表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/20

4憎悪と悲しみ

 翌日、何事もなかったように山羊頭のメイドさんは部屋に現れた。

「おはよう、可愛いお嬢さん!今日はメイクもして、たくさんお洒落しましょうね」と、おろしたての服を持ってきてくれた。昨日は薄紅色のチュニックとグレーのスカートで、今日は深緑色のワンピース。いつも実家では余り物だったから服に着られている感覚が強い。

 自分を可愛く着飾らせる、なんていうのは発想からしてなかった。

 化粧品の区別もつかない私にメイドさんは「アイラインを引くからまっすぐ見ていてね」「口紅の色は薄い方がいいかな」「髪型も変えちゃいましょ」と次々に手を施していった。

 長時間の準備の後、恐る恐る姿見に映した様に言葉を失う。妹もまた身嗜みに時間を使うタイプだったが、彼女の煌びやかな様相とは違い、そこにあったのは、突出した派手さはないが決して地味ではない、上品な娘だった。

 本当に自分かと疑う。十六歳のはずなのにもっと大人びて見えた。


「とーっても可愛い!昨日のあなたも素敵だけど、今日のあなたも素敵!明日はもーっと素敵になりましょうね!」


 メイドさんは一仕事やり終えた、と達成感に満ち溢れた声で労い、私を部屋から連れ出した。


 食堂への道中、昨日先生に連れて行かれてから大丈夫だったか尋ねると、「とーっても叱られちゃった。でも可愛い子にドキドキするのはしょうがないじゃない!」と不満そうだった。


「あんまり我慢すると体に悪いって聞いたことあるし。だからね、お嬢さん、ハグしてもいい?誰にも抱きしめられたことなんてないから、憧れているのよ!」

「…わ…」


 私でよければ、と答える前に、低い声が割って入ってくる。


「まだ謹慎が足りないのなら、検討しようか」

「キャーッ出た出た!んもー、相変わらず厳しいんだからー!」

「それが私の役割だからね」


 先生はメイドさんに戒めの言葉をかけた後、私に向き直って「おはよう、今日も元気そうで良かった」と優しく挨拶をしてくる。

 彼はいつもタイミングよく現れる。昨日も今も、まるでどこで何が起こっているのか完全に把握しているかのようだ。

 そんな私の疑念を読み取ったのか、先生は柔らかい雰囲気のまま私に左手を見せてきた。

 魔術師と同じように、そこにはいくつかの指輪がはまっている。魔石、だろうか。色とりどりの大粒の石が鈍く輝いている。


「この指輪がある限り、不埒な行動は私が止める。だから、安心してね」

「あ、ありがとうございます」


 やはり魔道具のようだ。

 魔術師は数多の魔道具の製作者だが、師匠である彼も道具作りが得意なのだろうか。


 先生は、この館の中の采配を担っているらしい。館の主であるはずの魔術師も、彼には逆らえない。仮面を被った黒髪の男性。魔術師よりも年上に見えるが、実年齢が幾つなのか、出身はどこなのか、謎は多い。

 それは魔術師についても同様だ。突然現れた英雄。彼が今まで何をしていて、どこからやってきて、何故国に魔導兵器を提供し終戦に携わることになったのか、詳しい経緯は何も明かされていない。

 彼が最終的に、何を目的としているのかも。


 いずれにせよ、家に置いてもらっている以上、役立てるように努めなくては。


「…あまり気負わなくていいからね」


 …私の思考はそんなに分かりやすいだろうか。お守りをチェックしても目の色は濃い灰色のままなのに…。




「おやおや可愛らしい!今日はお洒落して来てくれたんだね、じゃあ魔道具関連は中止!汚れたら大変!てことで他の人達に見せびらかして来ておいで。僕はお仕事しながら案じます!」

「森を抜けたら街があるわ。きっと皆あなたの虜よ!」

「気をつけていってくるんだよ、ご飯をいっぱい作って帰りを待っているからねえ」


 魔術師と、メイドさんと、コックさんに送り出され、私はあれよあれよという間に保護者役の先生と館を離れた。

 先生は相変わらず仮面をつけているが、服を汚さないように歩き方がぎこちなくなる私を温和な態度で見守っていた。

 森を抜けるのは簡単だった。魔術師が作ったという箱型の転移用魔道具が設置されていたのだ。瞬間移動というよりは高速移動という感じで少し乗り心地は厳しかったけど、風景が流れるように通り抜けるのはとても新鮮な体験だった。


 少しだけ歩いて辿り着いた街は、私が生まれ育った地域より長閑で、人の顔ものんびりして見えた。

 故にどこぞの貴族のような格好をしている私はかなり目立っていて、遠巻きに人々の視線を集めていた。

 しかし、隣にいるのが仮面をつけた黒髪の男性であることが分かると、皆興味深そうに近寄ってきた。


「こんにちは先生、それって新しい魔道具ですか?」

「いいえ、彼女は人間ですよ。預かっている娘さんなのです」

「へー」


 じろじろと見られて少し落ち着かない。どうやら先生と彼らは顔見知りらしい。しかし、先生の方は彼らとあまり関わり合いたくないのか、口調はいつもより素っ気なかった。

 彼らもそれを特に何も思っていないようで、「おいくつ?」「お名前は?」「どこから来なさったの?」と私に質問を浴びせてくる。


 こんなに近くで人に囲まれるのは初めてだ。

 目が、幾つも私に向けられている。

 無邪気なブラウンとは違う、色んな感情をどろどろに含んだ目が。


 無意識に手が懐を探ってお守りに触れる。浅い呼吸をしている私の様子を悟ったのか、先生は「それでは失礼。また何か要望があれば郵便受けにお願いします」と頭を下げ、私の手を引いてその場を抜け出した。




 しばらく歩いて、街の端に着いた。立て看板が「この先立ち入り禁止」と警告してくる。

 店も家も通り抜けたから、周りには木々しかない。静かで、落ち着く。


「…ごめんね、せっかく綺麗に着飾ってくれたのに。こんなところに連れて来てしまって」

「い、いいえ、私が悪いんです。人の目が怖くて…むしろ、ありがとうございます」


 見せびらかすのを目的としていたのに、結局私のせいで何にもならなかった。

 首を振って否定する私を、紋様の入った仮面がじっと見つめている。


「…もう少し、歩けるかな」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、行こう。足元に気をつけて」


 そう言って先生は看板を横目に奥へと歩いていく。慌てて「た、立ち入り禁止では」と声を上げると「あれを立てたのは私だ。禁止区域はもう少し離れているから、大丈夫だよ」と穏やかに返されて、後を追いかける他なかった。


 館の周辺と同じように、密集した木々が空を覆って陽光を遮っている。

 しかし道は整備されていて歩きやすく、元々道路として使われていたもののようだった。

 何を話すわけでもなく横に並んで歩き続ける。先生は慣れない服の私を気遣って、かなりゆっくり歩いてくれていた。

 だからそこに辿り着いた時、空は既に茜色だった。


 ざあっと木々が開けて、そこに広がっていたのは大きな湖。

 さざ波一つ立っていない水面が赤く染まっている。夕焼けを映してキラキラと反射する中央に、黄色い太陽が一つ、空と合わせて二つ、存在していた。他に生物の姿もない、ただ空を映す鏡のようで、今にも飲み込まれそうで。あまりに神秘的だった。


「綺麗、ですね…」

「…そうだね。またいつか、自分の目で見られたらと願っていた」

「前にも、見たことがあるんですか?」

「うん。…僕は、この近くで生活していたんだ」


 咄嗟に横を見そうになって堪える。先生は、郷愁とも絶望とも言えるような声色で、沈痛に語っている。


 低く紡ぎ出されるのは、彼の昔話。


「この湖はね、魔力が満ちている。だからそれを求めて魔物が迷い込んでくる。小さくて脆い、蹴散らせば霧散するような虫だ。けれど数が多くて、群がられたら呼吸が止まるから気が抜けない。それを皆で見張って追い払うのが仕事だった。朝も、昼も、夜中もずっと」


「働くのは大変で、時間もないし楽じゃなかった。でも、皆は優しくて、僕も受け入れられていると思っていた。ただ、皆のことを助けたかった。もっと楽にしてあげたかった。僕にはそれができる、皆に貢献できる、皆も喜んでくれる。そう思っていた」


「ある時から、この湖の先は、戦場になった。国が勝手に始めた戦争が押し負けてここにまで到達して、土地は荒れて人は駆り出された。皆も、そうだった。僕もそうなると思っていた」


「…魔導兵器は、全てを壊した」


「皆死んだんだ。大地は汚された。もう人が住めなくなった。湖の向こうは、今も地獄が広がっている」


「あんなものを、作らなければ良かったんだ」


 低い声には、底知れない思いが込められていた。

 冷たくなる背筋をそのままに、私はそれに聞き入るしかなかった。

 やがて、先生は私に仮面を向けた。


「…ごめんね、つまらない話を聞かせて。戻ろう。夜になる前に」


 先程までとまるで違って、声は、泣きたくなるくらい優しかった。




 転移の魔道具で戻ってきた。

 空は藍色に変わっている。

 館に戻った私達を、メイドさんとコックさんは陽気に出迎えた。

 根掘り葉掘り聞こうとする彼らに曖昧な返事で誤魔化し、夕食を済ませ、早々と装備を解くべく部屋に戻ろうとしたところで、魔術師に捕まった。


「やあやあ、お出かけ楽しかったかい?でもなあ、先生のエスコートは不安だなあ。自分語りの多い男だからね、いやはや申し訳ない!乙女心というものが全く分かっていないのよもうやんなっちゃう!…おや、大丈夫かい?」


 茶色の丸い瞳が、私を暴こうと覗いてくる。目を伏せて唇を噛んだ。深呼吸すれば涙が溢れると分かっていた。


 自分でも、何がそんなに心を乱したのか分からない。ただ、メイドさんが綺麗にしてくれて、彼に可愛いと褒めてもらえて、「見せびらかしておいで」と言ってもらえたのに、私が人目を怖がったせいで全くその期待に添えられなかった。

 それに加えて、先生の話を聞いた。魔導兵器を…魔術師を、恨むような言葉を。

 そんな思いを抱いているなんて、憎悪とも紛うような言葉を口に出すなんて予想もしていなくて、受け止めることができなかった。


「…可哀想に、何か嫌な思いをしたんだね。よしよし。僕にできることがあれば何でもしよう」


 魔術師は私の手を引いて三階に誘う。バルコニーに出ると、夜風が冷たい以上に気を引くものがあった。数え切れないほどの瞬く星。とても美しいだろうけど、滲む視界ではよく、見えない。


「どうだろう、綺麗な景色を見れば気晴らしになるんじゃないかと思ったんだけど、駄目そう?だったら他の方法!さあこっち!」


 魔術師は決して手を離すことなく私を導く。次にやって来たのは玄関を出て門までに続く道の周りに広がる植物の群生。妹が枯らした箇所のはずだ。今は何事もなく、不思議な青白い花が頭をもたげている。月光を反射しているかのごとく、花弁は自らぼんやりとした光を放っていた。

 とても綺麗だし、とても芳しい。少し気分が落ち着くけれど、油断するとまた息が詰まりそうになる。


「どうかな、可憐なお花を見物したら気も紛れたりするんじゃないかと思ったけど、ご気分は優れない?ならばこちら!」


 初めて入る部屋へと、魔術師は私を呼び込む。そこに吊るされていたのは大きな金色のベルで、魔術師が触れた途端に勝手に音楽が鳴り出す。まるで神に捧げる讃美歌で、呼吸が穏やかになる。でも、手の震えは、止まってくれない。


「いかがでしょう、美しい曲を聴いたら癒されるかも知れないと思ったけど、まだ、元気じゃないね。じゃあ、僕の考えつく最後の手段だ」




 魔術師は、私を作業場の奥に連れて行く。

 広い、広い会堂。魔道具のために配備されている空間の奥にあった、まるで劇場のような舞台。薄暗い中で、魔術師は私から手を離し、恭しく頭を下げた。


「麗しいお嬢さん、今宵はようこそいらっしゃいました!これから始まるは、とあるおとぎ話の一節、健気なお人形と魔法使いのお話です」


 朗々とした語りと共に、魔術師が指輪を輝かせる。途端に、ある一点に光が集まった。

 カタカタと、小さな木彫りの人形が舞台上を歩いている。


「昔々、あるところに魔法使いに作られた人形がいました。彼は何をやってもドジばかり、心もなく不親切、おまけにとっても嘘つきで、皆に呆れられていました」


 そのフレーズを、私は知っていた。読んだことがあった。聞かせてもらったことがあった。


「ある日、老いた魔法使いは言いました。私はもうそろそろ死んでしまう、今のままお前一人を残していくのは忍びないから、私が死ぬ前に、お前が立派になった姿を見せておくれ」


 魔術師の声色が、老人めいた重々しい低音にガラリと変わる。妙に聞き覚えがあった。

 しかしその違和感を追いかける前に、話は展開していく。


 親に等しい魔法使いの願いを受けて、木彫りの人形は拳を突き上げ、変わることを決意する。


「人形は頑張って修行に取り組みました。山を登り、海を越え、各地の魔法使いを訪ねて、あらゆる知識を吸収しました」


 いつの間にか、語り手の魔術師の衣装が変わっていた。いつもの装飾品が多く付属したゆったりとしたローブではなく、まるで本物の舞台役者のようなスーツに。


「弛まぬ努力の果てに、人形は、一人で操り糸を編めるようになり、料理ができるようになり、正直に話せるようになって、皆と仲良くなることができました」


 人形の周りに、不気味なほど精巧な形をした陶器の人間が集まってくる。人形は弾んだ調子で彼らに振る舞っていたが…。

 場面が変わって、ベッドの上にいる魔法使いに縋り付く。


「お願いだよ魔法使い様、僕を置いていかないで。皆の前では明るくしているけど、僕は本当は寂しいんだ。今でも嘘つきなんだ。魔法使い様がいないと、ダメな子なんだよ。ああ、ごめんなさい、僕なんて作らなければ良かったとお思いでしょう」


 泣きそうな声。怯えを伝わす震え方。まるで本当にその人形であるかのような、本当に演技かと疑うほどの臨場感で、魔術師は朗読している。

 これまたいつの間にか、彼は、物を持っていた。透き通った水晶玉の入った、ラベルの一つも貼られていない瓶。蓋は開いている。何かを待っているかのように、口を開けて、私に向けられていた。


 人形のセリフを終えて、魔術師は、声色を優しい低音に変えて語りかける。


「いいや、人形よ。お前はとっても良い子だよ。嘘つきだなんてとんでもない。だってお前は」


「私のために、涙を流してくれているじゃないか」


 続きを横取った声に、魔術師はきょとんと目を瞬かせ、次いでとても嬉しそうに私を舞台上へ引き上げた。瓶を放って、私を両手で迎え入れる。

 何度も読み返した大好きな台詞を思わず溢してしまった私は、彼の促すままに、秀麗な衣装の裾を揺らして物語を綴る。


「魔法使い様、どうか忘れないで。僕があなたを愛していたことを」

「…忘れないとも。お前がどれだけ私のそばにいてくれたことか。私を心配させまいと、頑張ってくれたことか。どれだけお前が愛しかったか、たとえ離れようとも、絶対に忘れはしない」

「どうか、どうか、安らかに」

「お前が、ずっと、幸せで、ありますように…」


 耐え切れず、私は膝を折って床に頽れた。


「…お母様…」


 私に人形と魔法使いの絵本を読み聞かせてくれた人。

 抱っこして、頭を撫でて、笑いかけてくれた人。

 私が、死なせてしまった人。

 慈しむ思い出と忌むべき記憶が蘇って、私は背中を丸めたまま咽び泣く。

 魔術師は、そんな私の腕を取り、幼子にするように視線を合わせて、微笑んだ。


「君は悪くない」

「…でも…私が…いなければ」

「君が、母君に愛されていたこと、君が母君を愛していたこと。それは変わらない。だってそうだろう?君はこんなにも泣いている。母君は、君にこんなに泣かれるほど、君に優しかった。君に温かい思い出を残した。何があろうと、それは揺るがない事実だよ」


 彼の言葉は、声は、いつ聞いても、私の胸の内に滑り込んでくる。

 悲しいのか、嬉しいのか、ぐちゃぐちゃな感情のまま私は彼の見守る前で泣き続けた。

 やっぱり、世界一美しいね、と魔術師は笑んだまま独り言ちた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ