闇からの帰還 5
ファーストフードのテーブル席の壁際で、誰かに見られているかもわからない場所で、隅っこに追い込まれながら、無言で何度もキスをされる。それを押し返せない私の頭の中はかなり混乱していた。
嫌じゃない。
むしろ、心はその時をずっと求めていたのかもしれない。
こんな私のことをちゃんと好きだと想ってくれるなら、それはとても尊いものとしか思えない。
そんな風に考えている自分も、今までの自分とは全く違う新しい自分なんだと思った。
涙が止まらない。
ただ触れ合うだけのキスが、どんどん欲深げに吸い付かれると、胸の奥に感じたことのない痛みがじわりと広がった。
「ンンン……」
苦しくて思わずうめき声をあげると、キスをやめてじっと私を見る陵平の顔を見つめ返す。
陵平は怒っているような、悲しそうな、何とも言えない表情を浮かべていた。
「……なんで泣いてんの?」
「………」
すぐには答えられず、私は手の甲で涙を拭いた。
「嫌だった? 俺のこと………きらい?」
恐る恐る聞かれて、私は小さく首を横に振るしかできない。そしてまだ涙を止められなかった。
そんな私の様子をまじまじと眺めてから、陵平はゆっくりと離れると「ごめん」と謝った。
「……ごめん」
オウム返しのように、私も無意識に謝ると。陵平はため息をついて、座っている距離まで離れてしまった。
「……もう、帰るわ。送ってやれなくて、ごめん……」
陵平は震える声を抑えながら、立ち上がり一度も私を見ずにそっぽを向いたまま行ってしまった。その後ろ姿をただ茫然と見送る私もまた、髪の毛を掻き上げてテーブルにおでこをおしつけた。
何から手を付けて良いものやら……。
陵平の背後にある闇の深さに怖気づいてしまう自分をいますぐ殴りたくなる。
―――私達はきっと、同じ寂しさを知っているんだ。
そう思ったら、余計に自業自得な気分になった。
―――陵平のことが………好き………? こんな頼りない気持ちが、恋……なの?
詰め寄られることも本当は少しだけなら嬉しかった。
誰も私に近寄らないのに、あいつだけは初めて会った時から違った。
思えば、あの時から陵平はずっと特別な存在だったんだ。
私がビジョンを視るとき、自分の意志ではコントロールできないように、恋もまた自分の意思ではどうにもできないものらしい。
掻きむしりたくなるぐらい胸が疼いて、寂しげな陵平の顔と、熱烈なキスの感触を思い出す。
想いだけは常に先走っている陵平のことが少しだけ羨ましい気がした。
落ち着いてから店を出て、駅前の喧騒の中を歩いて家に帰る。その道すがらずっと私は、陵平のことを考えていた。
進路も知らなければ、住所も知らないし、生年月日も血液型も知らない。
知っていることは、性別と不良と仲良しということと、三度の飯より私が好きということ。
いつの間にか私の家を調べていたし、昼休みは必ず一緒に食べようと付き纏っていた。
そして距離を詰めて、詰めて、詰めて。
もう何度あいつにキスされたんだろう?
あいつの匂いも体温も隣にいないと落ち着かない私は。
今、この不安な気持ちを受け止めて欲しいと思っている私は。
室蘭のホテルで迫られた時の私は。
廃墟で気絶した私を見捨てずに私を守ってくれた陵平の本気を、無視して良いのか?
いや、そんなことよりも何よりも今。
今、無性に陵平の顔が見たい。
鬱陶しかったはずの陵平の悪ふざけもないと寂しい。
―――寂しい。
――――私は、どうやら、本当に原西陵平のことが、好きなのだ。
これがいわゆる、恋に落ちたという感情なのだろう。
ギュッと胸の奥が締め付けられると、脳裏には花火が咲くように陵平の色んな顔が思い出されてしまう。
私を呼び捨てにするのも、あいつだけだし―――。
気付いたら家の前にやって来ていた。




