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花にひとひら、迷い虫  作者: 鍵の番人


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36/40

36.

 そのとき、ドアの奥で何かがこすれるような音がした。ハッとして顔を見合わせる。

 警備員に見つかったのかもしれない。花音が思わず律に近寄ると、彼は素早く口を耳元へ寄せた。

「僕が気を引きつけるから、隙を見て逃げて。アサギマダラの庭から外に出られるから」

 こうなることをすでに予期していたのだろう、抜け道を説明する律の声は冷静だった。一方、花音はそこまで落ち着いていられない。

「う、うん。わかった。……でも、律は?」

「僕は慣れてるし大丈夫だから。あ、でも、これだけ、邪魔だから持ってて」

 律は白衣を脱いで花音に渡すと、それだけ言って離れていこうとする。花音は慌てて律の制服をつかんだ。

「待って! 律、さっきの話の続きは!? それに、あたし……お礼も何もしてない!」

 ここで別れたら、きっと二度と会うことはできない。お互い名前しか知らないのだ。一週間後には、海を隔てた先に花音は行ってしまうのに。

 一日にも満たない時間だった。けれど、何にも代えがたい特別な時間だった。

「……そんなの、いらない。向こうにいっても、元気で」

 律は背中を見せたまま、花音に別れを告げた。

「……律……っ!」

 涙が勝手にあふれてくる。驚いたように律がふりむいた。

「花音? なんで……泣くの?」

「だって……。もう、会えないの? せっかく会えたのに……」

 とめようとしても、次から次へと涙がこぼれていく。必死に涙を拭う手を、戸惑いつつも律が優しく握り、もう片方の手でそっと目元をなぜた。

「僕も、花音に会えてよかった。……手紙、書くから。住所、どこかに置いていって」

「――……っ」

 のどが苦しくて声が出せない。嗚咽をこらえて花音が頷くと、律は一歩後ろに下がった。無言で二人、見つめ合う。

 それ以上、言葉を交わす時間はなかった。律はドアノブに手をかけると、振り返らずに廊下へ飛び出す。

「――あっ、やっぱり屋上に誰か――おい!?」

 ドアの向こうでくぐもった声と足音が聞こえたが、それはまもなく遠ざかっていった。

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