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竜の狩人と悪魔王の少女  作者: 今井亜美
4/12

三章 学び舎


 ────どうして。

 悪夢を見るとこんなに汗をかくのだろう。


 ルシアはベッドの上で、深くため息をついた。

 あの日の夢はもう何度目になるだろう。


 自分の生活が一変して、このぼろ家に来たあの日から、7年。

 今日でもう15歳になるというのに何故未だにあの時の事が忘れられないのか。


 寝ぼけ眼を擦り身体を起こすとぼんやりした視界に少しずつ部屋の様子が映ってくる。

 いつ抜けてもおかしくない床板。カビの生えた壁。


 窓が一つ。家具も、ベッドが一つ。

 いつも通りのぼろ部屋だ。


 ベッドから降り木製の少し……いや結構ガタのきている窓を開けると、春の陽気が薄暗い室内に差し込む。

 汗ばんだ身体に、春風が心地いい。


「んん~」


 ルシアが身体を伸ばすと、反動で床板が軋む。


(底が抜けて死んだらどんな顔するかな)


 などとくだらない事を考えながら、天井に巣くった蜘蛛の巣に挨拶する。


「おはようウィリー。元気?」


 巣の真ん中にふてぶてしく鎮座している蜘蛛、ウィリー。

 いつのまにかやってきて天井に居着いてしまった。


 初めは邪魔に思っていたが、自分以外の誰かがいるというのが何だか嬉しくて、今ではすっかり朝に挨拶するのが日課になってしまっている。


 挨拶をすませ、梯子でこのぼろ部屋────屋根裏を降りる。

 一階も、屋根裏とほとんど変わりはない。


 殺風景な部屋で、家具と呼べるのは真ん中の四角いテーブルと椅子、壁際にあるタンスと暖炉位のもので後は木の枝だとか木の葉だとかが床中に散らばっている。


 いつもなら一人寂しく歌でも歌うところだが今日は違う。

 テーブルで、男が剣の手入れをしていた。


「……帰ってたんだ」


 男────ディランは、こちらに気づいているのかいないのか、顔も向けようとしない。ただ剣の手入れをしたまま不意にぽつりと


「随分うなされていたな」


 と言った。


「嫌な夢でも、見たか?」

「……別に」

「そうか」


 ────会話が途切れる。

 珍しい事ではない。


 そもそもディランとは、ほとんど話をしない。

 しないというより、出来ないのだ。


 ディランは仕事が忙しく、家には余り帰ってこない。

 帰ってきたとしても、次の依頼の準備の為とかで、またすぐ出かけてしまう。

 その為会話も必要最低限のもの以外、した事がなかった。


(いつも何考えてんだか……)


 ディランを一瞥すると、部屋の片隅に置かれている、先の擦り切れた一際大きなぼうっきれをひっつかんで家の外に出ようとする。


「待て」


 と、押し黙っていたディランが声を発した。


(珍しい)


 と内心思いつつ、


「……なに」

「────訓練か」


「そうだけど?」

「今日は、いい」

「はあ?」


 思わず間抜けな声を出してしまった。

 剣の振り方は、この七年間ディランが教えてくれた事の数少ない内の一つだ。


 それも、手取り足取りの様に付きっきりで教えてくれたのではない。

 先程も言ったようにディランはほとんど家にいない。

 その為ディランがまず教えたのは素振りの仕方だった。

 そこらに転がっていた木の棒を適当にルシアに渡し、型を教えた後、ひたすらに振ってろと言われた。

 

 仕方なく、振った。

 それ以外にやる事もなかった。


「自分が毎日振れって言った癖に」

「今日、友人が訪ねてくる。お前も会え」

「ディラン……友達いたんだ」




 暫くして誰かが門を叩いた。

 ディランが問う。


「行くべき場所は?」

「我が剣の指す先に────久しぶりだなディラン」

「ああ────そうだな、本当に」


 訪れてきたのは男(まあ予想通りではある)で、ディランよりも大分歳を重ねていそうだ。

 髪は白く短い。浅黒くやけた肌の顔は年齢を感じさせる深い皺がある。細い目。薄い唇。


 だが、仕立ての良い気品あるローブに身を包んだ姿は、何処か厳格な雰囲気を漂わせ、この古臭い小屋にはまるで似つかわしくない。


 二人は暫く、再開を喜びあった。

 やがて訪れてきた男性がルシアを見て、ディランに聞いた。


「その子が、例の?」

「そうだ」


「────いいのか?」

「ああ。頼む」


「分かった。────君。ルシア君?」

「え? はい」


 いきなり声をかけられた。


「私は、ロバート。突然だが一つ聞こう。ハンターとは何かな?」

「ハンター……ってディランの職業だよね。魔族を狩る人達……でしょ?」


 ルシアの言葉にロバートはにっこり笑って頷いた。


「そう。魔族に対抗する者達。魔族は夜行性が多くてね。必然的にハンターも夜動く事が多いんだ。だからかな……我々の間ではハンターや魔族、裏の稼業の人なんかを総称してこう呼ぶ────“夜の住人”とね」


「“夜の住人”……」

「ディランは君も“夜の住人”にしたいみたいだ」


「え?」

「ハンターについて学ぶ学校があってね────私はそこで校長をしている。君をぜひ入学させたいそうだ」


「入学って────ちょっとディラン!?」


 驚いてルシアがディランの方を向くと、憎らしい程全く表情を変えずに


「お前ももう15歳になる。そろそろ本格的に学ぶべきだ」


 と言った。


「私は外に出れないんじゃないの?」


 ルシアは呆れる。

 サタンの依り代であるルシアは竜の剣によって保護されている。


 保護────ようは監視である。

 今までも外出はこの小屋の周りに限定されてきた。

 それだけ危険視されているのだろう。


「そこは竜の剣が主催している場所だ。教員も一流のハンターで何が起きても対処できる。許可も既にとってある」

「そうは言っても────いきなりそんな……」


 流石に急すぎる。

 七年間、ほとんど変化のない生活を送ってきた身としては、余りに衝撃的で、正常な思考を奪い去るのに十分すぎるほどだった。


 逡巡するルシアを見かねてか、ロバートが声をかける。


「ルシア君。君が望まないなら強制はしない。ハンターとは辛い仕事だからね。でも、君には選択の余地はない筈だ。君が望む望まないに関わらず、大きな力を宿しているのは事実だろう? ならば、進む道はどうあがこうと過酷な道。せめて自分の足で歩けるよう、力の振るい方を学ぶべきではないかな?」

「私は────」


 握りしめている木の棒がやたらと重く感じられる。

 空気が張り詰めているのを肌で感じる。


 耐えかねて外を見ると、雲が急速にうねっているのが分かる。

 一雨降るのかもしれない。



 “竜の剣”は、“銀の海”、“黄金の城”と並ぶ三大狩人機関の内の一つで、世界各地に大小様々な土地を所有している。

 そこでは、ルシアの様な孤児や、ディランの様なハンター、あるいは竜の剣の監視下にある魔族達が暮らしている。


 大陸中央に位置する、緑豊かなヴィンスタン王国の北東。

 深い森の奥にその学び舎はひっそりとたたずんでいた。


 ロバートに付き添われてきたルシアが、まず驚いたのは学校の大きさだ。

 ルシアの三倍はある巨大な門をくぐると、美しく手入れされた中庭に入る。


 赤や青の色とりどりの花。中央には噴水が流れていて、実に涼しげだ。

 ディランの家がすっぽり10軒は入るんじゃないかと思う中庭を抜けると、やっと校舎に辿り着く。そこはまるでお城の様に雄大で正直入るのを躊躇った。


 困惑した顔であちこちに視線をやっていると、ロバートが苦笑して、


「まあそのうち慣れるさ」


 と言った。

 校舎の中は意外に簡素で(とは言ってもルシアにしてみれば十分すぎる位に豪奢)必要以上に華美ではない。

 中央ホールから二階、三階へと続く大きな階段と、一階の各部屋に繋がっている廊下が見える。


「一階は食堂やラウンジなど。二階は生徒達の部屋だ。君の部屋もあるから後で案内しよう。自由に使ってくれて構わないよ。さて、講義室は三階になる。ああ、それと君の事はディランの娘と伝えてある。その方が都合が良いんだ」


 適当に合わせてくれ、とロバートは笑った。

 階段を上がるとカツンカツンと甲高い音が辺りに響く。音の大きさに足が止まりそうになるが、先導するロバートがぐんぐん進んでしまうので、ルシアは懸命にそれを追いかけた。


 やがて三階に上がると何やら声が聞こえてくる。

 聞けば、どうも、講義中らしい。


 教室に近づくと、女性の高く柔和な語り口が聞こえてきた。

 恐らく、教師だろう。




「魔族には、様々な種類がいます。それぞれ形態だけでなく、生き方や信条、文化までが多種多様です。例えば、吸血鬼ならば、自らを高貴な生き物であると感じていて、常に自らの身分を誇示するような行動をとりますね。この様な魔族の生態を理解する事は、魔族を討伐する時に役に立つだけでなく、魔族の手から身を守る事にも繋がります。さて、そんな一見バラバラな魔族達にもある共通点があります。この共通点の為、彼らは魔族と呼ばれているのですが、それは何でしょうか? あー……マルゲリータ、分かりますか?」

「あ、あたし?」


「はい、そうです」

「えと……魔力がある……か?」


「残念、とても惜しいですが違います。そもそも魔力は生物ならば少なからず持っている。勘違いされやすいですが魔族固有のものではないんですよ────」




 ────いつのまにかロバートは消えていた。

 突然廊下に独りぼっちにされてルシアは無性に怖くなった。


(帰りたい)


 心の底からそう思ったし身体は震えが止まらなかった。

 目の前の教室から聞こえる声から逃げ出したかった。


 でも足はその場から動かなかった。

 どころか前に進み、手を伸ばせばドアに触れられる距離まで来ている。


(開けなきゃ)


 ここで開けなかったら一生後悔する。

 そんな思いがどこかにあった。

 ルシアはためらいながらも、ドアに手をかけて強く、押した────。




「はい正解です。流石ですねシェイ。今彼女が言った様に、魔族達の共通点は────」


 ぎいい、という戸の軋む音がして、女教師は口を閉ざした。

 部屋中の視点が入り口の扉────ルシアに集まっている。


「あ、あの、私ルシアです」


 何とかルシアが言葉を絞り出すと、女教師は少し驚きながらも近づいてきた。

 長くさらりと整った金髪。紺色のローブはすらりとしたスレンダーな体型に良く似合っている。眼は青く澄み、優しさを感じさせる。


「私はコレットと言います。ルシアさん宜しくお願いしますね」


 ドアの前で聞いたように、柔らかい声でにっこり笑ってルシアの手を引き、中に迎え入れた。


「皆さん。前に話していた通り、共に学ぶ新しい仲間が、今日からまた一人増えます。名前はルシア。仲良くしてあげて下さいね」




 女教師から席に案内されて、一つ目の授業が終わった。とは言ってもルシアが案内された時には授業は既にほとんど終わっていて、5分もしない内に、終了を告げる鐘がなった。


「ねえねえ! 貴方、ディラン様の娘なんだって?」

「え?」


 鐘が鳴ってすぐに隣の席に座っていた女の子が、話しかけてきた。

 特徴的な甲高い声をしている。


 丹念に櫛でほぐされた赤い髪は後ろに束ねられ、美しくも溌溂な印象を与える。

 顔は、どことなく狐を思わせる。薄いそばかすが中々愛らしい。


「待てってリタ。挨拶が先だろ?」


 女の子を制止するように男の子が割って入った。

 すらりと伸びた痩身の男で、黒い髪を短く切り揃え、爽やかな印象を受ける。

 切れ長の翠色の瞳が利発な雰囲気を醸し出している。


「俺は、ベン。ベンジャミン・クールウェンだ。これでも一応領主の息子だぜ? ヴィンスタンの端っこだけどな」

「あたし、マルゲリータ・リード。リタって呼んでよ!」


 ルシアも二人に自己紹介をする。ルシアにとって、自分と同年代の友人は初めての経験だった。


(こんなに)


 スムーズにいくものか、と思った。

 話す事が楽しい。


 一人が言葉を発する度に他の二人が笑う。

 意味のない何気ない会話。

 今までの生活では絶対に有り得ないだろう。


 なにせ、相手はあのディランなのだ。

 まだ蜘蛛のウィリーが言葉を発するようになる方が、現実的というものだ。


(ディランと言えば)


 開口一番リタが気になる事を言っていた。

 気になってリタに聞いてみる。


「ねえリタ。さっき言ってた、ディラン『様』ってどういう事?」

「どういう────って、ディラン様って言えば、伝説のハンターでしょ? そりゃ様づけにもなるっていうか」


「………伝説? 有名なの? ディラン」

「はあ!?」


 この言葉を聞いた瞬間、二人とも信じられないといった様子でルシアを見つめる。


「ディラン様って言えば、数々の偉業を成し遂げて来られた生ける伝説よ! 人狼、吸血鬼、ガーゴイル、オーガに、セイレーン。名のある上級魔族との闘いを上げればキリがないっていう英雄よ」


 リタの言葉に、ベンも頷く。


「ここに通って一番最初に学んだことは、『決して一人で戦うな』だったな。並みのハンターじゃ魔族って化け物にはまず勝てないんだと。それを一人で相手出来るってんだからな」

「ディランってそんなに凄かったんだ……」


「100年前から生きてるなんて噂もあるしな」

「100……って、流石に冗談でしょ」


 ルシアは、ディランの姿を思い浮かべる。

 若くはないが、引き締まった精悍な肉体は30前後、どんなに年を取っていても40という所だろう。

 とてもじゃないが、100年も生きているようには見えない……そもそも100年生きられる人間がいるのだろうか?


「100年前からの伝説も残ってるんだよ。確か……どっかのお姫様に見初められて力を授かったとかそんな話だった」

「凄腕ハンターとお姫様。きっと素敵なラブロマンスがあったんだろうなあ……!」


 リタがうっとりとした顔でそんなことを言い出すが、ルシアは苦笑いするほかなかった。


(あのディランが、ラブ? ロマンス?)


 ダメだ。全く想像できない。

 ルシアの知っている仏頂面の男はそんな言葉とは最も縁の遠い男だ。


「その話、僕も混ぜて欲しいな」


 声がして、ルシアが振り向くと男の子が一人こちらを見ている。


「なんだミシェイル、聞いてたのか」


 ベンが呼びかける。ミシェイルというらしい。

 ベンに似て細身だが、肩幅はがっちりしている。


 目は少し細いが、鼻筋が通っていて中々に美形だ。

 きっちり整えられた長めの金髪は、仕立ての良いシャツと良く合い裕福な身分を連想させる。


「伝説の男の強さの秘密……とても興味深い議題じゃないか。ルシア君、君はディラン殿の娘なのだろう? 何か知っているんじゃないか?」


 ────嫌な奴だ。とルシアは直感した。

 笑顔を浮かべているが、目は全く笑っていない。


「悪いけど、ディランの事は全然知らないんだ。普段あんまり話をしないから」

「────そうか。それはすまなかったね。────僕はそろそろいくよ。また今度ゆっくり話をしようじゃないか」


 ルシアが知らないと言った瞬間、ミシェイルは露骨に興味をなくした。

 別れの言葉をすぐに切り出したのも、有益な情報は無いと悟ったからだろう。


「待って! 次の時間って確か訓練場で実習じゃなかったっけ!? そろそろ行かないとやばいよ!」


 ────あるいは本当に時間が無かったのかもしれない。

 リタの気づきを受けて、三人は慌てて教室を駆けだした。




 訓練場は、教室や宿舎のある本校舎から出て、中庭を東に歩いた別館に存在する。

 別館と言っても、本校舎とは違い、木製の簡素な作りで、訓練場以外の役割はほとんど持っていない。


 存外に広い。

 生徒総数24名が一度に、自由に剣を振れるくらいと言えば分かりやすいかもしれない。


 さて、ルシア達が訓練場に着くと同時に始業の鐘が鳴った。

 生徒全員が集まっているのを確認して、先程の女教師コレットが切り出す。


「さてと、それでは前から説明していた通り、本日の実習は模擬戦です。初めて参加するルシアさんがいるので、もう一度形式を説明しておきますね」


 コレットの説明によれば、模擬戦は、決闘を想定して一対一で行うらしい。

三本勝負で、二本取った方の勝ちだが、訓練の為に、先に勝敗が決しても三本目も行うとの事だ。


「こんなところですかね……時間が惜しいので、早速始めましょう。ここは広いと言っても一度に全員は無理があるので、いつも通り4試合ずつ行います。ではまず第一組、ミシェイル対ボッシュ。第二組、マリナス対カルロス。第三組、ドルチェ対マーシャ。第四組、オリバー対ルシア。試合のない生徒は、見学や審判を買って出るように。では始め!」




 ルシアにとってちゃんとした木剣を持つのは、生まれて初めてだった。

 感触を確かめる様に二、三度振ってみる。


 軽い。

 重さは普段振っていた木の棒と大差ない。


 自然にある棒と違うのは、握りやすさだ。

 訓練用に拵えられた木剣は手に吸い付くように馴染む。


(これなら、いつもと違って手が擦り切れなくて済むかも)


 そんな事を思いながら前を見ると、既に相手の男────オリバーは準備が整っているようで、いつになったら始めるのかという目でルシアを見ていた。


(これは悪い事をした)


 ルシアが構えると、向こうもようやくかといった様相で剣を構えた。

 審判の合図により、試合開始。


 ルシア、オリバー共に中段。

 互いに間合いをはかり、にじり寄り合う。


 先に仕掛けたのは、オリバーだ。

 剣を横薙ぎに振りルシアに襲い掛かった。


 辛うじて受け止めるも、衝撃で体勢が崩れる。

 そのまま、なし崩しに面を打たれ、一本。


(痛っぁ……!)


 思い切り頭を打たれ、激痛が走る。

 目の奥がちかちかする。


 あっさり一本取られてしまった。

 痛みに耐えながらルシアはディランに教わった事を思い出してみた。

 教えてもらったのは、剣の振り方……つまりは攻撃の方法だ。


(よし)


 二本目。


 ルシアは構えを変えた。

 剣を上に掲げ、上段を取る。


 オリバー、変わらず中段。

 先程簡単に一本先取した事で、オリバーは剣に余裕が生まれている。


 ────そこに、付け入る隙があった。

 今度は、ルシアから仕掛ける。


「やあっ!」


 気合を込め剣を振り下ろす。最速の速度、最適な足運び。

 何万回と振ってきた、いつもと同じフォーム。


 パアン! と弾ける音が辺りに響く。

 ルシアの剣が相手の面を捉えていた。


 オリバーは反応する事さえ出来なかったらしい。

 剣を構えたまま何が起こったか分からないといった様子で前を見ている。


 ────三本目。

 最早、オリバーはルシアの敵ではなかった。


 二本目同様、ルシアの剣を全く見切れず、決着。

 二対一でルシアの勝利となった。




「凄いなルシア!」

「かっこよかったよ!」


 試合が終わると、リタとベンが駆け寄ってくる。


「ギリギリだったけどね」


 ルシアがそう答えると同時に、

 わあっ! と

 遠くからなにやら歓声の様な声が上がる。


「あれは……第一組、ミシェイルの試合だな相手は────」

「────確か、ボッシュだよね。てことは……」


「ああ。“いつもの”だろうな」

「“いつもの”?」


「まあ見ればわかるさ」

「?」




 ルシアがリタとベンと一緒に、第一組の試合を見に行くと、そこではミシェイルがちょうど、ボッシュの胴を薙ぎ、一本獲得するところだった。


 わあっ! とまた、一際大きな声が上がる。

 ミシェイルが観客の声援に応えるように手を振る。


 相手のボッシュは、見るからに傷だらけのボロボロで、胴を苦しそうに抑え、うずくまっている。


「あの子、大丈夫かな……」


 ルシアが心配して呟く。


「相当いいやつを貰ったみたいだな……可哀そうに」


 試合は、現在ミシェイルが二本先取。

 つまり、ボッシュの勝ちは既にない。


 が、ルール上、三本目が決まるまでは戦わなくてはならない。


「いつまで寝てるんだ? 立てよボッシュ! 孤児の分際で、貴族の僕を待たせるな」


 ミシェイルがまだ横になって呻いているボッシュを掴み無理やり立たせる。

 審判の宣言により、三本目が始まった。


 ふらふらのボッシュがまともに剣を振れるはずもない。

 ミシェイルの剣がボッシュの頬を掠め傷をつける。


 浅い。

 ぎりぎり一本にならない程度に加減して攻撃している。


 ────相手を痛めつける為に。

 ボッシュが必要以上に傷ついているのもこのせいだろう。


「酷い……!」

「まああの子は“孤児組”だからねー」


 ルシアは驚いた。

 そういうリタの口調が余りに軽いものだったからだ。


「リタ……“孤児組”って?」

「この学校ってね。生徒には二種類いるわけ。あたしたちの様に護身目的や騎士修行の為にくる貴族と、狩人機関に拾われて、身元のはっきりしない孤児」


「それが“孤児組”?」

「そ。孤児組と貴族組。ミシェイルみたいにはっきり、孤児嫌いー! って人はあんまいないけど、正直貴族組のほとんどは孤児組の事、良く思ってないんじゃない?」


「えっと……なんで?」

「えーだってこの学校の運営の金、出してるのあたしたちだし。孤児組なんて、入学金さえ払ってないんだよ? あたしたちは寄付までしてるのにー」


 リタが膨れると、ベンが呆れた顔をする。


「おいおい……金を出してるのは俺たちの親だろ?」

「まあそれはそーなんだけどさ」


 そう言って二人が大きく笑いあう。


(おかしくない?)


 ルシアには理解出来なかった。

 目の前で人が傷ついているのに笑っていられる。


 ────異常だと思ったのは自分だけなのだろうか?

 そんなルシアの様子を見てベンはちょっとばつが悪そうに


「まあ流石にやりすぎだとは思うけどな」


 と言った。


「けど正直言ってそれを表に出来ないのも現実なんだ。さっきリタが言った寄付の話。一番金を出してるのはミシェイルの所なんだ。あいつの父親のお姉さんがな、ヴィンスタン前王の側室、第三夫人だったんだ。それであいつの家も王の家系の仲間入り……この学校でも一番のお偉いさんってわけだ。おかげで、ミシェイルはこの学校じゃやりたい放題だ。コレット先生も当然問題には気づいてるだろうが……無視してる。学校が、成り立たなくなるからな」




「一本! 三対〇でミシェイルの勝利!」


 ルシア達が話しているうちに試合は決着がついていた。

 床に倒れ伏すボッシュの前で、ミシェイルが首を切るポーズをとる。


「僕が孤児に負けるわけないだろう? 恥を知れウジ虫が!」


 ルシアは自然と拳を握っていた。

 言われたのは自分ではない。


 ────それは分かっている。

 だけど、どうしても力が入るのを抑えられなかった。


 ────その時、

 ルシアのそばを誰かが通った。


 ────ふわり。

 と、静かに。だが、確かな存在感を放って。


(あの女の子は────)


 薄く青みがかった長い髪。

 藍色の服の隙間から除く、病的なまでに青白い肌。


 そして、透き通るような青い眼。

 不思議な雰囲気の女の子は、ボッシュのそばまで来ると、腰を下ろし、慣れた手つきで怪我の様子を確かめる。


「……骨は折れていない。歩ける?」

「うん……なんとか……」


「なら、どいて。試合が出来ない」

「分かった……」


 よろよろとボッシュが立ち上がり、その場を去っていく。

 それを見送ると女の子はミシェイルに向き直り、腰の木剣を抜き放った。


「次の相手は君か……シェイ」


 ミシェイルは忌まわしいものを見る様な顔で、シェイというらしい女の子の事を睨みつける。

 シェイは応えない。


 ただ、静かに剣を構えた。

 乾いた空気が二人の間に漂い始める。


「おいルシア! 次、俺とお前の試合みたいだ! 行こうぜ」


 不意にルシアはベンに肩を掴まれ、異様な空気感から現実に引き戻される。


「うん……」


 後ろ髪をひかれながらも、ルシアはベンと共にその場を後にした。

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