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竜の狩人と悪魔王の少女  作者: 今井亜美
9/12

八章 シェイの推理

 書庫に吹いた隙間風が、ランタンの炎を優しく撫でた。

 今まで黙って聞いていたシェイが小さく成程、と呟いた。

 少しの間、考え込む様な仕草をして、ゆっくりと口を開いた。


「……なんで、死体はロビーにあったんだと思う?」

「え?」


 問われても分からない。

 言われるまで考えもしなかった。

 確かに考えてみればおかしい。

 普通殺人を犯せば、ばれたくないと思うだろう。

 死体は可能ならば隠したい筈だ。

 ロビーはありえない。

 目立ちすぎる。

 何故、あの場所に死体があったのか?


「あの場所で殺人が行われたからじゃないのか?」


 ベンがシェイに聞くとシェイは頷いた。


「その可能性もある。でもその場合、何故死体を隠そうとしなかったのかが疑問になる」

「衝動的な殺人だったらどうだ? 動揺していて隠す時間もなかったとか」

「殺人が行われてから随分と時間はあったはず。現に、腰の武器も何者かに移動させられている。死体にだけ手を出さないのは明らかに異常」

「あたしみたいなか弱い女の子なんじゃない? 運べって言われても重くて運べないもん」


 リタがそう主張する。だがすぐにシェイは、


「犯人は人狼。それなら、力に問題はない」


 と否定する。

 むむむ……と唸りながら頭を抱えてしまった彼女を尻目に今度はベンが口を開く。


「そうだな……じゃあ別の場所で死んだとか? でもそれならなんであそこに移動したのかが分からないよな……」


 すると、シェイは意外な事を言い出した。


「私は、あの場所でグリスタンが死のうが別の場所で死のうが死体はあそこにあったと思う」

「どういう事だ?」

「つまり、この殺人はわざと見つかるようにした」

(はあ?)


 ルシアも思わず怪訝な顔をする。

 それはそうだろう。何故なら――


「なんだそりゃ……メリットがないだろそんなの」


 ルシアの考えと同じことをベンが言う。

 人狼の目的が不明ではあるが、死体を晒すメリットは思い浮かばない。


「そこがポイント……何故、一見メリットのなさそうな『死体を見せる』という行為をしたのか?」


 シェイはいつもと同じ何を考えているのかよく分からない無表情のままで淡々と語り続ける。


「私はこう考える……犯人は、『誰が死んだのかを見せる為に』わざと死体を見せた」


 余計に分からなくなってきた。


「誰が死んだのか……? どういう事?」


 ルシアの質問に、シェイは澄んだ青色の瞳でじっとこちらの目を見つめて答える。


「ルシア達は……グリスタンの死体を見た。そしてこう考えた。『死んだのはグリスタン』」

「……まさか」

「人狼には魔法がある……『人間に化ける』魔法。……それを、死体に使っていたとしたら?」

「で、でも紙には死亡って書いてあるよ!?」


 ルシアは懐から例のリストを取り出した。

 先程までと同じようにグリスタンの項目は『死亡』になっている。

 だが、シェイはリストを見ようともせずに言う。


「それもミスリードに過ぎない。わざわざ『犯人が』教えてくれたんでしょう? 死んだふりをしただけで更新される紙だって」


 一瞬、思考が停止する。

 今とんでもない事を口走らなかったか?

 慌ててベンが、


「ちょ、ちょっと待て! 犯人って……サマンサさん? 嘘だろ?」


 と尋ねる。

 ルシアもうんうんと頷いて、


「確かに怪しいけど……でもサマンサはルールに縛られてる。こんな事したらすぐに焼き討ちされちゃうよ」


 と便乗する。

 しかしそれは、シェイにも分かっていたようで、


「うん。だからサマンサは犯人じゃない」


 と言った。

 ルシアは少しだけほっとした。

 サマンサは確かに怪しい。

 殺人が起きても平然としていられるその態度に腹も立つ。

 犯行も不可能ではないだろう。

 だが、彼女には動機がない。なにより彼女の魔法があればもっとスマートなやり方があっただろう。

 その為、犯人ではないとは思っていた。

 ……一番の理由は彼女が犯人ならまず勝ち目がないからなのだけれど。

 まあ、そんな事は置いておいて問題はじゃあ、誰が犯人なのかだ。


「じゃあ犯人って誰なの?」


 ルシアが尋ねる。


「犯人は、『サマンサ』に化けたグリスタン」


 またもやとんでもない事を言う。

 死体は偽物だった。までは百歩譲って分かる。

 偽物だったのでグリスタンは生きています。これも分かる。

 なので、グリスタンが犯人です。……これは、分からない。流石に飛躍しすぎではないか。

 しかもサマンサに化けたときている。


「ちょ、ちょっと待って。どういう意味?」


 混乱する三人を冷静に見つめ、シェイが答える。


「言葉通りの意味。サマンサに化け、皆の目を欺いた」

「な、なんでそんな事分かるの? どう見てもあれは本物のサマンサだったよ?」

「サマンサが本物だとすると不自然な点が一つある」

「え?」

「彼女がリストを説明する時言った事を思い出して」

(えっと確か――)


 ――『このリストには、ボクを除いた全参加者が載っている――』――


 ……全参加者?


「――シェイの名前が載ってない! 館にいたんだから参加者の筈なのに……」

「彼女が本物のサマンサなら館の中にいた私を知らない筈がない。恐らくこのリストは、グリスタンが事前に作成したものにサマンサが魔法を付与したもの。そもそも本物ならわざわざリストを懐から取り出したりしない。その場で作成して渡せば済むもの。何故そうしなかったか? 何故リストに不備があったか? それは彼女が偽物だと考えれば説明がつく」


 ルシアは愕然とした。が同時に腑にもおちた。

 今思えばあのサマンサは、演技こそ完璧だったものの、初めに出会った時の様な不思議な感覚が一切なかった。

 偽物だから、魔力の波長が違っていた為だったのだろう。

 シェイは続ける。


「彼女が偽物だとするなら問題は誰が化けているか? これも可能なのは一人しかいない」


 それが……


「……グリスタン先生?」


 ルシアが言うと、シェイは頷く。


「そう。何故なら、この入れ替わりにはサマンサの協力が不可欠。入れ替わり中にサマンサが顔を見せればばれてしまう。普通、こんな事件が起きればゲームマスターである彼女は必ず姿を現して皆に説明する。それをしなかったという事は事前に入れ替わる計画だったという事になる」

「じゃあサマンサは共犯って事?」

「違う。その場合ルールに抵触する。でも『計画がルールの一部』だったなら、協力を取り付けるのも可能」

「ルールの……あ!」

「そう。生徒に計画を練る時間はなかったし、ルールに干渉する力もない。唯一ルールを決める事が出来たのは、グリスタンだけ」


 最初にサマンサにあった時、グリスタンは紙を取り出して渡していた。これが今回のルールだと言って。きっとあの紙に全て書いていたのだろう。


「以上の事から、貴方達があったサマンサはグリスタンが化けた偽物だという事が分かる。人に化ける魔法が使える事から、グリスタンは人狼である事が分かる」


 本当に、グリスタンさんが今回の犯人……と、驚く三人だったがここで、一つの疑問が湧いてくる。

 そもそもこの事件はグリスタンさんが殺されたから起こった事ではないか。

 グリスタンさんが生きていたのなら、事件は起こってないのではないか?

 その疑問をシェイに伝えると、ほんの少し、眉をひそめた。


「それは、まだ何とも言えない。あの死体が幻影だったならいいけれど、別の誰かが死んでいる可能性もある」

「死んでるって……でも皆ちゃんとあの場に集合してたし、態度だって本物みたいでとても幻影には思えなかったよ。それこそ誰かが演技してたっていうなら分かるけど、いくら魔法で化けれるって言ってもサマンサに化けながら他の人もっていうのは難しいんじゃ?」

「貴方の話を聞く限り、ジェーン・トロッタイアは発言をしていない。言葉ならまだしも態度だけなら、人狼の偽造魔法でどうにでも出来る」


 確かに思い返すとジェーンは一言も喋らなかった。

 表情や仕草は彼女のままで、周囲と同じように落ち込んだりルシアの事を蔑んだりしていたが、それが幻ではないとは言い切れない。

 だが、犠牲者の有無を考えた所で、結論が出ないのも事実だった。

 ベンが、振り切る様に口火を切った。


「……これからどうする? 頼みの綱だった武器って奴もサマンサさんが偽物だったんじゃ、無いかもしれないよな? グリスタンさんの剣も犯人が彼だって言うなら見つかる所に置くわけないよな……」


 確かに当初の目的の一つであった対人狼用の武器も、それの存在を唱えたサマンサが偽物だった以上、最早本当にあるかどうか疑わしいものになってしまった。

 そうなれば当然、探索をする意味も薄くなってしまう。

 しかし、籠城するには、やはりきつすぎる。

 早く見積もっても、大勢の生徒を引率しているコレットが屋敷に到着するまで、後二日はかかるだろう。

 その間、人狼に見つからないと仮定しても睡眠中にゾンビに襲われればひとたまりもない。

 やはり、武器の捜索は無くなっても、もう一つの目標である、ネクロマンサー討伐は実現しなければならなかった。

 ベンもその事は分かっていたようで、ルシアが伝えると頷いて、


「だよな……じゃあ、探索続行か?」


 と周りを見渡していった。

 ルシアは勿論異存はない。リタもどうやら探索を続ける事に納得したようだ。

 机に置かれたランタンをひっつかんで今にも部屋を出ようとした時。


「それはやめた方が良い」


 背後から静止の声がかかる。


「シェイ?」

「わざわざ移動をしてリスクを高める必要はない。ここは救援を待つべき」

「でもコレット先生の到着はまだ大分先――」

「さっき話を聞いている最中に連絡をとった。後、四時間もすれば着くと思う」

「いつの間に……ってか連絡ってどうやって?」

「忘れたの?」


 シェイは指笛を吹く真似をする。


「まさか……あの黒猫で?」


 シェイがゆっくりと頷いた。


「向こうに、別の個体を置いてきてある。その子を通じて現状をコレットに伝えた」

「そっか……!」


 正直ルシアは後二日も耐えるのは厳しいなと考えていた。聡明なベンの事だから多分彼も気付いているだろうし、リタだって馬鹿ではない。きっとそう思っていただろう。シェイのこの行動は三人に希望と勇気を与えた。後四時間ならば、何とかなるかもしれない。

 午後十四時二十一分。サマンサの館一階西、大書庫。持ち物はランタン一つ、鉄の剣四本。

 四人はここに籠城を誓った。

 コレットの到着までは、後四時間。

 ディランの到着までは、後――……。

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