表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の狩人と悪魔王の少女  作者: 今井亜美
8/12

七章 恐怖の始まり

 うららかな午後の陽気に包まれた並木道を、三台の馬車が通っている。

 どこかで鳥が鳴いている。

 木々は、今やすっかり赤や黄色に色づいて、温かな日差しに包まれ、秋の訪れを感じさせる。

 木漏れ日の中、道の真ん中で昼寝をしていた一羽のウサギが、馬車に驚いてあわてて飛び起き、森に逃げ込んだ。

 そんな穏やかな外の様子を眺めながら、ルシアは今日、六度目の嗚咽を漏らす。

 馬車の中はがたんごとんと車輪が小石を踏むたびに揺れる。

 それが結構な頻度で続くものだからルシアはすっかり酔ってしまった。


(うっぷ……私、もう二度と馬車なんて乗らない)


 青ざめた顔で口を抑えながら、さっきから何度も繰り返した言葉で誓いを立てる。


(それにしても……二人は元気だなあ。やっぱり乗り慣れてるのかな?)


 ルシアは、隣に座っているリタと、向かいに座っているベンの顔を覗き見る。

 二人は先程からずっと楽しそうに談笑していて、全く疲れを感じさせない。

 そして、そんな二人を飽きさせる事無く、自身の経験談を話し続けられている、件のハンター。

 ルシアの対角の位置に座っているグリスタンという名の男もまた、顔からは長旅の疲労を感じさせない。流石は現役ハンター、体力が違うとルシアは舌を巻いた。


「だからな、その時俺はこう言ってやったわけ。『お前が食うのは、俺の剣だあああ!』ってな!」

「おもしろーい!」

「カッコいいっすね!」

(いいなあ楽しそうで)


 グロッキー状態のルシアにはとてもじゃないが騒ぐ元気がない。

 ルシアも、現役ハンターの話を是非聞いてみたいという思いはあるのだが、如何せん身体が付いてこなくてはどうしようもない。

 恨めしそうなルシアの視点に気付いたのか、リタが声を掛けてくれる。


「大丈夫、ルシア? 少しはましになったー?」


 ふるふる……と、力なく首を振る。


「そっかあ……うーん。アラン先生かコレット先生がいれば何か対処できたかもしれないけど……」


 予算の都合により、今回の校外学習で用意できた馬車は三台。

 とてもじゃないが全員は乗る事が出来なかった。

 その為、生徒の半数と、引率として本日、臨時教師を務めるグリスタンさんが馬車で先行。

 残った生徒の半数と、道を知っているコレット先生が徒歩で目的地へ向かう手筈となった。

 ――半数といえば、もう想像つくと思うが、馬車などという豪華なものに乗れるのが貴族組、徒歩移動が孤児組である。

 ちなみにアラン先生は肥満により、ロバートは年の都合により体力不足の為、学校にお留守番である。


「そろそろ慣れてもおかしくない頃なんだけどなあ?」


 ベンがさも馬鹿にするように笑いながら顔を覗き込んでくるので、じろりと睨みつけてやる。


「ダメだなベン。女の子には優しくするもんだぜ? 馬車酔いする奴はいつの時代だってどこにも一人くらいいるもんだ。だから、ルシアちゃんもそんなに気にする事はないさ。こればっかりは生まれ持っての性質だからな」


 グリスタンがベンをたしなめ、ルシアに微笑みかける。

 何とも爽やかな男だ。ルシアは釣られて笑顔をつくり頷いた。

 つくりとはいえ笑ってみると、少しだけ気分が楽になったような気がしてくる。


「まあ後二時間もすれば、目的地に着くはずだ。それまでの辛抱さ……頑張れ!」


 おかしい――また急に吐き気がしてきた。

 ルシアは本日七度目の嗚咽と共に、今日初めての眩暈を感じながら、馬車に耐え続けた。




「――シア……ルシア、起きてー。ついたよー! おーい」


 リタの声に、ハッとルシアは飛び起きる。

 どうも眠って(というより気絶か?)いたようだ。


「リタ……ついたって――」

「到着したってさ! もう皆下りちゃったよ? ほら! ルシアも早く来なよ!」

「あ……ちょっと待って!」


 促されるがままに、馬車から降りると、目の前には赤い三角屋根の大きなお屋敷があった。

 森の中にひっそりと佇むそれは、しかし学校にも勝るとも劣らぬ豪邸で、ルシアは思わずため息を漏らした。


「あー……生徒諸君! 集合してくれい。これから中に入ります。ずっと外にいたいっていう奇特な奴以外は、俺についてくるように!」


 館の正面。玄関の辺りで、グリスタンが呼んでいる。

 ルシアは、感嘆もそこそこに彼について中に入った。




 ルシア達は、玄関の大きな鉄門をくぐり、赤い上品なカーペットの敷いてある廊下を進む。

 館の中は薄暗い。

 森深くにあって満足に日が届かない為だろうか。

 左右の壁面に備え付けられた、燭台の明かりが周りを照らしている。

 廊下は三人が並んで歩ける程横幅が広く、そして先が見えない程、長い。

 ぐんぐんと先頭をいくグリスタンだが、ある場所で不意に止まった。

 後ろから見るとどうやら、十字路になっているようだ。

 だが、来た道以外の三つの道の先は燭台に火が灯っていない。


「せんせ? 大丈夫なんですかー?」


 不安になったのかリタがグリスタンに尋ねる。


「大丈夫だ」

「でもでも! ここなんかおかしくないですかー? 使用人さんとか何処にもいないし」


 確かに、この屋敷は何処か変だ。

 上手く言えないが、人の気配を全く感じないのだ。

 これだけの燭台に火が灯っているのだから、使用人が何人かはいるのが普通だろう。

 そもそも、玄関で誰も出迎えない時点で違和感がある。

 暗さも相まって、ルシアは何だか寒気がしてきた。

 十字路の奥は暗闇に支配され無限に広がっているようにさえ感じる。

 段々と生徒達全体に不安が伝播してきたのか、あちらこちらでひそひそと声が上がり始めた。

 そんな生徒達の様子に、グリスタンは待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。


「まあ皆! そこで見てろって……銀の海のグリスタンだ! 本日、サマンサ・ゲームを執り行いたい!」


 グリスタンが、闇の中へと、声を張り上げる。

 すると――。


(風?)


 ひゅう……っと切るような一陣の風が、廊下の奥から、ルシアの頬を掠め、通り抜けていった。


「え?」


 ルシアは思わず声を上げた。

 風の通り抜けた後。

 誰もいない筈なのに、目の前の燭台にいきなり火が灯ったのだ。

 それも一つではない。

 廊下の手前から奥に向かって、ぼお! ぼお! と唸りを上げて、燭台が点灯していく。


「ほらこれで道ができた。さあ行くぞ」


 グリスタンが再び歩き出した。

 ルシア達も慌てて彼を追って歩き出す。


「あ、あのグリスタン先生!」

「うん? なんだい? えっとルシアちゃん」

「この蝋燭は一体……?」


 ルシアは驚きを隠せず思わず聞いていた。

 ルシア達の歩きの速度に合わせて、ひとりでに燭台の蝋に火が灯ったり消えたりしている。まるで道を指し示すかのように。

 とても人間業とは思えない。こんなことが出来る術は、一つしかない。


「驚いたろ? これは魔法だよ」


 グリスタンはあっさり教えてくれた。


「魔族がこの先にいるんですか?」

「まあ確かに魔族ではあるんだが……いや厳密にいえばもう魔族じゃないか……? とにかく――」


 ――行けば分かる。

 グリスタンはそう言って前を向いた。

 もうお喋りをするつもりはないらしい。

 ルシア達は蝋燭に導かれながら、奥に向かって、右へ左へと歩みを進めた。




 廊下の広さはいよいよ現実的な範囲を超えていた。

 ルシアはもう何度十字路を曲がったか覚えていない。

 もし今から引き返せと言われても絶対に出口に辿り着けないだろう。

 さて、いい加減足が棒の様な感覚になってきた所で、目の前に大きな扉が見えてきた。

 黒と白のダイヤの様なモノクロの四角でデザインされた洒落たドアだ。

 先頭のグリスタンが、三回ドアをノックする。

 すると、ゆっくりと音を立ててドアが開いた。

 眩しい。

 ドアを開けた瞬間、暴力的なまでの光が漏れだした。

 十秒ほどかけて、ゆっくりと目を慣らす。

 ドアの向こうは、随分と広く豪勢なつくりになっている。

 部屋の左中央には大きな四角いテーブル。その周りには見るからに高級そうなソファが置かれていて、テーブルの傍には暖炉が燃えている。

 部屋は赤と黒を基調にしており、床は黒で敷かれたカーペットは赤。黒い額縁に飾られた絵も赤。ソファも本体が赤とクッションが黒で統一されている。そんな部屋全体を天井のシャンデリアが照らしている。この部屋の明るさは、これのせいだろう。

 生徒達は暫く思い思いの感傷に浸っていた。

 とても魔族が住んでいるような陰鬱な場所には見えない。

 貴族の住む家、いや王族の別荘の様な豪華な空間は、ルシアに感動をもたらしたし、他の貴族達は、あるいは実家を思い出し、望郷の念に駆られているのかもしれない。


「ようこそ。私の館に――歓迎するよ」


 可愛らしい声が奥からした。

 ルシアは声の主を見る。

 そこには、黒いリボンのついたワインレッドのドレスに身を包んだ小さな女の子がいた。

 年齢は見るからにルシアよりも下で、十二、三歳程である。だが、堂々とした態度が不思議な威圧感を感じさせた。

 女の子は紫の三角帽子を深めに被っており、表情が余り見えない。だがきらりと光る翠の眼が、ルシアの瞳をじっと見つめていた。

 見つめ返すと、なんだか、深い翠に――吸い込まれそうになる。

 香水だろうか。

 手を引いて、どこかへと誘う様な香りがほんのりと漂っている。

 ――頭が、くらくらする。


「えっと……?」


 耐えかねてルシアが言葉を発すると、サマンサはニッコリと微笑む。そして、遮る様に、全体に向かって口を開く。


「ボクがこの館の主、サマンサだよ。よろしく。さて、『グリスタン』というのはどなたかな?」

「俺だよサマンサ。これが、今回の『ルール』だ」


 グリスタンがサマンサに丁寧におりたたまれた紙を手渡した。

 サマンサはそれをゆっくり広げて、熟読する。


「ふむふむ。……成程。分かったよ。開始の時刻はどうするんだい?」

「今日は遅いからな。説明だけやって、開始は明日の朝、十時からでいいだろう」

「承知した。じゃあその様に設定しておくよ。さて――」


 サマンサは一度言葉をきって生徒達の方へ向き直る。

 そしてくるりと回って、優雅にお辞儀をした。


「勇敢なる紳士・淑女の皆様。サマンサ・ゲームにご参加頂き誠にありがとうございます。当ゲームでは、ボクがゲームマスターとして進行を務めさせてもらうよ」


 ルシアは訝しんだ。

 ゲームマスター? サマンサ・ゲーム? 一体どういう事なのだろうか。

 今日の校外学習の内容は、弱い魔族と戦う実戦訓練だと、ルシア達は聞かされていた。


(それなのに、ゲーム? 訓練じゃなかったの? 先生は何を考えてるんだろ?)


 生徒達の困惑が伝わったのか、グリスタンが口を開く。


「皆、多分頭の中がハテナで一杯だと思う。無理も無いさ。とてもじゃないがこの場所に低級魔族が潜んでるとは思えないよな。正直言ってこればっかりは口で説明するより見てもらった方が早い――—サマンサ、俺が実演するから、ゾンビを一体頼む」

(ゾンビ? 一体頼むって――)


 まるで、注文するみたいな言い方ではないか。


(そんなの頼んだって用意出来る訳ないじゃん)


 しかしルシアの考えとは裏腹に、サマンサは極々当然の事の様に頷くと、手のひらを中空にかざした。

 ――――ぞくり。

 空気が変わった。

 ルシアの背中に悪寒が走る。

 突然、どこからともなく強い風が吹いた。

 風は、かざされた手のひらに集束していく。

 強烈な甘い匂いがルシアの全身を駆け抜けた。

 今まで嗅いだことがない様な、だがどこか懐かしい匂い。

 記憶の奥底で知っている気がする。

 集束された風が禍々しい光を放ち空中を駆け抜ける。

 光は、円や四角や三角が折り重なった独特の紋様を描き、その中を淡い炎が縦横無尽に線を走らせ幾何学模様を生み出していく。

 紋様から発されたオーラが空間を歪ませ、陽炎を創り出す。

 ルシアの悪寒は頂点に達した。

 光の紋様によって陣が形成されたその瞬間、白い閃光が部屋を満たした。

 眩しさに思わず目を閉じる。

 一瞬の静けさ。

 ルシアがゆっくりと目を開けるとそこには。


「アアア……アア――」


 落ち窪んだ眼。爛れた口。腐り落ちた肉を引きずったゾンビが、呻き声を上げていた。


(まさか……! 魔族を召喚したの!?)


 突然部屋の中心に現れたおぞましき存在に生徒達の間から悲鳴が上がる。

 ゾンビは悲鳴に気づいたのか、こちらを向いた。ぬるりと溶けた空っぽの目玉で、口を耳まで裂けさせてニタリと笑った。


「いやあああああああ!」


 リタが一際大きな悲鳴を上げる。

 ゾンビはその声に狙いを定めたようだ。潰れた喉で笑いながら腕を振り回しリタに襲い掛か――ろうとした。

 鈍い音。

 血と肉が弾け飛び、カーペットを汚した。

 ゾンビは不思議そうに顔を撫で、そして気づいた。

 ――自分の顔に、穴が空いている事に。


「アア――アアアギャアアアア!」


 とてつもなく不快な耳障りの声を発して、ゾンビの身体が溶け出していく。

 やがて、床に大きなシミを残してゾンビの姿は消えてしまった。

 ゾンビを斬り捨てたグリスタンが、剣にこびりついた血を慣れた手つきで拭いながら、説明する。


「今見てもらった通り、サマンサは魔女――つまり魔族の一員で、ある特別な魔法が使える。具体的に言うと……サマンサは、この館の中にいる限りは、『なんでも』出来る。文字通り、どんなこともありだ。その代わり、彼女は一生館の外には出れないという制限がある。まあそういう訳で危険性が少ないと判断した俺達ハンター組織は、便利な彼女の能力を色々と使わせて貰ってるって事だ。彼女に言わせれば、それは『ゲーム』なんだとよ」


 サマンサは魔女。

 その言葉は実にルシアの腑に落ちた。

 彼女の眼を見た時、胸に湧いた特別な感覚。

 今にして思えばあれは、シェイを初めて見た時に似ていた。


(惹かれあっていたんだ……)


 魔族の持つ本質。お互いが合わせ持つ、『魔力』の香りに。

 ――グリスタンの説明は続く。


「今回お前達に倒してもらうのは、たった今俺が倒した低級魔族『ゾンビ』だ! ベン! ゾンビの特徴は分かるか?」

「え!? 俺っすか!? えっと、確かゾンビは……動く死体で、身体が腐敗してるって、授業でやってたと思います」

「そうだな。まあだから正直、かなり匂いがキツイ。慣れないうちは吐かない様に注意しろよー? まあ逆に言えば、何処に敵がいるかが分かりやすいんだよ。そういう意味では討伐しやすいな。強さも、ハッキリいって、強くない。鈍いし、力が特にある訳でもない。だから、落ち着いて相手をすれば余裕で勝てる筈だ。――弱点は頭だ。頭を壊さない限り倒せない。既に死んでるから、ダメージを幾ら与えても無意味って事だ。いいか? 頭を狙うんだぞ」

(頭か……)


 狙いやすい弱点で助かった……とルシアはほっとした。

 ルシアの得意な上段からの振り下ろしや、カウンターの突きを繰り出すにはもってこいの場所だ。もし弱点は足などと言われれば攻め方を少し考えなければいけなかった。


「グリスタンさん。質問してもいいだろうか?」


 不意にミシェイルが声をあげる。


「なんだ? ミスター・ミシェイル」

「魔族には共通した弱点がありますね?」

「ああ。『銀』の事だな?」


 銀。ルシアはディランの武器を思い返す。確か、あれも銀で造られていたはずだ。それに、子供の頃にみたカーターの槍も、銀色に輝いていた気がする。


「そうです。その為、ハンターの武器は一部の例外を除き、銀で造られていると聞きます。ですが、本日学校から支給されたこの剣は、鉄製です。これでは、魔族に有効とは言えない!」


 ミシェイルの言葉には、怒気が籠っている。

 顔は不満の色を隠せていない。


「落ち着けミスター。いい着眼点だが、その心配はいらない。確かに通常、魔族と戦う時は銀がなければまず勝ち目はない。だがそれは、敵の防御力に由来する話だ。つまり、固い皮膚を持っていたり、魔力で身体をガードしたりする相手の場合、銀の武器が有効って事。今回の相手のゾンビは、皮膚が柔らかいし、魔力で自分を保護する知能もない。だから鉄でも十分なのさ。――――後は、まあぶっちゃけると、銀の武器は結構値段、がな……」


 ルシアは呆れた。

 つまりは全員分揃えるだけの金がなかったのだ。

 最初の相手にゾンビが選ばれたのは、ひょっとすると、銀じゃなくても何とかなるという理由の為だったのかもしれない。


「なるほど。理解は、出来ました。ですが、そういう理由ならもっと早く言って欲しいですね。せめて僕の分だけでも用意させたものを」


 ミシェイルは、全然納得している表情ではないものの、一応形の上では理解を示した。


「それはすまなかったな、お坊ちゃん。だが、これから対戦しようってのに自分だけ有利じゃあつまらないだろ?」

「――対戦?」


 ミシェイルの眉がぴくりと動いた。


「ああ。さっきも言ったが、これは『ゲーム』だ。どうせなら楽しい方がいいだろ? ルールはこうだ。さっきサマンサに頼んで、この館を迷路にしてもらった。暗闇の中、屋敷中を探索して、一番多くゾンビを倒した奴の勝利! どうだ? 面白そうだろ?」

「……成程。それならば、逆に皆の分の銀の剣があった方が良かったんじゃないか? 普通にやれば、僕の圧勝だからね」


 分かりやすい男だ。

 勝負事が好きなのだろう。


「ゾンビが動く死体ってのはさっきベンが説明してくれたな。実はこれにはカラクリがあってな。魔力で操ってる奴がいるんだよ。ネクロマンサーっていう小悪魔の一種なんだが、言ってみればコイツが本体なんだ。ゲーム終了は十二時間が経過するか、誰かがネクロマンサーを討伐するまで。ネクロマンサーは特別に、ゾンビ十体分としようか。因みにコイツは本当にゾンビを操るしか出来ないから戦闘力は全くない。安心していいぞ」

「ルールは分かったが、グリスタンさん。倒したゾンビの数をどうやって判別するんです?」

「その為に、サマンサがいるんだ」

「ボクにとってはこの屋敷の中は、手のひらの上みたいなものさ。数を数えるぐらい訳もないよ。その他の事も、ゲームマスターとして公正な判断を約束しよう」

「――—貴方は、魔族なのですよね? 僕達に、危害を加えないという保証は?」

「……最もな質問だね。はっきり言うと、無いよ。一応言っておけるのは、ゲームマスターとしてボクは、君達に直接干渉しないという事と、万が一ボクがルールの外から人間に危害を加えた時は、この館は焼き討ちされる約束になっているという事だ。館の外から火をかけられれば、ボクにはどうしようもないからね。ボクだってまだ死にたくはない。保証は出来ないが、約束はしよう。どんな事があってもボクはルールに従うとね」

「ミシェイル。俺が保証しよう。皆にも約束する。もしサマンサが何かした時は、銀の海が全責任をとろう」

「魔族の言う事は信じられないが……グリスタンさんがそういうのであれば、いいでしょう」

「他に質問がなければ、今日は解散にしよう。ゲームの開始は明日の朝十時にこの場所で。全員同時にスタートするから遅れずに集合してくれよ? じゃあサマンサ、宿泊場所まで案内してくれ」

「うん……それじゃあ生徒諸君はこちらに」




 サマンサについて屋敷の奥に行くと、左右にズラリと部屋の並んだ廊下に出た。

 部屋のドア中央にはネームプレートが掛けられている。

 試しに目の前のものを読んでみると、


『ミシェイル・ダストール・ヴィンスタン』


 と書かれている。

 どうやら生徒達それぞれの名前が書いてあるらしい。


「それぞれ自分の名前の書かれた部屋で休んでほしい。何か必要なモノがあれば、ゲームに支障をきたさない範囲であれば用意するよ」




 さて、廊下を進んでいくに連れて、一人また一人と、自分の部屋を見つけ中に入っていった。

 残りの人数はどんどん減っていき、最後にはルシアだけが残った。


(一番奥の部屋か)


 ルシアは飾られたネームプレートを見る。


『ルシア・アーテル』


(………アーテル?)


 元々、小さな村出身のルシアにファミリーネームなど存在しない。

 あえて何か言うのであれば、『トラペゾのルシア』という所だろう。

 だが、ネームプレートには間違いなく『アーテル』と刻まれている。


「サマンサ。名前間違えてない?」


 ルシアの問いにサマンサはくすくすと笑った。


「いいや。キミの名前は間違いなく、『ルシア・アーテル』だよ」

「……ひょっとして、ディランの名前?」


 ルシアは学校ではディランの子供という事になっている。

 混乱を避けるため、学校側が気をまわした可能性がある。


「キミの義理の父の事なら違うよ。彼の名前はディラン・アルブス。面白いね! キミとは正反対だ」


 そう言ってサマンサはまたくすくすと笑った。

 ルシアはなんだか怖かった。

 得体の知れない何かに触れてしまった様な気がした。

 もういい。話はこれで終わりにして中に入る。

 ルシアがそう告げようとした時、サマンサが言った。


「――—冗談だよ。アーテルというのは、ホストに頼まれて私が勝手につけた名前だから、気にしなくていい。ボクはもう行くけれど……最後にゲームマスターとして忠告しておくよ。――『月光には気を付けて』」

(月光……?)


 どういう意味? とルシアが訪ねる前に、サマンサは背を向けて、行ってしまった。

 一人残されたルシアは暫く考えを巡らせたが何も浮かんでは来ない。

 考えるうちに視線は、自然とネームプレートの位置で止まっていた。

 書かれた黒く大きな文字になんとも言いがたい不気味な寒気を覚えて、それをかきけすようにルシアはドアに手をかけ客室に入った。

 



 客室は屋敷と同じで非常に豪華な造りになっている。

 天井のシャンデリアにより、室内は優しく照らされており、黒い大理石で出来た床はキラキラと光を反射している。

 大理石の上には、赤いカーペットが敷かれ、足が沈み込むように柔らかい。

 右手には、本棚があり、分厚い装丁の本がたくさん入っている。


『災いを呼ぶ魔獣達』

『レザリオ ~かつて栄えた神聖国家~』

『ラミアの誘惑』

『ノッカーと十字教徒』

『終末を告げる鳥』

『ウィリアム・アマルフィクスによる正二面性理論におけるイデア世界との邂逅とその一端を垣間見た個人的所感について』

『ルキフグスの号令』

『死の谷と泉の乙女』

『亜空間ポータルの現出場所からみるその法則と高魔空間における現出の確率及び魔力抽出による影響とバランスの研究結果』

 ――――――――—

 …………………………

 …………………………




 ルシアが幾つか手に取ってパラパラと眺めてみると、内容は聖書などの宗教関連か各地の伝説や寓話、難解な学術書などであった。

 だが、期待とは裏腹に月光に関する項目はなに一つとしてなかった。

 嘆息して本を閉じ棚に戻す。

 気を取り直して再び部屋を見回すと、左手には、大きな羽毛のベッド。落ち着いた赤と白の色合いは、高級な雰囲気を漂わせ、見るからに寝心地が良さそうだ。

 そばには、珍しいガラス製の窓が存在する。

 だが、森の中の木々に遮られてか月明りは指してはいなかった。


(どういう事だろう?)


 部屋に入ってみたものの、「月光」に関連するものは何処にもない。


(サマンサは『ゲームマスター』として忠告するとはっきり言っていた。だからてっきり部屋の中に明日のゲームを有利にする何かがあるのかと思ったんだけど……)


 正直当てが外れてしまった。

 いいアイデアは何も浮かばず、眠気ばかりが襲い来る。

 ルシアは靴を脱ぐとベッドに飛び込んだ。

 ふわりと毛布が優しく全身を包み込む。

 目を閉じると旅の疲れが段々と身体からベッドに溶け出し、染み込んでいく様な感覚に襲われる。

 もう意識を保つのは無理だ。

 仕方ない。この柔らかさに耐えられる人間なんてこの世には存在しない。してたまるか。

 鈍い頭で、そんな下らない事を思いながらルシアはゆっくりと微睡みに身を委ねた。




「一番乗り! ってやつ?」


 翌朝、ルシアが集合場所に行くとそこはまだ閑散としていて、話し声一つ聞こえない。

 部屋の隅にある柱時計を見ると、針は九時半を指している。

 後、三十分。まだ少し時間があった。

 このまま立っているのもどうかと思って、ルシアはソファに腰掛けようとした。

 そこで、気づいた。

 誰かがソファで寝ている。


「――グリスタン先生?」


 グリスタンがうつ伏せになって寝ていた。

 ぐっすり眠っているのか身じろぎ一つしない。


(昨日、グリスタンはみんなと一緒に客室には来なかった。てっきり別の部屋があるのかと思っていたけど、まさか部屋がなくてここで寝ていたの? いや、この広い屋敷でそれは考えづらい……。そういえば私を案内した後、サマンサはこの部屋に戻っていた。だとすると、夜遅くまで何か打ち合わせをしていてそれで眠気に耐え切れず、ここで眠ってしまったのかな?)


 一瞬ルシアは迷った。

 もし疲れて寝てしまったのなら、後三十分くらい寝かせてあげようか。いやいやだがそのままだと自分がずっと立ってなければいけなくなるので、やっぱり今起こして座るスペースを空けてもらおうか?

 迷った結果、起こすことにした。先生にも朝の支度があるかもしれないし………やはり何もせず立ちっぱなしは辛い。

 あわよくば話相手になってもらおう。そんな算段のもと、ルシアはグリスタンの肩をゆすった。


「グリスタン先生……起きて下さい。そろそろ十時になりますよ」


 返事はなかった。

 ……出来るはずもなかった。

 肩を揺すられたグリスタンの首がごろりと転がった。


「……え?」


 喉が掻き切られている。肉どころか骨まで見えた。

 見るからに、死んでいる。


「うそ」


 死体に気づいた瞬間、唐突に、辺りは死臭で充満しているような気がしてきた。

 意識したとたん妙に甘ったるい血の匂いはいやが応にも鼻をくすぐる。

 ルシアは、込み上げる吐き気を必死に我慢した。

 不思議だった。身体は熱く胸が焼けそうなのに、頭は冷や水をかけたように冷たく、冷静にこの出来事を処理しようとしている。


(腰に下げてた筈の剣がない。犯人に盗られた? 死体は触れたときには冷たかった。血は既に乾いている。死んでから相当時間がたってる。恐らく昨日の夜にはもう……? 赤いソファが血を吸っていて、全然気が付かなかった。こんなに甘い匂いがしているのにどうして……!)


 ――――甘い?

 ルシアははっと気付いた。

 この匂いは嗅いだことがある。

 昨日、この場所でサマンサが魔法を使った時にした香り。

 間違いない。これは、魔力の残り香だ。


「あれ、ルシアじゃん。おはよ! 朝早いねー。あたしまだ眠いよ……」

「シャキッとしろよ……大丈夫か? 今日は戦うんだぞ?」


 ビクリとルシアの身体が硬直する。

 声のする方を向くとリタとベンが部屋に入ってくる所だった。

 リタが一際大きな欠伸をして、ベンがそれを茶化している。


「だから緊張して眠れなかったんでしょーがもう! ……ってルシアどしたの? 凄い顔してるけど」


 ルシアの顔を見たリタが不思議そうな表情を浮かべこちらに歩いてくる。


「あ……リタ……だめ……」


 何か言おうとしたがうまく言葉にならない。冷静な頭に身体はついてきていないらしい。

 やがて、リタが死体を発見し、一瞬の硬直の後、(ルシアの予想通りに)屋敷中に響き渡る甲高い叫び声をあげた。




「これで、全員か?」


 騒ぎを聞きつけて、皆がロビーに集合した。多くの者は混乱し惑い、取り乱したが、ベンが何とか宥めすかし、現在彼が主導となって点呼を取っている。


「ああ、どうやら死んだのはグリスタンさん一人で、俺たち生徒は全員無事みたいだな」


 応えたのは、オリバー。

 ベンと同じく彼もまた、この状況で平静を保っていられる数少ない一人らしい。


「それでベン。これからどうする?」

「ああ今、ルシアと話したが……最終的には、コレット先生の到着を待つべきだと思う。でもルシアが言うには、どうやら、犯人は『魔族』の可能性が高いんだと」


 全員に少なからず衝撃があった。

 それも、無理もないことだろう。

 狩人養成学校に通っているとはいえ、まだまだ彼らは見習い。本物の魔族を見たのもサマンサを除けば、昨夜のゾンビが初めての経験だったのだ。

『魔族による殺人』などというのは、それだけ彼らにとっては、ふわふわと捉えどころのない雲の様なモノであり、非現実的で未知の領域なのだ。


「待って下さい! それって犯人はサマンサさんって事ですか?」


 最初に反応したのは、腰ほどまである長く艶やかな金髪を丁寧に編み込んだ、いかにも貴族というような美しい身なりの女性。

 名を、ソニアという。

 普段は物静かでおとなしいソニアも、この状況では、怯えが隠せていない。

 青い顔で肩を震わせ、だが毅然と、弱弱しい声ながらも、強い口調で会話に参加しようとしている。


「まだ決まった訳じゃないけどな……」

「何か証拠はあるのですか?」

「ルシアが言うには、傷跡から魔力を感じるんだと。……正直俺にはさっぱり分かんなかった。あんまり見たいものでもないしな……」

「その様な不確かなものでは、犯人と決めつけるのは……」

「まあそうだが。ルシアはあの『ディラン』さんの娘だ。俺達には分からない何かがあってもおかしくないだろ?」

「ルシアさんが、嘘をついていないと言えますか?」


 この発言は、流石に驚いた。

 随分と喧嘩腰な物言いではないか。

 ルシアもソニアとは何度か会話したことがあったし、良好な関係を気付けていると思っていた。

 だが、それは一方的な勘違いだったのだろうか。


「ルシアが嘘をつくメリットが無いだろ……」

「彼女が犯人だとすれば、メリットはあります」

「おい! 流石に酷すぎるぞ! そもそも、客観的に見てもグリスタンさんは死んでから結構時間が経ってる。恐らく犯行は昨夜。俺達が部屋に案内された後だ。俺達には無理がある」

「何故です? 案内された後、深夜に部屋を抜け出せば――」

「抜け出しても、ロビーにグリスタンさんがいる保証がない」

「!」

「彼がどこの部屋にいるか、俺達には分からないんだ。これじゃあ犯行は出来ない」

「じ、事前に打ち合わせて呼び出せば……」

「何処のタイミングで? ロビーに着いてからそんな時間あったか? その前にしたって、馬車の中じゃあルシアは酔ってて半分以上気絶してた。俺とリタも一緒にいたからそれは間違いない」

「う……あ、そうです! 彼女が部屋に案内されたのは何番目ですか?」

「は?」

「私は、かなり最後の方に案内されました。その時もまだルシアさんはいましたね。もし、ルシアさんが最後なら、彼女には可能性がありますよね」


 ベンは口をつぐんだ。

 ルシアにも言わんとしている事が分かった。

 つまり、皆が案内された後、ルシアは部屋に入らずサマンサと共にロビーに戻ったと言いたいのだ。

 そうすれば、グリスタンがサマンサに自室の案内をされる際、ルシアも共についていく事が出来た。

 部屋の位置が分かれば後は簡単。

 相談があるとか適当な言葉でロビーに誘いだし………殺すだけだ。


「確か、私の後に残っていたのは、ドルチェさんとマリナスさん。どうです?」


 突然呼ばれて、ビクリとドルチェは肩を震わせた。

 一方のマリナスは特に反応も見せず淡々と告げる。


「私はその次に部屋に入った。最後はドルチェかルシアだろう」

「成程。ではドルチェさん教えてください。」

「えっと……ごめんルシアちゃん。マリナスの次が私だったから、最後はルシアちゃんだよ」


 その言葉を聞いた瞬間、ソニアは勝ち誇ったようににやりと笑った。


「これで、ルシアさんにも犯行が可能だった事が分かりましたね」


 鬼の首を取ったように言う彼女にベンはやれやれと首を振って、観念したように息を吐いた。


「確かにそうだな。これで分かった」

「認めるんですね。犯行が可能だったのは――」

「三人だな。サマンサさんとルシアとドルチェ」

「……え?」

「あたし!?」


 ソニアが素っ頓狂な声を上げる。同時に槍玉に上げられたドルチェも声を上げた。


「ソニア。お前の理論じゃあ犯人がルシアである必要性がない。グリスタンさんの自室を知ってさえいれば誰でも犯行可能って事だ。今、マリナスの証言によって最後に案内された二人までは間違いなく決まった。でも、最後の一人はどうだ? 証拠は、ドルチェの証言のみ。これならさっきソニアが言った『嘘をついている』可能性だってあるって事だろ?」

「そ、そんな。あた、あたし嘘ついてなんか……」


 ドルチェは唇まで真っ青になって震えだした。

 ソニアは黙ってベンの言葉を聞いていた。

 やがて、ベンの言葉が終わりを告げると事も無げに


「そうですね。では犯人は三人の内の誰かという事で」


 と言った。

 ベンは驚いた。

 ルシアも驚いた。

 てっきり、ルシアの事が嫌いで犯人に仕立て上げたいのかと思っていたがどうやらそうではないらしい。

 ソニアは続ける。


「ベンさん。貴方は、先程仰いましたね? 犯行は昨夜行われた可能性が高いと」

「……確かに言ったけど、それが何なんだ?」

「――――――サマンサさんには、アリバイがあるって言ったら?」

「嘘だろ!?」


 ソニアの発言はまたもや二人を驚かせた。

 それが真実なら、話は根底から覆る。

 ソニアは続ける。


「私は昨日の夜、サマンサさんと一緒にいました。彼女に犯行は不可能です」

「待てよ! それだけじゃあ証拠には何も――」

「証拠もあるんです」

「ジョークじゃないよな? 何だよ」

「これを見てください」


 ソニアは服のポケットから、小さくて、綺麗な丸い何かを取り出した。

 何かには、金の細かな装飾が施され、高価な品である事がすぐ理解できる。

 ソニアが何かをひっくり返した。

 すると、針と文字が浮かんだ盤面が出てきた。

 これで何かの正体がルシアにも分かった。

 これは、時計だ。

 時計はかちりかちりと音を立てて、動いている。

 時間は部屋の柱時計と同じで、正確に動いてるようだ。


「あれ? それ壊れてなかった?」


 ドルチェが時計を見るなり、声を上げた。


「壊れていた?」


 ルシアが聞くと、


「うん。馬車の中で、壊れて動かなくなっちゃったってソニア、凄い悲しんでたから。誕生日にお父様から貰った大切なプレゼントなんだって」


 ルシアはなんだか胃が痛くなってきた。

 ソニアが何を言おうとしているのか、分かってしまったのだ。

 ルシアの予想通り、ソニアはにっこりとドルチェに微笑み、ベンとルシアを見ながら言う。


「今ドルチェが証言した通り、この時計は昨日、馬車の衝撃で動かなくなってしまいました。ですが、今は動いています。昨夜、サマンサさんが、直してくださったのです。それから彼女とは、空が白くなるまでずっと一緒にいました。彼女には犯行は不可能です。」

「じ、自分で直したって事も……」

「無理です。これほど小さく携帯できる時計なんて、最先端技術の塊なんですよ? 一流の技師でなければ扱えないのは貴方もご存じでしょう? それこそ――魔法でも使えない限りは、ね」

「なら、夜じゃなくてもっと前に直してもらったとか……」

「そんな暇がありましたか? 貴方が言ったことですよ」


 ベンは押し黙ってしまった。

 ソニアの理論には穴がない。

 時計が壊れた事は確実で、直った事もまた確実。

 勿論、時計をもう一つ用意するとか、技師がこの館にいるとか、幾つか他の可能性も考えられるが犯人ではない彼女がそこまでやるメリットは全くない。

 ただ問題が、一つだけある。

 長い沈黙の後、ベンがゆっくりと口を開く。


「ソニアお前の言いたいことは分かったんだけど、一つ気になる事がある。……なんでそこまでしてサマンサさんを守ろうとするんだ? 流石におかしくないか?」


 今度はソニアが黙ってしまった。

 俯いて目を閉じてじっとしていたが、やがて、大きく息を吐いて、語り始めた。


「………昨日の夜、私は部屋で一人で泣いていました。お父様から頂いた時計。とっても大事な物でしたから。そんな時、サマンサさんの言葉を思い出しました。『必要な物があれば言ってほしい』という彼女の言葉。何でも出来る彼女の力ならひょっとすれば……そう思って、彼女を呼びました。私の想像は当たっていました。彼女は、すぐに時計を直してくれた。嬉しくて私は思わず、帰ろうとする彼女を引き留めて時計の話を聞かせました。眠る気にもなれず、話続け、時計から、家族、身の上話、近況や学校の事、悩みの話……彼女は嫌な顔一つせずどんな愚痴も、親身になって聞いてくれた。あの人は魔族ですけど……あの時、見せた優しい瞳は人殺しの目じゃないと思います。だから、私はサマンサさんは無実だと思います」


 全員が黙ってしまった。

 暫くの沈黙の後、ミシェイルが噛み砕く様に呟いた。


「……くだらない」

「!」

「くだらないな。魔族は所詮魔族だ。優しい瞳だって? 笑わせるじゃないか! そんなものわざとに決まってるだろう? 君も貴族ならば、情などに絆されるな。情けない事この上ないね」

「情けないですって! 見てもいない人がなぜ言えるんです!」

「おいおい待てよ二人とも! そもそも重要なのは、犯人が誰かじゃなくてこの後どうするかだろう?」


 今にも、ミシェイルに殴りかかろうとする剣幕のソニアをベンが必至に止めようとした時。

 ……ボーン……ボーン。

 柱時計が低くにぶい音で鐘を鳴らした。

 針は十時を指している。


「……やあ皆。時間だよ。十時になった。ゲームを始めようじゃないか」


 鐘の音と共に声が響いた。

 全員が声のする方を向くと、昨日と同じく、ニッコリと微笑みながら、サマンサがやってきた。


(あれ?)


 この時、ルシアは不思議な違和感を覚えた。


(なんだろう?)


 奇妙な不自然さが場にあった。

 何というか空気が、おかしい……気がする。


(そうか)


 匂いだ。サマンサに感じた、あの吸い込まれるような甘い香りがない。

 かわりに、すっきりとした、柑橘類を思わせる少し苦みを含んだ爽やかな香りがするのだ。


(香水を変えたのかな)


 この時、ルシアは気付けてもよかった。しかし、彼女はそこで思考を止めてしまった。


「人を殺しておいてよく面を出せたものだな……魔族め」


 ミシェイルがそう吐き捨て、睨みつける。頭から犯人と決めつけているようだ。

 サマンサはそんなミシェイルの視線もどこ吹く風。

 この場の空気も意に介していないらしい。

 事もなげに、


「ああ。グリスタンが死んだ件だね?」


 と言った。

 サマンサは続ける。


「君達の会話も聞こえていたよ。ソニア君、私をかばってくれてありがとう」


 言われてソニアは笑顔をつくる。


「いえ……昨日して下さった事に比べればそんな……」

「でもソニア君。君の主張はナンセンスだよ」

「え……どういうことですか?」

「ボクはこの屋敷の中ならなんでもできるからね。君の話を聞きながら遠く離れた彼を殺害する事も出来る。だから、ボクのアリバイについては何の意味も持たないよ」

「そんな……」

「つまり、ボクが犯人である可能性は絶対に拭い去れないという訳だね。実に残念だよ」


 口調とは裏腹に、サマンサはくすくすと笑いを浮かべている。


(なんなのコイツ……)


 得体が知れないその態度に、ルシアは寒気を覚えた。


(人が死んでるんだよ?)


 それなのに、彼女には何でもないどころか、最高に楽しい娯楽である様で、自身が犯人呼ばわりされているこの状況でさえ、お気に入りのおもちゃで遊ぶ子供の様に心から楽しんでいる。


「ルシア君。君は彼の死体から魔力を感じると言ったね?」


 急に話が飛んできた。


「え。あ、は、はい」


 ルシアは慌てて反応する。


「それは正解だよ。犯人は魔族だ」


 サマンサはあっさりと断定した。


「そ、それじゃあ……あ、あなたが」


 震えた声でルシアが聞くと、意外な答えが返ってきた。


「犯人は“人狼”だよ」

「人狼?」


 思わず、声に出てしまった。

 確かに、人狼は魔族だが、ここにはいない。

 ……その筈だ。


「皆にも宣言しておくよ。ここに新しいゲームが始まった。その名も『人狼ゲーム』だ」

「な、なにを……?」


 言おうと、しているのか。


「今、夜が明け、犠牲者が一人出た。ゲームマスターとして宣言しておこう。『犯人はこの中の誰か』だよ」

「!?」


 全員が顔を見合わせる。

 誰もが、驚きに満ちた表情を浮かべている。

 そんな様子を横目にサマンサが説明を続ける。


「人狼には、魔法がある。人間に化ける魔法だ。つまり、この中に一人だけ、“人狼”がいるんだよ」

「人狼……」


 ルシアは飲み込む様に言葉に出した。

 情報が多すぎる。まともに考えられていない。混乱している。これは、本当に現実なのか? 夢? 本当に人が死んだ? 人狼?


(……ディラン)


 私、どうしたらいい?

 その疑問に答えてくれる人は、ここにはいない。


「君達は、逃げながら、この館のどこかにある、『武器』を探し出し、誰が人狼かを見つけ、殺さねばならない。全員が死ねばゲームオーバーだ。その時は人狼の勝利。人狼を見事殺せれば君達の勝利だよ」


 人狼を、殺す。

 言われて、ルシアはディランが前に言っていた事を思い出した。


 ……『――――魔族は強大で、恐ろしい存在だ。面と向かって対峙すれば、勝ち目がないと思う時もあるかもしれない。だが、覚えておけ。俺達はハンターで、相手は獲物……同じ生物なんだ。ならば――――』……。


「武器ってなんですか?」


 自然に、口をついて出た。


「最もな質問だね。でも、それは言えないんだ。ごめんね」

(簡単に教えては貰えないか)


 だが、サマンサを信じるならば必ず武器はある。

 これがゲームだというならば、勝つ方法があるはずだ。

 武器を手に入れ、作戦を組み立てれば、人狼だろうと、


(狩れる)


 やるしかない。

 ルシアは静かに闘志を燃やした。


「ああ、一つ注意事項がある。元々開催予定だった、ゾンビゲームだけど、人狼ゲームと並行して同時開催させて貰うよ。だから、人狼だけじゃなくゾンビもいるから注意してほしい」

「な……そんな馬鹿な話があるかよ!」


 ベンが思わず、声を張り上げる。

 多くの者が絶望している。

 ゾンビからも逃げつつ、人狼に怯えろというのか。


「そもそも俺達はその人狼ゲームとやらに参加するとは言っていないぜ」


 オリバーが起死回生の策を思いついたように言うが、すぐにサマンサは首を振った。


「駄目だよ。ゲームにはこの館にいる限り、参加してもらう」

(やっぱり戦うしかないんだ)


 逃げ道などどこにも用意されていない。

 サマンサの無邪気な笑みがルシアの網膜に焼き付いている。

 戦って、生き残って、この悪魔の様なゲームの主催者に抗うのだ。ルシアは決意を固めた。


「最後に皆にこれを渡しておこう」


 そう言って、サマンサは真新しい紙を取り出して、全員に配り始める。

 ルシアが紙を見ると、そこにはこんな事が書いてあった。


 ……――――――……

 ・ ミシェイル・ダストール・ヴィンスタン 生存

 ・ ベンジャミン・クールウェン 生存

 ・ ソニア・フレバース 生存

 ・ マリナス・サークス 生存

 ・ マルゲリータ・リード 生存

 ・ ジェーン・トロッタイア 生存

 ・ オリバー・マークフレッチェ 生存

 ・ ドルチェ・ダランティウム 生存

 ・ ルシア・アーテル 生存

 ・ “狂犬”のグリスタン 死亡

 ……――――――……


 どうやら、皆の名前が書いてあるようだが、問題は名前の後ろの文字だろう。


(ルシア・アーテル……『生存』。“狂犬”のグリスタン…………『死亡』)


 背筋が寒くなる。


「このリストには、ボクを除いた全参加者が載っている。更新があると自動で文章が変化するんだ。これで例え離れていても誰が死んだか一目瞭然だね! ……とは言っても、人狼ゲームの醍醐味は騙し合いだからね。それを阻害しない為にもこのリストは『死んだふりをしても更新される』から、あくまで目安として考えてね」


 何処までも悪趣味だとルシアは思った。

 死んだふりをしただけで反応するなら、疑心暗鬼を生み出すだけだ。

 サマンサは憎らしい程くすくすと笑っている。


(やっぱり魔族なんだ)


 そうでなければこんな事、出来る筈がない。

 ……人間に出来ていい筈がない。


「それじゃあ、頑張ってね。幸運を祈るよ」


 サマンサは笑顔のまま表情を全く変えずにそう言い放つとくるりと回って、廊下の方に歩もうとした。


「ま、待って下さい!」


 ロビーから退室しようとするサマンサにソニアが追い縋る。傍目にもはっきりと分かるほど切迫した表情で、余裕がない。


「何かな? ソニア君」

「お願いします! 助けて下さい! あなたなら屋敷から出す事も出来る筈です。ゲームなんてもう参加したくないんです……死にたくない……お願い……」


 最後の方は潰れてしまって聞こえなかった。

 泣いているのだろう。

 見ていて痛々しい程の、感情の吐露。心からの叫び。

 彼女の信じる、心優しい魔族ならば、或いは受け止められたのだろうか。


「それは無理だよ。屋敷から出す事はゲームマスターとして認められない」

(かわいそうに)


 ルシアが哀れに思うほど、あっさりと。

 情に訴え、彼女が伸ばした手は、魔族の心には届かなかった。


「そんな……」


 泣き崩れる彼女にサマンサが妥協案を提示する。


「そうだね……途中退室は認められないけど……ゲームを棄権するって事なら、退室も認めるよ」

「え?」


 ソニアが顔を上げる。


「馬鹿な……騙されるものか。どうせ嘘に決まっている」


 そう呟くミシェイルも明らかに動揺している。

 他の者も同じらしい。

 にわかに空気がざわついてきた。

 誰もがこの薄暗く狭く重苦しい館から、一刻も早く抜け出したかった。


「……その話、本当か?」


 ベンが恐る恐る確認する。


「ボクはゲームマスターだよ? 偽物でもない限り、嘘はつけないよ。そうルールに縛られてるんだ」

(嘘……本当にここから、出られるの?)


 先程固めたばかりの信念が揺らぎ始める。

 戦えば死ぬかもしれないのだ。

 当然ルシアとて、逃げられるのならば、逃げ出したい。

 それが人の心理だろう。


「ただしその場合、当然ながら、人狼ゲーム及びゾンビゲームは敗北扱いになるよ」

「それでもいいです! お願いします!」

「あ、あたしも出たい!」

「俺も出る!」

「嘘ではないならば、僕も出せ!」

「アタシも!」

「俺も!」


 縋る。

 皆。

 まだ、逃げ道があると信じている。


「わ、私も……出たい……!」


 ルシアも皆と一緒に頼んだ。

 頼んでしまった。

 これが甘すぎる誘惑だと。

 心のどこかでは分かっていたのに。


「本当に良いんだね? ……死んでも」

「……え?」


 ……逃げ道なんてそんなもの、何処にもないのに。


「敗北扱いって言ったよね? ゲームを棄権するなら、敗北の条件及び代償である命を貰うよ」

「そ、そんなの……無理……」

(私は、馬鹿だ……)


 一瞬でも、魔族を信じてしまった。

 魔族が信用できないのかサマンサが特別なのかはルシアには分からないが、少なくとも、彼女の悪魔の様な微笑みを信じた自分が底知れぬ程の愚か者だったという事は痛感できた。

 せっかく沸き上がった戦おうという意志の強さは、もう粉々に砕けてしまった。


「じゃあこの話は終了だね? 他に質問のある人はいるかい? ……いないみたいだね。それじゃあ」


 サマンサは振り返る事もなく、部屋を出て行ってしまった。


(諦めるしかないのかもしれない)


 全員、重苦しい表情をしている。

 やがて、空気を払拭するように、ベンが言葉を発する。


「……こうなった以上はやるしかない。誰が人狼か分からない以上、まず全員で行動しよう。それで――」

「全員行動ですって……? ふざけないで下さい。殺人鬼と一緒に行動出来るわけないでしょう」


 ソニアが言葉を遮る。

 殺人鬼とのたまい、ぎろりとルシアの顔を睨みつけた。


(う……)


 思わずひるんだ。

 涙で顔がぐしゃぐしゃなうえ、目は充血して腫れあがっている。

 親の仇を見るような、凄い形相だ。


「……ソニアお前まだそんな事言っているのか」


 ベンも呆れている。

 この期に及んでまだそんな事を言うのか。


「馬鹿にしないで下さい。私だって確証もなくこんな事を言いはしません」


 意外な事を言った。

 ルシアに噛みついてきていたのはてっきりサマンサの為だけだとばかり思っていたが、まだ理由があったのだろうか。


「まだ何か言い足りない事があるのか?」


 ベンも少し興味が湧いてきたらしい。

 あまり期待はしていないが聞くだけ聞いてみようという表情だ。

 ソニアはじっとルシアをねめつける様に見ると、言った。


「……ルシアさん。前にシェイさんと話をしている所を聞いてしまったのですが……貴方、魔人なんですってね」

「? そうだよ。それが何か……」


 質問の意図がよく分からないが、正直に答える。

 あとで思い返してみればこれが、最大の失敗だった。


「え!?」


 ベンが口をあんぐり開けて信じられないものを見る様な目で、ルシアを見る。


「まさか……!」

「嘘……」


 皆口々に、驚きの言葉を発しながらルシアを見る。


「な、何? 皆……」


 皆の目が明らかにおかしい。

 ハッキリと侮蔑の色が見えるのだ。


「聞きましたか? 今彼女ははっきり言いましたよね? 自分は魔人だと」


 ソニアが確認を取るまでもなく、皆ハッキリと意味が分かっているらしい。

 一方、ルシアだけは、事態の重さをよく分かっていない。


「あんたが……犯人だったんだな」


 オリバーが心底おぞましいという表情で、ルシアに言った。


「ええ!? 待ってよ! 魔人って、魔力が多いただの人の事だよ?」


 自分が幼い時、カーターがそう言っていた。

 ディランからも同じことを聞かされた記憶がある。


「魔力なんてただの人が持ってる訳ないでしょ!」


 ドルチェが叫ぶ。


「魔力があるなんて……おぞましい……」


 マリナスが冷たく言い放つ。


「魔族め……! 恥を知れ!」


 ミシェイルが吐き捨てた唾が床で弾けた。

 これだけの悪意に晒されてようやくルシアも理解した。

 真実がどうかは関係ないのだと。

 “魔人”という存在は、一般的な人間にとっては、根っこから受け付けられないモノなのだと。


「お、おい。待てよ皆! 確かに魔人は、ちょっと怖いけど……でも、普通の人と変わんないって前に授業で聞いたぞ」

「そ、そうだよ! ルシアは普通……ではないかもだけど、でも良い子だよ?」

「ベン……リタ……」


 言葉の節々にルシアに対する恐怖は感じるものの、二人だけは、かばってくれた。

 だが、ソニアは冷たく首を振る。 


「貴方達がどう取り繕おうが、私はルシアさんと一緒に行動は出来ません。私は彼女が人狼であり、犯人だと思うからです。私はあの時、はっきりとこう聞いたのです……『“悪魔”と契約した』と」


 ルシアは、シェイとの中庭での逢瀬を思い出した。

 ソニアが言っているのはその時の会話だろう。

 この様子からすると、どうやらあの場にソニアもいて、話を聞いてしまっていたらしい。

 ソニアが聞いた『“悪魔”と契約した』という言葉は、シェイが“悪魔憑き”の事を話している時に聞いたのだろう。

 ソニアのこの発言で、ルシアと、ベンとリタを除く貴族組六名との間の軋轢は決定的な物になった。

 もはや誰も、ルシア達に付いてこようとはしなかった。

 それ以上の話し合いは無意味だった。

 皆ルシアを犯人と決めつけて、部屋から出て行った。

 人狼に食い殺されてはたまらない。そこで待っていろ、こっちが殺してやる。

 口々にそう吐き捨てていった。

 ルシアを殺すために、武器を探しにいったのだろう。

 後には、三人だけが残った。

 重い空気を払拭するようにベンが明るく、


「まあ元気だせよ! ほら見ろ! あいつらコレ忘れてったぞ!」


 と、どこから持ってきたのか、大きなランタンを手に持ちながら笑う。


「この館暗いからねー。探索には便利なんじゃない? ね、ルシアもそう思うよね?」


 リタがぎこちない笑顔を浮かべてこちらをのぞき込んでくる。

 ルシアは、そうだね、と薄く笑った。

 そんなルシアの様子を見て、ベンも笑いを止めた。

 そして真面目な顔で言う。


「……なあ、ルシア。正直に言ってほしいんだが……『“悪魔”と契約した』っていうのは……本当か?」

「ちょっと……! ベン」

「分かってるよルシアがそんな奴じゃないってのは。半年一緒に過ごしたんだ、俺も信じてる。でもよリタ……だからこそ聞いておきたいんだ。お前も気になるだろ」

「それは……気になるけど」


 正直迷った。

 ここで本当の事……自分はサタンの依り代であると伝えれば、いくらベンとリタでもきっと考えを改める。二度とルシアの事は信じてくれないだろう。

 かといって、ここまで信じてくれた二人に対して嘘もつきたくなかった。


「私は……契約は、してない」


 迷った結果、そう告げた。

 嘘は言っていないつもりだった。

 実際、ルシアにはサタンと契約をしたなんて記憶はない。

 自分の中に悪魔王がいる事は全部ディランから聞いた事で、実を言えばルシア自身もよく分かっていないのだ。

 ルシアの言葉に二人はほっと胸を撫で下ろした。

 なんだかんだ言って不安だったのだろう。

 人が一人死んだのだ。

 言葉だけだとは二人とも分かってはいる。

 分かっているとはいえ、やはり改めて目を見て口に出されると安心するものだ。

 二人の安堵した表情を見ていると、ルシアは少し胸が痛くなった。

 嘘は言っていない。

 でも、真実は隠している。騙しているのと同じだった。


「それで……これからどうしよっか?」


 ルシアは露骨に話題を変えた。


「そうだな……」


 ベンが顎に手をあてて、考える。

 暫くの沈黙の後、顔を上げた。


「やっぱり、俺達も動くしかない。グリスタン先生が昨日、ゾンビはある魔族が生み出しているって言ってたよな?」


「確か……ネクロマンサーだっけ?」


 リタが、昨日の説明を思い返しているのだろう……頭に手を当てながら、何とか絞り出したという顔で答える。


「そうソイツだ。ネクロマンサーがいる限り、敵は無限に生まれる。なら長期戦は不利だ。少なくともコイツだけは倒さないと、コレット先生の到着を待つどころじゃない。それに人狼に対抗する為には、『武器』を探さないといけない。やっぱりここを出て探索すべきだ」

「『武器』……ベンはなんだと思う?」

「そうだな……あの死体には、グリスタンさんが持ってた筈の剣がなかった。ハンターの剣ってことは俺達のコレと違って銀製だろ? それじゃないかと思うんだ」


 成程。ルシアは頷いた。

 銀の剣ならば立派な『武器』だし、人狼に限らず魔族と戦うのなら必須だろう。例え外れていたとしても是非とも手に入れておきたい代物ではある。

 これで目的ははっきりした。

 館の中を探索しつつ、ネクロマンサーの撃破及び、武器の捜索。

 三人は、扉を開け、暗闇の支配する廊下へと歩みだした。

 生き残る、その為に。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ