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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第2章
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助けを求める声 4

 こいつが居る時だけはとにかく周囲から突然流れてくる悲しく苦しい電波は飛んで来ないことに気付いたのはつい最近のことだった。電波ジャックのように私の敏感な霊感アンテナを無効化させるような奴がいるなんて、私はこいつに付き纏われるまでは知らなかった。


 ―――これは便利!


 目に見えない誰かからの助けを求める声を、一方的に受信するのって結構大変なことではある。


 突然、私の脳内シアターの上映が前触れもなく始まったかと思ったら、知らない人が揉み合ってコンクリートの階段を転げ落ちて頭蓋骨を骨折する大けがをして運悪く死んじゃったものとか、お風呂に入ってたら急に胸が苦しくなってそのまま意識不明に陥ったあげくに死んじゃったものとか、トイレに閉じ込められて脱水症状に陥って死んじゃったものとか、そういう事故死や孤独死した人たちの残留思念が飛んできて、私の生活を全部台無しにしてしまう。食事時、睡眠導入時、入浴時、トイレの中までも公私混同され、誰と喋っていても、授業中でも、勉強中でも、読書中でもそれは起きていた。


 『あなたの不幸、受信しました』っていうわけにはいかないんだよ!


 極めつけの最も恐ろしい体験は、暴行の果てに殺されたヤクザかチンピラの霊にリンクしてしまった時だ。自分はこうして死んだ。まだ死にたくなかった。痛かったよ、怖かったよ、寂しかったよ、こんな最低な人生しか送れなかったことが心残りだよ、とひたすら訴えられ続けた。孤独が深い人ほど、往生際が悪かったりする。そいつが消えるまでおよそ二か月間、胸糞悪い悪夢を見続けて不眠症を患った。


 睡眠を取れないことが一番の生き地獄。それが私の悟りでもある。


 と、いうように。視えることと共感能力はまた別物だと私は思うわけである。私は共感能力は全くないとは言わないけれど、そう高いわけではないと自覚した。『不幸な人生だったから死んでも死に切れない』という意味が、いまだに理解できていない。


『死は人生の一部なんですよ』


 突然、ビョンデットの声が聞こえてうっかり卵焼きを零してしまった。


『遅くなってすいません。今戻りました』


「それ、俺が食うわ」と、陵平が自分の卵焼きを私のご飯の上にのせて、零した卵焼きを箸で掴んでパクリと一口で食べてしまった。


 一度に二人から話しかけられて、私は答えられず固まった。 


 目の前で頬っぺたが落ちそうなぐらい咀嚼してる陵平をぼんやりと眺めながら、神経をビョンデットの声に集中させた。


『時間掛かったね』


『昨夜見た廃墟を調べていたら時間が掛かりました』


 それからビョンデットは淡々と報告を始めた。


『室蘭は過去に震災や戦争の空襲などによって多くの尊い命が奪われた歴史のある街です。そんな地盤なので、悪魔が寄生しやすい環境が整っていますね。


佐伯美貴が囚われている廃墟は老朽化のために住人が退去してから十年ほど経過している集合住宅です。鉄筋コンクリート造りのため今すぐ倒壊するほどではありませんが、解体工事の度に不審な事故を起こされたので、今では手つかずに放置されています。


地元で有名な心霊スポットになったのは、自殺や殺人事件が起きたからで、その原因はおそらく悪魔の仕業で間違いないでしょう』

 

『……悪魔ねぇ』


 私は普通の霊と悪霊なら知っていたが、ビョンデットと出会ってから初めて悪魔という者の存在を知った。


 ビョンデットはスカウトしてきたのだ。

 私が、悪魔退治専門の光の戦士に向いていると言って―――。


 何かの冗談かと思ったけど、大真面目。

 世の中の不幸な事件は悪魔によって引き起こされているケースが多いことを、悲しいニュースを耳にするたびに解説された。


 悪魔絡みなら避ける理由なんてない。


『美貴はどうしてそんな場所に自分から行ったの?』


 聞きながら、小学生時代に本人から聞いた話をうっすらと思い出していた。


『母親と暮らした家があそこだったようです』


『そうなんだ』


「おい!!」


 突然、陵平の怒鳴り声と共に大きな左手が私の右腕をわしづかみにした。

 いきなり現実に引き戻されて、眠りから覚めたような気持ちで我に返る。


「今、危なかったぞ。お前」


 いつの間にか食事を終えた私たちは階段の踊り場に立っていた。

 足を踏み外したら大変なことになっていたようだ。


「あ、ごめん。ちょっと考え事してて」


「俺がいなかったら、真っ逆さまだったぞ! ぼーっとしやがって気をつけろよな!」


 いきなり本気で怒られて面食らった。

 あまりのことにまじまじと陵平の顔をあごの下から見上げていた。


 見下ろす顔がかなり近くて、思わず両手を突っ張って壁に交代する。


「なんだよ! すばしっこいのかどんくさいのか、どっちだよ?」


 陵平は苦笑いを浮かべた。

  

 心拍数が上がっているのを誤魔化すため、私は階段を上り教室に急いだ。


 肩を抱かれるなんて不覚だ!

 おでこがあいつの喉に触れて、やけに熱い気がして手を添えると、急激に顔全体が熱くなっていくようで慌てた。


「ちょっと、待てよ!」


 ―――追いかけてくる陵平にだけは絶対に見られるわけにはいかない!


 そんな思いに駆られて、気付けば先生がいる廊下を全速力で走ったらまんまと怒られた。教室のある四階の廊下を端っこまで走ってやっと、私と先生と陵平が息を切らして立ち止まった。全員顔が赤いのを見て心の中で安堵の胸を撫でおろしながら、私と陵平は先生に説教をされた。


「……お前、何考えてんの?」

 

 先生の背中を見送りながら、陵平に聞かれても何も答えられず、ただ黙って教室に戻る。


 ビョンデットとの会話は中断。最後のテストもどこか上の空で、私は机にしがみついてその冷たさに身を委ねた。



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