12.
律が向かったのは、「生物準備室」と表示された教室だった。それほど広くない室内には長テーブルが等間隔に配置されていて、その上には、小学校でよく見た透明なケースが数十個並べられている。
「ここは一応、僕が管理してるんだ。だからほとんど人も来ない」
それが本当なら、隠れ場所には最適だろう。どうせ昼休みになるまで音楽室には入れない。
律は、飼育ケースの間を行き来し、それぞれの様子を観察したり、世話をしたりし始めた。花音はテーブルとテーブルの間をぶつからないように気をつけて進んでいき、周囲より影になっている一つに近寄ってみた。
中からはカサコソとはかなげな音が聞こえる。気のせいか、小さな生き物の息づかいも。
「あ。花音はちょっと……、こっちの方がいいかも」
「え?」
律はためらいがちに花音がいるのと反対方向のケースを袖で指し示す。
「虫が好きならいいけど、そうじゃないなら、こっちの方が一般的だから……」
「あ。そ、そうなんだ……」
決して虫が得意なわけでない花音は、素直に忠告に従った。律に勧められたケースの中をのぞき込むと、小さな虫たちがか細い足を一生懸命動かしているのが見えた。順繰りに一つ一つのぞいていく。
カブトムシ。クワガタ。カマキリ。テントウムシ……。
「ふむふむ。この辺りはわかる」
……黒くて足の長い虫。毛がもさもさしてクモみたいな(以下略)……。
「うん! この辺りでやめよっかな!」
「……僕は初心者だから、育てやすい身近な虫しかまだいないけど……」
身近でもキモチワルイものはキモチワルイ。花音は後ずさりして、遠巻きに眺めることにした。
サイズの合わない白衣の袖口をまくり、かいがいしく虫たちの世話をする律の目は、真剣そのものだ。
「律は、虫が好きなんだね」
クリップボードに何かを書き込んでいる律を見ながら、感心してつぶやく。彼は、花音を一瞥すると、
「――昆虫は、わかりやすいから」
手をとめずに、返事をした。
「わかりやすい?」
「……進化するのも、行動原理も、生き残ることが目的だから。単純で、わかりやすい」
何と比べて、とは律は言わなかった。
花音も深くは聞かなかったが、先ほどの女子生徒達の言葉が腑に落ちた。彼女たちが嫌っていた律の趣味とは、このことだったのだろう。




