33.
重厚な鉄扉を開けると、冷たい風が一気に廊下に吹き込んでくる。
花音は一度大きく身震いして、おそるおそる足を踏み入れた。
「花音は、運がいいよね。名前のわりに」
「え?」
「こんなに天気がいいのは久しぶり。それに、まだ月が上がってないから、上も下も、きれいに見える」
空は快晴。日の落ちた直後。
赤から紫、そして藍色へと移り変わっていく空が、また顔を変えて、星を一つ一つ生み出していく。
花音は、息をするのも忘れて刻々と変わる空模様を見届けた。
下界に目を転じれば、森の向こうに広がる街には、人工的な色とりどりの光が満ちていた。
家々の灯りがあたたかく感じるのはなぜだろう。花音のような家も、律のような家も、あの中には含まれているに違いないのに。
「……すごく……きれいだね」
「うん……」
律も同じように見とれたまま頷く。
秋の初めとはいえ、標高の高さのせいで風が冷たい。花音が身を震わすと、同時に律も身をすくめたので、顔を見合わせて笑った。
ふいに、花音の胸がぎゅっと締め付けられた。
こんなに綺麗な空の下で律と二人で笑い合える今という瞬間が、かけがえのないものに思えた。
夜のとばりがあっという間に降りて、空に見える星々も、町中の光も、圧倒的な量となる。




