【解】永遠に埋まらない、埋めない
なんかよく分からない【解】になってしまった気がする。
(………朝)
けたたましく鳴る目覚ましは私のものじゃない。
電話の向こうのものだ。
(あと、15分後にきっと起きるだろうから、そしたらシャッター開けて朝ご飯にして…)
(半年前には想像出来なかったな)
向こうで寝ているのは彼ではない。
結局そのまま距離は埋まらず、自然消滅というていでフラれた。
何が最善なのかいくら考えても分からなくて、何度も諦めようとした。それでも彼が大好きだったから、考え続けたのに。
(寝落ち通話なんて無いなって思ってたけど、今の私にはちょうどいいな)
小さな寝息を向こう側から聞かせてくる彼とは、2ヶ月前から付き合っている。最早トラウマと言ってもいい思い出を話すのは躊躇われたけど、もう二度とあんな苦しい思いはしたくなかった。
事情を把握した今の彼は「そんなことか」と、こうして寝落ち通話をしてくれる。しかも、ほぼ毎日。
(放置されるのが嫌だって言って)
(2日に1回でいいから連絡欲しいって言ったら)
(何故かコレだもんな)
何かが少し違う気もするけど、でも、彼の優しさは素直に嬉しい。一度毎日は迷惑じゃないかと聞いたことがあるけど、問題なさそうに笑うから甘えてしまう。
(あとは夢に見なければ完璧なんだけどな)
極稀にあの日を夢に見ることがある。傘を持つ手に伝わる雨粒の振動とか、肌がベタつく感じが妙にリアルで毎回目覚めが悪い。最悪だ。
見ていた夢の内容を覚えていなくても、ダルい感じが残ってるとあの夢かとげんなりする。
(まだ未練があるというのか)
(今の状態が続けばいつか見なくなるのか)
きっと自然消滅だとのたまった奴は、私のことなど綺麗サッパリ忘れてスマホ片手にフラフラしてるんだろう。そうして新しい女も置いてけぼりにしているのかもしれない。
(こんなこと考えてるうちは駄目か)
無理に消そうとすると逆に残りそうだから、とりあえずただの夢だと割り切るしかない。
もう私には関係のないことだから。
(キャビネットに空いたスペースあるし)
(新しい服でも買おうか)
(彼の服で埋めるのもいい)
手に持っているスマホの向こうで、また目覚ましがけたたましく鳴った。今日は2回目で起きるのか、3回目まで反応無しか。
すぐに静かになったから、恐らくまだ起きない。一応声を掛けてみるけど、何かむにゃむにゃ言って、また寝息だけになった。
(このなんでもない1日の中にさっさと消えてしまえばいい)
(この先奴と遭遇することがあったとして)
(その時は今が幸せでしょうがないと笑ってやりたい)
別れ際、「俺の知らない所で幸せになって欲しい」と言われた。あの時はそれがどうしようもなくツラかった。
今思い返せば、「ふざけんな」だけど。
少し短い間隔で3回目の目覚ましが響いた。そろそろシャッターを開けても五月蝿いと文句は言われないだろう。
先程より強めに数回起こせば、モゾモゾと動く音と唸る声。ここからあと5分放置して遅刻すると言うとバタバタし始めるが、今日はどうなるやら。
もうコソコソする必要はないので思いっきりシャッターを上げる。目が痛くなるほどの晴天だ。
ふと窓際に置きっぱなしになってる鉢植えが目に止まる。奴との交際2年のお祝いのもので、もったいないとそのままにしてたもの。
確か今日は燃えないゴミの日だった気がする。粉々に砕いて捨ててしまうのもいいかもしれない。
(さよなら)
ガッチャガッチャと叩き割る音が不穏だったのか、電話の向こうで覚醒した彼が心配してきたので写真を撮って送ってあげる。大爆笑してた。笑い声が心地良い。
案外忘れるのはすぐかもしれない。
なんて。