21.
しかし、めぼしいところを片っ端から調べても、それらしきものはなかなか見つからない。花音は腕を組んでうなる。
「まさか、楽譜一枚一枚めくっていかなきゃいけないとか言わないよね……」
「それはないと思う。今までのパターンだと、もっと、わかりやすいところにあったし」
「そうだよねえ……。リスト、ピアノ、音符……」
ぶつぶつつぶやきながら花音はグランドピアノに近づいていく。
「ピアノ? でもそれ、さっき調べた――」
「うん。だけど、楽譜全部めくるのは面倒だから」
そう言って、黒く光るピアノの大屋根を開ける。危ないからと律も手伝い、結局二人でもう一度ピアノを調べることにした。
「でも、考えるのも恐ろしいけど、このめちゃくちゃ光ってる表面にナイフで刻んであったりとかしないよね?」
「もしそうだったら、問題になってると思う。それに、文字や絵とは限らないよ。……花音は、ピアノやリストに思い入れは?」
そう言えば、何を探しているのか失念しかかっていた。律のカンが外れていて食堂のあれが暗号でなかったとしたら、ここが最終結論の場合もあるのだ。
「んー、全然ない。楽器とか音楽の授業とかあんまり興味ないし。……ああ、でも、さっきの演奏はきれいだったなあ」
思い出すと、自然に顔がほころんでしまう。記憶の中の音の振動が体の内側を振るわせる。鼓膜が楽しくて跳ねている感じがする。
あの演奏が、父親が花音に渡したかったもの、という可能性もあるのだろうか。花音は考えてみたが、どうもしっくりこない。
「あ、たぶん、指紋も怒られるから……」
律が専用の布を持ってきて、花音の触ったところを拭いてくれる。外側にはないと踏んで内部に目を凝らしてみたが、やはり見つからない。
「むう。あと調べてないのは……、見えないところってことだよね?」
「ちょ、ちょっと花音……!?」
花音がピアノの下に寝そべるようにして潜り込むと、律がうろたえたような声を出した。それにかまわず這いずるようにして下からピアノを調べていく。そのまま進むと、何かに頭をぶつけて思わず声を上げた。
「痛っ――て、あ、椅子か」
頭をなでつつ、ついでに椅子の足の間にも頭を突っ込んで見上げる。すると、そこに――あった。
「あった! あったよ、律!」
「……わかった。わかったから、早く出て……」
よそよそしい律の声音をいぶかしく思いながら上体を起こすと、スカートが思いの外めくれ上がっていることに気がついた。素知らぬふりをして素早く乱れを直し、何事もなかったように立ち上がる。
律が無言でそっぽを向いていた。無表情を装っているが、少しだけ頬が赤い。
「え、やだ……。律、かわいい……」
「…………」
「ごめん。ちゃんと直したんで、もう見て大丈夫です」
すぐに謝ると、律は横目でにらむのをやめてくれた。呆れたように、「それで?」と聞いてくる。