異脳学生の暇潰し
ながら見くらいが丁度いいです。
人は46本の染色体を持っている。
それはDNAでできている遺伝情報の塊で、人の体を作り出す「設計図」だ。染色体一本一本にどこを作るか、決められている。頭から手足まで。
みんな同じ数の設計図で作られているから、個人差はあれど同じ人間の範囲に収まっている。
では、その染色体が、「一本」多かったら?
『たった一本』多かったら――――――
ある昼下がり、僕は机に向かい、作業をしている風を装い、YouTubeを見ている。
こんな生活になんの意味があるのか、朝早く起き、大学に向かい、何が面白いのかわからない研究のために実験を行う。全く、何をトチ狂ってこんな道を選んでしまったのか、、、
「おい、松葉、ちょっと助けてくれ。」
僕の名前を呼ぶ声の主はどうやら同期の村山らしい。やれやれ、と重たい体を奮い立たせ、彼に付き添われ、実験室に向かう。
「なんか分かんねえんだけど、ここが全然見えねーんだよ。」
なんて事のない、ただ光の強度が弱いだけなのだが、どうやら知らないか忘れているだけなのだろう。
「ここの+−で光の強弱変えられるから。」
そう言い捨てて、いそいそと学生が集まる部屋の自分の机に戻ると、先ほどまで見ていたYouTubeを見直す。噂ほど、大学生活は楽しくないなあ、、
「おーーい、松葉」
そう呼ぶ声の方に振り返ると、やっぱり村山だ。
「さっきはありがとな、ほいこれ」
そう言いながら僕の頬によく冷えたペットボトルを押し付ける。普通のやつなら気がきく奴だな、と思うかもしれないが、僕はこいつをよく知っている。
「なんだよ、また『お願い』か?」
村山は頼みがあるとき、決まって前金がわりの貢物を持ってくる。
「ほーよくわかったな!」
やっぱりだ。
「でな、いきなり本題なんだが、、、最近、隣の研究室でちょっと揉めてるらしいんだ。」
話を聞く限りでは、どうやら同じ大学の研究室で不可解なことが起こっているらしい。急にものがなくなったり、パソコンからデータが綺麗に無くなっていたりしたようだ。村山は知り合い相談されて俺ならわかる、と思ったらしい。
「そんなの誰かがやったに決まってるじゃないか。」
「それがわからないから困ってるんだ。みんなが『できない』はずなんだ。」
なんと、みんなにアリバイがあるらしい。それを聞いてようやく僕のところに来た理由に納得した。
「わかったよ。詳しく教えてくれ。」
そう言って僕は彼の方に体をむけ、片腕を机にのせ頬杖をつく。
十分ほど彼の話を聞くと、大体のことがわかった。隣の研究室、めんどくさいから隣研としよう。隣研には大体10人の学生がいて、そのうちやったのではないか、と疑われているのが3人らしい。3人の名前は学部4年の谷川、水村、塩口だ。ものがなくなった時間、部屋にいたのは彼らだけだったそうだ。さらにその間にパソコン内のデータをも消えたらしい。
「パソコンのデータ消すのなんて時間かかるだろ。その間に他の2人が見てないのか?」
「見てないらしいんだ、彼らは掴み合いになりそうだったこともあるくらい仲が悪くてね、嘘をついてるはずもないんだが。」
「ん?、、、」
僕の脳が疼きだす。
「とりあえず、隣の研究室に行ってみよう。」
そう村山を促すと、僕は意気揚々と部屋を飛び出す。久しぶりに楽しめそうだ。
隣研の部屋を覗くと、例の3人の机が並んで置いてある。その向かいには、被害者を含む机が数台並んでいる。3人の机には、日持ちしなそうな数種類のお菓子が並んでいる。お土産であろうか。彼らの足元のゴミ箱には地名の書いた空箱が捨てられている。彼らは特に仲の悪そうな感じも、良さそうな感じもなく机で作業をしている。ちょっと机が狭そうだけど。
「ふーん、そっか。」
ニヤリと笑うと僕は村山に言う。
「ちょっと3人呼んでくれないか?」
僕らは使用していない実験室に行くと、
「村山、さっきの実験、早くやらないとやばいぞ。」
と村山を追い出す。
「邪魔ものがいなくなったから単刀直入に聞くけど、紛失事件の犯人、君ら3人全員でしょ?」
僕は彼らの方を向き、そう訊ねる。
「そんなわけないだろ!」
3人のうち1人、谷川が否定する。
「別に隠すこともないさ。チクるつもりもないしね。ただ答え合わせがしたかっただけだから。」
そう言うと、彼らはどこか安心したような、焦りのあるような顔をする。
「仲が悪く見せたのは上手い手だったね。」
僕の予想はこうだ。何かがなくなった時、大抵疑うのは3人ではなく、誰か1人だ。まして仲が悪い奴らならなおさら1人を疑うだろう。
僕は村山の「隠すはずがない」と言う一言が気になっていた。そう、思わせたら犯人たちはさぞ嬉しいだろうなあ、と。彼らへの疑いは部屋を見に行ってより強まった。お互いが買って来たであろうお土産を見てね。
「証拠にはならないけどね。仲悪かったらお土産あえて渡さないかなーって。それに、あの位置関係だったら、前にいる先輩の席見たくなくても見えちゃうでしょ。」
残る2人の目を盗んで先輩のパソコンをいじるなんて、不可能だろう。
「本当に、、チクらないのか?」
恐る恐る口を動かす、3人組の目は、完全に怯えてしまっている。
「大丈夫、そこだけは安心して。」
僕の本気そうな目を見て、少しは安心したらしい、彼ら事の顛末を話してくれた。
どうやら3人とも被害者の先輩の横暴に困っていたらしい、実験を代わりにやらされたり、パワハラじみた発言、行動を連日され、精神が参ってしまったらしい。それで、3人で作戦を立てたらしい。それが、半年がかりだって言うから驚きだ。
わざと取っ組み合いの喧嘩や口喧嘩をし、仲良い仕草は見せなかったようだ。あのお土産は作戦が成功して、つい嬉しくなって気を緩めてしまったらしい。
「あのお土産がなかったら、わからなかったの?」
3人組の1人、塩口が悔しそうに言う。
「まあ他にも怪しいところあったけどね。狭い机から隣の机にはみ出してても何も言ってないようだったし。口喧嘩するくらいだったらすぐいいそうじゃん?」
「ほーなるほど、そういうとこもか。でも、それだけパッと見ただけでわかるなんて、普通じゃありえなくないか?」
3人組は顔を見合わせざわざわと話し出す。
それもそうだ、わかるわけない、普通なら。
でも僕だからわかる。
「47本目の染色体」を持つ、僕だから。
47本目の染色体は「脳」の染色体。
普通の人とは比べ物にならないくらい思考力が良くなるための遺伝子が詰まっているらしい。体感だけれど。
この染色体の存在は幼少期、両親に連れられて行った解析で判明した。幼児にしてはあまりに賢すぎる言動を不思議に思った両親が友人に頼んだらしい。彼らは結果を知って不安げな顔をしたので、それから僕は「普通」を装うようにしている。悲しませたくないから。
ただ、ときどき脳が疼いてしまう。だからたまーに頭を使ってガス抜きしてるのだ。
そんなことを考えてるうちに、村山が戻ってくる。
「やっと終わったよ。つかれた、、あっ!そういえば先輩留年決まったらしいぞ!実験データのバックアップ取ってなかったらしくてさ、どうしようもないんだって。お前らよかったな!来年からは同期だから変な事されなくなるぞ!なんてな。」
村山がそう言うと3人組は喜びを必死に隠した表情をしながら、
「そうなのか、、もう話は終わったからもどるわ。」
と言い、そそくさと出ていった。
「で、誰だったんだ?犯人。」
村山はニヤニヤしながら聞いてくる。
「さあね。」
僕はそう言って実験室を出ると鼻歌を歌いながら、自分たちの研究室の部屋に戻る。
「なんだよ、言わないから教えてくれよー。」
そう追い縋る村山をのらりくらりとかわしながら、自分の席に戻り、作業を始める。
こうしえ日常は続いていくのだ。
つまらない毎日の合間にあるちょっとした事件と、脳の疼きを楽しみにしながら。
読んでくださりありがとうございます。