1 ルッキズムの蔓延
人生イージーモード、それが俺の現状を表す言葉であろう。現状どころか将来まで安泰である。何故ならイケメンだからだ。
身体178センチの細身でモデルに間違えられることも多い。それと何よりも顔がいい。顔面偏差値でいうと75くらいであろうか。
だから学生の頃から彼女を切らしたことがないし、社会人になった今でも初対面の女性であっても笑顔で挨拶するだけでデートのお誘いが来るんだからこんな簡単なことはない。
大学を卒業した後、俺は一流の大企業に勤めることとなった。大学はそれなりに名の通ったところだが、努力せずに推薦で入ったから特に思い入れもない。
イケメンで出来そうな雰囲気があるから、周りの大人もそのイメージに引っ張られて高い評価をつけてくれる。
こんな楽なことはない。
会社でも同じだ。女性はみんな俺の味方だから、たとえ上司であっても俺に強く言うことは出来ない。気にくわない奴がいたら、ちょっと陰口を言うだけでみんなが俺の代わりに叩きのめしてくれる。
「君の仕事のやり方ではうまくいかない。ここを直したほうがいい。」
同僚の拓也が自信満々な態度で忠告してきた。
こいつは俺と同じ年に入社して、同じ部署に配属された。拓也としては良い同僚、良いライバルとして俺をみているようだが、正直迷惑だ。アイツと同格と思われたくない。
身体は160ほどのチビで顔はブサイク 、若いくせに青ヒゲで周りの女性から嫌われているのも知っている。
こんな見た目で良くこの会社に入れたな、コネでもあるのかと思っていたが本人は見た目がコンプレックスで相当の努力をしてきたようだ。
「それよりもその見た目なんなんだよ。小さいオッサン。」
俺がそう言うと、部署中から笑いが起こった。
拓也は苦笑いをして去って行った。これでアイツも終わりだな。あとは周りの人たちが勝手に潰してくれる。たとえ会社を辞めなくてもサンドバッグ決定だな。
アイツと話すだけで、俺の評判が落ちるから正直言って関わるのすら嫌なのだ。
学生時代に見た目で陰キャラと決めつけ教室内ヒエラルキーの最下層に陥れることと同じだ。みんなやってきたことだから咎める人もいない。咎めるどころか誰もが自分より劣った人間がいることに安心をするのだ。そして集団いじめが始まる。学校だけでなく会社でも同じことだ。
拓也とほとんど話さなくなってどれだけ経ったであろうか。同僚の女性から拓也についてこんな噂を耳にした。
「拓也最近スポーツジムに行ってるらしいよ。なんでもボディービルダーとかいるようなすごいところみたい。」
アメリカのCEOがスポーツジムでトレーニングするとかビジネス雑誌で読んだことがあるが、多分それに影響でもされたのだろう。俺には関係ないし、ブサイクがいくら努力したところで結果は変わらない。ブサイクの印象に引っ張られてまた地の底に突き落とされるのがオチだ。
「男性ホルモン強そうだもんね。私は生理的に無理。」
「清潔感出して少しでも雰囲気イケメン目指せばいいのに、あの見た目で筋肉って。モテるとでもおもってるの。」
拓也がいないところで繰り広げられるブサイク叩き。ほら見ろ。ブサイクが努力したところで無駄なんだ。人生は最初から遺伝子で決まってるのだ。
「すみません。隣の部署の澤井と言います。この書類のことなんですけど。」
隣の部署で働いている女性が書類確認でうちの部署にやってきた。社内でも一目置かれる美女で狙っている男は数知れない。
俺が立ち上がっていつものイケメンスマイルで対応しようとすると、先輩社員が俺のことを制止して、拓也に対応させた。
対応が終わろうとしていた時、先輩社員が拓也達のそばへ行き、笑いながら言った。
「澤井さん、うちの拓也なんてどう?最近筋トレしてるから筋肉もあるしうちの部署の有望株だよ。」
そう言われると、澤井さんは急に表情を変えあからさまに嫌悪感を示し、まるで汚いものを見るような目をしていた。
「やめてください。本当に無理です。」
そう言って去って行った。
その時、部署中から笑いが起こった。
先輩社員や周りの人達は、モテないブサイクな拓也の恋路をからかって遊んでいるようだった。
「もういいです。恋愛も結婚も諦めました。ブサイクは自分が一番良く分かっています。」
流石に拓也も今回の件がショックだったのか、先輩社員にそんなことを言った。
「そういうネガティブマインドがお前をブサイク にしてるんだ。見た目の問題じゃない。お前自身に問題があるんだ。」
先輩社員からの定番の切り返しだ。見た目の否定が難しくなれば今度は人格否定。
拓也もそろそろ終わりだな。
その次の日曜日、俺は澤井さんとデートした。