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竜の狩人と悪魔王の少女  作者: 今井亜美
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二章 嵐の始まり


 空が白み始めた頃、村人達が少しずつ起きだしてきた。

 ディラン達から、事の顛末を聞いた村長は、娘を失いかけた恐怖からか、顔を真っ青にしてぶるぶる震えながら何度もお礼を言っていた。


 村長は、ディラン達への礼として、ぜひ村祭りに参加してほしいと言ってきた。


「本来は村の者以外の参加は絶対に許さない厳格な祭りなのですが、ディラン殿たちでしたら歓迎いたしますぞ」

「やりましたねディラン殿。私も長く村にいますが、祭りへの参加だけはずっと認められなかったのです。いや、楽しみですなあ」


 こう言われては断る事は出来ない。

 仕方なくディランは村長の好意に甘える事にした。




 厳格だというだけはある。

 村祭りの準備は、しめやかに、けれども迅速に行われた。


 半日もしないうちに村の中央の広場に木組みの舞台が設置され、辺りにパンとワインが置かれた。


 日が傾き始めた頃には全ての準備は整っていた。

 村中の人間が舞台を囲んだ。


 村長が壇上に立ち開催を宣言する。

 それと同時に聞き覚えのない歌を村人達が歌い始める。


「カーター。この曲を知っているか?」

「多分、賛美歌じゃないですか?」


 やはり、よく知らないらしい。

 歌い終わるとワインの入ったグラスが回されてきた。


 村長の合図とともに皆グラスを傾けワインを飲む。

 戸惑いながらもディランとカーターの二人もそれに従った。


 辛い!


 今まで飲んだどの酒よりも、強い。一口で胸やけしそうになり、ディランが顔をしかめていると、いつの間にやら舞台を降りた村長が話しかけてきた。


「どうですか? お楽しみ頂いておりますかな」

「ああ……だがこのワインはどうやら、俺の口には合わないようだ」


「そうですか……それは残念です……ですが、これで祭りが終わったわけではありませんぞ! まだ最も重要な儀式を行っておりませんからな」

「儀式?」


「はい。平穏と豊穣を祝って神に捧げものをするのですよ」

「ほう」


 辺りがにわかに騒がしくなった。

 舞台の上を見ると、何人かの若者が砂で地面に紋を描いている。

 角度的に詳しくは見る事が出来ない。


 やがて描き終わったのか、若者達が舞台を去ると、黒い服を着た男が布にくるんだ何かを運んできた。何かは大きく、両手で抱えてやっと持てるサイズだ。


 あれが捧げものなのかもしれない。

 別の男二人が砂の紋の上に台座を置いた。黒い服を着た男が丁寧に捧げものをその上に横たえる。儀式が始まるのだろう。


「いよいよですね……!」


 カーターが興奮した面持ちで囁いた。

 黒服の男が何やら呪文を唱え始めた。

 

 また別の男が出てきて、今度は剣を黒服の下に運び手渡す。


「村長。ところで、捧げものとは一体何なんだ?」


 ここまで捧げものは布にくるまったまま一向に姿を現さない。疑問に思って、ディランは村長に尋ねてみた。すると村長はあっさりと答えてくれた。


「ああ。ルシアですよ。生贄に殺すんです」

「……なに?」


 黒服が大仰な仕草で布を剥ぎ取る。

 黒い布の中から、人間が見える。


 ──紛れもなくルシアだ。

 舞台の台座の上で力無く寝ている。


「これは一体どういう──!?」


 言い切る前に、ディラン達は後ろにいた男達に羽交い絞めにされる。

 不思議と、四肢に力が入らない。


(不味いな……一服盛られたか……!?)


 二人は、あっさり押し倒されてしまった。


「ディラン殿……これは我々が長年待ち望んでいた儀式なのです。邪魔をされまするな」

「待ち望んだだと?」


「ルシアは特別な子供です……一目見た時から、完璧に理解しました。この子なら最高の生贄になれる。その為に生まれてきたのだと」

「馬鹿な! 死ぬ為に生まれる子供がいるか!」


 カーターが怒鳴る。


「貴方達には本当に感謝しています。お蔭で大切なルシアが死なずに済みました。あんな三流の食糧になっては我が主に顔向け出来ない」


 カーターが更に大きな声を上げる。興奮しているせいで内容は全く分からない。ディランが静かに村長を見据えて言う。


「我が主──とは?」

「悪魔王サタン様でございます」

(悪魔信仰か!)


 厄介だな、とディランは思った。

 どうにも嫌な予感がする。

 幾らルシアの魔力が高いとはいえまさか、と思うがその想像が頭から拭い去れない。


「さあ! そろそろ始めようではないか! 今日ここに我らの悲願が達成される! 生贄の儀を! 依り代の儀を! そう即ち──悪魔王の降臨を!!」


 村長が壇上に合図を送った。黒服が剣を高々と掲げる。

 皆の視線が剣先の一点に集中する。


「やれい!」


 一瞬の煌めきの後、剣が振り下ろされた。

 まるでそれが当たり前の事の様に。


 ずっと前からそうなると決まっていた様に。

 ころん、と可愛らしい音をたててルシアの首が転がった。


 刃はあっさりと何の苦労もなくルシアの命を奪い去っていた。

 カーターの絶叫が聞こえる。


 村人達が思い思いの歓声を上げる。

 ディランは不思議なほど冷静だった。

 そしてそれが、いつだって最悪な時の前触れだとも分かっていた。


 血が、出ていない。

 一滴も。首が落ちたにも関わらずに。


 ディランがジッと目を凝らすと、切り離された首からわずかに一筋の黒い煙が上がっているのが見える。次第にそれははっきりと目に見える様になっていく。


「おい! 見ろ!」


 誰とも分からぬ誰かが叫んだ。

 空のある一点──夕陽を指さしている。


 見ると、何か巨大な黒い影が夕陽に近づいていくのが分かる。

 影はゆっくりと陽に重なり、完全に重なる頃には地上はまるで夜の様に暗くなっていた。


 寒い。

 風が真冬の様に冷たい。


 ルシアの首から上る黒煙が、太陽を飲み込んだ陰に吸い込まれていく。

 天と地上が黒煙によって一つに繋がれた。


(あの黒煙は、ルシアの魔力だ。ならばあの影はそれに導かれたモノ。互いの魔力が反発すればいいが、もし惹かれあい融和すれば──!)


 来る。

 考えるより早く。ディランは本能で結論に達した。


 始まりは光だった。

 紫紺色の光が、黒煙を包み、瞬間地上に降り立った。


 次に衝撃。

 地上を光の余波が駆け巡った。


 最後に音。

 眼も耳も激しい刺激に襲われ全ての人は思考さえ出来ない!


 ……暫くして、静けさ。

 ディランは少しずつ目を開けた。


 立っている者は誰もいなかった。

 皆、光の中で死んでいた。


「ううう……」


 呻き声がした。横を見るとカーターがまだ息をしていた。

 身体はいつの間にか自由を取り戻している。

 そばに駆け寄り、倒れたカーターを抱え起こす。


「カーター! 無事か!?」


 返事がない。カーターは喉を抑え、口をぱくぱくと動かしている。

 息が出来ていない。


「魔除け……が……あ……」


 最期の言葉を残すと、ぱたりと手を落とし絶命した。

 手の中に壊れたタリスマンを握りしめている。


 ディランは自分の首にある魔除けの宝珠を見た。熱い程に、輝いている。

 何かが動いた気配があった。


 ディランが振り向くと、首のないルシアの死体がむくりと身体を起こした。

 ゆらりゆらりと揺れながら、死体が舞台を降りていく。


 そして、自身の首のある位置まで来ると、それをむんずと掴み取って、断面を押し付ける。

 ぐじゅりぐじゅり。


 肉の弾ける嫌な音を発して押し付けられた首が元に戻っていく。


 ふわりとルシアが宙に浮いた。

 ルシアは首を二三度横に振って完全にくっついた事を確かめると静かに口を開いた。


「人間は不便ですね。死ぬと動くこともままならない」

「お前は、何者だ」


「そもそも小さすぎます。これでは魔力がまるで入らない。全く、変な所に降りたものですね」

「質問に、答えてもらう」


 ルシアは睨みつけるディランの事など全く意に介していない様で、ぶつぶつと何かを呟きながらふわりと気ままに空をあっちこっち移動している。


 埒が明かない。

 ディランは剣に手をかけ、抜き放つと、ルシアの眼前に突きつける。


 ルシアはようやくこちらに気づいた様子で、珍しいものでも見る様にじろじろと、剣とディランを交互に見る。やがてにっこり笑って


「銀の武器。ハンターですか」


 確かに真っ赤な口が開くのを見た。だが、声は後ろから聞こえていた。

 気づけば、眼前に奴がいない。


 ディランは素早く後ろを振り向く。

 近い!


 目と鼻の先で、ルシアがクスクス笑っていた。


「貴方、只の人間ではないようですね。──面白い。答えましょう。私は“サタン”。貴方達、人間を試し導くモノ」

(やはり悪魔王か。最悪だな)


 ディランが剣を構えなおし、問う。


「サタン。お前は竜か?」

「さて……貴方はどう思いますか?」


「お前が竜であるという噂を聞いた事がある。竜でないならばここで斬る。竜だとするならば、組織の理念に従い、お前は保護観察対象となる。どちらにせよ、俺に決められる問題ではない。お前の処遇は審問会によって決められる。俺に、ついてきてもらおう」


 ルシアの笑い声が一層強くなった。


「斬る……ですか。ふふ……可愛い事を言いますね。貴方が、私を斬る。ふふふふ。それも面白い。いいでしょう。貴方についていきましょう。但し」

「──何だ?」


「私は、この子の中で行く末を見守らせて頂きます。どうかこの子と存分に仲良くなってくださいね? ──貴方がこの子を斬る、その時まで」


 サタンの高笑いが暗闇にこだまする。

 ひとしきり笑った後、事切れる様に地面に倒れこんだ。


 空はいつのまにか黒い雲に覆われている。

 風も強い。

 嵐が近い。ディランはそう感じた。




 雨が降っている。

 目を覚ました時、まずその事に気が付いた。


 寒い。

 濡れた身体はとうの前に冷え切っていたらしい。


 震えながら、薄目を開けて、辺りを見渡す。

 自分の身体を見ると、ずぶ濡れの革のコートにまかれている。 


 どうも、自分は誰かに背負われているらしい。

 視点がいつもよりずっと高い。


 自分を背負っている誰かは、汚れた白い鎧を着ている。鎧は硬く鎖状で、動くたびに胸に擦れて少し痛い。


 腰には、ランタンがぶら下がっている。

 風に揺れ、揺らめく炎は、この雨の中では、頼りなく、だが他に術もなく、周囲を仄かに照らしている。


 微かに、土砂降りの雨ですっかり増水した田んぼや水びだしになった畑が見える。

 どこからかごうごうと竜の叫び声の様な大量の水の流れる音が、ひっきりなしに聞こえた。


「ねえ」


 誰かに呼びかけると、


「……目を覚ましたか」


 一言言葉を発した。


「ここどこ? みんなは?」


 答えは返ってこない。


「何処に、向かってるの?」

「それは──」


 ゆっくりと、けれどもはっきりとした口調で。

 返事が返ってきた。


「──“竜の剣”だ」


 稲光が辺りを包む。

 遠くで雷鳴が聞こえる。

 ──長い嵐になりそうだ。

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