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竜の狩人と悪魔王の少女  作者: 今井亜美
2/12

一章 月光と狩人

 月の綺麗な夜だった。

 空には雲一つなく、ただ丸い月が浮かんでいる。


 煌々とした月明りが夜道を照らしている。

 道はごく普通の田舎街道で、今が昼ならば田んぼやら畑やらが周り一面を囲っている様子がよく見えただろう。


 そんな人気のない道を、ある男が歩いている。

 黒く短い髪。薄い無精ひげ。

 機能的な革のコートを羽織り、下には薄汚れた白い鎖状の鎧を着込み、背中には銀色の大剣を佩び、左肩にはぼろ布の様な赤いマントをはためかせ、恰好だけなら如何にも歴戦の戦士といった印象を受ける。


 腰に下げたカンテラには、火が灯っていない。

 月が十分明るい為だろう。あるいは、夜目に自信があるのか。


 男は、空を見上げ思う。


(明日は満月になるだろうな)


 湿り気を帯びた生温い風が髪にへばりついた。

 田畑から漂う独特の土の匂いが鼻をくすぐる。


 男は慣れた様子で背中の大剣を担ぎなおした。

 目標の村はもうすぐそこだろう。


 十五分程、歩いたか。

 段々辺りは、霧が出たのか、霞がかってきた。

 月明りは霧の中を照らしてはくれない。


(このままでは、歩けそうもない)


 男は、腰のカンテラに手を伸ばす。


「動くな!」


 その時、不意に背後から声が響いた。

 低く、少ししゃがれている。

 40代位の男だろうか。


「行くべき場所は?」


 背後の声が男に問う。


「……我が剣の指す先に」


 落ち着いた様子で男が答えた。


「これは……失礼しました」


 男が振り向き、ランタンに火を灯すと、暗闇に鉄の塊が鎮座しているのがぼんやりと浮かび上がった。

 よく見ると鉄は人である。

 全身を覆い隠す武骨なプレートアーマー。右手には長大な槍を握りしめている。


「温かい歓迎だな」


 男が鉄に皮肉を言う。


「すみません。ここ最近の様子を考えると警戒せんではいられずに……」

「いいさ、気にしていない」

「そう言っていただけると有難い。担当者のカーターです」


 鉄──カーターが男に手を差し出す。


「ディランだ」


 男──ディランがこれに答える。


「貴方があの──お噂はよく聞いています。まさか援軍に来ていただけるとは……村に案内しますこちらへ」



「それで、様子は?」


 連れ立って歩きながらディランが問いかける。

 カーターは渋い顔で首を振った。


「良くありません……既に4人が亡くなっています。それにまた霧も出ている」

「また?」

「いつもこうなのです……月の大きな夜に霧がでて、3日後の朝、霧が晴れるのと同時に死体が見つかる。発見場所もバラバラ、死因もバラバラ。当然目撃者もいません。村の者は、皆噂しています。霧が人を食う、と」

「霧が人をか」


 ディランは笑った。

 人の噂などあてにならないものだ。


 霧が人を食うなどあるはずもない。

 必ず暗躍する何者かがいる筈なのだ。


「この霧が出たのはいつだ?」

「昨日の夜です」

「明日次第か」

「ええ……着きました。ここがトラペゾの村です」


 トラペゾはどこにでもある小さな農村で、大きな特徴はない。

 住人は全部で41人。その内の4人が既に死亡している。

 死亡した4人は皆10から20代と若く、これからの村を支えていく人であった。


「なので、この村としてはかなりの痛手になるかと……」


 ディラン達が到着した夜、村長からささやかな歓迎を受けたのち、もう遅いという事で客間に案内された。朝になるまでの時間、事件のあらましをカーターから聞く。


「いつから事件は?」

「半年程前からです」


「直近の事件は? 場所はどうなっている?」

「一月前ですね。場所についてはいつもバラバラです」


「カーター。君から見て遺体におかしな所はなかったか?」

「そうですね……殺害方法はどの遺体もバラバラでしたが、一つ共通点がありまして……どの遺体も必ず欠損した部位がありました。絞殺死体などもです」


「なるほど……とすると二択だな」


 遺体に欠損がでる魔族のやり方の中で、人間社会に潜伏できるほど高い知能と擬態能力を持つ者は二種類しかない。

 人狼と吸血鬼である。


「そうですね。人狼か吸血鬼か」

「問題なのは霧だな。発生させる高度な魔力……三日後という規則性……」

「合致するのは……吸血鬼ですかね」


 基本的に人狼は本能的、衝動的に行動するのに対し、吸血鬼は自分の力を誇示する傾向がある。規則的な今回のケースは吸血鬼の気質に当てはまっている──。

 ディランは頷いた。


「きまりだな。後はどう誘い出すかだが──」




 話終わるといつのまにか鳥が鳴いている。

 窓を見れば、柔らかな陽光が部屋に差し込んでいる。


 空中を舞う埃が朝日を浴びてキラキラと輝いている。

 ディランはゆっくりとのびをして、凝り固まった身体をほぐし大きく欠伸をした。

 だが次の瞬間、そんな優しい朝の雰囲気は消し飛ぶことになる。


「あさだよー! おきろー! ……あれ? おきてる……」


 屋敷中に響く様な甲高い声。と共に勢いよく開く扉。


「むー……つまんない……」


 扉の向こうから小さな栗色頭の女の子がぬっと顔を覗かせる。

 女の子は可愛らしく頬を膨らませ大きな栗色の目でじろりと、カーターをにらみつけている。


「はは……ごめんよルシアちゃん。大事な話をしてたんだ」


 カーターが笑いながら少女に近寄り、さらりとした髪を優しく撫でる。


「えーなになに? なんのはなし? あたしもしりたいー!」

「いやあそれは……」

「むー……けち! カーターのばーか!」


 そういうと、走って何処かに行ってしまった。

 まるで嵐である。


「……今のは?」


 勢いに気圧されてか無言になっていたディランが口を開く。


「村長の娘のルシアです。見ての通り、元気ないい子ですよ」

「元気なのはいいが……気付いてるよな?」


 ディランの刺すような視線。それを見て、カーターの表情にも険しさが宿る。


「……魔力ですね?」


 嵐の過ぎ去った後に爪痕が残る様に。ルシアが出ていって静かになった部屋に、喉の奥に纏わりつくような濃厚な魔力の香りが、隠し切れない妖しさを秘め鼻孔に絡みついてくる。

 ディランはゆっくりと頷く。


「自分も初めは警戒しましたが、調べてみても魔族では無いようで……あの魔力の高さはどうやら生まれつきのものですね」

「“魔人”か、なるほどな……よし、そろそろ行こう」




「すみません。ルシアがまた失礼な事を……」


 ディラン達が下に行くと村長が朝の挨拶も早々に、謝罪の言葉を述べてきた。

 聞くと、ルシアが人を困らせるのはこれが初めてではないらしい。今までも泊めた旅人に悪戯を仕掛けては反応をみて笑っていたとか。中々のお転婆少女ということだ。


「かまわない。それよりも村長。頼みがある」

「頼みですか? はて……なんでございましょう?」


 ディランの言葉に村長が首を傾げる。


「この村に十字架はあるだろうか?」

「十字架……ああ! 最近、布教に来た旅の神父がそのまま住み着きまして。村の外れに教会を開きまして、中には礼拝用の大きな十字架が」


「ではそこに村の住民全てを集めて欲しい」

「はあ……?」


「実は犯人は吸血鬼の可能性が高い」

「ええ!?」


「吸血鬼は普段は巧妙に人間に偽装しているが、弱点である十字架に触れると、人の姿を維持できなくなり正体を現す」

「な、なるほど……」


「今の事を皆に伝え、必ず全員集めて欲しい」

「きゅ、吸血鬼などとにわかに信じられませんが……わ、分かりました」




 村が騒然とざわめきだした。

 当然だろう。


 この中に吸血鬼がいる! 等と突然言われて騒がない人間はいない。

 話しは急速に広まり、村から総勢36人が老若男女問わず村はずれの小さな教会に集まった。


 布教に来た敬虔な神父は、事情を聞き快く教会を開放してくれた。

 教会の中央奥には十字架が置かれ、そこから順番待ちの長い列が伸びている。


 十字架の傍にはカーターが目と槍を光らせ、十字架に触る者をジッと見つめている。

 何かおかしな様子の者がいれば即座に攻撃するつもりだろう。凄まじい殺気を放っている。


「で、おじさんはここでなにをしてるの?」


 長蛇の列の横、十字架から離れた、教会の隅。

 ディランが壁にもたれかかっていると、聞き覚えのある甲高い声がする。

 

 目をやると、栗色の髪。


「カーターはあんなにがんばってるのに……いけないんだ。あたししってるよ? サボりっていうんだよ!」

「……」


「サボりはいけないんだよ? おかあさんいってたもん」

「…………」


「むー……つまんない……」


 朝と同じ台詞を吐いて同じ様に膨れるルシア。

 じろりとディランの事を睨みつけるも、ディランはどこ吹く風といった様子でまるで相手にしていない。


 しばらく睨みつけていたが飽きたのか、今度はディランの恰好を珍しそうに眺め始めた。

 やがて、視点が一か所に留まった。ディランの胸の辺り。どうやら首飾りを見ているらしい。

 淡く白い輝きを放つ真珠の様な玉石が、細い紐にぶら下がっている。


「きれいだねそれ。いいなー」

「──悪いが、これはやれない」


「まだなんもいってないよぉ! むー……けち」

「これは大切な物なんだ」


「そーなの?」

「魔除けといって邪悪な魔法から身を守ってくれる。形は違えどハンターなら皆持っている物だ。これはやれないが、欲しいのなら後でカーターに頼むといい。簡易的な物なら作ってくれるだろう」


「うんわかった! あとでたのんでみる! おじさんありがと!」

「……もういいだろう? お前も早く列に並べ」

「はーい。おじさんもあそんでばっかいないでしごとしないとダメだよ!」


 くすっと笑って走って行ってしまった。列に並んでいる村長の下に行ったのだろう。

 やれやれ……とディランは大きく嘆息する。子供は苦手なのだ。


(おじさん……か)


 随分歳をとったものだ。子供はそれを感じさせる。だから子供は苦手だし、その事が何だか少し寂しい。


(見た目は若いつもりだったんだがな……)


 喧騒に混じってルシアの甲高い声が聞こえる。村長の怒鳴り声も。

 また何か悪さをしたのだろう。


 全ての住民が十字架に触れた。

 誰かが十字架に触れる瞬間、誰もが固唾を飲んで見つめていた。

 

 が、思いとは裏腹に、誰も吸血鬼に変態する事はなかった。

 あるものは安堵し、あるものはまだ解明されぬ恐怖に惑い、あるものは混乱を生んだディラン達に怒りながら、一人また一人と教会を離れていった。


 ディラン達も神父に礼を告げ、教会を離れ、村長の家に戻ってきていた。


「ディラン殿。予想通り村の者全員集まりましたね」

 

 部屋の扉を閉めると、疲れた、でも確かな手ごたえを感じた様子でカーターが話しかけてくる。


「ああ」

「それで、みつかりましたか?」


 静かに、ディランは頷いた。


「では……」

「カーター。犯人はわかった。標的の目星も付いている。今夜、ケリをつけるぞ」




 ルシアは嬉しかった。

 幼いルシアにも、ここ最近の村の薄暗い雰囲気は感じていた。


 ルシアにはそれが何なのか正直よく分からなかったが、良くない事が起こっているのは理解していた。


 だからこそ、悪戯をした。

 自分がくだらない悪さをする事で少しでも村の空気が明るくなればいい……そう思ってたくさんした。


 だが、村の大人たちの態度は冷ややかだった。

 父はなんだかいつもよりずっと厳しいし、母は溜息をつかない日はなかった。

 あんなに優しかったカーターもここ最近は険しい表情を作る事が多く、正直ルシアの肩身は狭かった。優しかったのは、村はずれの神父様くらいだったろう。


 そんな状態だったのが、今朝、急に変わった。

 あの、ディランとかいうおじさんが来てからだ。


 カーターは少し肩の荷が下りたようにほっとしていたし、父も、今日も怒っていたものの前までよりずっと口調が柔らかくなった気がする。


 ルシアは嬉しかった。

 これで、この重苦しい毎日もきっと楽しくなる。


 そう思うと、悪戯にも身が入るものだ。


 真夜中。

 寝床からそっと起き上がると、音を立てぬよう慎重に家の外に出た。


 風が冷たい。どこかでミミズクが鳴いている。

 空を見上げると、闇の中で満月が、煌々と光を放っている。


 明るい。

 これなら、歩いて行ける。


 角を曲がり、道なりに抜け林に入る。

 林の中は不思議と生温く、気温の差か、霧が立ち込めていた。


 月明りを頼りにどんどん進む。

 奥に、奥に、奥に。


 霧が、濃い。

 だが何かに導かれる様に、ルシアは歩を進めていく。


 やがて、目的の場所に辿り着いた。

 そこは、林の中に出来た天然の広場で、外から見たのではちょっと分からないが、一度知ってしまえば広い空間ゆえに迷う事もない。ルシアにとっては最高の遊び場だった。


 しかし、こんな真夜中にただ遊びに来るほどルシアも馬鹿ではない。


「んー……あ、いた!」


 その人物を見つけルシアは駆け寄りながら声をかける。


「しんぷさまぁ!」


 広場の中心にいた、神父が声に気づいて笑って振り返った。


「こんばんは。ルシアちゃん」

「こんばんは!」


「どうかな? 誰にもバレてないかな?」

「うん!」


 ルシアはにっこり微笑んだ。

 教会に皆が集まっている時に、ルシアは神父に声を掛けられていたのだ。


 ──あなたが皆の為に悪戯をしていた事は知っています。それは、とても素晴らしい事です。どうでしょう、皆を明るくする為に、今度は私と悪戯をしませんか──?


 そして、悪戯の為に今夜準備がいると言われ、ここにやってきたのだ。


「ねえねえ、それでなにをすればいいの?」


 ルシアは可愛らしく小首をかしげた。

 何の悪戯をするのか。何も聞かされていない。


「まあ落ち着いて……今夜は月が綺麗、ですね?」


 神父はいつもの、人当たりの良さそうな微笑みを浮かべながら空を見上げた。

 広場からは木々も邪魔にならず、月がよく見える。


 霧は何故だか月明りを邪魔せず、まるで上等な絹のローブの様に優しく辺りを包み込んでいる。


「うん……?」

「こんな月の夜には、霧が似合うと思いませんか?」

「うーん……わかんない……」


 神父はにこにこ笑っている。


「霧の夜には、死体が似合うと思いませんか?」

「え?」


 ルシアが答えるより早く神父の瞳が妖しく光った。

 突然ルシアは、抗いがたい眠気に襲われた。


 薄れゆく意識の中で、神父の笑顔だけが鮮明に目に焼き付いた。

 口角が耳まで裂け、口の間からは人間のモノとは思えない程大きく鋭い歯を覗かせて、眼が異常な程見開かれ爛々と輝いている。


 ──だめだ。


 そう感じた時にはもう遅かった。

 ルシアは力なく崩れ落ち、二、三、痙攣したのち動かなくなった。


 神父は邪悪な笑みを浮かべたままルシアに近づき、身体を引き起こし舌なめずりする。

 そしてゆっくりと、その歯を首筋に当てて血を──。


「そこまでだ」


 突然、背後に殺気を感じ、神父は横に飛び跳ねる。空を割く様な音と共に、刃が首筋をかすめた感覚がした。


 神父は素早く後ろを振り向く。


 ────霧の夜の闇の中。


 月明りに照らされて。

 白鎖の鎧にくすんだ赤いマントをはためかせ、ディランがそこに立っていた。


 右手に握られた、銀のクレイモアから真っ赤な血が滴っている。

 神父は思わず首に手を当てた。

 濡れている。


「何故、分かった?」


 人のそれとは比較にならない程低く不気味な声が辺りに響き渡る。


「俺がハンターだからだ」


 落ち着いた声でディランが応える。


「吸血鬼は十字架などでは見分けられぬ筈だ!」

「そうだ。だからこそお前は安心して教会を開放した。馬鹿なハンターがやってきたとほくそ笑んで。十字架に触れられれば、人間への偽装はより完璧なものとなる。だが、こちらの目的は十字架などではない。肝心なのは、村の人間全てをチェックする事だった」


「チェックだと……?」

「そう──これに映るかどうかの、チェックだ」


 ディランは懐から小さな丸い板を取り出した。

 板はきらきらと月の光を反射している。


「鏡か!」

「吸血鬼に代表される様に鏡に映らない魔族は意外に多い。俺は必ず携帯するようにしている。鏡に映らなかったのは、お前だけだ。後は、お前が本当に討伐対象の魔族なのか確認するだけ。幸いな事に、お前の犯行には規則性があった。規則によれば、今日が犯行の日。問題は、誰を狙うのか。だがこれにも規則性はあった」


「……」

「お前が狙っていたのは全員若者。若者は人の中でも、魔力が若干多い。魔力は魔族にとって大切なエネルギーだ。そしてルシアは、生まれつき異常な魔力を持つ“魔人”だった。魔族なら見逃す筈がない」


「魔力は──美味いんだ」

「……なに?」


「人間の血は、魔力を持てば持つほど美味いんだよ。この村に来たのも、巨大な魔力を感じたからだった……。そして、見つけた。……一番だ! 今まで生きてきた中でも一番の上物だ! あれほどの魔力を有した人間がいるはずがない! それ程の存在なんだ! ──だから、最高の晩餐にしたかった。その為に、オードブルを頂いたのさ。そして今日、メインディッシュを食す日だった。食す筈の日だったんだ……それを、それをぉ!」


 神父が叫ぶのと同時に、顔がドロドロに溶けてゆく。

 いや、顔だけではない。


 全身がどす黒いもやを噴き出しながらどんどん溶けていく。

 やがて肉が溶けきり、骨が浮かび上がると、今度は噴き上がったもやが骨に纏わりついていく。少しずつもやが肉に変わっていき、暫くすると神父は、翼を生やした怪物に変わっていた。


 怪物は歪んだ口を更に歪ませて醜い笑いを浮かべると、飛び上がりディランに襲い掛かってきた。


 鋭い爪がうなりを上げ大剣とぶつかり火花を散らす。

 怪物の猛攻を、じりじりと後ずさりながら剣を巧みに動かし捌いていく。


「防戦一方だな? 人間!」


 怪物が一際大きく腕を振り上げた。

 邪悪なオーラが腕に溜まっていき、巨大な魔力がそれを黒く可視化させる。


 怪物が雄叫びを上げオーラを纏った拳を振り下ろした。

 ディランも、クレイモアに力を込めて叩きつける。


 二つの獲物がぶつかり合う音が夜の林に響き渡る。

 身体中に痺れが走る。

 二つの力は拮抗し、鍔迫り合いとなった。互いに一歩も譲らず敵を睨みつける。


「一つ教えてやる……!」


 ディランが低い声で怪物に囁く。


「背後には、気をつけた方がいい」


 どっ、と怪物の背中に何かがぶつかった。


「?」


 不思議そうな顔で怪物が自分の身体を見る。

 血で真っ赤に染まった銀の槍が、怪物の腹を刺し貫いていた。


「死ね! 化け物め!」


 槍の持ち主、カーターが兜の向こうで叫んだ。着込んだフル・プレートアーマーが霧に濡れきらりと輝いている。


「貴様などに……!」


 怪物がうめき声をあげる。


「敗れるものかァ!」


 言うのと同時に、怪物の首がぐるりと180度回転し、背後のカーターに向き直る。


「まだ生きて──!」


 驚きでカーターの身体が一瞬硬直する。

 怪物の口が大きく開いた。

 ──ヒト一人、飲み込める程に。


 カーターが槍を引き抜き逃げようとするが、怪物の筋肉が収縮して抜けない。


「あ……」


 口が、覆いかぶさる。カーターは恐怖から、目をつぶった。


「いただきます……!」

「教えた筈だ」


 首が、宙を舞った。

 ディランの一閃が怪物の首を捉えていた。

 鈍い音がして首が地面に落ちる。少し遅れて、身体から血が溢れ出す。


「ば、馬鹿な……」

「背後には気をつけろ。──忘れるな。地獄では」


 ディランが剣を振り、血を払う。

 怪物が断末魔を上げ、灰になっていく。


 やがて、強い風が吹いて夜の闇に溶けて消えた。

 霧はいつのまにか晴れていた。

 ディランは納刀すると震えるカーターに声をかける。


「大丈夫か」

「は、はい……感謝します。お蔭で死なずに済みました。これではハンター失格ですね……もっと精進せねば」


「そうだな……さあ帰ろう。ルシアを起こさないように運ばないとな」


 遠くで、鳥が鳴いている。

 夜明けが近いのだろう。

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