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それいけケマコ ゼロ

作者: みはらなおき

 広大な畑、遠くにかすむ山々、どこまでも一直線の道路、見渡す限りの青空に白い雲が流れている。

原生林に囲まれて、鳥の声や虫の声も聞こえている。


「大近畿大学北海道演習林 セミナーハウス」と書かれた、案内板の周りの草刈りが行われている。セミナーハウス前の作業が一段落したところで、草刈り機のエンジン音が止む。


「望月さん、休憩しましょう」と、職員が声をかける。


「はいはい」

 望月は、会社員をリタイアした後、息子の就農の手伝いで関西から北海道富良野市に移住し、農閑期に演習林のボランティアに参加していた。


 デッキテラスの椅子に腰かけ、温かいコーヒーを飲んでいると、木陰から子ぎつねが現れた。


「親もいるのかな」

 見渡すが、そういった気配はなかった。戯れに手持ちのメロンパンをちぎって投げてやると、ちょこちょこと走ってきて、パクリと食べてしまった。


「ほんまは、あんまりあかんのやけどな」

 ふと見ると、案内板の先の道路にヒグマの子どもがこちらを見ている。子ぎつねは子熊を見つけると、そちらに走って、森に消えた。



「ケマコーー」

 子熊の女の子ララが、子ぎつねのケマコを呼んでいる。


「はっ、はっ、はっ、それーー」

 ケマコは、ララを飛び越えて見せた。


「ひゃー、待てえ」

 ララは、ころころと跳ねながらケマコを追いかける。ララの兄弟が、川原で呼んでいる。二匹も川原に駆けていった。


 子ぎつねケマコは、生まれて間もなく母きつねや兄弟と離ればなれになってしまい、死にかけていたところをララの母親に助けられ、ヒグマの家族と暮らしていた。


「人間とは、うまく距離を置かなきゃだめなのよ。人間の町なんかにいったら殺されちゃうんだから」

 夜、ねぐらでくっついているとき、ララの母親が、子熊たちやケマコに話した。


「ケマコはきつねだから、そのうち一人でやっていかなきゃいけないけど、くれぐれも気をつけんのよ」

 ヒグマの母親やララとくっついてケマコはそんな話を聞いていた。



 演習林では、見学ツアーが催されている。望月は、ガイドとして10名ほどを引率し、森を歩いていた。

「それでは森林資料館にご案内します。ここからは、大学職員の山田さんから解説をお聞きください」

 10名が資料館に入っていく。望月は、階段に腰かけ一息ついた。


「あれ?またお前か」

 ケマコは、たくさんの人がぞろぞろ歩いていくのが珍しくて森からついてきていた。資料館から望月がでてきたのを見つけて、近づいていったのだ。


「あー、あんた、いつも、甘いのくれるおじさんよねー」


「なんや、またメロンパンほしいんか。よしよし、誰も見てへんから、ちょっとだけな」

 望月は、メロンパンをちぎって、投げてやる。ケマコは嬉しそうに頬張った。


「前に見た時より、大きなったな。今もヒグマと一緒か。狐らしゅう餌とれるようになるとええがなあ」



「何これ、甘いもんつけてるじゃない。またあの人間からもらったんだね。危ないんだよ」

 ララがケマコの顔を舐めている。


「あの人だけよ。大丈夫よう」


 ララの母親もペロリとケマコを舐めて、

「狐は、クマよりも人間に近いところで生きるのかしらねえ。狐は狐らしくやっていったほうがいいのかもねえ」と言った。


「狐は狐らしくかあ」

 ケマコはうとうとしながら、そんなことを考えていた。


「ねえねえ、あれ何の話してんの」

 ケマコがララに訊く。望月や演習林職員がクルマに乗って麓の山部神社に行くそうだ。


「ああ、それは神社っていうのよ。食べ物なんてないところよ」


「神様にお祈りすんのよ」とララが言う。


「あ、そうだ!あたしも神様に訊いたら、狐らしくするってどんなことか教えてくれるんじゃない?」




 下弦の月が出ている。

「内緒よ。お母さんに怒られちゃうんだから」

 森から無人の道路に飛び出した二匹は、平和橋を渡った。

「だ、大丈夫よう。神様に訊くだけ、訊くだけだからあ」

 二匹は、高揚した気持ちで駆け出した。



 二匹は、境内に人の気配がないことを確認して入り込んだ。


「神様ーー。神様ーー」と二匹は、声を出すが、何も起こらない。


「これなにかしら」

 ケマコは、拝殿の階段を登って、本坪鈴の紐にぶら下がった。


「シャラーン、シャランシャラン」

「きゃあ」

 ケマコは、驚いて逃げようとしたが、爪が引っかかってしまった。


「シャラーン、シャランシャラン、シャラーン、シャランシャラン」


「ケ、ケマコッ」

 おろおろするララの上にケマコが落ちてきた。慌てて逃げ出そうとした瞬間、


「パアアアアア」と、拝殿の障子が明るく輝いた。


 厳かな雅楽がどこからか奏でられる。


「え?ふぁあ」

 障子の隙間から眩い光の筋が何本も伸びてくる。


「ぱああん」

 ものすごい勢いで障子が開いた。雅楽は止み、光もほどほどになった。二匹はぽかんとしている。


「何時だと思ってんのよ!こんな田舎で丑の刻参りでもしてんの!だったらジャラジャラ鳴らすんじゃないわよ!だいたい……、え?」


「え?」「え?」

 現れた神様は、真っ白な衣をまとって内側から輝いているが、髪は寝癖がついて明らかに寝起きな顔をしている。


「狐?熊?なんで?」


「あ、あのぉ、お姉さん誰?あたしたち神様に用事があるんだけど」

 ケマコが訊く。もとより二匹は、神様を見たことがない。寝起きのお姉さんに用事はないのだ。


「アマテラスオオミカミっていうのよ。こんな夜中に光って出てくるんだから当然でしょ」

 神様は、あきらかに寝込みを叩き起こされて不機嫌だった。言い終えると、唇の端を歪めて舌打ちをした。


「あのぉ、神様?あたし狐なんだけど」


 言葉を続けようとするケマコを遮って、神様は、

「知ってるわよ。何に見えると思ってんの?狐知らないと思ってんの?」と切れ気味にまくしたてた。


「あたしどうやったら狐らしく暮らせるか教えてほしいの!!」

 ケマコが大声を出した。神様は、ようやくこの狐が真面目な用件でやってきたことに気づいた。


「ど、どういうこと?」


「あたし、生まれてすぐ親いなくなっちゃって、このララのお母さんに育ててもらっちゃってさ。狐の暮らし方知らないのよ。神様なら教えてくれるかなって思って来たの!あ、来たんです」


 神様は、少し気おされたようになった。しばらく、黙って考えていたが、

「えっと、わかんない。私、人間用の神様だし」と答えた。


「えっ、人間用とかそんなんあんの?」


「だって、開拓者の人間がこっちに神社作ってえ、神様を分けて祀ったのよお。分祀っていうのね。太陽の神様だけど、ずっと開拓者に拝まれてやってきたんだから、狐の生活まではわかんないわ」


「え~、何それ、だったらどこいったらいいの?それくらい教えてよお」

 ケマコはがっかりしながらも、少し食い下がった。神様は苦し紛れに、


「ん~、き……、狐の相談なんだからあ、狐の神様んとこいけば?」と言った。


「き、狐の神様なんかいんの??えっ、どこどこ、どこいったらいいの?」


 神様は、富良野中心部にある富良野神社の場所を教えた。約12km北の方にある。

「この空知川沿いに下って、広いグランドになったとこの大きな橋を渡って、国道まで出て左に曲がってしばらくいったらあるわよ。そこに稲荷社があったはずよ。赤い鳥居を探しなさい」


「ええ、すごい遠そうだよー。やめようよー」とララが言ったが、


「なんでよ。せっかく教えてくれたんじゃない。いくだけ行ってみましょうよ。あ、神様ありがとー」と、走り出してしまった。



 子ぎつねのケマコと、子熊のララは、根室本線と空知川の間を進み、河原に降りると川下に向かって歩いた。河川敷にラグビー場やソフトボールのグランドがある。二匹は、橋を渡って、深夜の市街地に入った。たまに自動車が通り抜ける。二匹はアスファルトや歩道のコンクリートをカチャカチャ爪を鳴らして進んだ。

「国道で左よー」とララが言う。二匹には国道などわからなかったが、なんとなく曲がったところが運よく国道237号線だった。二匹にとっては同じような景色が続いていった。やがて、左側に何本も木が生えているところが見えた。見渡すと、「鎮守富良野神社」の石碑と大きな鳥居が見えた。


「あっ、ここじゃない」と、ケマコは指さし駆けていった。


 日付が変わった深夜の境内はしんとしている。神域ならではの澄んだ気に包まれている。二匹はそろそろと境内を巡る。


「赤い鳥居ってのがあんのよ。あ、あった」


 ケマコは赤い鳥居に駆けこんで祠に飛びついた。四手の下がった扉を無遠慮に叩いた。

「こんばんはー。狐の神様ー、狐の神様ー。教えてほしいことあんの。出てきてー」


 ララは、足元でおろおろとしている。


 左右に置かれた狐の像の目がぼうっと光る。ゆっくりと首が廻り、ケマコの方を向いた。


 ララは、言葉を失い、震え出した。


 台座に載せられた石の狐は、いつの間にか美しい白狐になっていた。台座の上でくるりとトンボを切ると、その場に後足で美しく立った。二匹は台座から高く飛び、

「ぼん」と音をたて、白い煙と共に二人の巫女姿の少女になった。空中でくるりと体をひねると祠の前に立つ。二人は、どちらも振分け髪を長く垂らし、両耳がぴんと伸びている。切れ長の大きな瞳に一重瞼、小振りな鼻と唇が上品で色白なとても可愛らしいそっくりな少女だ。一人が、ケマコの首を摘まみ、もう一人が尻尾の根元を掴んで、持ち上げた。


「ひゃあああ」

 ケマコは、じたばたするが、そのまま鳥居の端まで運ばれて、ポイと投げ捨てられた。ララもよろめきながら鳥居の外に駆けだす。


「なにしてんの」「おかしいんじゃない」

 二人はそう言うと、二匹を見下ろした。


「あら狐」「あら熊」


「あ、あ、あたし狐の神様に教えてほしいことあんのよう。ぱあっと光る人出してくんない」


「は?」「は?」と、首を傾げる。



「え?」とケマコもつられて首を傾げた。


「こちらは、人々が豊穣や商売繁盛の祈りをささげるところ」「我ら狐は、稲荷大神様にお仕えする眷属」


「ええ、なにそれ。じゃあ狐の神様はどこにいるのよう」

 ケマコは、半泣きになっていた。ララが、慰めるようにそっとケマコの背を撫でる。


 二人の巫女の少女は、呆れたような憐れむような顔をして互いを見ると、溜め息をついた。


「どのような教えを乞いに来たの」「乞いに来たの」


「あ、あ、あたしは、狐らしくやっていくってどうしたらいいのか知りたいの」


「そ、れは、山で獣や木の実を獲っていく……?」「オスの狐とつがいになって、子を産んで育てる?」


「え?それじゃ、熊と一緒じゃん」


 巫女の少女らは、顔を見合わせた。

「ともかく、我らは、稲荷大神様のお使い・眷属としてのお役目を務めるもの、狐の……」


「あ、ああああ! あたし、それやりたい!神様のお使いやりたい!」

 

「え?本当に?」

 再び巫女の少女らは、顔を見合わせ、半笑いした。

「じゃあ、あんた、この申込書にサインと印鑑押して、毎月三千円納めるの」

「新しい狐を勧誘したら10%もらえるから5匹集めたら伏見に届けに行くの」


 ケマコとララは、ぽかんと口を半開きして聞いていた。「ねずみ講やん」


「認められたら、どこかの鳥居任せてもらえるから、お気張りなさい」


「はい!」

 キラキラした瞳でケマコは神社をあとにした。巫女の娘たちは、口元を手で隠しながら、「ぷっ」と笑った。


 しらじらと夜が明けようとしている。


「あんなのー、完全に詐欺だよー。からかわれたんだよー」

 ララは、言いながら、国道から川に向かう道に曲がった。ちらほらとクルマが増えている。


 早速ララの姿が通報されていた。赤橙を廻したパトカーが真後ろに現れた。


「な、な、なに??いやあん」

 二匹は、市街地を逃げ回った。


「あっちだー。親熊もいるかも知れん。武器携帯の指示出しとけ」


 ケマコとララは、郊外に向かって逃げ続けた。ハウス栽培のメロン畑が広がっている。


「あっ、ここ知ってる匂い!!」

 ケマコは、思わず駆け込もうとする。


「あ、危ないーー」とララが叫んだ。


「バーーーーン」

 ケマコは、そこに走ってきたクルマに撥ねられてしまう。ハウスから人が出てくる。


「……ぁ、ボランティアのおじさんだぁ」


「ああ、この子は!!」

 薄れる意識の中で、ケマコはおじさんの胸に抱かれていた。




 202号室のベランダでケマコは昼寝をしている。本当はテンゴに燈籠稲荷の鳥居を乗っ取られているのだが、のんびりとベランダライフを楽しんでいるのだ。


「じゃ、仕事行ってくんね。四時になったら京ちゃん帰ってくるから、二人でおやつ食べてねー。あ、お掃除やっといてね」


 ベランダから、だらだらと部屋に入り込むと、ケマコはそのまま前転し、いつもの女の子になった。


「いってらっしゃーい」

 ドアが閉まる。律子が出勤していった。


「あれ?こんなんでよかったかな?」












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