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7 ピアノ協奏曲ニ長調61a

家に戻ると、エッカルトは2人の少女にそれぞれ楽譜を手渡した。


「同じ曲?」


渡されたのはベートーベンの協奏曲。


「そうだよ。この協奏曲は、同じ曲をバイオリン用とピアノ用の協奏曲に編曲されてるんだ。アメリ―とミヤビ、どちらが先に弾けるようになるかな?」


雅は思わずアメリ―と顔を見合わせた。


「えー、すごーい!」


通常、協奏曲として作られた曲が他の楽器に置き換わるケースは殆どない。

その特殊な例がベートーベンのバイオリン協奏曲だった。

元はバイオリンの為に作られた協奏曲だったが、ベートーベン自身はピアノの弾き手でもあった。

それでこの曲に関しては、ベートーベン自身がピアノ用に編曲したのだ。

故にピアノ版は演奏される事自体が希少だった。


ぱらぱらと楽譜をめくっていたアメリ―の手が止まる。


「パパ、この楽譜、途中が抜けてるわ」


どれどれ、と雅が覗き込む。


「そこはカデンツァと言ってね。独奏パートなんだけど、ベートーベンはバイオリンは弾かない人だったから、どうやって技巧的な演奏を入れたらいいのかわからなかったんだ。それで、弾き手であるバイオリニスト達に思う存分実力を発揮してくれ!ってその部分を空白にして、自由にバイオリニスト達が弾けるようにしたんだよ」

「え~、なにそれ~!?面白ーい!」


勝手に作曲しちゃっていいってこと?

あれ、でも…?


「ピアノの楽譜は抜けてる所が無いわ」


雅も楽譜をめくり、内容を確かめる。


「ベートーベンはピアノを弾くのが上手かったから、ピアノ版は自分で埋めちゃったんだよ」

「え~、つまんなーい」


むくれた雅に、エッカルトが笑った。


「じゃあミヤビも作曲したカデンツァを弾いてみるかい?ここのところでこのコードで戻れればいいからね」


そう言って、エッカルトはカデンツァの終わりの小節に3音の音符を書き込む。


「わー、良かった!作曲やってみる!」


雅はぴょんぴょんと跳ねるような足取りでアメリ―と練習室に向かった。



最近やっとオクターブが届くようになって、弾ける曲のレパートリーが増えたので、雅は喜んで新しい曲にどんどん挑んでいた。

夏の初めに渡された協奏曲は、翌月には2人とも仕上げられていた。


「楽しそうな曲になったね」


エッカルトが練習の様子を覗きに来て話しかけた。


「パパ、ミヤビってば凄いの。暗譜するスピードが。それに気分次第でカデンツァもいっぱい作っちゃって」

「ほう」

「おじ様、私のお気に入りの曲はこれなの」


そういうと、雅はカデンツァを弾き始めた。


段々と高揚して行くメロディ。

落ち着いたと思うと、爆発するようなグリッサンドからのトリルがくるくると舞う。


「私もこれがお気に入りなの。ねえ、ミヤビが付けたこのカデンツァの名前をパパにも教えてあげて」

「うん。あのね、これは”幸せなチョコレートケーキ”なの」


それを聞いてエッカルトは大笑いした。

雅の話によると、導入部がケーキが来る前のワクワクした感じ、そして食べたらちょっと苦くて構えちゃうけど、クロテッドクリームを付けて食べたら甘くて美味しいチョコケーキがふわっと口に広がって幸せ、そんな曲だというのだ。

説明を聞いて、またエッカルトが笑いだして、止まらなくなってしまった。


「そうか、ベートーベンのコンチェルトは美味しいケーキだったのか。私もこれは目から鱗の解釈だった」


何が可笑しいのかよくわからなかった雅は、曖昧にへらっと調子を合わせて一緒に笑う。


「ミヤビ、来週に発表会をやってみないかい?その美味しそうなチョコレートケーキの曲を、オーケストラの皆に聴いてもらおう」

「オーケストラ?おじ様の?」

「ああ。皆ミヤビに会いたがってたよ」


エッカルトが指揮者として在籍しているのはウィーンの名門、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団。

ウィーン国立歌劇場管弦楽団の中から選抜されたオーケストラである。

数年前から夏になるとメッテルニヒ家にピアニストのハルキ・カワの娘がホームステイしているという事は団員の中で知られていた。

幼いうちから才能を開花させているという噂を聞きつけ、その東洋人の小娘の演奏を聴きたいと興味津々だったのだ。


彼等はプライドが高く、指揮者さえも自分達が認めないと従わない。

だが彼等が認めれば懐に深く入れるのだ。

ひと月かそこらでベートーベンのコンチェルトを弾きこなして楽し気に弄って遊んでいる雅を、是非とも彼等にも見せたかった。


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