表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/2

異説・真神神話【下】

 自然界において、突如として異端なる存在が現れたのならば、生物はどうするか?


 答えはその自然に生きる草食系動物をはじめ、多くの生き物は畏怖するだろう。

 逆に強者として君臨する存在ならば本能を剥き出して警戒する筈である。


 では、その異端な存在の方はどうであろうか?


 よく描かれる異世界転移の登場人物の人間であるのならば、まずは「ここはどこか?」や「何が起こったんだ?」などとあれこれと思考する事から始めるだろう。


 だが、野生を駆け抜けた生き物は違う。


 生態系を壊し、順応する事をはじめるのである。


 例えるのならば、現代社会で我々が危惧する輸入物に紛れ込んだ他国の危険種などの生物が野に放たれた事件などがそうであろう。

 人間ならば、それに応じて駆除などの対応をする。


 しかし、それはあくまでも人間であるから危惧する事であり、またはもしも、それに近い知能を持つ存在がいたならばの場合である。


 異世界からやって来たオオカミの前にはそのような存在はない。


 故に生きるか死ぬかを繰り返し、その自然界に順応する事が行われる事が可能なのである。所謂、自然界の変異である。


 本来なら気候など生態系を脅かす自然の猛威から変わるモノだが、オオカミは異世界と言う輸入された危険生物として生態系を崩し、新たな生命として溶け込むには十分であった。


 それは先の悪魔と呼ばれる種族が襲い掛かった瞬間に喉笛を噛みちぎって勝利をもぎ取った事から始まり、様々な変化をもたらす事で自然と一体となる。

 だが、このオオカミは一匹しか存在しない。


 似た個体には遭遇する事はあっても、繁殖すると云う行為までには至る事はなかった。


 故にオオカミは常に一匹であり、ここでもまた孤高であり続けた。


 緑色の小人であるゴブリンと呼ばれる存在の群衆を撃退し、同種である異世界のオオカミの存在をも退かせる。

 他にも様々な存在に対して数少ない手段でオオカミはすべてを退けた。


 稀に神話に登場するヒュドラや後にフェンリルと呼ばれる種族などの大型の生物とも戦った。


 時に死に瀕し、逃げる事もあったが、多くはオオカミの野生の本能に負けて逃げるーー或いは怯んだところを急所である喉や足などに噛み付かれ、出血死するなどがある。


 ただ、ひたすらに生き抜く為に・・・。


 オオカミはただ、その生存本能だけに突き動かされ、それだけの為に狩りを続けた。


 何かを殺しては生きる為だけに進む。


 そして、そんな神話の化け物などとの戦いを生き抜き、狩るか狩られるかの境地でオオカミはやがて、衰弱して行く。


 当然の事である。息の根が止まるまで生き抜いて来れば、生物である以上は衰弱もするものである。


 長い年月の末に生き抜く為に狩ってきた牙は磨耗し、元から傷だらけだった傷が更に深くなる。


 この結末は理性がある生物であったのなら、初めから決まっていた事であると悟っていたであろう。


 無謀とも云える狩りの連続による重度の負傷ーーそして、生物として生きている以上、抗えぬ老いにオオカミの命は蝋燭の灯火の如く、小さなモノとなっていた。

 そんな尽きかけた命でオオカミは死に場所を求め、旅に出る。


 その死出の旅の途中でオオカミは初めて、人間と出会う事になるのであった。


 その人間は雌の個体であろう。


 布を服のように纏っているところから察するにある程度の文明に進化した類いの存在なのだろうと我々ならば観察するだろう。

 そんな人間の個体に神話にも載らぬような異形の化け物達が周りを囲む。


 そこへオオカミは乱入した。

 強者として研ぎ澄まされたその殺気に異形の生き物達が振り返り、突然、現れたオオカミを警戒する。


 オオカミが一歩前に踏み出すと人間を囲っていた異形の生物達が怯んだ。

 衰弱して死にかけているからこそ、オオカミの殺気が凄みを増したのだ。


 オオカミは最早、叫ぶ事も出来ぬ枯れきった声で唸る。


 オオカミは本能的にここを死に場所に選んだ。ただ、それだけの事である。

 人間を助けようと云う理性もなければ、横取りしようと云う狡猾な浅知恵もない。


 純粋に朽ち果てる前に本能が闘争の中での死を望んだのである。


 だが、オオカミの願いが叶う事はなかった。


 衰弱し、研ぎ澄まされたオオカミの殺気に異形の生物達は恐れをなして逃げていく。

 異形の生物達は自身がオオカミよりも格下だと本能で悟ったのだろう。


 残されたのは狩るにも値しない怯えた人間のみである。


 日輪がオオカミを照らしたのは、まさに偶然である。


 だが、生き残ることに成功した人間は奇跡とも呼べる光景ーー神をオオカミの中に見るのだった。


 オオカミはその人間としばし、見詰め合うとしばらくしてから、その場を後にした。


 死に場所はここではない。ならば、ここにいる理由は存在しない。


 故にオオカミはその場を去ったが、偶然的にもオオカミに助けられた人間ーー少女はオオカミをマカミと呼び、神をその目で見た者として後世にこの話を伝えるのであった。


 傷だらけになりながらも神々しく佇むマカミの姿を・・・。


 そして、伝える者として少女はマカミを崇め、その神々しい光景から生まれた様々な空想上の物語を伝承として遺すのであった。


 やがて、後の人々はマカミを真神と呼び、その伝承は神話の一説として語られるようになり、真神は正しき道を指し示す神として崇拝されるようになる。



 ーー気が付くとオオカミは遥か頂きから地上を見守っていた。


 かつて、荒ぶっていた本能は鎮まり、新たに理性が産まれ、示さなければならないと云う使命感から頂きに佇んでいた。


 ただの一度の偶然による出会いはオオカミを神にし、そして、オオカミは使命の元、人間達を導く本当の神となる。


 本当に偶然による偶然の重なりでオオカミは真神として頂きにいる。

 或いは別の神がそう仕向けたのかも知れないが、それは誰にも解らない。



 こうして、真神となったオオカミは天寿を全うした後に人間に崇められ、人間が正しい道を進めるように導く本物の神となって異世界にその存在と魂を遺す。

 それは人間が自然の恩恵を忘れてしまう遥か先になるまで続く事になるのであった。



 我々の世界では真神は忘れ去られた存在である。

 だが、エルフやドワーフなどと呼ばれる種族と歩むこの世界は違うだろう。


 彼らは忘れ去られた自然の恩恵のありがたみを知っている。

 故に他の種族と共存している限り、人間は真神を忘れはしないだろう。


 真神はただ、天の頂きより彼らを見守り続けるだけである。


 人間が共存を辞め、独り歩きをはじめるまで真神はそれでも神として天の頂きにて正しき道を示す。



 ーー遥か遠き未来の人間よ。


 そして、我々、現代の人間達よ。


 努々、忘れる事なかれ。


 我々は常に何かに護られている事に。


 自然の恩恵にあり、自然の一部である事に。


 神は自然の中にあり、人もまた自然の中にある事に。


 我は人間。幾多の神に支えられ、数多の恩恵を与えられた存在の一つ也。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なんだろう。小説のようなエッセイのような……心を打つ文章でした。 新たな神話はこうして生まれるんだろうね [一言] 雰囲気は最高に好き。ラストも好き。 良きでした!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ