【声劇台本】儚い隣人
未来 飛葉
女性。23歳。社会人。
間布角 茅根
女性。23歳。
咏池 告音
男性。33歳。
上司
男性。飛葉に色目を使うセクハラ上司。
先輩
不明。仕事にストイックで、出来の悪い飛葉を見下している。
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【配役】
飛葉(♀)/
茅根(♀)/
告音(♂)/
先輩(X)/
上司(♂)/
茅根:ねぇねぇ! 次はあっちに行こうよ! 洋服屋さん!
飛葉:え〜? 私、そういうの興味が無いというか、気にしないというか。
茅根:じゃあこれを気に勉強しよ! 飛葉は顔も良いし、スタイルも悪くないんだからさ!
飛葉:うーん…じゃあ、ちょっとだけ。
茅根:いぇーい! 良いねぇ!
飛葉:どんなのがあるんだろう。あ、これ前に先輩が着てたやつ。
茅根:革ジャン? ほほう、カッコイイ系か。こういうの興味あるの?
飛葉:どうだろ…良いなぁとは思うけど、私には似合わないかな。
! ほら、袖、通して!
飛葉:え? ちょ、ちょっと!
茅根:おー、良い! 似合ってる!! でも、中がそれじゃあ合わないなぁ。良い色、無いかな。
飛葉:確かに…これ黒だし、白とか?
茅根:シンプルでいいね! だけど、アタシ的には〜…これ! これ着て!
飛葉:グレーかぁ、これはこれで悪くないね。
茅根:でしょ! じゃあそれで決定! それ着て他、行こ!
飛葉:うん。
アパレルショップから出て走り始める。
場面転換。戦場の塹壕にて敵からの銃撃をやり過ごす3人。
告音:茅根ぇ!! ちゃんと生きてるかぁ!?
茅根:だ、大丈夫です……飛葉は?
飛葉:生きてる…けど、これどうやって切り抜けるんですか?
告音:敵軍はすぐそこまで来てる! 絶対にこれより先に進ませてはならない!
茅根:で、でもアタシ達3人だけじゃ……
告音:それでもやるんだ! それが、国のために私達ができることだ!!
飛葉:敵は何十と居て、私達は3人だけ…覚悟を決めるしかないみたいね。
告音:…よし、行くぞぉ!!
茅根
飛葉:うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
塹壕から走り出す3人。
場面転換。ビルの上で街を見下ろす飛葉。
飛葉:居た。あそこ。
茅根:予定通りだね。準備はできてる?
飛葉:ええ、あとは引き金を引くだけ。
茅根:ないとは思うけど、外さないでね。
告音:「こちらHQ。守備はどうだ。」
茅根:あ、無線。こちら茅根、ターゲットを視認しました。
告音:「よし、いいぞ。飛葉。」
飛葉:はい。
告音:「緊張しなくていい。電気のボタンを押すように。トイレを流すように。何も考えず引き金を引けばいい。」
飛葉:……はい。
告音:「では、健闘を祈る。通信終了。」
茅根:……飛葉、大丈夫?
飛葉:大丈夫。これは必要なことだから。
茅根:……
引き金を引く飛葉。
場面転換。電車の中で隣同士に座り、揺られる2人。
飛葉:あーあ…会社、行きたくない。
茅根:そうなの?
飛葉:なんか、私なんか要らないような気がしてさ。
茅根:そんなことないよ! 飛葉が居なきゃ駄目なこと、たっくさんあると思うよ!
飛葉:でもね…上司は私に色目使ってくるし、でも他の若い子娘にも絡んでるし……先輩はどうしてか私にだけ厳しくて、トロいって言われるんだ……
茅根:そっかぁ、色々と大変なんだね。でも飛葉は強い子だから、きっと大丈夫だよ。もうちょっと頑張ってみない?
飛葉:うん……茅根がそう言うなら、頑張ってみるね。
茅根:うん、大丈夫。飛葉のそばには……
茅根:アタシたちが居るから。
目を開けるとスマホのアラームが鳴り響いている。
飛葉:……もう朝か………ん、くぅ〜(伸びをする)
飛葉:なんか、忙しない夢を見てた気がするけど…なんだっけ、覚えてないや。
場面転換。会社にて。
上司:未来くぅ〜ん。お茶、入れてきてくれない?
飛葉:…はい。
上司:ところでさぁ、未来くん夜、予定とかある?
飛葉:い、いえ…ありませんが……
上司:あ、なら食事でもどうだい? 良い店を知ってるんだ。
飛葉:え、でも……資料のまとめが…まだ目処が立たなくて……
上司:そんなの、明日でもいいじゃん。ね? 行こうよ。
飛葉:…分かり…ました……あの、お茶です……
上司:はい、ありがとうねぇ。
飛葉:はぁ……
先輩:未来 飛葉! 頼んでおいた資料は?
飛葉:あ、す、すみません! まだ終わってなくて!
先輩:はあ…本当にトロい。残業してでも、今日中に終わらせて。
飛葉:え、でも…予定が
先輩:(食い気味に)仕事が最優先。じゃ、頼んだから。
飛葉:あ、あ……(うなだれる)
夕方、皆が退社する中でパソコンとにらめっこする飛葉。
上司:未来くん、ほら、行こう!
飛葉:あ、すみません……先輩から、これを今日中にと……
上司:えぇ〜? あ、それかぁ。じゃあ、しょうがないか。ま、頑張って。
飛葉:はい…あの、本当に!(振り向く)
上司:ねぇ君〜。このあと暇? 食事にでも行かない?
飛葉:……
翌日、会社にて
先輩:未来 飛葉、資料は?
飛葉:あ、えっと…まだ、できてなくて……もうちょっとでできます!
先輩:はぁ…もういい、資料ちょうだい。あなたに任せていると、いつまで経っても終わらない。
飛葉:あ、はい…あの…こちらです。
無言で資料を受け取り去る先輩。
飛葉:あ……
上司:未来くん♡ 今夜は食事どう?
飛葉:え、ええ…大丈夫…です……
上司:今日は振られた仕事ない?
飛葉:はい…
上司:じゃ、よろしくねぇ〜。
その日の夜、とある居酒屋にて。
上司:いやぁ〜、来てくれてありがとねぇ。
飛葉:いえ…こちらこそ昨日は……
上司:え? いいよいいよ、気にしなくて。飛葉くんの教育してる子、すっごくキビシイよねぇ〜。
飛葉:…
上司:あの子も入社したときは可愛げがあったんだけど、今じゃ皆が怖がってるから。
飛葉:そう、ですか…
上司:それより飛葉くん、今はひとり暮らしだっけ?
飛葉:はい…上京すると同時に始めまして……
上司:彼氏とかは?
飛葉:…居ません……
上司:そっかぁ〜。なら大丈夫だね。
飛葉:え、何か…
上司:いいや! 何でもないよ。
上司が瓶ビールを飛葉に注ぐ。
上司:ま、仕事のことなんか忘れてさ。グッといこう!
飛葉:え、あの…私お酒、苦手で……
上司:だいじょーぶだいじょーぶ! お酒ってのは慣れだからさ! ほら、グッと!!
飛葉:……!
目をつぶり一気に流し込む飛葉。
上司:お、良い呑みっぷりだねぇ〜。
飛葉:ハァ…ハァ……
上司:それじゃあジャンジャンいこうか! はい。
空になったグラスに注ぎ足す上司。
飛葉:あ、あの! …も、もう無理……です…
上司:気にしないで、ここは出すから!
飛葉:……
3時間後、店から出る2人。
飛葉は潰れかけで上司に肩を借りる。
上司:だいじょーぶ? 飛葉くん。
飛葉:(酔ってる風に)だ、大丈夫…です……
上司:酒、本当に弱いんだねぇ。どこかで休憩するかい?
飛葉:ど、どこかって…?
上司:すぐそこに休めるところあるから、そこに行こうか。
飛葉:すぐ…そこ……?
上司:そう、すぐそこ。(ネットリとした笑みを浮かべて)
飛葉:い、いえ…家、近いので……(上司から離れる)
上司:あらら、そんなにフラフラで帰れないでしょ?
飛葉:た、タクシーで、帰ります……
手を上げタクシーを止める飛葉。
飛葉:では、失礼…します……
飛葉を乗せ走り出すタクシー。
上司:ふぅん…もう少しだったのに。ま、いっか。
場面転換。飛葉が自宅に着く。
飛葉:……(鍵を開け、ドアを開ける)
飛葉:…はぁ……(寝室に行きベッドに横たわる)
飛葉:(この上なく辛そうに)う、気持ち悪い……
飛葉:頭、痛いし……む、り……
翌朝、頭に轟音のように響くアラームで目が覚める。
飛葉:う、うぅ……気持ち悪い…
飛葉:吐き気もするし……頭、回らない……
飛葉:仕事…休めるかな……
会社に電話をかける飛葉。
飛葉:……
先輩:「もしもし、どうしたの? こんな朝早く」
飛葉:あの…体調が優れなくて……もし可能でしたら…今日は…休ませていただきたい……の、ですが……
先輩:「はぁ? 何を言ってるの? 昨日は普通に仕事してなかった? なんで体調不良なんかに」
飛葉:えっと…ちょっと、分からなくて……
先輩:「……体調管理もできないなんて、社会人として終わってる」
飛葉:申し訳…ありません……
先輩:「……今日は休んで明日、必ず出勤できるように」
飛葉:ご迷惑、おか
飛葉が言い切る前に電話が切れる。
飛葉:……あ、連絡。これ……大学のときの…
飛葉:…あれから、どれくらい経ったかな……長いこと皆に会ってない……
飛葉:皆、恋人ができたり…仕事、上手く行ってたり……なのに私って……
飛葉:……寝よう。
場面転換。会社にて、先輩に怒られる飛葉。
先輩:何度、言えばわかるの? こんなこと、ちゃんと教えれば小学生にだってできるのに!
飛葉:すみません…すみません……
先輩:本当にトロい。なんで入社できたか甚だ疑問だ。
飛葉:…すみ、ません……
先輩:仕事ができない人間に、存在価値は無い。
飛葉:…はい……
上司:未来くぅん、ほら、お茶お茶〜。
飛葉:はい、い、今すぐに!
上司:(飛葉の手を触りながら)キレイだねぇ、未来くんの手は…
飛葉:ひっ!
上司:あぁ〜、未来くん。可愛いよぉ〜。
飛葉:や、やめて…
飛葉:(頭を抱え蹲りながら)やめて、やめて! やめて!! やめてやめてやめてやめてぇ!!!
茅根:もう、居ないよ。
飛葉:(視線を上げて)…え?
上司や先輩は居らず、会社のオフィスだった風景がなくなって、空に浮かんでいるような状態に。
飛葉:あ、あなたは……
茅根:飛葉、大丈夫?
飛葉:あなた…どこかで……
茅根:うん、アタシはずっと居るよ。
飛葉:……あ、思い出した。あなたは、何度も会ったことがある。何度も何度も…
茅根:そう、アタシは飛葉をずっと見てきた。そしてずっと一緒に居た。
飛葉:あなたは…一体、誰?
茅根:アタシは飛葉が作った存在。飛葉の心の中にだけ居る存在。
飛葉:ど、どういうこと?
茅根:ここはね、飛葉の夢の中なの。
飛葉:夢の…中……
茅根:そう。飛葉の夢の中で、アタシは飛葉が求めた存在。
飛葉:私が求めたって……どういう…
茅根:飛葉、働くようになってから友達と会わなくなったでしょ? 飛葉の寂しい気持ちと辛い気持ちが募って、次第にアタシという「友達」を作り上げた。そしてアタシと遊んだり悩みを打ち明けることによって、飛葉は心のバランスを保った。
飛葉:あ……だから、どこに行っても一緒だったの? 私が寂しくて、辛かったから、隣に居てくれてたの?
茅根:そういうこと。アタシだけじゃないよ。
告音:やあ、飛葉。
飛葉:あなたは?
告音:茅根ほどじゃないが、僕も君の近くにずっと居たのさ。
飛葉:ずっと…あ、そういえば、あなた父に顔が似てる気がする。
告音:よく気付いたね。僕は君が求めた兄なんだろう。君はひとりっ子で、兄という存在に憧れを抱いていた。付かず離れずの距離感で、でもここぞってときに鼓舞してくれるような存在。
飛葉:私…そんなの求めたんだ……
茅根:飛葉、今、辛い?
飛葉:うん…辛い、凄く辛いよ……
飛葉:現状から逃げたくて…でも生きていかなきゃならなくて…でももう心が持たなくて……
茅根:…おいで。(飛葉を抱き寄せる)
飛葉:…ちゃんとしなきゃって思って、でもどうすればいいか分からなくて…何が正解か考えられなくなって……(次第に泣き始める)
告音:そうだね。(飛葉の頭を撫でる)
飛葉:もう……無理だよ! 私、生きてられない!!
茅根:…飛葉、飛葉はとっても頑張り屋さんだから、ずぅっと頑張り続けてるの。
飛葉:うん…
茅根:でもね、ひとりで抱え込んでいたら何も解決しない。
飛葉:…うん……
告音:社会人になって“なんでも一人でできるようにならなきゃ”と思っていた。
飛葉:うん……
告音:結果、解決策を見出せずストレスだけが肥大化していった。
飛葉:……うん……
茅根:ごめんね。アタシたちは夢の中の存在だから、飛葉を直接、助けてあげられない。
告音:しかし言葉を交わすことはできる。
茅根:どうすればいいか一緒に考えよう?
告音:夢の中でも、ここには3人、居るのだから。
飛葉:……うん……
茅根:ね、仕事はどうして上手くいかないの?
飛葉:やり方が分からない…なにが正解か分からないの……どんなに工夫してみても、作業の時間は縮まらないし、出来も悪い。
茅根:確か先輩って飛葉の教育係だったよね?
飛葉:うん……
茅根:じゃあ、いっそのこと聞いてみたら?
飛葉:そんなの…できないよ……
茅根:飛葉、最初からできる人なんて居ないよ。飛葉は充分、一人で頑張ってできなかったんだから、聞いてみるのが一番だよ!
飛葉:…なにか言われたら、どうしよう……
茅根:うーん、確かに先輩なら色々と言ってきそう…でも、そこでめげずに頑張ってみようよ。何もせず落ち込むより、絶対に先に進むから。
飛葉:……うん。
告音:上司はどうしようか。彼は君だけじゃなく他の人にも声をかけているんだろう?
飛葉:うん…
告音:なら証拠を揃えるのはどうかな?
飛葉:証拠…?
告音:そう。今の時代セクハラにとても厳しい世の中だ。証拠を集めてそれを使い、彼のセクハラを止めさせるんだ。
飛葉:そんな、脅しみたいなこと……
告音:でも、君は彼の行動に迷惑してるんじゃないのかい?
飛葉:…うん……
告音:自分の気持ちを殺してまで付き合う必要はない。もし不安なら、他の人にも声をかけてやってごらん。
飛葉:…できるかな?
告音:君は強い。君ならできるさ。
飛葉:うん……
飛葉:ありがとう、二人とも。
茅根:もう平気?
飛葉:大丈夫、二人のおかげで元気、出た。
告音:大丈夫かい?。
飛葉:頑張ってみる。
飛葉:…ねぇ、二人とも。
茅根:なに?
告音:どうした?
飛葉:……また、会えるかな?
茅根:もちろん!
告音:僕たちはいつでも会えるさ。
茅根:だっていつでも
茅根
告音:アタシたち(ぼくたち)は側に居る。
目が覚め、ゆっくりと起き上がる飛葉。
飛葉:…なみ、だ…
飛葉:…茅根、告音……
場面転換。会社にて。
飛葉:昨日は迷惑をおかけしました! 申し訳ありません!
先輩:……未来 飛葉、今日中に会議に使う資料を作って欲しいのだけれど。
飛葉:すみません! やり方が分からないのでご指導いただけますか?
先輩:そんな時間が私にあると? あなたと違って暇じゃない。
飛葉:お願いします! 自分一人では上手くいかないので、教えてください!(深々と頭を下げる)
先輩:ちょ、ちょっと! ……分かった、5分後に私のところへ来て。
飛葉:…ありがとうございます!
上司:未来くぅん。お茶、淹れてくれるかなぁ?(肩を揉みながら)
飛葉:申し訳ありません! 先輩から頼まれた仕事で立て込んでいるので、ご自身で用意いただけますか?
上司:えぇ〜? つれないなぁ…お茶くらい良いじゃないかぁ。
飛葉:あと、肩を揉むのを止めてください!(手を振りほどく)
上司:そんなこと言わないでよ〜。
飛葉:申し訳ありませんがこれ以上、続けるつもりならセクハラで訴えさせていただきます!
上司:え、あ、あぁ…それは、勘弁だなぁ〜?
飛葉:では、失礼させていただきます!
上司:……未来くん、あんな感じだったっけ?
先輩:いいえ、突然、変わりましたね。何かあったのでしょうか?
飛葉:茅根、告音、見ててね。私、頑張るから!
場面転換。空に浮かぶ茅根と告音。
茅根:いいねぇ、やっぱり飛葉は元気じゃないと。
告音:でも僕の助言はあまり意味を為さなかったみたいだね?
茅根:そんなことないよ! セクハラって言ったら上司さんヤバそうな顔してたよ。
茅根:でも心配だなぁ。大丈夫かな?
告音:きっと大丈夫。飛葉はひとりじゃない。
茅根:…うん、そうだよね。だって……
十年後。リビングで洗濯物を畳む飛葉。
飛葉:…ふぅ、4人分ともなると大変ねぇ。
ツネ:ねぇママ、今日、変な夢、見た!
飛葉:どんな夢?
ツネ:知らない子がいて、保育園のヤなこと言ったら、“それヒドいね!”って。
カヤネ:それ変だよ。夢って見たり聞いたりしたことが元になるって本に書いてあった。ツネ変。
飛葉:こらカヤネ。
飛葉:全然、変じゃないよ。その子はね、ずっとツネの心にいるツネだけのお友達なの。偶にしか会えないけど、きっとツネに優しくしてくれる。
ツネ:ママには居るの?
飛葉:そうね……今はもう会えなくなってしまったけど、ママにも居たんだよ。しかも2人。
ツネ:ふたり!? え〜いいなぁ〜!
カヤネ:なんで会えなくなったの?
飛葉:うーん、多分2人が居なくてもパパがママに優しくしてくれたから。
ツネ:会えなくて寂しい?
飛葉:寂しくはないけど…偶に会いたいなって思う。でも大丈夫。たとえ会えなくても……
飛葉は手を胸に置く。
飛葉:いつでも二人はそばにいるから。