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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第2章
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助けを求める声 3

 ジリリリリリリリリ―――――――


 遠くでベルが鳴っている。

 段々と近付いてきて、仕舞いには耳元で鳴っていた。


 あれ?


 これって、目覚ましの音じゃないの?


 寝ぼけながらスイッチに手を乗せ、音は止んだ。

 ぼんやりした頭を起こすために、ベッドの中で体を起こして座る。


 重たい瞼をこじ開けて、時計の針を確かめた。


 朝八時。


 びっくりした!


 慌ただしく身支度を整え、朝食を諦め、準備できていたカバンを引っ掴んで家を飛び出した。戸締りも忘れずに。


 学校まで全速力で走っても二五分程もかかるため、悪いと思いつついつもの奥の手を使うことに躊躇いはない。


 自転車にまたがると一心不乱に漕ぎ出す。


 いつもの朝はいつもの景色の中で、何の違和感もなく平凡に過ぎていく。


 ひんやりと冷たい朝の風を感じながら、ゆうべの出来事を頭の隅へと追い払い、期末テストモードを起動させていく。意地でも学年最高位に地位にしがみつくのが私のプライド。中学校入ってからずっと、すべての教科において常に九十五点以上をマークしているのだ。落とすわけにはいかない。


 今日は金曜日。期末テスト二日目。

 残す教科は得意中の得意なものばかり。実技科目も絶好調だ。


 この期末テストが終われば時間も余裕も出来る。

 美貴のことはかなり気掛かりとは言え、とにかく今は自分のことで頭がいっぱいだ。


 それが中学三年生のリアルだから、しょうがないよね?


 学校近くのドラッグストアの駐輪場に自転車を乗り捨てると、息を弾ませながら学び舎に辿り着いた。こうして遅刻はなんとか免れたが、慌て振りが我ながら間抜けである。周囲の視線を意識しつつ身なりを整えて教室に直行した。



 記憶とは。脳という名のコンピュータに内蔵されたハードディスクドライブに格納された記号の集合体と同じようなものなのか。それとも、広大な空に放出された風船のように風に翻弄されるがままに漂い、いつかは消えてしまう儚いものなのか。構築された記憶が、もしも永遠に消えることのない普遍の記憶装置が存在するとしたら、私はそのブラックボックスを何が何でも解明してみたい。


 人類の歴史は誰かの手で書き記された記録から遡って読み解かれている。逆から読むと大きな誤解を得てしまう危険な行為だと、ビョンデットはそっと囁いた。私がテスト勉強している時に。


 好きだよ。その話題。だけど今じゃないよね?


 私の無言の怒りは指導官をも黙らせた。


 ゴーストなんかと違って、実態のある人間は時間の流れに逆らっては存在できない。

 なので、目の前に差し出された問題を解く時間も限られているわけである。

 ゆえに私は、テストだけは完璧でいたい。

 テストだけは。


 誰にも負けない!!


 定期テストは攻略法はざっくりひとつ。

 毎回の授業で先生の傾向を見極め、対策をこまめに取るに尽きる。印象付けた景色を焼き付けるまで繰り返しノートと向き合い、絶対必須の単語を丸っと暗記して、英語や国語はひたすら練習問題と過去問題の往復だ。私はおそらく天才だ。努力の天才はこの世の天才の中でも最も崇高な天才だと信じている。


 午前中の四教科が終わって、残るは午後一時間だけ。

 それが終われば解放される。


 よし、気を抜くな!まどか!!


「よぉ、変人」


 食券を持って廊下に出た途端にいつもの声がした。


「今日も絶好調だな?」


 人懐っこい喋り方と、まだ小学生みたいな幼い顔付きの、気取った歩き方をする隣のクラスの男が居た。こいつは唯一、この学校で私に話しかけてくる空気の読めない怖いもの知らずで、余裕こいてるけれど緊張してるのを必死に隠している小心者だったのに、いつからか本当に懐かれてしまったようだ。


「原西 陵平って言ったっけ?」


 勿論、この私が名前を忘れるわけがないのだが、私との距離感を今一度じっくりとわからせるつもりでわざとそう言ってやった。すると、身長一七五センチは超えてきたと思われる角度から、キリンのように長い首を伸ばして、私の顔に顔を近付けてきた。

 少年ぽさが残る顔付きを眺めながら、浅黒い肌が似合わない男だなと思った。


「私のことが好きなら、やめておけ」


 そう吐き捨て、奴に背を向けて歩き始めたら案の定金魚の糞のようにピッタリと着いてくる。しかもご機嫌そうに笑ってやがった。「たまらん」とか「ほんっと面白い」とか、はしゃいでいるのだ。


「変人だーーい好き!」と、陵平が言った。


 ―――変人って、お前にだけは言われなくない。


 公衆の面前で私は決して悪態はつかないと決めている。この学校を無事に卒業するまで悪目立ちすることは絶対にしてはならないと、初めて制服に袖を通した時に固く誓ったのだ。だから、陵平が付き纏って来ようとも私はポーカーフェイスで武装する。


 陵平とは、私が小六の三学期の終わりに転校して来た時に一番初めに知り合った。職員室で担任の先生と個人面談をしていたところに、私が到着したという偶然でもなんでもない出会いだった。なのに、陵平ときたら、その日から私の周りを遠慮なくウロウロするようになった。


「ついて来んなよ。迷惑がってるのわからないの?」


 シリアスに言ってやったのに、それでも奴はハートが強い。


「迷惑そうに見せておいて、実はまんざらじゃないって顔に書いてあるし」


 小憎らしいことを……。それになんだか見透かされている気分になるから、本当に止めて欲しい。

 止めて欲しいと言えば背後に立たれることだ。どんな人も共通して感じると思う。一番無防備な場所に他人が立っているなんて、どれだけ不気味なことか―――。


「私の背後に立つなと言ったよね?」


 怒りを込めて吐き捨ててやったが、奴には通用しない。

 それもわかっている。

 なんとも虚しいやり取りだ。

 

 陵平は私が振り向くと必ず、ニンマリと笑顔になった。


「わかってる。俺だって嫌だもん」


 意地悪いことを可愛い顔で言うのだから質が悪い。柴犬が笑顔になった写真を見たことがあるが、陵平はその犬にどこか似ていた。


「嫌味か?」


「わざと怒らせようとしてるんだよ」


 わざと幼児みたいな言い方をして、私を挑発している様だ。

 人は第一次成長期になると異性を意識して、気を引くためにわざと意地悪をしたり怒らせたり泣かせたりするという。今は第二次成長期の筈だが、進歩も成長もしない男に用はない。


 私は踵を返して宅配弁当配膳所に向かった。

 食券と引き換えに今日の弁当を受け取って、教室には戻らずに簡易食事場所として設置されたテーブルに座ると、向かえ側に陵平が座る。同じ弁当の蓋をほぼ同時に開けると、陵平はため息をついた。


「うわぁ、わびしい」


 食べ物への冒涜である。はっきり言って癇に障った瞬間だった。

 思えばいつも陵平はコンビニでおにぎり三つとから揚げかコロッケを買ってくるのに、今日はなぜか入手ルートが特殊なはずの食券を持っていた。中学校生活始まって以来の出来事である。


「……いつもの昼ご飯は?」


 しびれを切らしてつい質問してしまった。無視したいのに無視できないのはどういうわけか、私には自分でもよくわからない。


 陵平はわびしいと言いながらも、割り箸を割って獲物を箸でつかむと大きな口をあけてかぶりついた。アジフライに。そして、目をむいてもぐもぐと頬張りながら、何かを訴えている。


 ガキだな、まったく。

 その無邪気な仕草に、思わず笑ってしまった。


「交換してもらったんだよ」


 やっと飲み下してから、返事をくれる。

 

「一緒にランチできるって、良いよな? 俺たち、付き合ってるみたいだよな?」


 呆れる。


 照れもせずに、そんな歯の浮くようなことを言うヤツなんかに心を許すわきの甘い女のところに行きやがれば良いものを。


「それは違う。お前がストーカーなだけだろ」


「嬉しいくせに」


 その自信はどこから来るのか、ずっと不思議だった。


 人間には二種類いて、ポジティブ脳とネガティブ脳に分けることができるらしい。陵平は間違いなく前者なのだろう。悩んだり落ち込んだりがまず似合わない男。それが原西陵平だ。



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