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二泊三日の気軽な異世界

「皆さんにはサバイバルゲームで生き残っていただきますぅ」


 それは、まだ九月になるなとの皆の願いを安々と打ち砕いた新学期になって数日後の事。まだ外は暑く教室ではエアコンの風が吹き荒れている、そんな朝のホームルームの出来事。いつもの様に教室に入ってきた先生がそんな事を言い始めた。

 誰もが先生の言うことを理解できなかのかブーイングも起きずただ先生の次の言葉を待っている。


「今日は授業はお休みですよぉ。嬉しいですかぁ? これから旅行に行きますよぉ」


 間延びする先生の声に突如巻き怒る歓声の嵐。皆、学校が休みになったのが嬉しい。中には旅行に行くことに不満のある声も少々混じっている。


 大学出たての先生は年齢は二十三歳、東大出身という変わり種で、その為一年目にも関わらずクラスを任されている。

 グラマーな美人で愛嬌のある先生は男子には当然として女子にも人気がある。


「今日は先生の身の上話を少し話しますよぉー。聞いてねぇー、聞かないと叩くわよぉ」


 甘ったるい声で聞く者の心を掴むのはいつものことだ。

 流石、最近まで女子学生だっただけあって軽い。


「安心してくださいね。ご家族には連絡してありますしぃ、お小遣いも出しますのでぇ、着替えなどが必要な場合は買ってくださーい」


 お小遣いが出ると聞いた生徒の歓声は更に大きさを増す。


「何時頃学校へ戻ってきますか?」


 誰か女子が問うが女子とほとんど話したことのない俺は誰の声だか分からなかった。


「もう、戻って来ませんよぉ」


 歓声が驚きの喚声に変わる。不満は噴出するが皆冗談だと思っているようだ。


「冗談でーす。二泊三日です」

「何だよ、冗談かよ」

「私、実は別の多重世界から来ましたぁ。そして、私の作った世界をぉ良くしてくれる人を探すために学校の先生をやってましたぁ」

「嘘でぇー」


男子にも女子にも笑いが起こる

皆先生のいつもの様に冗談を言っていると思っている。


「異世界ということですか?」


 委員長の一ノ瀬遥だ。一人だけ真剣な面持ちで先生に問う。彼女は冗談ではないと思っているのだろうか。彼女は俺が名前を知っている数少ない女子の一人だ。人に対し別け隔て無く接してくれる。もちろん俺にも他の生徒と同じように接してくれる。ほとんど会話らしい会話はしたことがないが好意を持たずにはいられない。多分他のやつもそうだ。彼女を知る男で彼女に好意を持たない男性はいないだろう。高身長の美人で明るく気立てが良くおまけに胸が大きい。他のやつも言っていた、その胸を揉むやつは殺すと。皆がそう思っている。だから、モテすぎて皆が牽制し合って彼氏ができないのか、ただ作らないのかどちらかだろう。


「はい、異世界です。異世界に憧れの強く拒否反応の少ないこの世界を選んでやって来たのです」


皆、相変わらず先生は冗談を言っていると思っている。しかし、一ノ瀬さんだけは冗談だとは思っていないようだ。


「冗談ではないんですよね?」


 一本に纏めて背中に垂らした長い髪が揺れる。何故か彼女の顔には喜びが溢れ始めていた。


「はい、冗談ではありませんよぉ」


 相変わらず甘ったるい声で先生は肯定した。

 ここに来て漸く男子も女子も先生の言葉が冗談なんかではないと思い始めてきた。 


「俺は行かねぇーぞぉ」

「見たいテレビが有るのぉ、返してぇ」

「いや、俺は行きたい。もちろんチート能力はくれるんだろ」

「俺も行きたい!」

「でも二泊三日だろ」

「そうだよ、学校も休めるんだし」

「チートな二泊三日って最強だろ!」


 様々な意見が喧々囂々飛び交う。


「先生は神様なのか?」


 中村勇斗と言うクラスのリーダー格の生徒だ。

 神という言葉を聞きクラス中がその真偽を確かめ始め一層ざわつく。


「えーい! 煩いぃ! 静かにぃ! 先生は神ではありませんよぉ」

「そんなことは分かってたぞぉ!」


 中村が野次を飛ばす。

 でも、その世界を創ったのだとしたら神だと言わざるを得ないような気がするが。


「静かにぃ! 私が生まれた世界はこの地球より遥かに文明が発達しています。そして、多重世界への行き来を可能としました。そして誰でも異世界の星を購入し、そこに文明を発達させ都市を作らせることが出来る様になりました。そこで私も惑星を一つ購入し文明を発展させてきたのですが少々問題が発生しテコ入れをしようと考ました。その為の人材をここに探しに来たのです。そのゲームは謂わばリアルシムシティーといったところですねぇ」

「ゲームじゃねぇーか」

「その通りですぅ。だからぁ、気楽に私の世界を救ってください。もちろん各々にあった能力を授けますよぉ」


 それから先生は簡単に先生の作った世界の説明をした。


 ○その世界はとある事が原因で人類がほぼ滅亡したこと。

 ○僅かな生存者は生き残ることが出来たがその原因により化け物が生まれてしまったこと。

 ○人類がその世界で生きるために体内にデバイスを埋め込み魔法が使えるようにしたこと。

 ○人類が再起し始めて間がなく文明はあまり発達していない。電気もない。

 ○そして現在、化け物により人類が滅亡の危機にあること。


 だから、人類を助けてほしいとのことだ。

 その為皆には個々の能力に適合したスキルを与えるという。

 因みに、言葉は通じるとの事。


 説明後、先生は皆に金色に銀色の象嵌が施されたバングルを配った。


「このバングルは俗に言うアイテムボックスになっていますよぉ。ある程度の容量があり、念じれば中身のリストが空間に表示される仕組みです。今は異世界で必要なお金と食料や着替えを入れてあります。因みにそのバングルは18金にプラチナで象嵌を施してあります。大事に使ってください」


 皆、バングルの中身を確認し、持っていた財布やスマホをバングルに入れている。教科書も入れているやつもいる。教科書はいらねぇーだろ。入れるなよ。真面目か。

 って委員長だった。委員長なら納得だ。許させていただく。


「しまったぁ、プレステ持ってくるんだったぁ」


 誰かが叫ぶが、電気は無いって話だろ! さっき先生が言ってただろ!

 ソーラーパネル付き充電器があればスマホくらいなら充電できるかもしれないけど。

 それでも通話はできないだろう。

 記念撮影用には使えるかもしれない。


「では質問はありませんねぇ」

「あります。私達にもデバイスを埋め込むんですか?」

「大丈夫ですよぉ。ただの注射です。非常に小さい金属ではなく有機体でできてます。麻酔も前時代的切開も不要です」

「でしたら安心ですね」


 なんか通販番組っぽくなってるし。

 委員長はグルなのだろうか?


「さぁ、準備はよろしいですかぁ、最後に班分けをしますよぉ」

「先生、電波少年と一緒は嫌です」

「俺もだ、別にしてくれ!」

「私もー」

「絶対嫌!」


 えっ、俺?

 ここに来て俺のせいで教室が騒がしくなってしまった。


 そう、俺は電波少年と呼ばれていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「あっち行け」


 これは高校入学したての頃の話だ。


 いつもの様にそうなった。

 こいつらとは今までは仲が悪くはなかった。

 むしろ良かったと言える。

 でも、最終的にこうなってしまう。


「お前の側にいると臭いはしないけど気分が悪くなるんだ。寄るな、あっち行けよ」

「酷いな、いるだけで気分が悪くなることはないだろ」

「いや、実際気分が悪くなるんだよ」

「そんな理不尽な」

「臭いでなけりゃ、なにか変な電波でも垂れ流してんじゃねぇーのか?」

「あー、そうだよ。こいつ絶対変な電波垂れ流してんだよ」


 もう一人も俺を責め始めた。

 俺はきちんと風呂に入ってるし体臭が臭い訳がない。顔だって気分が悪くなるほど酷い顔ではない。

 それどころか女生徒からはイケメンと言われる。

 ただ、近づくと気分が悪くなるらしく遠くから見ているだけだ。

 だからモテたことはない。


「酷いこと言うなよ。人間が電波垂れ流すわけ無いだろ」

「いや、臭くもないし、気持ち悪い顔でもない。なのに、近寄ると気持ち悪くなる。こいつ絶対に変な電波垂れ流してるって」

「近寄ったら電波でやられるぞ」

「そうだ、近寄るなよ! こいつ電波垂れ流してるぞ」

「こいつ電波少年だ!!」


 そして俺は電波少年と呼ばれるようになった。


 俺、大昔のテレビ番組じゃねぇーし。

 ヒッチハイクしねぇーし。


 こうして俺へのイジメが加速していった。

 確かに昔から近づくと吐き気がするとか頭痛がするとか言われてた。

 なんてったって、両親さえも同じことを言って近寄らない。

 原因は全く不明。

 病院に行っても判らなかった。


 学校へ登校すると教室の前でいつも絡まれる。


「何で登校したんだ? お前がいると吐き気がするんだよ、頭は痛くなるし。帰れよ」

「ほら奥主君もこう言ってるだろ。帰れ! ほら、か・え・れ! か・え・れ!」


 また帰れコールが始まった。うんざりだ。


「ごめん」


 奥主大雅はいじめっ子だ。

 いつも俺をターゲットにしてイジメる。

 そしてイジメは他者に感染していく。

 いじめっ子達からの謂れのない非難が始まる。

 だけど、原因は俺だって分かっているんだ。

 だから謝罪するしか無い。


 そう言うと俺は教室に向かった。

 すると、後ろから背中を蹴られ転んでしまった。

 この奥主大雅はいつも俺を虐め、それを葛原達也が追従する。

 まるでジャイアンとスネ夫だ。

 じゃぁ、俺はのび太くんじゃん・・・・って、誰が猫のおもちゃに縋るメガネの弱虫やねん!


 当初は顔のお陰か可哀想という女子もいたし、慰めようとする女子もいた。でも、暫くするといなくなった。

 俺の側に来ると気分が悪くなり慰る気持ちが折られることが理由のようだ。

 そして、好意の感情さえ嫌悪へと変質するらしい。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 結局、俺は単独で異世界に行くことになった。


「不死川君なら大丈夫よぉ。安心しなさ~い」


 間延びする先生の喋りに少々苛々する。根拠のない慰めはただの無責任なネットの書き込みのようだ。余計に不安が募る。チートな能力があるなら大丈夫だと自分に言い聞かせる他無い。


「それでは、送りますよぉ。ゲームですので気楽に」

「待ってください、未だチートな能力貰ってません」

「大丈夫よぉ。詳細は案内役に聞いてください。では送りますよ」


 次の瞬間、教室が眩い光に包まれた。


 次第に目が慣れてきて周囲を見回すと俺の周りには誰もいなかった。

 くそっ、やっぱり一人か。

 まぁ、仕方がないか。

 案内役がいるとか言っていたが何処にもそんな人はいない。


 少し遠くに小さな村が見える平原の中にいた。

 清涼な風が吹き太陽が真上付近にあるのに心地良い。そのまま日光浴をしていたくなる。とりあえず、寝転がり日光浴。所詮ゲームであり、焦っても良いことはないだろうと自分に言い聞かせる。

 う~ん、気持ちいい。吹く風も心地良い。


 しかし、暫くすると次第に抑えきれない焦燥が噴出してくる。こんな事をしている場合ではないと焦る。まずは状況を確認すべきだが、その前に案内役を見つけるべきだろう。何処にもそれらしき人物はいないから遠くに見える村にいるのだろうか。


『暫くお待ち下さい。はじめまして、案内役の有機生命体です。体との馴染みが不完全な為暫くはあまり会話はできませんが、まずはステータスでも確認してください』


 突然、誰もいないのにも関わらず、何処からともなく変な声が聞こえてきた。


「何処から声が? 有機生命体? それが案内役? 何処から話してるの? テレパシー?」

『そのようなものです。私はあなたの中にいます。あなた専属の案内役であり、コンシェルジュのようなものです。マスターとお呼びしても?』

「いいよ」

『いちいち声に出さなくても大丈夫ですよ。人が見たら狂っていると思われますよ。スマホなどない世界ですので。では、ステータスと暗唱して下さい。眼前に情報が表示されます。ARですね』


 ステータス?

 次の瞬間目の前に情報が現れた。


 名前:不死川(ふじかわ) 虎徹

 年齢:一五歳

 レベル:1

 HP : ∞

 MP : ∞

 パワー:D

 俊敏 :C

 魔力 :S

 知性 :D

 幸運 :C


 スキル:『不死Lv.-』『電波少年Lv.A』


 これだけ?

 なんか情報少なくない?

 情報は少なかった。だけど、HPが無限大ってどういう事? みんなそうなの? スキルの『不死』の所為? それともクラス全員? MPも無限大だし、この世界ではこれが普通? 

 でも、スキル『不死』は名前から派生したのではと推測した。安直と言えなくもないが絶対に必要なものだろう。ゲームだし。

 もう一つは何?

 スキルが『電波少年』? ただの渾名だろ? なぜ渾名がスキルになった?

 もっと人が近寄れなくなるスキル?

 何だよそれ?

 俺だって、女の子と仲良くなりたいよ。

 女の子と仲良くなれないのに死なないって永遠に苦しめってことだろうか?

 どんな罰ゲームだよ。


 これがチートなスキルだとは思えない。

 とても戦えるスキルだとは思えないし、ヒッチハイクで世界を救えということだろうか?

 とても残念なスキルじゃないのか、まさか、ハズレ?



 おーい! 返事しろ! 変な生き物。何故こんな変なのがスキルなのか訊いてみることにした。


『何でしょうか。キュウケイシテタノニ・・・・』


 何だって?


『いえ、何でもありません』


 電波少年って何、敵を頭痛で弱らせるスキルかな?


『か、活動限界デス・・・・』


 おーい、返事しろ・・・・って、駄目か。

 それ以降ヤツは何も返事してくれなかった。


 どうしよう。

 途方に暮れてしまう。

 でも、ここは化け物が存在する世界だという話だった。日が暮れる前に早く遠くに見える村まで行くべきだろう。


 今更だがずっと地面に座っていることに気付いた。動きたくない。このまま日光浴を続けたい。だがしかし、このままでは不味いことになる気がする。立ち上がって村を目指すことにした。


 会話もなく歩を進めて行くと一人だと実感する。周りには人がいない、かなりの田舎、しかも異世界。物凄く孤独を感じる。もう人恋しい。あんなに人と居たくなかったのが嘘のようだ。


 会いたいな、委員長、一ノ瀬さん。

 まぁ、あっても避けられるかもしれないけど・・・・

 ほとんど話したことはないし

 いや、彼女は分け隔てなかったし、人を偏見では判断しない。

 ような気がする・・・・

 悲しい。

 

 否、こんな状況だからこそ、吊り橋効果。話せるかもしれないし、盛り上がるかもしれない。

 会って一番心配なのは話せるかどうかよりも彼女も気分が悪くなるんじゃないかということ。

 誰ともその所為で仲良く出来ないのならずっと一人じゃん。

 悲しい。まるで、人間になりたかった怪物のようだ。


 ずっと歩いていてお腹が空いた。そう言えば、朝何も食べてない。

 バングルの中身を表示し食料を探す。サンドイッチが入っていた。歩きながらにはぴったりだ。

 サンドイッチを食べつつ村を目指した。


 普段は感じる車のクラクションもエンジン音も一切聞こえない。ただ、普段は気にもしない鳥の声とか虫の声だか分からない鳴き声だけが聞こえる。

 熱くもなく、寒くもない。快適な気候だ。まるで夢を見ているよう。

 ただ、草原の草や花の匂いがこれが現実だと伝えてくる。


 暫くすると村の方から馬車がやって来た。馬二頭立ての馬車だ。ただ屋根があるだけの荷馬車のようで商人でも乗ってるのだろうか。

 よし、乗せてもらおう。なんてったって俺のスキルは『電波少年』、ヒッチハイクはスキルでちょいちょいだぜ。


「乗せてくれぇー」


 大声で叫びながら馬車に向かって手をふる。

 馬車はかなりの速度で走っている。速度を落とす気配がない!


「どけぇー!!」


 あっぶねぇ!

 危うく惹かれそうになった!

 そのまま馬車は一切速度を落とすことなく走り去っていった。

 第一村人は酷いオヤジだった。

 クソ、約立たずスキルだな、おい『電波少年』。ここで役に立たなくっていつ役に立つ?

 いや、ダンボールに目的地を書いて掲げるべきだったのか? でも日本語で書いても通じないだろ。それともスキル『電波少年』と叫ぶ必要があったのか?

 そもそも、何かから慌ただしく逃げて来たような走り方だった。まさか魔物? それとも異世界名物、盗賊? 

 まさか、俺も盗賊だと思われたのだろうか?

 まさか、ねぇ。


 仕方なく歩を進める。

 三十分ほど歩いただろうか、ついに村へ到着した。


 あっ!


 廃墟だった orz


 どうしよう、途方に暮れる。


 仕方なく進行方角にまた歩を進めた。

 暫く歩くと小雨が降り始める。

 周囲の乾燥した地面に雨が降りペトリコールと言う名の香りが立ち込める。

 近くには雨宿りできる場所もなく諦めて濡れながら歩く。


 突如、破裂音のような、何かが崩れた音のような、そんな音が聞こえ、それに続くように喚声や絶叫が聞こえてきた。

 何だろう?


『馬車が襲われているようですね』


 おっ、有機生命体が復活した!


『はい。暫くの間は短時間ですが。兎に角、走ってください』


 え~~、やだよぉ。


『早く!』


 叱られた。我儘だなぁ、俺は死にたくないよ。

 あれ、でも世界を救うんだろ? 

 どうして最初に先生はサバイバルゲームって言ったんだ?

 まぁ、言い間違いだろ。


『走ってください』


 煩いよ!

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