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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第7章
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闇からの帰還 6

 首からぶら下げている皮ひものネックレスの先に取り付けてある鍵を掴まえて、シリンダーに差した瞬間。家の中に誰かの気配を感じて、思わず固まった。


 恐る恐る玄関のドアを開けると、靴はないが人らしき者の気配がする。


 大抵は長い時間空けている室内というのは、独特の静寂と冷えを感じるものだが、今日はそれがない。その場から首を伸ばして車庫を覗いたが、お母さんの車はなかった。


 ―――まさか。


 数年前に出て行った切りの、お母さんの恋人の背中を思い出した。


 ―――別れるぐらいならどうして?


 そんな思いが突き上げてくる。


 だけど、玄関に踏み込んだ途端に気配が消えた。


 キツネにつままれた気分でリビングや風呂場、トイレを見て回り、それから二階のお母さんの寝室を覗いたけれど、誰も居ない。


 気のせい?


 鍵も確かに掛かっていたし………。


 何か引っかかったまま、自分の部屋のドアを開けた時。私はここ最近で一番驚いた。


 私の椅子にビョンデットが座っていた。


 金髪の長い髪は艶やかに輝き、憂いを含んだ青い瞳がすぅっとこちらに流れて来て、私を見つけると目もくらむような笑顔を向けてきた。


「おかえりなさい。まどか」


 ワイシャツを着崩し、スーツのズボンを履いて、靴下まで履いている。手には指輪をはめて、髪の毛を三つ編みにして肩から胸にかけて垂れ落ち、男のくせに綺麗すぎる顔は私が知る限りで最も小さい。首、肩、腕、身体、足の長さ、ファンタジーゲームのアバターみたいな完璧なプロポーション。


 その身体がギシッと音を立てて椅子から立ち上がった。


 天井の照明に届きそうな程の長身。


 私の顔に、ビョンデットの影が落ちている。


「な……なんで………なんで、ここにいんの?」


 ビョンデットは少しだけ前かがみになって、私の顔の近くまで顔を寄せてきてニコリと笑った。


「驚かせたかったんです。その顔が見たかった」


 屈託ない笑い顔があまりにも整い過ぎていて、心拍数が急上昇していく。


「ちょっと、……ち、ちかい、ちかいってば!」


「まどかの顔が赤いですね。心臓の音もここまで聞こえてきます。そんなに驚いてくれるなんて思いませんでした。すいません」


 申し訳なさそうに謝るビョンデットを見ていると、今まで私のイメージの中で構築されていたキャラクターとはかなり遠い気がして、違和感を覚えた。


 ―――――こいつ、本当にビョンデットなのか?


「今、私が本当に私なのか気になってますね。あなたは顔に出やすい。それじゃ、これから幾度となく悪魔と戦うのに不利です。顔色ひとつ変えないスキルを鍛えねばなりませんね」


 顎に指をあてて考えるポーズも絵になり過ぎている。


 思わず、ビョンデットの腕を触ってしまった。

 温かいし、感触も人間と同じ……。


「これは幻覚じゃない。本物の肉体……???」


「本物っぽく感じて貰えたなら、実験成功です」


「実験?」


「はい。地球は我々にとっては壮大な実験場なんですよ」


「お前って、結局何者なの?」


 私は調子に乗ってビョンデットの見た目よりもかなり筋肉質な上腕二頭筋を掴んで揉んでいた。すると、ビョンデットはお返しと言わんばかりに私の腕を掴んで揉んでくる。


「くすぐったいよ!」と、文句を言うと。


「私もさっきからあなたに触れられる場所がくすぐったい」


 全く感情の籠っていない言い様に、唖然としていると。


「私の素性は言えません。言えばもうあなたの指導官から外されてしまいます」


「指導官? え? ちょっと待って。 

それって、どこかしこの機関がお前を派遣してるみたいな言い草だよな?


光の戦士育成プロジェクトでもあるわけ?」


 半ばやけくそで言ってみたら、案外的を射ていたようで、ビョンデットは「しっ」と長い指を唇に当てて黙るように指図してきた。


「その話はあなたがもっと立派な光の戦士になった暁に、話してあげますよ。


今日はあいさつ代わりに来ただけなので、もう帰ります」


「帰っちゃうの?」


 急に寂しくなって、思わずビョンデットの袖を掴んでしまった。


「……もうちょっとだけ、居てくれたって良いじゃん」


 珍しいものを見るような目つきで、私をまじまじと見たビョンデットは薄ら笑いを浮かべた。


「……あなたでもそんな可愛らしいことを言うんですね。

良いですよ。あなたの気が済むまでここにいてあげても」


 ビョンデットはベッドに腰かけて長い脚を組んでから手招きした。


「こっちでも椅子でも、座って下さい。

何か悩みでもあるなら聞いてあげますよ」


 随分と引っ掛かる上から目線な言い方だったが、私は椅子に腰かけてビョンデットに体を向けた。


 青く澄んだ瞳が、金色の睫毛が、色白で人形のように良く出来た美しい顔が、私を真正面から見ていた。ゾクゾクという寒気とはまた違う悪寒が走る。美し過ぎるものは怖いのだ、ということを今身をもって感じている。


「……陵平のお父さんなんだけど」


「さっき、あなたが見た幻視ですね。黒い火達磨の男の霊……」


「わかるの?」


「今、あなたの頭上に並ぶ映像記録を視ています」


 ビョンデットは機械的にそう言いながら、表情を曇らせた。


「これは……普通の霊の状態ではありませんね。

この霊は家族殺しをした罪で、地獄の炎に焼かれているようです。


愛する人を手にかけてしまったのでしょう」


「ごめんなってブツブツと念仏みたいに唱えてたんだけど」


「時に閉じ込められているのかもしれませんね」


「それって、どういうこと?」


「時間が流れないので、永遠にこの地獄から出られません」


「地獄から出られない? 永遠に?」


 そんなことになっているなんて、陵平にはとても言えない。


「愛する人を手にかけたっていうことは、もしかして……」


「ええ、そうですね。この男は最愛の人を殺したんです」


「どうして??!」


 思わず立ち上がっていた。


 ビョンデットは顔色一つ変えずに唇の端を持ち上げて笑った。


「それが、愛する人のお願いだったから……が、考えられる最もな動機かと」


 ―――そんな!!


 ショックだ!!


「そんな願いを叶えて、自分は永遠の地獄行きになるってどんな不幸だよ!?」


「そうしなければならない事態が発生していた、のかもしれませんよ。他の誰かに殺されるぐらいなら、自分の手で殺した方がお互いにとって幸せだという判断をするケースもあるんですよ」


 嗚呼、だめだ。辛い。

 辛過ぎて、気分が最悪のところまで低下していく―――。


「どうしてそこまで、彼に。原西 陵平に同情してるんです?」


 打ちひしがれているところにそんな質問をされて、彼が特別な人だからと思った途端に猛烈な悲しみが溢れ出した。



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