15.
「ここって、食堂があるんだよね? 暗号ないかなー、暗号! 食堂! 食堂に行きたいなー!」
「そんな都合よくあるわけないよ……」
律は呆れながら花音の様子を観察していたが、やがて時計を確認して言った。
「そんなに行きたいなら、試しに行ってみる? 時間外だから、作ってもらえるかわからないけど」
「えっ、いいの!? やった! 律、ありがとう!」
「はいはい……」
飛び上がって喜ぶと、律が苦笑した。たとえ苦笑でも、律が笑顔になるとなぜか花音も嬉しくなる。
(律、あんまり笑わないからなあ)
いつも無表情――というか、やる気がなさそうな表情をしている。
だからかもしれない。たまにそれが崩れると、宝石のかけらでも見つけたような気持ちになるのは。
「あっ、もしかして、食堂も超・豪華なんじゃない?」
花音の学校には食堂自体がなかったので、知らず知らずのうちにテンションが上がる。
「食堂自体は普通だと思うけど……。でも、料理長は、イタリアで修業してきたとか聞いた」
「なにそれ! やっぱねたましいけど楽しみだわ! イタリア! ポルチーニ!」
きのこの名前を叫んで走りかけた花音の首根っこを、律が手を伸ばしてつかんだ。花音が「ぐえっ」と声を出して止まる。
「り、律はあたしよりちょっとばかし背が小さいんだから、そこつかまれると首がしま――っ、いたいいたいいたい!」
「…………廊下は走ると危ないから」
「ハイ……ゴメンナサイ」
首根っこつかむのも危ないと思う。とは口に出さず、律に連行されるようにして食堂に向かった花音は、メニューを見たとたんに元気を取り戻した。
「わあっ……、なにこれ、和風イタリアンてやつ!? ううっ……やばい。選べない……!」
「というか……僕たちしかいないからすごく目立つ……」
授業中なのだから当然だが、食堂には花音たちしかいない。一番奥の壁際にいても、目立つものは目立つのだ。
「まあいいじゃん。律は目立つの慣れてるんでしょ?」
「慣れてるわけじゃ……、ていうか、見つかったら困るのは花音でしょ」
律の懸念は無視して、花音は三つしかないメニューから日替わりパスタセットを注文する。食堂の準備をしていたアルバイトらしき青年は、律の姿を見て、注意するのを諦めたようだった。
あっという間に出てきた食事をいそいそとテーブルに運ぶ。学生向けのため、量は多めで金額は安い。それなのにデザートまでしっかり付いていて、さらには市井のレストランでもなかなか食べられない味だった。
「すごい……、サラダとか付け合わせまで全部おいしい……! 律、いいなあ。毎日こういうの食べてるの?」
感動で顔がとろけそうになりながら律に尋ねる。
「生徒達で混むからあんまり来ない。たまに、時間外で来るときもあるけど」
やはり時間外利用の常連のようだ。和食派なのか、ご飯をもそもそと食べている律を眺めていた花音は、ふと律の背後の壁が気になった。




