助けを求める声 5
私がこの能力を得たのは、そもそも小さい頃に事故に遭ったのが発端らしい。母親がいつだったか教えてくれた話によると、事故前と後で私の言動が急に変わったと聞いている。
それまで一度も幽霊がいるなんて言ったこともなかったのに、入院した小児科病棟で誰もいないベッドに向かって、「どこが悪いの?お母さんはいないの?」と語り掛けたり、夜中に突然笑い出したり、「ふうこちゃんがずっとおかしな替え歌うたってくるんだもん」と自分たち以外誰もいない大部屋で、まるで誰かと一緒にいるようなことを言っていたそうだ。
退院してからも、バスとトラックが正面衝突するという大事故が近所の交差点で起きる少し前に、「救急車がいっぱい来るよ」と言い出して、近隣の大人を困惑させた。夜中には、「沢山の人が一斉に喋るから、部屋で寝てられない」と泣き出して、それが治まるのに一ヶ月は夜泣きしたと言う。
うっすらとは覚えるけど、殆ど忘れている。
生死の境を長い時間彷徨った挙句の手土産のようなものだろう。しかも、祖母にも同じような力があったとか。こういうのは遺伝のせいもあるのかもしれない。
なんにでも言えることだけど、素質や能力なんて使いようだ。個人の欲望を満たすために乱用すれば迷惑被るのは常に他人になるし、その反対に他人の為に使えば傲慢にも繋がる。安易な助けは他人の人生を狂わせることもあるということを弁えなければならない、とビョンデットは教えてくれた。
ちょっと話が逸れてしまったが、私が友人の佐伯美貴のためにこの能力を使おうと決めたのは、言うまでもなく彼女に恩義を感じているから。
小学生の頃、私はあらゆる誤解によって孤立していた。世間というものを知らなかった当時の私は、相手を良く見ずになんでも話し過ぎていたから。奇妙な噂が広まると私はある種の有名人となってしまい、歓迎出来ない性質の人気者だと吾るのに時間はそうかからなかった。
突然、知らない人に「私のオーラを見て」とか「背後霊を見て」とか声を掛けられ始めた。そして、「霊が見えるって嘘だろ?見える振りして気を引きたいだけだろ?」と絡まれることも度々起きた。さらに、「こっちが見えないからって、怖がらせて言い成りになるつもりはない」と叱られるなんてこともあったし、終には「お前が居ると暗くなるから、どっか他所へ行け」と締め出される始末だった。トイレの便器に上靴の片方が突っ込まれたり、冬は雪用長靴に雪を入れられて帰る時はびしょぬれなんてことも珍しくはなかった。
未知なる者が居るだけで落ち着かなくなるのが人間なのだ。自分にとって脅威となるか、邪魔者か、便利屋か、どんな得になるか、考えることは自己中なことばかりで、私のことを自分と同じ人間だという当たり前な現実も気にしなくなって行ったように私には感じられた。
そもそも幽霊の類を信じていない人から見れば、目障りな存在だったに違いない。自分の五感で体験したことしか基本は信じられないっていうのが、通常の人間の感覚だとは思うし。だから、信じられないなら信じなくても良い。何がなんでも信じて欲しいとは私は思っていない。
でも、結果的に私は人間嫌いになった。
一時期、私は学校も世の中からご都合主義に振り回され、次第に嫌厭されて行ったような状況に陥った。
不吉な予兆を言葉に出せば、その回避方法まで出せと要求されて、小学生の自分にそんな知恵などはなく、回避できないなら最初から何も言うなと叱られることもあった。その結果、私は無能で嘘つきで、自分の無力を恥じ入るようになって、誰とも関わりたくないと殻に閉じこもるようになってしまった。
そんな私に、唯一優しい言葉をかけてくれたのが美貴だった。
「暁さんは優しいんだね。でも、その優しさが理解できない人の方が多いなんて、すごく残念だわ」
彼女は達観していた。凡そ小学生が口にするセリフじゃない、と私は思った。
優しいだけじゃない、本質を掴み、自分の心に真っすぐな言葉を選んでいる。そんな美貴の姿勢に背筋が伸びる思いがした。私も彼女を見習わなくてはいけないって。
真っ直ぐな黒髪を綺麗に編み込み、眉毛の位置で横一線に切った前髪と凛々しい目つきの美貴は、誰からも認められている優等生だった。鞄も机もいつもきれいに整理整頓されていて、着ている服装も上品できちんとしていた。言動も態度も礼儀作法が身に付いていて、大人っぽい雰囲気で面倒見も良くて、何よりも明るい笑顔を振りまくような美人だった。そんな彼女はいつもふんわりとした優しいオーラを纏っていた。あらゆるものを包み込むような深くて温かなオーラだと、感じられる事が嬉しかったのに……。
それなのに、あの映像の美貴はまるで生きた死体のように青白く生気が無かった。
考え事をしながら家に辿り着くと、いつものように誰もいないリビングのテレビを点けた。
これは習慣で、特に見たい番組があるわけでもないのについ無人の空間に一人というのが耐え切れず、テレビの中の誰かと一緒に居る気分を味わいたくなる。私って案外、寂しがりやなのだ。
平日午後二時半の情報番組。
中継で誰かのお宅が火事で丸焦げになっている様子が映し出され、現地リポーターがたどたどしく状況をレポートしていた。
レポーターの背後の建物はどこかで見たことがある風景のように感じられた。
私は腰を下ろし損ねた間抜けな中腰状態で、テレビに噛り付いた。
「まさか……、そんな!!」
「助けて!!」
突然、背後に再び佐伯美貴の母親の霊が現れた。
はっきりとした大きな声で、「美貴を助けてあげて!!」と。
私は腰砕けのようにソファにへたり込んだ。
「美貴は? 無事なの?」
霊は悲しみの表情を浮かべたまま、消えた。