13.
「……そういえば、カエルって、虫じゃないよね?」
律のセリフを思い出して言うと、彼はワンテンポ遅れて顔を上げた。
「仕方ないでしょ。それしか思いつかなかったんだから」
憮然とした言い方がちょっとすねているように見えて、花音はつい笑ってしまった。
「あははは――と、ごめんごめん。でも、そっか。なんで白衣なのかずっと疑問だったんだ。謎が解けたよ」
「いや。解剖はしないから。これはただ、制服は汚すと代えがないからで」
「……え?」
「撥水加工してあって、安いの、これしかサイズがなかったから……」
意外に庶民的な理由だった。律に勝手に親近感を抱いていると、彼はきまりが悪くなったのか、突然、花音の腕を引っ張った。
「え、なに? なに!?」
生物準備室には廊下に面するドアと別に、勝手口のようなものが設えてあった。三和土にはなぜか律のものらしき外靴とサンダルが置いてあり、律はサンダルを履いてついて来るよう花音を促す。
外に出ると、そこは塀に囲まれた中庭になっていて、星屑のような白い小花が咲き乱れる花畑が広がっていた。
咲き誇る花の上を、たくさんの薄水色の蝶がふわふわと舞っている。
それは美しい光景だった。
「うわあ、このチョウチョきれい! すごい! なんかステンドガラスみたい!」
「アサギマダラって言うんだ。長距離の渡りをする珍しい蝶。花音はこっちで待ってた方がいいでしょ」
切り取られたような青い空と、白い花々、そしてゆらめく浅黄色のコントラスト。絵画のような情景に、いつまでも見ていたい気分にさせられた。
日当たりのいい場所に置かれたベンチに座っていると、遠くから生徒達の喧騒が聞こえてくる。ゆっくりと過ぎていく時間を、他校でこうしてすごしているというのは不思議でたまらない。
室内で作業している律を眺めているのも楽しかった。ほどなくして、外に出てきた律に笑いかける。
「ところでさ、律って生物係かなにかなの? こっちの庭も律が世話してるんでしょ?」
「頼まれてるのは庭だけ。あとは、個人的な趣味、かな」
「え?」
花畑から外れていた一匹の蝶が、律の目の前を横切って群れの中へと戻っていく。
「……もともとは、何にも興味がなかったんだ。だけどあるとき、変な人が現れて、『何にも興味が持てないなら、花を育ててみないか』って。そのときもアサギマダラがこんな風に飛んでいて、僕は虫の方に興味を持っちゃったけど」
「変な人って……」
「初対面の時、永遠の十九歳だと言っていた」
「何そのあほな人」
「だから、変な人なんだって」




