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夏に桜が散る頃には  作者: 松花 陽
1/1

桜夏(おうか)の始まり

……桜。

それは、誰しもを魅了させる春しか咲かない、美しく儚い木。誰しもが、春と言えばピンク色の花を咲かせる桜の木を想像するだろう。

そして、その満開となった桜の姿を見て、誰しもが口を揃えて、綺麗……と言う。

……けど、俺はそんな桜が嫌いだった。

嫌いで嫌いで嫌いで、その桜の花を見るだけで、あの光景が頭にチラつくから。

……けど。とある夏のひんやりとした雨の中、ピンク一色が上に広がった木の下で、異変が起こった。しかも、普通じゃない。

非科学的な、異変が……。


□□□


サイレンのように反響する蝉の鳴き声が嫌と言うほど耳に入ってくるこの真夏の暑い中。俺、添崎椿そえさきつばきは体を前に曲げて、暑そうにシャツの中に風を通らせながら目的地に向かって足を進めていた。


椿「あっっちぃ〜〜〜」


何故、俺がこんな暑い中外に出ているのかというと、母に買い出しを頼まれたからだ。これだけ聞けば、まあ頼まれただけと思うだろうが。夏休みの期間に今日俺は、二年ぶりにこの街に戻ってきていた。長旅で疲れきって、やっとの思いで実家に着いたと思ったら、休む暇もなく押し付けられてしまったのだ。父さんに頼めっと言ったら、父さんは今釣りに行ってるそうで、手が空いてるのは俺しかいないから早く行ってきてと言われて、お金とメモとエコバックを持たされ強制的に外に出されてしまった。

というのがここまでの経緯だ。


椿「あーもう!久しぶりに帰ってきたってのに最初に言う言葉が買い物って、おかしいだろ」


初めて親に対して恨みを覚えた瞬間だった。主に親父……特に親父に!あいつ絶対わかってて釣りに行ったろ!?

などと考えている間に、商店街にある行きつけのスーパーにたどり着く。

俺はもう喉カラカラで、今にも脱水症状で倒れ込んで、体に流れる汗でダイニングメッセージを残せそうなくらいだった。

もし倒れたら、ダイニングメッセージは親父の名前にしよう。そんなどうでもいい事を頭の片隅で思いながら、俺は即座に近くの自販機の方へと足を進ませた。


椿「みずぅ〜…みずぅお〜〜……」


自販機に130円のお金を入れ、天然水と書かれたペットボトルを買おうとボタンを押した……だが。


椿「うっ……売り切れ……!?!」


そのボタンから指を離してすぐ、ボタンに表示された売り切れという文字に気づいた。それだけならばよかったのだが、もう自販機に残っている飲料が大人のコーヒーと炭酸しかなくて、俺は絶望した。俺は炭酸が嫌いだ。あのパチパチが喉に痛みを与えてくるから、嫌だった。かと言ってコーヒーにしても、どれも苦過ぎて飲めた物では無いしで……。


椿「……そうか、俺はここで干からびて死ぬのか……」


と、俺が水が飲めないことに絶望していると、自販機の隣でだらしない格好をしたなんか見覚えのある女の子が、麦茶と書かれたペットボトルを持ってそこに立っていた。俺はペットボトルにしか目が行かなくて、他のことがどうでもよくなっていた。

俺が、彼女の持っている麦茶に夢中になっていると……。


??「……ん?あれ、アンタもしかして椿!」


突然名前を呼ばれて、一瞬パニクった俺だったが、その声を聞いた瞬間、同時にその女の顔を見て思い出した。


椿「その声は…もしかして!?銘花か!」


銘花「覚えてたんだ!久しぶりだね、椿!帰ってきてたのね、言ってよもぉー!」


そう言って、俺の肩を叩きながら、ニコッと笑みを浮かべる彼女の名前は、矢那橋銘花やなはしめいか。彼女を二言で表すとするならば、容姿端麗、才色兼備と言う言葉が一番しっくり来るだろう。

綺麗に整った黒髪のセミロングの上には、夏らしい麦わら帽子を被っており、白く彩られたその素肌からは、妙な色気がありそうなそんな感じがした。瞳はぱちくりと開かれており、全体は絵画に描かれた美女のようなスタイルをしている。服は、露出多めの女子高生の部屋着のような袖無しのシャツに短パンといった服を着ており、とてもだらしない格好をしていた。小さい頃から学力も成績も良く。まさに容姿端麗、才色兼備と言った言葉が似合う女の子なのだが、相変わらずこの子はガードが甘いようだ。因みに、俺の昔っからの幼馴染でもあり、小さい時はよく一緒に遊んでいた親友と呼べるような仲だ。


椿「あぁ。親がどうしてもって言うから、仕方なくな……てっ言うか。なんだそのだらしない格好は、肩にかかってる下着の紐が見えてるじゃないか!」


銘花「あっごめんごめん。つい暑くってさぁ〜!てか、前もって言ってくれたら、私もこんな格好で外なんか出歩いてないよぉ!」

「……それで、少しは吹っ切れたわけ??」


椿「……まあ、多少はな」


俺は、彼女から少し視線を逸らしながら、そう返答した。相変わらずガードが甘い事にため息を吐きたいところではあったが、彼女のその無防備な姿に目が吸い寄せられそうになって、俺は目のやり場に困っていた。


椿「……うっ!なんだか、体が……」


急にクラっときた瞬間、俺の体が少しだけ横に傾きかけた。だが、なんとか持ち堪えて体を支えた。そういえば、彼女との再会ですっかり忘れていたが、今俺は生と死の狭間を行き来寸前の状態だった事を思い出した。


銘花「ちょ!?ちょっと大丈夫!?今すっごく危なさそうに見えたけど!?」


俺の体が急にバランスを崩しそうになったのを見て、彼女は慌てた様子で俺の体を支えようと肩を貸してくれた。言わずもがなだが、肩が露出しているので、俺の手が彼女の素肌に触れていて、俺は途端に恥ずかしくなった。だが、そんな気持ちも喉の渇きのせいで一瞬で吹き飛んでしまった。今はなんとしても水分が欲しい。


椿「みっ、みずぅぅ〜〜……」


俺は、言葉を絞り出すようにそう言葉を口にする。


銘花「みずっ!?もしかして喉が渇いて…って事は脱水症状に近い状態!?」

「ほら、私の飲み刺しだけど、まだ中身は結構冷たいから早く飲んで!!」


ペットボトルを受け取った俺は、必死でその水を口の中へと流した。

すると、魂が今にでも抜けていきそうなそんな感覚が数分後には無くなっていった。俺はなんとか気を失う事なく、この世界に生還することができたのだ。


椿「いやぁありがとう銘花!あとすまないな」


銘花「いいっていいって!たしかに間接キスにはなったけど。非常事態だったんだから仕方ないよ……それに」


と、彼女はそう付け加えてから、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、


銘花「またこうして、からかうネタが増えたしね」


ニコニコと悪魔のような笑みを満面に向けながら、楽しそうに笑ったのだった。


□□□数時間後


銘花「いやはや、お互いいろんなものを買っちゃったね!」


椿「そうだな」


あの後、一緒に買い物をした俺たちは、お互いに帰路を辿っていた。どうやら彼女も、親に買い出しを頼まれていたようで、ついでに自分の欲しいものも買いに来たんだそうだ。


銘花「にしても、嬉しいなぁ」


椿「ん?何がだ……?」


銘花「何って、椿がこの春花島しゅんかじまに帰ってきてくれた事だよ」


椿「……おう」


銘花「……ねぇ、まだアソコには行ってないよね?もし行ってないなら、私と一緒に久しぶりに見に行かない??」

「私もここ一年くらい帰って来れてなかったからさ」


椿「……そうか。なら、行ってみるか」


そうして俺たちは、家とは違った道を歩いて、その場所を目指した。

俺たちの住むこの春花島には、高校はない。中学生まではこの島の学校に通わなければならない。ただ、流石に高校は島を離れなきゃ行けなかったため、殆どの学生が島の外で暮らしている人が多いのだ。そして、それは俺も彼女も同じだ。俺は東京へ、彼女は近くの県の学校へ、それぞれ進学していった。大変ではあるが、その分楽しかったのでこれはこれで満足していた。


銘花「いやぁ〜、相変わらず綺麗に咲いてるわね、この木は……」


椿「…そうだな」


そうして俺たちは、辿り着いた。

そこは、広々とした公園の中心地。この島の観光名所となるものがある場所。そこにあるのは、一本の桜の巨木。


銘花「にしても凄いよねこの木は、まるで幻想の世界にいるみたいな感じになっちゃうよね。え〜と………名前なんだったかな??」


相変わらずこの木の名前を覚えられていない銘花に、俺はため息を吐きつつ、言った。


椿「……万華桜だよ」


俺たちの住むこの春花島には、非科学的な大木が島の中央にそびえている。

通称『万華桜まんげざくら』。

何故そう命名されたのかと言うと、この木の樹齢が万を越えていることと、ずっと桜の花を咲かしていることが理由だ。万華桜は、ずっと桜を咲かせている。滅多に散る事が無いし葉を付けたことすら無いのだ。とある番組で老人たちに万華桜は昔も桜だったのかと聞くと、全員口を揃えて桜だったと答えている。春花島、と名付けられたのはこの万華桜が原因だ。もしこの木の花が椿ならば冬にちなんだ名前になって、木の名称も万華椿という名前になったんだろうが、万華桜の花はいつまでも桜。

桜といえば春だろうということから春花島と名付けられたらしい。詳しい事は俺も知らない。ただ、春花島にそんな非科学的な木があるから、観光客も多いらしい。


銘花「そうそう、そんな名前だったね。結構覚えやすいのに何で忘れちゃってたんだろ」

「でも、本当に不思議な木だよね。だって、どういう原理なのか全然わかってないんだもんね」


椿「そうだな。今までに何人かの学者がここに来て木を調べにきたが、誰も解明できなかったんだもんな。今ではもう、全員が諦めてる」


銘花「……まあ、私は諦めてないけどさ」


その言葉の意味が俺にはよくわからなくて。思わず小首を傾げながら黙って彼女の方を向き、言葉を待った。


銘花「私ね、夢があるの。それはね、いくら賢くてもなるのが難しいんだ」

「私は、学者になりたいの。学者になって、誰も解けなかった謎や摩訶不思議な事象を解明してみたいの!だからさ、いつかこの万華桜を私の手で暴きたいって、そう思ってたんだ!それが今の私の夢への第一目標なの、小さい時からずっとそれを目指してきたんだ」

「もちろん、そこで終わるつもりはないけどね」


椿「立派でデカい夢をお持ちの様だな。……でも、お前ならきっとその夢が叶うと思うぜ。だって、俺が知る限り銘花が一番頭良いからな!」


銘花「えへへ。そう言ってくれてとっても嬉しい、ありがとう椿。そういえば、椿はなにか夢とかあるの??」


椿「俺は…………あ〜内緒」


銘花「えーー!私の夢教えたんだからそっちも教えてくれたっていいじゃぁん!」


椿「自分から勝手に言っただけだろ?俺は別に聞いてない」


銘花「じゃあ返事しなきゃいいのに」


椿「そういうわけにもいかないだろ。無視したら無視したで後が怖いしな」


銘花「ちょっとーそれどういう意味よ〜!?」


椿「はははっ!」

銘花「ふふふっ!」


そんないつもの言い合いをして、俺たちは懐かしい気持ちでその場で大笑いした。本当に懐かしい、この日常が。もし、あの場にあいつもいたら……もっと楽しかったのだろうか。

そうして俺たちは、もうしばらくここで話し込んでから、別れた。


銘花「それじゃあね、椿!また会えたらいっぱい話そうねぇ!」


椿「あぁ」


そう言い残して帰っていく彼女の背中を見ながら、俺は笑っていた顔を暗く落とす。

あの時の、彼女の言葉を思い出しながら、

銘花『少しは、吹っ切れた??』


椿「……全然」


と、ボソッと呟くのだった。

さて、俺もそろそろ帰ろうかなと思ったその時だった。


??「椿様!!」


突如、俺の背後から、聞き覚えのない声が俺の名前を呼んだ。俺は反射的に後ろを振り返ってしまった。普通、知らない女に声をかけられたら、無視をするのが当たり前だろう。だが、俺はつい振り返ってしまったのだ。

俺がそこに視線を向けると……。そこには、狐色の髪をした可愛い系美少女が立っていたのだった。

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