視線の先 【月夜譚No.94】
可愛い幼馴染みなど、ただの幻想だ。そんなものは漫画や小説、映画なんかの作り話の中にしか存在しない。
実際の幼馴染みはガサツで容赦がなく、暴力的な面もあって口五月蠅い、ただの腐れ縁のようなものだ。悪友、という言い方もできるかもしれない。
そもそも、彼女と自分の家は親同士の仲が良く、二人が幼馴染みになったのも、そのついでのようなものだ。一緒に育ち、一緒に過ごした時間が他よりも少しだけ長かっただけなのだ。
――それなのに。
教室の隅の席から彼女の横顔を眺めていた彼は、ふと視線に気づいた彼女が振り返るなり目を逸らした。机の上に乗せた手で拳を握り、眉間に皺を寄せる。
自分の想いを無視しようとしても、彼女のことを嫌いになろうとしても、余計にその気持ちが膨らむばかりで苦しくなる一方だ。気づけば、彼女の姿ばかりを目で追ってしまっている。
そんな自分に嫌気が差した。彼女を好きになってはいけないのだ。自分では彼女に釣り合わない。それに、彼女には好きな人だっている。
彼は胸の痛みを振り払うように、鞄を手に勢い良く立ち上がった。