婚約破棄されたばかりの姪は「新しい婚約者のために手伝ってほしい」と言ってきた
「婚約破棄されたばかりの君の新たな婚約者がすぐに決まるとでも?」
俺は目の前で、ニコニコとしている姪であるアリアに問う。自分で、できる最大限のきつい言い方、険しい顔をしているはずだ。
アリアは先日、第二王子から婚約を破棄された。私は彼女の父親であり、私の兄に頼まれ、彼女の王都での相談役、というか、援助役、というか監視役兼監督役のようなものに努めていた。
私が王城で働いていることもあり、頼まれた。いや正確には、押し付けられた。
アリアは昔から問題がある子だった。俺もこの子に何度も振り回された。特にこの子が第二王子との婚約の関係で、王城で勉強等をすることになり、王都に移住して来てからはひどかった。思い出したくないことばかりだ。
第二王子と彼女が結婚できるのか、私には懐疑的だった。当人同士の馬が合わないのは知っていたし、王家も兄もアリアと第二王子の婚約にそれほどメリットを感じなくなってきたからだ。それにアリアの問題行動の数々。彼女との結婚は王家にとって醜聞に近いと感じていた。姪に対して思うことではないだろうが。
だからこそ、第二王子との婚約破棄を聞いたときは、自分の立場のこと、兄への申し訳なさよりも、だろうなという感情を先に思ったくらいだ。婚約解消ではなく、破棄になったのは少し驚いたが。元々王家からの要請の婚約だったのだから。
それでも彼女と第二王子の関係が本格的に怪しいと聞いた私は、この婚約が続くように色々と行ったことは記憶に新しい。まあそんな私の努力もつい先日無となったが。
まあ別にそのことに関してはアリアからも謝罪があったし、兄からも咎めるどころか、謝罪があったので特に恨みを持ったりとかがない。ただ徒労に終わったことが少し虚しく感じるだけだ。
で、そんなことがあったアリアが唐突に会いたいと言ったので、会ってみればわけのわからないことを言い出したのだ。
『新しい婚約者のために手伝ってほしい』
わけのわからないことを言ってきたし、前回の第二王子のことで反省していない部分もあるのではないかと思い、少々脅すように尋ね返したのだ。
「婚約破棄されたばかりの君の新たな婚約者がすぐに決まるとでも?」と嫌味を添えて。
こういう言い方に慣れていないのでうまくできているかどうかが少々不安ではあるが。
とまあ、私の心中を知ってか知らずか、アリアはけろっとした様子で答えた。
「決まりますよ、叔父様。というかお父様もお相手のご家族も了承済みです」
アリアのその答えを聞いて、私は思いっきり「は?」と言ってしまった。全く唐突の、予想だにしていない答えだったのだ。
「で、叔父様には少々手続きで手伝って欲しいことが」と言ってアリアは持ってきた書類を出そうとしてくる。
「待て待て待て、兄上も、それどころか相手も了承済み。この短期間で?」
「ええ、そうです。で、叔父様、この書類にサインをお願いしたいのです」
アリアは私の動揺を無視して、書類を目の前に見せてくる。
「待て、アリア。待ってくれ。そもそも相手は?」
ほかにも聞きたいことはあるが。今は相手だ。せめてその情報を聞けば、ある程度問題が解決するかもしれない。
「ライフォード公爵の一人息子、レオン様です」
アリアの回答を聞いて、自分の口が空いた。開いた口が塞がらないというやつだ。鏡でもし自分をみれたとしたら、大層間抜けな顔をしているだろう。それほどまでに、アリアの新たな婚約者の衝撃が強すぎた。
「で、叔父様。ここにサインを」
「待て待て待て。レオン・ライフォード?我が国の貴族すべての頂点といっても差し支えないライフォード公爵家の一人息子の?氷の貴公子、レオン・ライフォードが君の新たな婚約者?!」
アリアのサインを促す声を遮って、自分でもわかるくらい早口でまくし立てた。アリアはけろっとした様子で、「ええそうです、で、サインを」と答えた。
「おかしいだろ。第二王子の婚約を破棄された令嬢を新たな婚約者に迎え入れると、ライフォード公爵家が決めたのか?」
「そうですけど、で、サインを」
アリアは不思議そうな目でこっちを見たまま、サインを促す。
「君とレオン卿のつながりなど聞いたことないぞ。なぜそんなことに?」
「色々とあったんです。そこは乙女の秘密ですので」
アリアは口元に人差し指を持ってくる。まともに答える気はなさそうだ。アリアの王都での行動はおおむね把握している。把握しているはずだ。色々と使って、彼女が問題をできる限り起こさないようにしてきた。なのに、その情報網に引っかかっていないことがあり得るのか。
と、ここまで思考して気づいた。気づいてしまった。
「アリア?いつから関係がある?」
「王都に来る前からです」とアリアはにこっとしながら答えた。
私はそれを聞いて、天井を仰ぎみて大きくため息をつく。理解したからだ。自分が何も知らなかったことに。
アリアとレオン・ライフォードの婚約。これは兄とライフォード公爵家の間で何年も前から計画していたことだろう。
互いの家でこの二人の婚約のメリットは大きい。だが、婚約するには障害があった。
アリアには第二王子との婚約があったし、そもそもアリアとレオン・ライフォードの婚約など王家は反対するのが目に見えた。王家にとって脅威になりえるのだから。その婚約は。
だからこそ一計を打ったのだろう。王家側から婚約を破棄するように。
婚約解消ではなく、破棄。そうすれば、王家はアリアの次の婚約にそれほど文句が言えない。文句を言えば、「そちらに婚約破棄されたアリアをもらってくれるとあちらが言ってきてくれたのに」とかなんとか言って被害者ぶるつもりなのだろう。
だからこそ、アリアの問題行動はそれほど咎めなかったのだろう、兄は。アリアの問題行動を報告しても、注意の手紙をアリアに届けるぐらいだったのだ。そして、婚約破棄が目前に迫っても、それほど焦った様子もなかったのだ。それは余裕があったからだ。というか婚約破棄を望んでいたからだろう。
そもそもアリアの問題行動の数々にも演技の節が出てきた。いくつかは本物というかアリアの素だろうが、過剰に行ったのではないか。アリアの王家からの評価を下げるために。
まあかなり社交界での評価が落ちたアリアをライフォード公爵家に迎え入れてもきっと解決する術があるのだろう。そうでなければ、婚約がうまくいくはずもない。まあその術は私には想像もつかないが。
まあそういうことで、わかったことは私は何も知らずに振り回されたのだ。アリアと兄と、ライフォード公爵家にすらも。
話してくれればよかったのに、と思うが。私が婚約破棄をしないように本気で色々と行う姿を見せてほしかったのだろう。王家に、他の貴族たちに。
「全く兄上には後で色々とふんだくろう」
私はそうつぶやくと、ペンをとる。
「で、どこにサインだ?」
「ここです」とアリアはにこっと笑顔を見せると、書類を指さす。
「アリア、一つ聞いてもいいか?」
「レオン様との馴れ初めとかそういうのでなければ構いませんが」とアリアは冗談めいたことを言ったが、本気のトーンであった。かなり恥ずかしいのかなんなのかしらないが話したくなさそうだ。
「この婚約は君のためになるか?君個人のために?」
私は真剣に問うた。アリアには色々と振り回され、今後も振り回されるだろう。だが、可愛い姪だ。その姪が幸せになるかどうかは私にとって大事なことだ。ここまでやってきたのだ、彼女のために。まあさせられたに近いが、その恩は報いてほしい。別に私にメリットなどなくていいのだから。
「ええなります」
アリアは朗らかな笑顔で答えた。いつもの少し胡散臭い笑顔か、悪魔のような笑顔か、作り笑いと確実にわかる笑顔でなかった。彼女の本当の笑顔と呼べるものに見えた。
「ならいい」
私は笑顔でそう言うと、書類にサインをした。そして、その後、別のいくつかの書類にサインをした。そのほかにも、彼女に色々と私に行ってほしいことを聞いた。面倒なことが多かったが、やってやろうと思った。
ただ、彼女の幸せのために・・・