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花にひとひら、迷い虫  作者: 鍵の番人


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38/40

38.

 青年は律の扱いに困っているようだった。彼が考えあぐねている間に、生物準備室に寄ってもらうことにした。

 青年は、花音の父親を知っていた。

 ――つまり、この学園の理事長のことを。

 身寄りがなくアルバイトで生計を立てていた彼は、大学受験に落ちて進学を諦めかけていたとき、「同じ十九歳」のよしみで理事長に拾われたらしい。それ以来、食堂のアルバイトや警備員をして働きながら、浪人生をしているそうだ。

「お前が屋上にいたって事は……昼間のあの子は理事長の娘か」

 まさか本当に潜り込んでくるとはな、と、青年が呆れたようにつぶやく。

「じゃあ、さっきまで屋上にいたのも――」

「他言無用で願えますか」

 準備室の机の上には、律の白衣が折りたたまれて置いてあった。裏口の三和土(たたき)には律が花音のために借りてきた上履きがそろえてある。どうやら、無事に逃げられたようだ。夜道は心配だが、バス停は近いからおそらく大丈夫だろう。

「それはお前……、運営してるのは、あのおっさんの親友だからなあ……」

 困ったように頭をかいているが、恩人の娘のためならば、便宜(べんぎ)を図ってくれるだろう。

 律は青年に見えないよう、白衣のポケットを探る。 

 折りたたんだメモ用紙が見つかった。手帳のメモ欄を破いたらしいそれには、アメリカの住所と、彼女のフルネームが漢字で書いてある。


「天宮 花音」。


「雨」ではなく、「天」と書く方の天宮(あまみや)

「……理事長って、レオンって名前のアメリカ人ですか?」

 ほとんど確信しているが、念のため聞いてみる。青年は眉をひそめつつ、答えてくれた。

「今更何言ってんだ。当たり前だろ。レオン・ナインティーン。冗談みたいな名前で有名じゃないか」

 どう見ても日本人なのに、日本人離れした名前の不審な人。

 きっと、国籍を変えたときに改名したのだろう。変な名前の由来が、ようやく判った。


 天宮。


「てん・きゅう」とも読める。「てん」を「十」、「きゅう」を「九」と変換すれば、「十九」になる。英語で「十九」は、ナインティーン。

 入り婿で離婚した彼が、改名してまでこだわった名字。

 娘に見せたくて、娘に伝えたくて、ただそれだけで作り上げた学校。

「殺しても死にそうになかったのに……、交通事故で、こんなにあっさりなんてな。全校集会で黙祷(もくとう)もしただろう? ――ってお前、まさかそれも出てなかったのか!?」

 冗談やだじゃれが好きで、いつも楽しそうな人だった。

 勉強しかすることのなかった律に、別の世界を見せてくれた人だった。

 けれど、決して律に何かを押しつけたりはしなかった。

 

 ――きれいな花だろう? ……え? 虫の方がきれいだって?


 彼の思いとは裏腹に、律が結局興味を持ったのは花畑ではなく虫だったけれど、それでも興味が持てるものが見つかって良かったと、喜んでくれた人だった。


 ――そう、花音のように。

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