32.
――きっとこれで、最後だよ。
律がそう言ったのは、夕日が森の向こうに消え、生徒は全員下校した後だった。
教師も数人しか残っていない。山の中で移動手段も限られてくるため、教師の残業も厳しく制限されているらしい。
確かに、駅へ向かうバスの最終時刻は午後六時台だった。急がないと花音も帰れなくなる時間だったため、律の発言が正しいとすると朗報だ。
なぜそう思うのか聞くと、律は暗号の紙を花音の目の前で広げて見せた。
「天・介・鼡・文」という、意味の分からない文字が四つ、書いてある。
「虫って漢字をくっつけて読んでみて」
「え、また、虫……?」
父親もさすがに面倒になってきたのか、「虫」をキーワードにした暗号がやたらと増えていた。脱力した花音に、律が解説する。
すべての漢字に「虫」をつけると「蚕・蚧・蝋・蚊」という四つの漢字ができる。「蚕」を「かいこ」ではなく「さん」と読み、見慣れない「蚧」という漢字は、「かい」と読むのだそうだ。
四つの文字を続けて読むと、「さん・かい・ろう・か」と読める。
指し示す場所は「三階の廊下」。
あまりにも漠然としていたが、律はぴんときたようだった。
「そろそろ警備員も来る頃だから、気をつけて」
「ラ、ラジャ……!」
柱や扉に隠れながら、尾行でもしているかのような動きで三階を目指す。非常灯しかついていない暗い廊下は、あまりにもしんとしていて薄気味が悪い。
そんな中で、迷いのない律の背中は頼もしかった。たまに廊下を歩いている教師を避けながら、三階までたどり着く。
「ここ、何かあるの? ただの廊下に見えるけど……」
「何もないから、あそこだと思うんだ。……これ、たぶん、職員室に保管してあるやつのスペアだと思うんだけど」
律が涼しい音を鳴らして手の中のものを掲げる。
「ある人から預かってて、返せないままなんだ」
「鍵……?」
律の持っていた鍵は、廊下の突き当たりにある扉の鍵穴にぴたりと合った。
「ここ、監視カメラが付いてるから、上は見ないで」
「え、ここってまさか」
「そう……、屋上」




