんだ、織部君。言える時に言っておかないと後悔する。
二宮絵馬はそのチャンスを織部君からもらったんだ。
・・・二宮絵馬の心に、織部巡の心が宿ったとか、今更、私にとってはどうでもいい話だ。
二宮絵馬は、自分の足で、二宮絵馬の人生を歩いていかなければならない。それだけである。
それから、
もし、自分の事を僕と言う女と出会ったら、きっと人に言えない過去がある、という設定だから、優しくしてあげようと、私は思う。