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9 真夏の夜の夢

「家でも色々弾いていたんだが、毎回ミヤビは違うカデンツァを弾いててね。私も今のは聴いた事が無い。弾くたびに即興で作ってしまうんだ」


エッカルトの言葉に、皆黙ってしまった。


「即興なんですか、今のが?」


信じられない。

皆そんな面持ちだ。


「そうだ。何が飛び出すかわからない、ミヤビのピアノはビックリ箱なんだ」


―――楽しい。


皆の顔にその表情が浮かんでいる。


「私達の求める音楽の楽しさをミヤビのピアノも持っている。どうだろう、今年の真夏の夜の夢にミヤビを加えるのは」


その提案をしたエッカルトに、皆は異存なしという意志表示をした。



発表会はそれで終わりだと思っていた。

夕方、エッカルトと夫人、アメリ―、治樹も一緒にドレスアップをしてお出かけとなった。

治樹は出演者としてエッカルトとオーケストラと共演するのだという。


「お父さんのお仕事、滅多に見られないから楽しみ」

「そうか。そういえば雅、エッカルトに美味しいケーキを御馳走して貰ったんだって?」

「うん。また食べたいなあ、あのケーキ」

「実は、チョコレートケーキが食べられるお店を予約してあるんだ。会場に行く前に食べに行こう」

「本当?やったあー!」


治樹が案内したのは、投宿先のホテルだった。

国立歌劇場の向かいにある。

その1階にカフェがある。


「あれっ、この前おじ様に御馳走してもらったケーキにそっくり」


お店は違うのに。

雅はじいっとショーケースを見つめる。


「元々あの店のチョコレートケーキはこのお店のもので、レシピだけ渡されたんだ」

「へえ」


運ばれてきたケーキセットに雅は目を輝かせる。

いただきまーす、と勢いよく口の中にケーキを頬張ると、雅は目をぱちぱちさせた。


―――味が、違う。


同じレシピで作ってあるって言ってた。

でも、この前とやっぱり味が違う…

こっちの方が、濃くて、苦くて、甘くて。

たっぷりのクリームと紅茶と一緒に食べて丁度いい。


「お父さん」

「うん?」

「どうしてこのお店のケーキをごちそうしてくれたの?」


雅の質問が来るのがわかっていたのか、治樹はにこりと微笑んでいた。


「私も雅の喜ぶ顔が見たかったのさ。エッカルトだけなんて狡いだろう」

「ええ、おじ様は狡くないよ。優しいよ?」


睨むように治樹が視線を向けると、エッカルトは顔を逸らして知らんぷりをした。

雅が見ていない場所で、治樹はエッカルトに突っ掛かっていた。



『確かに俺は君に娘を預けたし、ピアノの練習を頼んだよ。けれどやりすぎだろう。あの子は未だオクターブがやっと届いたくらいなのに、無理させれば指を壊してしまう』


ひと月でベートーベンの協奏曲を仕上げさせたという無茶ぶりに、治樹が苦言を呈したのだ。


『まあまあ。あの子は自発的に弾きたいという意志であれを仕上げたんだ。同じ曲をアメリーにも渡したが、彼女は仕上げられなかった。誰もミヤビが弾きたいと思う気持ちは止められないと思うよ。父親の君でもね、ハルキ』


ちっともエッカルトは悪びれる様子もない。


『変な解釈が入れば、あの子の音楽でなくなってしまう。だからミヤビには美味しいチョコレートケーキを食べさせてあげた。デメルのザッハトルテを、ね』


それがあの子の原動力だったのさ、と嘯く。

それを聞いて治樹が溜息を吐く。


食い意地が原動力。


溜息が出るが、ある意味雅らしいと思った。


『ドロドロした情を一切排除した、今だけの瑞々しいミヤビの演奏だ。貴重なものだ。この先も楽しみなピアニストだからこそ、今だけの彼女の音楽を聴きたいんだよ』


それを俺達だけの秘密にしておくのは惜しいと思わないか、とエッカルトは治樹の肩を叩いた。


大人になるにつれ、やがて人の醜さにも触れていくことになる。

そんな物は知らない、まっさらな少女の心の発露。


『ハルキ、たった一度の真夏の夜の夢だ。それで騒がれることはあっても、君なら十分にあの子を守って行けるだろう』


まるで他人事のように無責任にエッカルトは言ってのける。

それが治樹には恨めしい。


『団員は皆ミヤビを歓迎している。舞台はアンコールだ』


そうして、雅にも他所行きのワンピースを着てくるようにと言い含めたのだ。

どうやら決定事項らしい。


治樹が泊っていたのは文章でおわかりかと思いますがホテルザッハーです。ザッハトルテは現地カフェで食べるものとお土産用・発送用とでは若干レシピが違っています。日持ちさせるためらしいです。私も食べて驚きました。なので正確にはザッハトルテのレシピは3種存在するという事なんですね…

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