四章 ルシアとシェイ
「いてて……いやさっきの試合を見てても思ったが、ルシアは強いな! 俺じゃ歯がたたないって」
「もーベン動かないでってば! 手当てできないじゃん!」
「ああ、わりいリタ……いたた!」
「大丈夫? ……ごめんねベン」
ルシアとベンの試合は、あっさり終わった。
ベンもオリバーと同じくルシアの剣を全く見切れずすぐに決着がついてしまった。
──ついたはいいのだが。
どうもルシアはやりすぎたらしい。
終わった時にはベンは傷だらけで、リタと二人でこうして医務室に運んで手当てしていた。
医務室は、訓練場と同じ別館に併設されている。
今は、担当のアラン先生は別の患者を診ているそうで、リタが応急処置を施しているという訳だ。
「でもわざわざアラン先生が診なきゃいけないって一体誰かなー?」
「ボッシュだろ? あんだけ派手にやられてたわけだし」
「ボッシュは孤児組だよ? こっちのベッドは使えないって」
先程運んでいる時に聞いたがどうも医務室の利用には暗黙の了解があるらしい。
孤児組には孤児組の。貴族組には貴族組の部屋があり、基本的にアラン先生は貴族組の部屋にいるそうだ。つまり、先生が診ているのは貴族という事だろう。
「まあ確かに気にはなるが……それよりルシアはそろそろ戻った方が良いんじゃないか?負けちまった俺やリタと違って試合があるだろ?」
「でも……」
「大丈夫だって! こう見えてもリタは結構器用なんだぜ?」
「誰がどう見えるってー?」
「いて! 包帯はそんな強く引っ張るもんじゃないだろ!?」
「あはは……じゃあ私は先に戻ろっかな」
「頑張れよ! このまま勝ち進めば、シェイと戦えるかもしれないぜ?」
「シェイと?」
予想だにしていない名前が飛び出した。
「シェイはこの学校で一番強いからな。孤児組だからミシェイルはいつもつっかかるが……一回も勝ってないな。そもそも、シェイが一本を取られた所見たことないしな」
「シェイ……」
先程のシェイの様子を思い出す。
あの雰囲気は、明らかに只者ではなかった。
何やら、因縁や、運命の様な、目に見えない何かで、自分とシェイが繋がっている。
そんな感覚を感じながら、ルシアは訓練場に戻っていった。
(ひょっとして私って結構強い?)
ルシアはそんな事を思い始めていた。
訓練場に戻った後、ルシアの試合は、順調、といってよかった。
一本を取られる事はあっても、ルシアの剣を防ぐことは皆叶わず、勝ち進んでいった。
──となれば、ベンの言っていたように。
こうなるのも必然だったのかもしれない。
「では、本日最後の模擬戦。ルシア対シェイの試合を始めます。最後ですので、審判は私、コレットが務めましょう。二人は、互いに敬意をもって正々堂々戦うように。他の者はこの試合をよく見ておくように。では二人とも。握手を」
「よろしくお願いします」
ルシアは前に出てシェイに手を差し出す。
「……よろしく」
シェイの手がルシアに触れる。
(冷たい)
白く柔らかいシェイの肌は、ひんやりと冷たく、まるで熱を帯びていないようで。
(生きていないみたい……)
手から視線を上にずらすとシェイと目が合った。
引き込まれるような青い眼がジッとこちらを見つめている。
何を考えているのか全く読めそうにない。
(なんか……やりづらいな……)
胸に不安を抱いたまま試合が始まろうとしていた。
ルシアには一つ分かった事がある。
(あの時、医務室でアラン先生が治療していたのは、きっとミシェイルだ)
今、訓練場にいる生徒の数は合計二十人。
生徒の総数は二十四人なので四人がいないことになる。
まず、リタとベンの二人。それから恐らく治療中のボッシュで三人。
最後の一人がアラン先生の治療相手。それはこの場にいないミシェイルだろう。
(ミシェイルは酷い奴だったけど、弱くはなかった)
むしろ、腕がたつからこそ、あれほど上手く人を嬲れたのだろう。
そんなミシェイルも、シェイを相手に、治療が必要なほど徹底的に敗北したのだ。
(私に勝つ可能性があるとしたら、やっぱり先制攻撃しかない)
「勝負、始め!」
コレット先生の合図と共にルシアは剣を上げ上段を取る。
シェイは中段。剣先を左下にゆらゆらと動かしている。
自分に剣が向いていない。
ルシアは隙を見た気がした。
「やああ!」
気勢を上げ、ルシアがシェイに突進する。
そのまま、得意の打ち下ろしでシェイの面を捉える。
──筈だった。
ルシアの剣の先には誰もいない。
シェイはひらり、と身をかわし、そのままの流れで身体をひねり、瞬時にルシアの面を打ち、胴を薙ぐ。
「~っ!!」
痛みに声を上げることも出来ず、地面に倒れる。
「一本!」
コレット先生の鋭い声が響く。
一本目。ルシアは手も足も出ず、取られてしまった。
(強い……! これじゃダメだ。もっと早く攻撃しないと)
二本目。
ルシアは構えを変え、中段を取る。姿勢を下げ、剣を引く。
突きの構えである。
敵の攻撃に即応して、とびかかりざまに突くつもりでいる。
(突きは剣術において最速の攻撃だってディランが言ってた。これなら!)
一方シェイはルシアの構えを見ても動きを変えない。
不気味に剣先をついっと動かし、様子を伺っている。
やがて、シェイの動きがピタリと止まった。
それにつられ一瞬、ルシアの身体に緊張が走る。
刹那、シェイの身体が、まりの様に跳ね、ルシアに向かって動き出す。
(来た!)
その動きに合わせ、剣を突き出そうとした。
が、突然目の前が暗くなる。
「!?」
顔面に衝撃が走る。目の奥で火花が散った。
何かで殴られたのだ。
(なんで!? 私の攻撃より早い筈が……)
混乱する頭で、なんとか前を見ると歪んだ視界の端にシェイが見える。
その手には何も握られていない。
──剣を投げたんだ。
そう理解した時には、ルシアの腕は既にシェイに掴まれていた。
そのまま、首に足をかけられ、体重を利用して地面に引き落とされる。
「ぐ!……ぎ……!」
流れる様に肘の関節を極められる。
苦しい。足が首に絡みつき呼吸が出来ず、身動きが取れそうにない。
「そこまで! ……大丈夫ですか?」
コレット先生の声がして、シェイがルシアを開放する。
咳き込みながら見上げると、コレット先生が心配そうに、こちらを見ていた。
「大丈夫です」
そう告げて、先生の手を借りて立ち上がる。
「……どうしますか?」
「え?」
「今ので、シェイの勝ちが決まりました。例え勝てなくても三本目を開始するか、このまま負けを認めて、棄権するか。貴方には選択権があります」
「まだ、戦えます」
なんで、そんな言葉が出たのかは自分でも分からない。
ただ考えるよりも先に言葉になっていた。
「──分かりました。それでは、一つアドバイスを」
「アドバイスですか?」
コレットは、ゆっくり頷いた。
そして語り始めた。
「ルシアさん。貴方の剣筋は悪くない。むしろ洗練されている、良い剣です。型も綺麗で、動きに無駄がない。速度も素晴らしい。生徒の大半は見切れもしない筈です。ですが、それはあくまで、相手が素人ならばの話。……貴方の動きは素直すぎる。実戦での経験はないんでしょう?」
ルシアは頷いた。
ずっと一人で素振りしていたのだ。
相手などいる筈もなかった。
ルシアが頷いたのを確認して、コレットが続ける。
「あの子……シェイは、少し特殊で……既に何度か戦いを経験しています。その為か常に実戦を踏まえた動きをする……。彼女がフェイントを織り交ぜていた事には、気づいていましたか?」
「フェイント……?」
「先程から剣の動き、身体や、足の動き……全身を使って、彼女はフェイントを入れてましたよ? わざと隙を作ったり、突然動いて判断力を鈍らせたりね」
言われて、ハッとした。
確かに、ルシアはずっと、攻撃が決まると思ったからこそ攻撃してきた。
だが、実際、攻撃は決まっていない。
今までルシアが隙に感じたものは、シェイによってつくらされたものだったのだ。
それに気づかなかったからと考えれば、腑に落ちる。
「ルシアさん。貴方に必要なのは、攻めでも、守りでもない。“目”です。相手の動きをよく観察してみてください。きっと何かがつかめるはずです」
先生にお礼を言って、呼吸を整え、ルシアは剣を構える。
「三本目……始め!」
試合が再開した。
シェイはまたもや中段。
一方ルシアは、開始と同時に剣をだらりと下げ、ただ、立った。
これには、流石のシェイも困惑した。
まるっきりの無防備なのである。
これでは、勝負を捨てているようなものではないか。
(何か策があるのか、はたまた諦めたのか?)
シェイは、ルシアの考えが読み切れず、攻めあぐねる。
が、ルシアは動かない。
ただその場につったって、シェイの事をじっと見ている。
段々シェイは焦れてきた。
(仕掛けてみるか)
そう考え、いつもの様に、静から動、へ。瞬時に変化して、ルシアの面を狙いうった。
ルシアはそれを瞬き一つせず、見つめる。
ブンッ!
と、風が唸りを上げて、剣がルシアを襲う。
その瞬間、グッとお腹に力を込めて、めいっぱい上体を反らした。
剣が顔のすぐ前を通りすぎていく。
シェイの剣はルシアを捉えてはいない。
ルシアは大きく体勢を崩しながらも、間一髪回避に成功していた。
「やああああ!」
空振りをした今、シェイを守るものはない。
ルシアは、無我夢中で、即座にカウンターの一撃を放った。
型も、美しさも、速さも考える余裕はなかった。反射に身を任せ、ただ前に剣を振った。
「く……!」
シェイの返す切っ先と、ルシアの反撃の一撃がほぼ同時に、互いの胴を切り裂いた。
暫くの間、静寂が訓練室を支配していた。
互いの息遣いだけが、ルシアには聞こえていた。
そして。
「一本! 三対〇で、シェイの勝ちとします!」
──ルシアは敗北した。
無茶な体勢で放った一撃は浅く、一本を取る事は出来なかった。
(負けた……)
完敗だったな、と思った。
次は勝ちたい、とも。
学校に来てよかった。そうルシアは思っていた。
学校生活一日目は、あっという間に終わりを告げようとしている。
教室に戻った後、ルシア達はいくつかの授業を受けた。
その際、ベンが教えてくれたがこの学校で教えている座学はとても豊富で、魔族に関する知識から始まり、潜伏した魔族の見分け方、魔法や呪術への対抗手段、剣術史、戦術学。
化学や力学、数学に生物学や天文学などの自然科学。
果ては騎士としての在り方や貴族の礼式まで実に幅広い。
しかし、一つ引っかかる。
「どうしてハンターの学校なのに、マナーを学ぶの?」
科学を学ぶのはまだ分かる。
火薬の調合一つとっても専門知識は必要だ。
……まあ後にして思えばこれも八割がたコレット先生の趣味だろうけれど、理解できなくはない。
一方、マナーは必要性がない。魔族との戦闘に礼は要らない筈だ。
だがこれに関してはベンが実に納得のいく返答を返してくれた。
「もっともな疑問だなルシア。答えは、単純明快! 需要があるからさ。寄付の話を思い出してみろよ。この学校は、貴族のお偉いさんの金で成り立ってる。もしこの学校が血生臭い事しか教えてなかったら、お偉いさんが金を落とすと思うか?」
成程。
この学校での貴族の地位が高い理由がルシアも段々分かってきた。
貴族達に見放されれば、学校はつぶれる。
潰れてしまえば、孤児達も行き場をなくしてしまう。
だから敢えて、貴族達を特別扱いしているのだろう。
言うなれば、苦肉の策なのだ。
さて、日が傾き始めた頃、一日の授業は終わり、皆が自室に戻る時間がやってきた。
「それじゃあまた明日な」
「またねー! おやすみ!」
「うん……おやすみ二人とも」
リタとベンと別れた時、ルシアはある問題に気づいていた。
(私、何処に泊まればいいんだろう?)
来たばかりのルシアには自室の場所なんて分からない。
今朝ロバートが二階にあると言っていたが、この広い校舎で案内なしに辿り着けるとは思えない。
教室には既に生徒はルシアしかいなかった。
教壇では、コレット先生が今日の講義資料を整理している。
丁度いい。先生に聞こう。
「あの、コレット先生」
呼びかけると、資料から顔を上げ、こちらを見て笑顔をつくる。
「ああルシアさん。どうですか学校は? 一日過ごしてみて色々思う事もあるでしょう?」
「そうですね……でも、授業も知らない事ばかりで新鮮ですし、とっても興味深い事ばかりです。それに何より、今日初めて友人が出来たんです! 私それがとても嬉しくて」
「……そうですか。貴方の事情は私も聴き及んでいます。年の近い友人が出来て良かったですね! ディラン先輩の下じゃあ色々窮屈だったでしょう」
「ディランを知っているんですか!? じゃあ先生も“竜の剣”の?」
「いえ……私は、“銀の海”という別の狩人機関の出身です。ディラン先輩とは現役だった頃、何度かお仕事を一緒にさせて頂きました」
「そうだったんですね……あ、ところで先生。質問なのですが」
「はい? 何でしょう?」
「私の部屋は何処にあるのでしょうか?」
「あ! ……えっとそのそれは……」
「先生?」
「え、えっと……そうだ! 昔のディラン先輩の話聞きたくないですか? どうですか?」
「確かに気になりますけど……それよりも今は部屋を──」
「そんな事言わずに! 面白い話がいっぱいありますよ!? た、例えば……えっと任務中にカエルを食べてお腹壊したりとか、野草を食べてお腹壊したりとか、変な芋虫食べてお腹壊したりとか……あ! 後は、キノコ食べてお腹壊したりとか!」
「お腹壊してばっかりじゃないですか……いや今はそれよりも部屋の話をしたいんです」
「う……部屋……部屋の話、ですか」
「……先生、何か隠してます?」
「いやいや! そんなことは! ………うう……あります」
「あるんですね」
「ご、ごめんなさい! そのお……部屋、なんですけどぉ……」
「はい」
「と、けちゃった、というか」
「はい?」
「ですからその……溶けちゃった……と、言いますか」
「……溶けちゃった?」
「……はい」
「……何がですか?」
「……ベッドが」
「ベッドが!?」
「うわあぁぁぁごめんなさいいぃぃぃぃ!!!」
その後、コレット先生は少しずつ話してくれた。
ルシアに貸される筈だった客間は、元々、必要のない物をしまっておく、半ば倉庫の様に使用していたらしい。
そんなある日、ロバートから、客間が一杯になってしまったので部屋を片付けて、人が泊まれるようにしてくれと指示を受けた。
その時広くなった部屋を見て思いついたらしい。
研究室欲しいな──って。
「え?」
「いや、学校に来てから研究とはご無沙汰で……そろそろ大規模な実験したいな……ってずっと思ってて。そんな時偶然空いたから、これは天命かなあって思いまして──」
「研究室にした、と」
「──はい」
「な、なにやってるんですか!?」
「うわあぁぁぁごめんなさいいぃぃぃぃ!!!」
「というか百歩譲って研究室にしたとしても、普通ベッドは溶けないでしょう!?」
「何言ってるんですか! 溶けますよ!」
「溶けるんですか!?」
「溶けます! よしんば溶けなくても溶かしてみせます!」
「いや溶かさなくていいんですよ! わざとなんですか!?」
「わざとではないです。その、私、研究に没頭すると周りが見えなくなるというか……片付けできなくなるというか……それで転がっている薬品を踏んづけちゃったというか……」
「ベッドが溶けるくらいの劇薬が転がってるんですか!?」
「い、いや流石にそんな事はないです。ベッドを溶かしたのはその時手に持っていた薬品で……転がってるのは万一被っても、精々腕がなくなる程度で済むものです」
「劇薬転がってるじゃないですか!」
「本当にすみません……ベッドさえ溶けていなければ……」
「ベッドの問題じゃないですよね? 明らかにベッドの問題じゃないですよね?」
「という訳でして……ルシアさんは個室ではなくてですね。暫くの間は、一部の生徒が使用している共同の寝室で我慢して貰えないでしょうか?」
「まあ……それは構わないですけど」
元より、あばら家の屋根裏で暮らしていたのだ。
雨風さえ凌げれば贅沢を言うつもりもなかった。
さて、案内された場所は、本校舎二階西側。
二階東側には個室があり、ルシアも本来そっち側だったのだろう。
共同寝室は扉の数から察するに四部屋存在する。
コレットから聞いた話によれば、一室三人から五人で使用しているらしい。
つまり、生徒の半分以上が共同寝室なのだ。
この時点で、ルシアも薄々感づいてはきていた。
「お邪魔します……」
扉は少し歪んでいるのか、ぎい……と鈍い音を立てて開いた。
中はむわり、と、むせかえるような人間の汗の匂いが充満している。
部屋は小さい。
中央の壁に窓が一つあり、今は夕陽が差し込んでいる。
左右には二段ベッドが置いてあり、それ以外には家具らしき物は無い。
右側上段のベッドのみ空いており、他は既に人がいる。
右側下段には前髪の長い、大人しそうな女の子が、左側下段には、髪が短く目つきの鋭い活発そうな女の子がそれぞれ座っている。
そして左側上段には、見覚えのある藍色の服。
「シェイ!?」
思わず声が出てしまった。
シェイがちらりとこちらを見る。
が、すぐに視線を移してしまった。
シェイはベッドに腰掛けたままぼんやりと窓から夕暮れを眺めている。
「あの……ルシアさん、ですよね?」
「え?」
気づけば、先程までベッドの上にいた、大人しそうな子が話しかけてくれている。
立つと、意外に背は高い。程よい肉付きでスタイルが良く、黒く長い髪で目さえ隠れていなければ、中々男受けしそうだ。
だが最初の印象通り人見知りをするタイプなのだろう。
声が少し震えている。
「私は、えっと、マーシャと言います」
「うん。よろしくマーシャ」
「あの、はい……よ、よろしくお願いします……」
「……おいマーシャ!」
不意に左側下段にいた髪の短い女の子が、低い声で、マーシャを呼ぶ。
「! ……は、はい。何でしょう? ベティさん」
「貴族野郎と仲良くしすぎるなよ。声が聞こえて不愉快だ……。アタシは寝る。静かにしてろよ」
「あ……はい、すみません……あの、おやすみなさい」
「マーシャ、あの子は?」
「彼女はベティさん。えっと、気難しい子で……その、特に貴族の人達は……嫌いみたいで……すみません」
「そっか。でもマーシャの謝る事じゃないよ」
これで確信した。
貴族が嫌いという事は、ベティは恐らく孤児なのだろう。
そのベティと話せるという事は、マーシャも孤児。
そしてシェイは言わずもがな。
となるとやはり、この大部屋群は孤児組にあてがわれているのだ。
「あの……ルシアさんのベッドはあそこです」
マーシャは一つだけ空いていた右側上段のベッドを指さす。
「分かった。ありがとう」
お礼を言って梯子を上り、ベッドに寝転がる。
毛布は柔らかい。
いや、きっとそこまで上質でもないのだろうが、今までルシアが寝ていた、シーツも毛布もない、木製ベッドに比べれば、天国みたいなものだ。
これならきっと良く眠れるだろう。
(ん……?)
ふと視界の右端に動くものを捉える。
(何だ?)
ごろり、と寝返りをうって右側を見据えると──。
(な!?)
余りの衝撃にルシアは危うく大声を上げそうになった。
(ウィリー!?)
ベッドの右側。
壁に見覚えのある蜘蛛が張り付いていた。
「なんでここに……?」
ディランの家から学校までは結構な道のりだ。
まさかここまでくっついてきていたのだろうか?
疑問は尽きないが、当然蜘蛛のウィリーは喋らない。
いつの間にかすっかり巣をつくっており、引っかかった哀れなハエを美味しそうに食べている。
(まあいっか)
今日は色々な事があった。
すっかり疲れがたまっている。
瞼が重い。
左では、シェイがベッドに座って、何やら指でいじっている。
眠い。
シェイの何気ない横顔をなんのけなしに眺めながら、ルシアはゆっくり眠りに落ちていった。
翌朝、鐘の音と共にルシアは目覚めた。
「ううーん……よく寝た……」
大きく伸びをして欠伸を一つ。
寝ぼけ眼をこすりながら、ベッドから降りて、異変に気付く。
「あれ……?」
誰もいない。
顔からさあっと血の気が引いていくのが分かる。
さっき鳴った鐘の音を、てっきり目覚めの鐘かと思いこんでいた。
(あれ……始業の鐘だ……!)
気付いた時にはもう遅い。
二日目にして大遅刻確定である。
(やばいやばい! 顔だけ洗って……ああ急いで教室に行かないと!)
そもそも、今まで私には決まった時間に目覚める習慣がなかったんだから起きれなかったのも仕方がないんじゃないかとか、誰か気づいて起こしてくれてもよかったんじゃないかとか、そんな余計な事を考えている余裕は、今のルシアにはなかった。
少しでも早く教室に着く様に、部屋を飛び出し、持てる全速で、廊下を駆けた。
「良いですか? 魔族は強さに応じて三種類の等級に分類されます。それは何でしょうか? えっと──マリナス?」
「上級、中級、下級あるいは低級の三つです。先生」
「はい。正解です。では……もう一つ──」
「すいません! 遅れました!」
ぎい! っと大きな音をたてて、ルシアが部屋に雪崩れ込むと昨日と同じ様に部屋中の視線が飛び込んでくる。
「おはようございますルシアさん。二日目という事もありますから今日の遅刻は不問と致します。そうですね……しばらく生活に慣れるまでは、同室の、えっと……ベティ、マーシャ、シェイ。三人で、助けてあげてくださいね」
コレット先生の言葉に、シェイは静かに頷き、マーシャが、小さく返事をした。
ベティはそっぽを向いて、知らん顔をしている。
意地でも世話を焼くつもりはないという態度だ。
ルシアが席に着くと、ちょうどよかったという表情でコレットが、話を続ける。
「そうだ! 次の質問にはルシアさんに答えてもらいましょう。先ほどマリナスが魔族には、上級、中級、下級もしくは低級の三種類があると答えてくれました。ここでもう一つ質問です。この三つの等級は一体何を基準に定められるものでしょうか?」
「え……えっと……」
考えても分かるわけがない。
ディランは実用的な事以外教えてくれなかったし、本だって簡単な童話ぐらいしか余り読んだことないルシアが知る筈がない。
「俺が答え教えてやろうか……?」
悩んでいるとベンがこっそりと耳打ちしてくる。
だが、コレットの目は鋭い。
すぐに見咎めて、
「ベン。答えを教えるのは、彼女が自分の答えを出した後にして下さい」
そう、ぴしゃりと言い放った。
「うーん……魔力の高さとか?」
とりあえず当てずっぽうで答えを出す。
「残念。でも、とっても惜しいです」
やっぱり違うらしい。
「それじゃあベン。答えをどうぞ」
お鉢が回ってきたベンは自信満々の表情で応える。
「はい先生。答えは、純粋な『強さ』です」
昨日丁度予習したんだよ……と小さくうそぶいた。
「その通り! 正解です」
「どうだルシア? 勉強になっただろ?」
したり顔のベンに半分素直に半分呆れながら、
「そうだね。ベンは物知りでいいな」
適当に褒めてやると、思いの外嬉しかった様で、
「まあ、ルシアよりは、早く入学してるわけだしな?」
と照れながら言った。
そんなベンの様子を見て、コレット先生はにっこり笑って言う。
「では“物知り”ベン。その『強さ』の基準は?」
「え!? えっとそれは……」
どうやらそこまでは予習していなかったらしい。
分かりやすく狼狽えて、やがて白旗を上げた。
「ふふふ……まだまだ勉強不足ですね。誰か他に分かる者は?」
すっ、とミシェイルの手が上がった。
昨日シェイにやられたであろう傷がまだ癒えていないのだろう。
全身に包帯が巻かれた痛々しい恰好になっている。
「ではミシェイル。答えを」
「一般的なハンターを基準にして『一人でも倒せる強さ』を下級。三人以上の『複数人が連携すれば倒せる強さ』を中級。そして『複数人いて尚且つ綿密な策を練りやっと互角になる強さ』を上級と呼びます」
「素晴らしい。その通りです。良く勉強していますね」
「このぐらいは貴族として常識ですよ。もう少し努力したまえ“物知り”ベン君」
「はいはい。お前を見習うよミシェイル君」
すっかり立場が変わってしまったベンがそう言ってむくれた。
その様子があんまり可笑しくて、ルシアはリタと顔を合わせて笑った。
遅れた事もあってか授業はあっという間に終わった。
休憩時間、ベンとリタと昨日の様に話をしていると、
「あのう……」
と話しかける声がある。
振り向くと、マーシャが遠慮がちに目を伏せながら、おずおずとこちらに話しかけてきている。
「どうしたの?」
と聞くが、緊張しているのか要領を得ない。
やがてこの場での説明は諦めたのか、
「とにかくついてきて下さい」
と絞り出す様に言った。
仕方ない。
ルシアは、ベンとリタに別れを告げ、マーシャの後ろについていった。
マーシャに連れられてきたのは、中庭の外れ。
生垣によって、中央からは陰になっている位置で、随分ひっそりとしている。
ベンチが一台置いてある以外は特に変わったものもなく、静かな雰囲気は穴場といってもいいかもしれない。
(こんな所でゆったりと過ごすお昼も幸せかもしれない)
そう思いはするものの、残念ながら、ゆったりとした時間はとてもじゃないが過ごせそうもない。
ベンチに一人、女が座っている。
すぐ分かる程の、敵意。
「あの……連れてきました、ベティさん」
ベティは、マーシャの言葉に、低い声で返事を返した。
ゆっくりと立ち上がり、こちらに近づいてくる。
眼光は崩さない。
射殺すようにこちらを睨みつけている。
そのまま、一分程経ったか。
何も言わずただじっとこちらを見つめるベティに段々ルシアは腹が立ってきた。
「……私に何か?」
返事はない。
「何か用があるんじゃないの?」
沈黙。
「何もないなら──」
「──用は、ある」
やっとベティが口を開いた。
眉間に皺を寄せたまま、彼女が続ける。
「あんた、『あの』ディランの娘なんだってな」
あの、という言葉にルシアはぴくりと眉を動かす。
「……そうだよ」
表情を変えずに告げる。
「あんた、この学校についてどう思った?」
「は?」
想像だにしていない質問が飛んできた。
だがジョークで言っているのではない事は、顔を見れば理解できる。
「どう……って言われても、まだ二日目だし」
「生徒の数はどうだ?」
「数?」
「少ないって思わなかったか?」
言われて頭で数える。
自分を合わせて生徒総数二十四人。
まあ、確かに都にある大学なら、何百人という人間が学んでいると以前カーターに聞いたことがあるが、如何せんここは普通の大学ではない。
第一に、大学とは違ってここは寄宿学校であるし、第二に、ここはまともな学問を学ぶ場ではない。
「秘密の狩人学校でしょ? 裏世界の事よく知らないけど、一般的な人は狩人どころか魔族も知らないらしいし。こんなものじゃないの?」
ルシアの返答に、ベティはやっぱりなという顔を向ける。そしてさらに低い声で言った。
「もっといたんだよ。本当はな」
「え?」
「本当は一緒にここに来るはずだったんだよ。ケイトも、ハンクも! なのにあんた達みたいな金持ちの屑野郎がいるから……!」
「な、何言って──」
──────
────
──
アタシの村はな、小さいけど、ある貴族が治めていたんだ。
村のそばにはそいつが住んでる屋敷と小さな砦があって、アタシはケイトとハンクを連れてよく遊びに行っていたんだ。
鎧を着た騎士が何人もいて、アタシ達を叱りながらも一緒に遊んでくれた。
よく言っていたよ。『何か起こった時は、ここに逃げ込んでくるんだよ。俺達が守ってやる』ってな。
……ある日、村が一体の魔族に襲われた。
後から知ったが、グールって中級の魔族だ。
今日授業でやったよな? 中級の強さについて。
……勝てない相手じゃなかった筈だ。
幾らハンターじゃなかったっていったって、騎士が十人もいれば十分勝てた筈だった。
なのに……! アタシ達が砦に行った時は門は固く閉じられてた。
泣いて、叫んで門を叩いても言葉一つ帰って来やしない。
みんな殺されていったよ。
アタシはケイトとハンクと一緒に何とか逃げだして、砦に続く橋の下に転がり込んだ。
二人と抱き合いながら、ぶるぶる震えていたよ。
ずっと誰かの断末魔が聞こえた。
暫くして、アタシ達はグールを狩りにきたハンターに保護された。
アタシ達以外の生存者は誰もいなかった。
……唯一、砦の中にいた連中を除いて。
あいつら保護されたこっちを見てなんて言ったと思う?
…………『ああ良かった』って言ったんだ!
ふざけるな! お前達が戦っていればみんな死なずにすんだんだ!
何が『良かった』だ! 馬鹿にするな……!
一番ふざけてるのは、その後だ。
例の貴族がアタシ達を引き取りたいって言いだしたんだ。
アタシはすぐに突っぱねた。二人もそうだ。
はっきりと嫌だって言ったんだ。
そしたらそいつはこう言うんだ。『悪かった。許してくれ。贖罪をさせてくれ』って。
……二人は優しいから断りきれなかったんだ。
それでアタシは、孤児としてここに、二人は屑の所に行った。
……初めは幸せにやってるんだって思ってたよ。だってそうだろう?
小さいとはいえ貴族の屋敷に行ったんだ。
でも、それはとんだ間違いだった。屑は、どこまでいっても、屑だったんだ。
──────
────
──
ルシアは息を呑んだ。
ベティは、泣いていた。
目に大粒の涙を浮かべて、彼女は重々しく口を開く。
「……売られたんだ」
「売られた?」
「領地である村から人がいなくなったんだ。弱小貴族の奴にとっては、存続の危機だったんだろう。だから、アタシ達を見た時使えるって思ったんだろうな。心にもない事を言って、引き取って。……売っぱらったんだよ。奴隷商に売り払った。子供は高く売れるらしい……色々、使えるからな」
「そ、そんな……本当に?」
ルシアは愕然とした。
余りに救いがなさすぎる。
「アタシを助けてくれたハンターさんがくそったれな騎士からそう聞いたらしい。間違いない」
「……なんでその話を私に?」
ルシアが疑問を言うと、ベティは涙を拭って、強気な表情を無理矢理つくりだした。
真っ赤な目で再びこちらを睨みつけながら、
「……アタシは貴族を信じてない。金持ちの屑野郎も信じてない。お前の親父もこの学校に多額の寄付をしてるらしいじゃないか。さぞやお金持ちなんだろう?」
と断定した。
ルシアにとっては寝耳に水だった。
(ディランが金持ち? 多額の寄付?)
そんな事が出来るなら、あんなぼろ小屋に住んでいるはずがない。
「なにそれ……他の人の間違いじゃないの?」
「馬鹿にするな! ロバートが直接言ったことだ!」
「ロバートが……?」
校長であるロバート本人が言うのなら、間違いないだろう。
ベティの様子から、彼女が嘘をついていない事も分かる。
(言われてみれば、ディランがハンターとしてそんなに優秀なら、報酬も沢山貰っている筈だよね)
でもならどうして、あんな場所に住んでいるんだろうか。
というか、子供の為に、寄付が出来る様な男だったのか。
ルシアは、あのいつも厳しく、険しい、無精ひげ面を想像する。
とてもそんな優しい男には見えない。
ルシアが苦い表情で複雑な感情を抱いていると、ベティはほんの少しだけ表情を緩めて言った。
「アタシだって馬鹿じゃない。娘のお前が悪い訳じゃないってのは分かってる。ハンターには拾ってもらった恩もあるし……でも、どうしてもダメなんだ。許せないんだよ。だから……悪いな。アタシはお前を、助けてやる事は出来ない」
どうしてもって言うならマーシャかシェイの奴に頼みな。そう言うと、ぷいっとそっぽを向いた。
ようやくルシアはベティが何故自分を呼び出したのかが、分かった。
先程、コレット先生が授業中に言っていたルシアを助けろという言葉。
それを受けて、わざわざ自分を呼び出し、こうこうこういう理由で助ける事は出来ないと伝え、悪いけど、と謝罪までしたのだ。
(なんて馬鹿正直な奴……)
ルシアはそのあまりのいじらしさに腹が立っていたことも忘れた。
「じゃあアタシはいくから……」
そう言って、ベティがこの場を立ち去る。
後に残されたのは、ルシアとマーシャの二人。
「あの……嫌いにならないであげて下さい」
ベティが立ち去ったのを確認するとマーシャが話しかけてくる。
「なんでマーシャが申し訳なさそうなの?」
「だって……ベティさんはあれで、とっても心優しい人なんです……それに、友達、ですから」
「そっか」
それもなんだか分かる気がする。
「大丈夫。なんとなくだけど、伝わったから」
ルシアが告げるとマーシャが嬉しそうな顔で笑った。
その時、遠くで鐘の音が聞こえた。
──授業の開始を告げる音だ。
「や、やばい! 授業始まっちゃった!」
ルシアは焦った。一日も二度も遅刻するとは、どう考えてもまともじゃない。
そんなルシアの様子に、マーシャは
「また、遅刻しちゃいましたね」
くすり、と笑った。
ルシアが学校に来てから、一か月が経った。
このひと月はめまぐるしいスピードで過ぎていった。
ルシアにとって、学校での生活は新鮮そのもので、驚きの連続だった。
素振りだけじゃない相手がいる剣の訓練や、一対多を想定しての連携。
座学は、まあ、それなりに。
学校生活も、楽しい。
リタにベン。それから新しく友人も何人か増えた。
人生の絶頂と言って間違いないだろう。
(幸せだな)
今日は、授業の無い休日。
ルシアは中庭に散歩に来ていた。
いつもは、本校舎と、訓練室のある別館に通じる道か、中庭中央付近の噴水くらいしか見ていない。
(折角広い庭があるんだもん。探索しなくちゃ)
別館の横を通り抜け、校舎の裏へ。
少し、木が茂っている。
(懐かしいな。村の裏にもこんな林があったっけ)
ぼんやりと、そんな事を思いながらどんどん進むと、開けた場所に出る。
林にぽっかりと空いた空間。真ん中には、枯れた噴水があった。
枯れ噴水の上に、黒い大きな猫が止まっている。
そして、そのすぐそばの草の上に、誰かが座っているのが見える。
(あれは、シェイ?)
シェイは黒猫と向き合って座り、まるでお喋りを楽しんでいるようだ。
黒猫が鳴くと、シェイも笑った。
彼女のあんな柔和な笑顔は、初めて見る。
笑う一人と一匹に暖かい木漏れ日が差し込んでいる。
きらきらと光るシェイの横顔。
その幻想的な光景にルシアは、思わず見惚れた。
もっと近くで見たい。
ふらふらと、誘われる様に、されど静かに、近づいていくと、ぱきっ!と乾いた音が辺りに響き渡る。
(やばい)
どうも小枝を踏んでしまったらしい。
一際大きな声を上げて黒猫が鳴いたと思うと跳びあがって、草むらの中に行ってしまった。
後に残されたシェイは何を思っているのか。すっかりいつもの顔に戻って、ルシアの事をじっと見ている。
(でないわけにもいかない)
意を決して、ルシアは一歩前に出る。
「こんにちは……シェイ。えっと……邪魔、しちゃったかな……?」
シェイは、ゆっくり首を振る。
「あ、ありがと……えと……そう!良かったらちょっとお話ししない? ダメかな……?」
「──別にかまわない。私も、丁度貴方と話したいと思っていた」
「え!?」
それは全く予想していない返答だった。
「一か月前の貴方との模擬戦。最後の勝負、貴方の一撃は確かに一本には遠い、浅い一撃だった。……でも、速かった。私のよりも、ほんの少しだけ。……負けるかもしれなかった戦いなんて久しぶり。だから、会って話がしたかった。──端的に言う。私は貴方に興味がある。貴方の事を知りたい。教えて? ルシア」
「シェイ……」
ルシアは、頷いた。
シェイとのこの不思議な逢瀬はルシアにとって何とも形容しがたいもので、思わず時間を忘れた。
ここまで人と長く話をしたのは、生まれて初めてかもしれない。
自分が何故、ディランに引き取られたか。
子供の頃の思い出。悲しかった時の事……。
気づけば秘密にしなければいけない約束も忘れ、サタンの事以外、殆ど全ての事を伝えていた。
シェイはそれらを、時々相槌は打つものの、黙って聞いていた。
そして、ルシアの話がひと段落した折を見て、こう言った。
「──私も貴方と同じ」
シェイがぴい!と指笛を鳴らすと噴水に止まっていた大きな黒い猫がどこからともなく現れた。
シェイが腕を伸ばすとにゃあと一声鳴いて、そこに止まる。
シェイが、黒猫に手を伸ばすと驚くことに、黒猫の身体がぶくぶくと泡を立てて消えていく。
やがて、泡はシェイの内側に這入り込み、黒猫なんてこの世の何処にもいなかった様に完全に無くなってしまった。
ルシアが驚いていると、シェイが続ける。
「私は──私も“悪魔憑き”なんだ」
「悪魔憑き……」
「そう。さっきのは私と契約した悪魔。私も貴方と同じ魔人。幼い頃、私に惹かれてきたあの子と契約した」
「契約って?」
「? 悪魔に力を借りる契約。貴方もしたはず。初めて会った時から、貴方の中に力がある事には気づいてた。貴方も悪魔憑きでしょ?」
「わ、私は……」
「言いたくないなら言わなくていい。悪魔との契約は大抵の人が辛い記憶だから。安心して。誰にも言うつもりはない」
──言う相手もいないし。
寂しげな顔をしてぽつりとそう呟くと、シェイは林の中に消えてしまった。
ルシアは暫くの間、シェイの消えた方角を眺め続けていた。