13人間
昔々、あるところに貴族の家に生まれた男の子がいました。彼は何をやっても上手にこなせて、いつも笑顔で周りに優しく、皆に褒められていました。
でも騙されてはいけません。男の子の正体は、人間の体をしているだけの何かだったのです。
男の子の家は、先祖代々、そういうものたちの集まりでした。
笑顔を浮かべていても、優しい言葉を吐いていても、内心はちっともそんなことを思っていませんでした。
いいえ、そもそも内心なんてなかったのです。心なんてものがありませんでした。
自分にとって有益か無益か、役に立つかどうかだけを考えて、他には興味を持ちません。喜んだり悲しんだり、素振りはできても本当に感情を抱くことはなかったのです。
誰かと仲良くなっても、それは表面上だけで、微塵も対等と思うことはなく。自分以外の人間は、うまく利用するだけの駒なのだと線を引いていました。
それは、家族という間柄も例に漏れず。
男の子は、お父さんとお母さんを見て学んで、そういうものだと思っていました。
皆の前では、両親とお出かけして、プレゼントしたり、喜んだり、仲の良い家族を演じていたけど、家の中では会話は一切ありませんでした。
お母さんは家の中では笑わないし、お父さんは家の中では男の子を褒めません。
それをなんとも思うことはありませんでした。だって、男の子自身、心がなかったから、人前では笑顔を浮かべても、人目がなくなれば無表情になりました。
でも、ある日、男の子は一つの劇を見ました。
魔法使いを主題にした、おとぎ話です。そこには人には理解の及ばない不思議が溢れていました。
男の子は不可解な感覚に囚われました。理屈で言い表せないなんて初めてです。
魔法に触れるべく色んな文献を漁りました。
魔法は、難しくて、何も理解できなくて、男の子にとっては初めての経験でした。
他国にあるという人間向けの魔術は輸入を禁じられていて、男の子は自分の力だけで他の種族の解読に取り組むしかありませんでした。
知識を得るのに何時間も何日も何ヶ月もかかりました。果てがありませんでした。気づけば時間が経っていました。本当に、初めてのことでした。
その傍ら、色んな体験に挑戦してみました。お芝居をする人達に参加させてもらったり、お化粧や服飾を学んだり、狩猟をしたり、料理をしたり、工作したり。どれも器用にこなせて、褒めてもらいました。
前までだったら、それをなんとも思うことはありませんでした。
でも、色んな人と会って、色んなものに触れて、男の子は「それは喜ぶべきことだ」と認識するようになりました。
同時に、自分の家の人たちはおかしいのだと、気づきました。
だって男の子は人間です。きっと心だってあるはずなのです。
いつ頃からか、男の子は人の笑顔が見たくなるようになっていました。
そうして、今では多少構造を操れるようになった魔術を用いて、人を幸せにすることを夢見るようになりました。
お父さんとお母さんは、それに興味を示しませんでした。当家の意に沿わないのなら必要ないと、十三歳の時に男の子は家を出されました。
それを悲しむことはなく、男の子は落ちこぼれが流されるという国境で、労働に励むことになりました。
働くのは大変でした。時間もありませんでした。でも、男の子は苦ではありませんでした。
一緒に働く人達は親切でした。魔術は理解されなかったけど、男の子が魔術を組み込んだ道具を披露すれば感心して賞賛してくれました。
中でも、顔にアザのあるお兄さんと片目の見えないお兄さんは、男の子に仕事のやり方を指導し、生活の仕方を教え、優しくしてくれました。
男の子も、二人によく懐きました。
男の子の暮らしを気にかけて、食料を分けてくれたり、毛布を譲ってくれたり、親切にしてくれる彼らに恩を返したいと、思うようになりました。
国境に来て一年を経験して。男の子は、労働環境を改善するための方法を考え始めました。
今は、朝も昼も夜も、絶えず湖を見張って、不定期に現れる魔物の侵入を皆で防いでいます。交代する人が怪我でもすれば休憩は無くなるし、休日に慌てて助っ人に駆り出されることもあります。
けれど、侵入者を検知できる設備があれば、そんな必要はなくなります。
男の子は、かき集めた材料で、魔物の持つ魔力に反応し冷気を吹き出す装置を作り出しました。魔物は群生してやってきますが、耐久力は脆いので撃退するのに十分でした。
見張りの人間は必要なくなりました。一緒に働く彼らは、これでゆっくり寝られるようになったと大喜びしました。男の子はそれを見て笑顔になりました。
時期を同じくして、男の子は二人のお兄さんにプレゼントを贈りました。
よくお腹を空かせているアザのお兄さんには、男の子の料理の知識を備え付けてある人形を。
一緒に暮らして手助けしてくれる家族を求めていた片目のお兄さんには、身の回りを介助する人形を。
どちらも、国境に来る以前より男の子が長い時間を費やして、心血注いで作り上げたものでした。
愛着もあったけれど、お兄さんたちならきっと大切にしてくれると、男の子は人形を差し上げました。
お兄さんたちは大層喜んでくれました。男の子は、とても満足でした。
皆が笑顔で幸せになっている。それを見て笑顔になる自分も、心のある人間でしかない。
何度も何度も、脳裏で「こんなことをして何の意味がある」「何を夢見ている」「ちゃんと裏を読め」と囁いてくる雑音は、きっと幻聴に過ぎないのです。
男の子は、心のないお父さんとお母さんとは違います。
だって皆、男の子に感謝してくれました。
ありがとうと笑顔で言ってくれました。
男の子は、彼らと変わらない、普通の人間なのです。
ある時期を境に、皆がいなくなっていきました。
国境近くまで接近しているという戦争の兵士として徴用されているのです。貴重な資源である湖の監視役が人間でなくとも可能になったから、徴兵を見逃されていた彼らは容赦無く抜き取られていきました。
男の子は、駆り出されませんでした。まだ十五歳で、若かったからでしょうか。
やがて、一緒に働いていた彼らは全員、その土地を離れました。男の子は、他の優しき女子供と一緒に彼らの帰りを待ちました。
噂がありました。
敵国に不気味な兵士がいる。彼らは、何度斬りつけられても、深手を負わされても、立ち上がって進んでくる。
まるで人でないように。
男の子はそれをなんとも思っていませんでした。
でも、ある日、王様の兵士がやってきて、男の子を捕らえました。
「お前があの兵器の製作者か」
兵士達は、男の子を詰問しました。敵国に流した図面は、停止する術は、国を売って得た金品はどの程度だ、と男の子に厳しく言い立てました。
男の子は彼らが何を言っているのか分からず、何も答えませんでした。
すると、彼らは男の子を拷問にかけました。鞭で何度も背中を打ちました。男の子は痛くて叫びましたが、同時に冷静な自分もいるのを自覚していました。
何度打たれても口を割らず黙秘を貫く男の子に、彼らは疲れて手を止めました。男の子は脳裏の囁きに任せて口を開きました。
「打つんだったら見える範囲にしてくださいよ。せっかくの珍しい経験なのに、どうなっているのか把握できないのは勿体無いでしょう」
彼らは唖然として、それから怯えたように男の子から距離を取りました。
兵士の長は、「口を開いたと思ったらこれとは」と男の子を異常者だと断じてから、もっと痛い拷問を開始しました。けれど、男の子は自分に落ち度がないと信じていたので、何も秘密を明かすことはありませんでした。
ある時、公爵夫妻が呼び出されました。これは自分の息子かと問いかけられて、彼らは否定しました。「こんな者、顔すら見たことがない」と首を振ったので、男の子が手心を加えられ釈放されることはありませんでした。
拷問は何日も何日も、日を跨いで続きました。男の子は何も喋らず、何の成果もない日々です。
ですが、ある日、一人の男が捕まってきました。
片目の男でした。
男の子に優しくしてくれた、同僚のお兄さんでした。
彼が、男の子からの贈り物である人形を、敵国に売りました。人形は改造され、複製の出来損ないを幾つも生み出されて、戦争に使われていたのです。
彼は、男の子を見ると、喚き出しました。
「お前さえいなければこんなことにはならなかったんだ。お前のせいで俺達の仕事は奪われ、戦争に参加せざるを得なくなった!皆戦死した!お前のせいで!元凶のくせに、貴族の血を引いているからお前は見逃された!」
男の子は、公爵の家の生まれでした。だから、戦争に参加させられなかったのだと、彼は言います。
男の子のせいで、優しくしてくれた皆は死んだのだと。
親切だったお兄さんは。人形をプレゼントした時「こんなことがあるなんて。本当に助かるよ、ありがとう」と、はにかんでくれた彼は、限りのない憎悪を剥き出しにして、睨みつけています。
「お前のことが本当に嫌いだった。いつ見ても気持ち悪い笑顔で全て分かっているような態度で俺達を見下して!俺達を虐げた貴族と何も変わらない。どれだけ装ったって騙されない!お前は俺達のことを、本気で理解しようとはしなかった!上から目線で所詮こうすれば喜ぶんだろうと蔑んでいた!!気づかないとでも思ったか、そんな能はないと侮ったか!」
「どれだけ俺達の真似をしても、お前は俺達と違う!」
「お前は心のない化け物だ!!」
皆のことが好きでした。
優しくしてくれたから、皆、男の子のことが嫌いではないのだと思っていました。
でも結局、全部違いました。
皆を好きだと思うようにしていただけ、皆から嫌われていないと思い込もうとしていただけ、だったのです。
男の子は、人の気持ちも分からない化け物で、お父さんとお母さんと同じで、本当は人を人とも思っていなかったのです。
片目のお兄さんは、売国奴として刑罰を受けました。
男の子は形ばかりの謝罪を受けましたが、解放されることはありませんでした。
人形の…死なない兵士の製作者。国がそれを利用しない手は、ありませんでした。
男の子はそれを受け入れました。国の金を使用して豊潤に素材を手に入れ、恵まれた作業環境で、人形を転用したものを作りました。出来損ないの複製とは違う、本物の兵器を。
それのおかげで、戦争は一瞬で片がつきました。
その代わり、兵器が暴れた土地には、国境には、湖の近くには、兵器の残骸が散らばり。彼らの素材として使われた、魔力をたっぷり含んだ液体が染み込み。残骸を全て回収し、表層を浄化しても、植物が生えず、生き物が近寄らなくなりました。本当の意味で、湖の見張り役は必要なくなりました。
男の子は、英雄と讃えられました。救国の魔術師と持ち上げられ、人気を博しました。
けれど、男の子は人前には姿を現しませんでした。
男の子は、家を買いました。かつて、一緒に働いた皆が、「あんな城に住めたら楽しそうだなあ」「食料いっぱい蓄えて食っちゃ寝したいねえ」「お前そればっかりだな」と会話していた、深い森の奥に捨てられた館です。
英雄として表彰され。報酬も貰い。王族から婚姻の打診もされましたが。男の子は一人、館で生きることを選びました。
森を抜けて、国境沿いの街に繋がる道に、郵便受けを設置しました。国境付近に住む人達が欲しいものを書いた手紙を入れれば、男の子はその希望を叶える魔道具を作り、彼らに提供しました。
かつて戦争に巻き込まれた皆の遺族のために、故郷の土を踏めなくなった人々のために、男の子は寝る間も惜しみませんでした。
やがて魔道具の評判が広がりました。国境だけでなく他の地域からもはるばる手紙が来るようになりました。
男の子はそれに応えました。新規の流通網を築くのは一人では難しかったから、公爵家が後ろ盾に名乗り出てきました。それを受け入れ、男の子は魔道具を作り、国民に貢献することを目的に、働き出しました。
男の子は、どうしてそんなことをするのでしょう。
拷問されて、痛い目に遭ったのに、どうして誰も恨まないのでしょう。
答えは簡単。恨む心などないからです。
そして、心はなくとも、道徳はあったからです。
自分が原因で亡くなってしまった彼らのために、自分を恨んで亡くなってしまったお兄さんの思いに少しでも報いるために、男の子は人と関わるのをやめ、ただ人々の希望を叶える存在になることを選びました。
化け物である自分が、せめて償いをするために。
そうして、今も、男の子は館で一人生き続けているのです……。
なんて、御涙頂戴の美談みたいに話したけど。
そんな綺麗な物語じゃないよ。
だって僕は、償おうなんて思わなかったんだ。
確かに失敗した。お兄さん達の気持ちを把握し切れなかった。結果的に嫌われていた。
でも、失敗したからって悔やむことじゃない。また次に繋げればいいだけの話。そうでしょう?
ただ、魔道具作りに取り組む上で、雑音がうるさかった。
そもそもこんな労働なんてくだらない、寝たいと囁く声があったから、切り離して石に閉じ込めた。後々三階の部屋に封じた。
どうしてこんなことになったんだ、誰が悪いんだと犯人探しする大声があったから、試作の人形に閉じ込めた。後々地下室に封じた。
僕は魔道具を作れるけど、人形の手じゃ魔道具を生み出せない。だから作るのに専念して、売る役を人形に任せた。こんな扱いおかしいとか、外に出たいとか喚く声があったから、それを二つ人形に入れて外で活動させた。
誰かと話したい、触れたいっていう声があったから、修復した人形に入れて館で働かせた。
お腹が空いて動きたくないっていう声があったから、修復した人形に入れて館で働かせた。
だいぶすっきりしてきたけど、大罪人のお前はずっと働き続けなければならない、っていう正論があったから、最高傑作の人形に入れて、僕を導いてくれる人として配置した。
それが、僕達の成り立ち。君はずっと僕の一人芝居に巻き込まれていただけ。
君は演者じゃない。ただの観客に過ぎないんだ。
だから、僕がもうすぐ死ぬ以上、幕引きが近いこの頃、君はもう必要ないんだ。
僕は偉大なる魔術師として名を残すだろう。その死に様も、魔道具作りに夢中になり過ぎて寝食を忘れぱったり逝ったっていう笑い話になるはずだ。
分かるだろう、君はいらないんだよ。
強大な魔力を携え魔法の才能に溢れる天才は、僕の物語に必要ない。
君は君の物語で活躍すればいい。
だからもう、出ていってくれ。




