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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第3章
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ひとり旅 3


 先生のお宅にお邪魔して濡れた服を乾かすことになった。


 夕子先生は良い先生だ。生徒への気配りは常に平等で公平で親切だった。私のおかしな噂を知っていたにも関わらず、その件に触れたことはない。両親の離婚で転校することが決まったときは滅茶苦茶心配してくれた。私がテストの点数が悪いとき、一緒にわからないところを勉強しようと言って放課後丁寧に指導してくれたこともある。


 そんな夕子先生なら、美貴の家で起きた事件について知っていることがあるかもしれない。温かいココアをいれてくれて、リビングの椅子に腰かけると、徐に話し出したのは夕子先生からだった。


「気分どう?さっき、嘔吐してたみたいだったけど」


「はい、平気です。

あれは実際吐いてないんです。吐く真似をしてるっていうか……とにかくもう大丈夫です」


 私の下手くそな説明を聞きながら、先生は頷いた。


「あの、違ったらごめんなさいね。もしかして、今日ここに来たのは佐伯さんのニュースを見たからじゃない?」


「そうです」


「やっぱりね。六年生の最後はいつもあなたたち二人で仲良しだったものね」


 私は何から聞けば良いか思いつかなくて、取り合えずココアを啜った。


「佐伯さん、誰からも好かれるような優等生の雰囲気だったでしょう?

でも中学生になってからたまに見かけても、その度に何だか別人のように変わって行ったように感じていたの。

 あなたたち、連絡は取り合ってたの?」


 私は首を横に振って見せた。


「そう……。じゃ、何がどうしてこんなことになったのか、暁さんでもわからないわね」と、夕子先生は困った顔をした。


「あの」


「ん?」


「先生は美貴の家庭環境についてどこまで知ってるんですか?」


 夕子先生は遠い目をした。


「……そうね。知ってること話しましょうか。その代わり、あなたも知ってること教えてくれる?」


「もちろんです」


 私は「悪魔」のことや美貴のお母さんの霊のことを伏せて、当たり障りのない知っていることを全て先生に話した。それから、先生からも同様に当時見聞きしたことを一通り話してくれた。


 先生の話をまとめるとこうだ。美貴は三歳の時に産みの母親を癌で亡くした。その翌年に父親と現在の母親が再婚。六年後には妹が生まれ、その二年後にもう一人の妹が生まれた。父親は一等航海士のためずっと単身赴任で不在がちだった。美貴が十歳のときに現在の家を新築して移り住んでいて、その前はあの問題の丘の麓の小さな借家に住んでいた。丘の上の市営住宅に住んでいたのは、両親が再婚する前のことのようだ。


「噂にはなっていたけど、佐伯さんのお母さんが服毒自殺したなんて本当なのかしら」


 先生は首を傾げている。


「私も大人がそんな話をしているのを聞いたことがあったんで、美貴に直接聞くのも怖くて聞けなかったんですけど。ある時、何かの拍子に美貴が私に言ったんです。自分のせいでお母さんは死んじゃったって……」


「え? そんなことを……」


 夕子先生は驚いて口元に手を添えた。

 人間は不安になると口元や首元に手を持っていく習性がある。無意識に急所を隠しているらしい。


「もしかして、ずっと苦しんでいたのかしら」


 先生は悲しそうにそうつぶやいた。


「それが事実とは限らないじゃないですか。だから、私は真実を知る必要があると考えたんです」


「え?」


 先生は訝しい表情になった。


「あなたはお見舞いに来たんでしょ? 他人の家の内輪事を詮索するのはどうかしら」


「だって、先生。例えばネグレクトの子供が助けを呼ぶことも出来ずに苦しんでいたら、先生はどうするんですか? もしも、その子供が無言のサインを発していて、先生がそれに気づいたら助けますよね?」


「気付いていても、手が出せないこともあるの」


 先生は険しい表情に変わった。


「他人の家庭に土足で踏み込むのはとても勇気が要るし、大きなリスクがあるの。まだあなたには少し早い話だと思うけど、子供が考えてる以上に複雑な問題があるのよ」


 強い口調で諭すようにそう主張する先生の顔は、どこか寂しそうにも見える。きっと、過去に痛い経験でもしたのだろう。


 その時、ポケットの中の携帯電話が鳴り始めた。電話に出ると、すぐに大声で叱られた。


「こら!どこほっつき歩いてるの? 今、どこにいるの? 何時だと思ってるの?」


 矢継ぎ早に言われたって答えられない。私は観念した。


「ごめんなさい……。今、室蘭に来ているの」


「なんでそんなところに?」


「友達に不幸があって」 


「……あの、ニュースになってる家って、やっぱり……」


「そうなの。親友の佐伯美貴って子だよ。覚えてるよね?」


「もちろん。で、あんた電車賃よくあったわね。

しょうがないわねぇ。今から車で迎えに行くから」


「今ね、昔担任だった高橋先生の家にいる」


「え? ちょっと、電話代わんなさい」


 私はペコペコと頭を下げながら、電話を先生に渡した。


 先生は察したように笑顔でそれを受け取ると、三年振りにお母さんと話をした。時計を見るともう一九時になろうとしていた。


「お腹空いたわね。お母さん来るまで一時間半かかるから、先生なにか作るわね。簡単なものしか作れないけど……」


 先生は台所に立っていった。



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