安楽椅子ニート 番外編14 僕の心の中の殺人 1話
杏子「突然、そんな事を言われても、信じろっていう方がおかしいと思いますが?」
二宮「君だけなんだ。僕の話を理解できるのは!」
杏子「理解できていませんけど?」
二宮「でも、・・・話は出来ているじゃないか。」
杏子「え、ええ。まあ。話は伺いましたよ?でも、会話が成立しているか、と言われればそれは別の話で。急に押しかけて来た人が、三年前に亡くなった織部君だって言われても、信じようがありません。・・・あっ、新しい異世界転生モノの企画ですか?それなら漫研かアニ研、文芸部に」
二宮「・・・ちょ、ちょっと待って!落ち着こう、瀬能さん。」
杏子「・・・あのぉ。どこでどう調べたか知りませんが、どうして私の名前をご存知なんです?・・・水泳で一度、全国に行きましたけど、テレビでチラっと映っただけで、私の顔と名前が知れ渡る程の事ではなかったと思っています。あ、高校生新聞の全国紙には写真が載りました!」
二宮「瀬能さんって前から思ってたけど、ちょいちょい自慢話が出てくるよね?天然なのは分かるけど。」
杏子「えっ!は?え?・・・自慢じゃないですよ!見ず知らずの人が私の名前を知っている可能性を述べているだけであって、自慢話では決してありませんよ?それに、以前から私を知っている様な言い方は。・・・私とあなたは初対面ですよ?・・・母が家にあなたを上げなければこんな事にはならなかったのに。」
二宮「確かに、僕と君は初対面だ。だけど、織部巡としては同級生だったじゃないか!僕は織部だから初対面じゃない!」
杏子「・・・そこら辺がまだ理解できなくて。まだ、知らない男が織部君を名乗るなら、まだ分かります。男子は数年で変わりますから。そして、知らない女性が織部君を名乗るのも、百歩譲って分かります。・・・昨今、譲る必要もないですけど、男性が女性になる事もあるでしょう。しかし、しかしですね、織部君は三年前に亡くなっているんです。亡くなった人間の名前を語るって言うのは悪質極まりないですよ?」
二宮「だぁかぁらぁ、何度も言っているけど、僕が織部なんだって!」
杏子「・・・女の子じゃないですか!しかも、綺麗目の。・・・私、ノンケですからね。」
二宮「あのねぇそういう話じゃあないんだよ、瀬能さん。証拠見せる。証拠。」
杏子「ちょちょちょちょちょちょ、だから私はノンケだって言っているじゃないですか!」
二宮「・・・だから違うんだって。ほら、見て。ここ。」
杏子「?」
二宮「鎖骨の下あたりから、まっすぐ縫い目があるでしょ?・・・これ、僕。」
杏子「・・・僕?」
二宮「心臓移植した跡だよ。」
杏子「・・・。」
二宮「僕の事を話すと長くなるけど、僕の心臓・・・織部巡だった時の心臓を貰って、今は普通に生きてる。相性が良かったんだろうね。
移植してから、少しずつ、知らない記憶が思い出される事があった。確信した。この心臓の持ち主の記憶だって。」
杏子「・・・臓器提供者の記憶が呼び起こされるとか、性格が変化するとか、そういう話は聞いた事がありますが、まるで科学的ではありません。」
二宮「頭のいい瀬能さんなら、分かると思うけど、何故だと思う?」
杏子「簡単ですよ。検証のしようがないからです。よく言われる説では、自分の体に他者の臓器が組み込まれるのです。生理的に問題なく活動していたとしても、精神的な話は別で、精神に負担がかかり、精神を病んでしまう場合もあると聞きます。その一つの症状が、乖離現象。臓器移植をする以前の性格と、まるで変った性格の様に見えてしまう現象です。それで、全て説明がつくとは思いませんが、まゆつばものである事は確かです。」
二宮「服、着ていい?」
杏子「あなたが勝手に脱いだのでしょう?」
二宮「ほんと瀬能さんは頭がいいねぇ。高校でも委員長やってるの?」
杏子「ええ。まあ、生徒会長やってますけど。」
二宮「僕の場合、移植直後から織部巡の記憶がフィードバックされるようになった。最初は、僕の中に、もう一人、自分がいるような感覚だったけど、何時の間にか融合しちゃた感じ。織部巡は僕だし、僕は僕だし、二人が一人になっちゃったんだ。」
杏子「・・・あのぉ、質問があるんですけど、何時から一人称が『僕』なんですか?」
二宮「ああ。これ。一応、女子だからさ。気を付けようと思っているんだけど、僕のクセで取れないんだ。ははははは。パパにもママにも注意されるけど、クセだから仕方ないよね?」
杏子「ああ。天然のボクっ子。・・・痛くないですか?」
二宮「痛い言うな!キャラでやってんじゃないの!聞いてた!僕の話?僕の記憶が僕って言わせてるの!」
杏子「ドナーがお爺ちゃんだったら『わしじゃよ』とか言っちゃうんですか?忍者だったら『拙者』とか!」
二宮「知らないよ!そんな事ぉぉおお!」
杏子「それで、あなたは織部君の生まれ変わりだと?」
二宮「あのねぇ、異世界転生じゃないの!転生してないし!僕は、織部巡の記憶を共有する、織部巡でもあるし、二宮絵馬でもある。」
杏子「・・・その、織部さん?」
二宮「どっちでもいいよ!どっちでも、名前なんて。君にとっては織部巡だけど、この姿は間違いなく二宮絵馬だからね。・・・まあ、織部って呼んでくれよ?」
杏子「小学生の時、女子にパンツを隠されて、ノーパンで帰ったあの、織部君ね?」
二宮「・・・!」
杏子「小学生の時、織部君が片思いしていた安田さんの前で、牛乳一気飲み対決をして、むせて牛乳を吐き出し、安田さんにぶっかけて、それからずっと無視されているあの、織部君ね?」
二宮「やめて!やめて!やめて!なんでそういう話だけ覚えているの!嫌がらせ?」
杏子「安田ザーメン事件として語り継がれているわ。・・・そんな安田さんも、織部君のお葬式ではちゃんと泣いていたわよ。」
二宮「ああ、そうなんだ。良かっ、、、良くはないけど、良かった。」
杏子「ちなみに、現在、安田さんはゴリゴリの女子高校生で、彼氏が途切れた事がないらしく、本物のザーメンを絞っていると噂です。」
二宮「やめて!そういうの。人の初恋に、おかしな情報いれないで!汚れる、汚れるから、初恋の思い出が。なにザーメンって、女子高校生が使う言葉じゃないでしょ?」
杏子「まあ。まあ。あなたが織部君として私に何の用があって来たんですか?・・・完全にあなたが織部君と同一人物だと信用している訳ではありませんが。」
二宮「そう。そう。それだよ、それ。自分の存在を説明するのに手間取ってしまって、本来の目的を忘れる所だったよ。
実は、心臓が落ち着いてから、僕を殺した犯人を捜せって、僕の中の織部巡が訴えかけてくるんだ。ここ一年前から特に。なかなか僕一人じゃあ、情報も集められないし、行動できない事が多々あって、それで君に協力を仰ぎたいんだ。」
杏子「・・・う、そ、そうですね。織部君の事件は凄惨なものだと聞いています。未だに犯人が見つかっていないとも。」
二宮「こんな事を言ってなんだけど、僕はほら、当事者だからね。犯人を覚えているんだ。」
杏子「は?」
二宮「だから、僕は犯人を知っているんだ。・・・知っているというか、顔を覚えている。犯人を捕まえたいんだ。これは復讐なんだよ?」
杏子「ちょっと、ちょっと、ちょっと、ちょっと待って下さい!いい加減なことは言わないで下さいよ!冗談で済まない話もありますよ?」
二宮「冗談でこんな話をする訳がないじゃないか!しかも、面識上は君とは初対面だし。初めて会う人にこんな話、出来ないだろう?」
杏子「・・・一理あります、ね。」
二宮「それに何故、瀬能さんにお願いしたいかと言えば、僕の事を正しく理解できる人でないと困るからだ。なんだかんだ言って、君は僕の事を、ちゃんと織部巡として認識してくれている。・・・誰もこの状況を信じようとはしなかった。やっぱり医者には心臓を移植したストレスからくる精神疾患だと言われたよ。確かにそうかも知れない。そうかも知れないけど、この僕の心臓が、殺した犯人を捕まえろ!と言っているんだ。無下に出来ないだろ?僕の心臓がそう言っているんだから。」
杏子「・・・。
まず、いいですか?私はまだ、あなたが織部君だとは信じてはいません。可能性を否定していないだけの話です。
そもそも、レシピエントがドナーの情報を得る事は不可能なハズです。
どうして、あなたの心臓が織部君のものだと、確証できるのですか?それこそ何の信ぴょう性も無い話だと思いますが?」
二宮「いいねぇ、いいねぇ、その顔。瀬能さんのその顔、思い出すよ。人を虫けらみたいに見る、その目、思い出すよ。自分以外がみんな、バカだって思っている、そんな顔だ。実際その通りだよね、いつもテストじゃ学年で一番で、クラス委員を歴任し、中学生で生徒会長にはなったのかい?
僕は見たんだよ。中学一年の時だったっけ?君、芦田君のリコーダー、くわえようとしていたよね?あれ、僕が声をかけなかったら、やってたよね?未遂で終わって良かったよね?あれ、人に見られていたら瀬能さんの人生、終わっていたかもよ?僕で本当に良かったよね?」
杏子「・・・。」
二宮「あれ?瀬能さんでも顔が赤くなる事、あるんだね?・・・初めて見た。」
杏子「・・・くわえようとはしていません。・・・息を、息を吹きかけて磨こうと思っていただけです。」
二宮「他人の?・・・男子の?・・・人のリコーダーを磨くぅねぇ?
まあ、僕は女だけど、女の僕でも、正直、気持ち悪いと思うよ?好きな男子の事を想うのは構わないけど、やり方があるんじゃないの?
僕のおかげで、思いとどまれて良かったじゃない?
そんなに睨まない。かわいい顔が台無しだよ?
別に僕は君を陥れようと思っている訳じゃない。君に協力して欲しいだけなんだ。
僕が織部巡という保証は何処にもない。DNA鑑定すれば、僕の心臓がもしかしたら織部巡の物だと判明するかも知れない。ただ、また胸を開けて心臓をえぐられるのは勘弁して欲しいけれど。パパもママも望んでは、いやしないけどね。
瀬能さんは、ほら、頭がいいだけじゃなくて、色々な事に精通しているだろう?科学的な事もそうだし、黒魔術なんかも興味があるって聞いたよ。
今の僕は普通じゃない。
それは僕が一番、分かっている事だ。
この普通じゃない状況を理解して、僕と一緒に、目的を成し遂げるには瀬能さんが必要なんだ。瀬能さんしかいないんだ。
だから、協力して欲しい。」
杏子「・・・脅したり、すかしたり、情に訴えたり、まあ。いいでしょう。織部君はこんな人ではなかったのですが、本来の人格である、あなた。あなたの存在が大きいのでしょう。頭脳が二人分の人には敵いません。織部君は、クソ童貞で、女子の手も握れない、奥手男子だったのに、変われば変わるものですね?」
二宮「そりゃあ僕は女子だから、女子の手を握っても何の不思議もないし。・・・最初は抵抗あったけど。それに、毎日、自分の裸を眺めている訳だし。だけど、生理があんなに辛いものだとは思わなかったよ?毎月、死ぬ思いだよ。」
杏子「・・・そうですね。女子の体に生まれたからには、避けて通れぬ道ですからね。」
二宮「それと、瀬能さんち、割かしお金持ちじゃない?そういうのもあって、ね。小学生の頃からピアノ、習ってたの、瀬能さんとあと何人かしかいなかったよね?」
杏子「ピアノを習っていたからと言ってお金持ち、っていうのは他所のお宅と比較が出来ないので何とも言えませんが、その考えは短絡過ぎだと思いますよ?」
二宮「でも、実際、お金持ちじゃない?この家、見れば?なに?ここ、お城じゃない?」
杏子「父の趣味ですから何とも言えませんが。」
二宮「あ、そうだ。言い忘れてたんだけど、僕、今、住んでいる所、ここから三県またいだ所なんだよね?近所じゃないからさ、こっちになかなか出て来られないんだ。運がいいよ。死んだ僕が住んでいた場所が、まだ行ける距離で。これがもっと遠くて北海道と沖縄だったら無理だからね、物理的に。」
杏子「ああ。なるほど。・・・そういう制約もありますよね。」
二宮「今日は瀬能さんと、こうやって話が出来ただけでも収穫だよ。一歩進んだ。」
杏子「あのぉ、織部君。本気で犯人を捕まえようと考えているんですか?」
二宮「ああ。もちろんさ。じゃなかったら、君の所へも来てはいないだろう?」
杏子「あなたは犯人を目撃しているかも知れませんが、その犯人をどうやって捕まえるつもりなんですか?顔を見ているだけじゃ、まるで雲を掴む話ですよ?警察だって動いてはくれないでしょうし。犯人を特定できる何かがないと。目星らしいものもないんでしょう?」
二宮「まあ、通り魔だからなぁ。・・・探しようがないって言えば、無いんだよねぇ。」
杏子「通り魔だったんですか?」
二宮「ああ。たぶん通り魔。知らない人だったから。・・・ほら、道を尋ねられて、教えている最中に、グサっと刺されて。そのまま出血多量よ。」
杏子「・・・すみません。思い出したくない事を思い出させてしまって。」
二宮「いや、いいんだよ。ただ覚えているのはそこまでで病院に着いた頃には、意識がなくなっちゃっててさ。たぶん脳が先に死んだんじゃないかなぁ。次に気が付いた時には、違う体でさ、しかも女で。あれは驚いた。」
杏子「それは、貴重な体験ですね。」
二宮「向こうのご両親?もう今となっては僕のパパとママだけど、泣いててさ。余命いくばくもない娘が心臓もらって、助かって、そんな姿見てたら、僕、織部巡です、って言えないじゃん?唯一、僕、っていうか心臓の心残りが殺された事で、どうしても、許せないから、犯人だけは捕まえたいんだよ。そしたら、心置きなく二宮絵馬として生きていけるじゃん?」
杏子「・・・そうですか。あ、ううん。私、そういう経験がないので簡単に頷く事が出来ないので申し訳ないのですが、私に出来る事なら協力します。」
二宮「ああ、やっぱり瀬能さんにお願いして良かったよ!」
杏子「・・・わかりました、わかりましたから、手ぇそんなに強く、握らないで下さい!」
二宮「あ、ごめん、ごめん。僕、ほら、野球やってたから。あ、マネージャーじゃなくてプレーヤーの方ね。女子野球。心臓が調子よくなってきたから、また、プレーしたいんだけどね。・・・野球ってコンタクトプレーあるから、許しが出ないんだ。」
杏子「なるほど。」
二宮「今日はこれで帰るね。パパとママが心配するから。・・・自分のお墓に行きたいんだけど、どう思う?」
杏子「・・・う、うううん。見ず知らずの人間がお墓に行くのは、常識的に考えて、やめておいた方がいいかと思いますが。そうしたら、私と行きましょう。織部君は、・・・織部君の彼女だったって設定で。もしご両親がお墓にいたとしても、彼女だと言えば、まあ、なんとかやり過ごせるのではないでしょうか?
ただ、ザコ童貞の織部君に当時、彼女がいたっていう設定に無理がありますけど。」
二宮「いやいやいやいやいや。うちの親だって、こんな彼女が、自分でいうのも何だけど、かわいいじゃん?僕。こんな彼女がいたって知ったら父親も母親も喜ぶんじゃない?」
杏子「いやぁ、不審に思うんじゃないでしょうか?・・・私が言うのもなんですけど、織部君。女子とまったく接点がなかったじゃないですか?ビーダマンとかベイブレードとか、そんな物でばっかり遊んでいたじゃないですか?安田さんの件もそうですけど、女子に注目を浴びる方法が間違っていましたからね?そんな人に彼女がいる訳ないじゃないですか?自分で言い出してゴメンですけど。」
二宮「ああ・・・。ああ。女子の僕への評価ってそんな感じだったんだ。ああ。」
杏子「・・・まぁ。とりあえず、自分のお墓へお参りして、区切りつけて、それからにしましょう。」
二宮「うん。・・・そうするよ。ありがとう。」
※本作品は全編会話劇です。ご了承下さい。