闇からの帰還 3
*
「おっはよう!!」
鍵を持っている瀬良さんがいつの間にか部屋の中に居て、朝を知らされる。
床で寝ていた陵平のくせ毛が強い髪が、モヒカンのように逆立っていて、不細工な寝起き顔をこっちに向けた。
「手付かずかぁ」と、避妊具の箱にパッケージを閉じ込めている瀬良さんに私は抗議した。
「警察の人間がすることですか??!」
「なに言ってるのよ。青春はあっという間に過ぎ去っちゃうんだから。メモリアル刻むのはごく自然な行為だと思うわよ?」
「不純異性交遊を助長しちゃダメです!!」
「不純じゃないわ。ね? 陵平君」
名前を呼ばれた陵平は片足だけジーンズに突っ込んだスタイルで、首をへこっと前に突き出しただけの無言。気まずい空気は流れ続けるがまま、私達はファーストフードを食べる羽目に。
「今日が日曜日で良かったわね」
瀬良さんの車で待っていた男の人が、彼女の代わりに何度も謝ってくる。
やたらと体がくっつくような席に座らされて、否応なしに陵平の体温を感じた。
汽車に乗り込んでやっと二人きりになれると思ったのもつかの間、乗客が思いのほか多くて全然話ができなかった。七十キロの鉄道の旅を終えて家に帰ろうとしたら、やっと私を呼び留めた陵平が、謝ってきた。
「……ごめん。まだ、怒ってる?」
ため息を吐いてから、リュックを片方の肩に背負い直して返事をした。
「お前の気持ちは……よくわかったよ。だけどさ、……恋愛なんてどうでも良いんだよ。いつか、消えるかもしれない人に身も心もさらけ出すなんて勇気がないし、それに……」
私は一呼吸おいてから体を真正面に向けた。
「お前とはまだ、友達でいたい。トモダチの方が安心する。それじゃ、ダメか?」
語尾に行くほど声が震えていた。
こんなに、怖いものかと思う。
陵平が寂しそうな目でじとっと私を見ている。
しばらく、沈黙が続いた。
はぁと、溜息を吐くと。
「……俺は、おまえのことが本当に好きで……。だから、ただのトモダチは嫌だ」
そう言うと、ヤツは私を追い越してさっさと歩いて行ってしまった。
その背中を見送りながら、どうしようもなく胃の辺りが気持ち悪くなった。
* * * *
やわらかい温もりの中で目覚めた。私は今、ゆらりゆらりと水中を漂っている。ピンク色の細く長い指には、赤と青の血管がくっきり浮き上がっていた。ぼんやりとした薄明かりの中で、聞こえてくるのは規則正しい鼓動。力強く、心地よいリズムに包まれて私はとても安らかな気分に酔いしれた。
「いて!」
突然、風に乗って飛んできた紙飛行機が顔面に直撃した。
私は飛び上がって周囲を見渡した。青い空には白い雲が流れ、小高い丘の上の緑色の芝生と、ところどころで咲く野花が風に揺れている。
「ごめんなさい!」
小さな少女が謝りながら駆け寄ってきた。どこか見覚えのある顔だ。
私は紙飛行機を少女に渡した。
「べつに良いよ。どこも怪我してないからさ」
少女はにっこり笑ってお辞儀をすると、踵を返して走り去って行った。
その行き先には数人の人々が立っている。私は立ち上がって目を凝らした。すると、一人が手を挙げてこちらに駆けてきた。少女は再び、その一人と共にこちらに向けて駆け寄ってきた。
「まどか!」
美貴は私の名前を叫びながら、飛び付いてきた。
私は彼女を受け止めきれず、そのまま地面にひっくり返った。私より背の高い美貴が、泣きながら抱きついている。美貴に似た少女もいつのまにか私の腹あたりに喰い付いていた。
「いててて……」
「あ、ごめん」
やっと身を起こしてお互いの顔を見た途端、なんとも言えない可笑しさが込み上げた。そして、私達はしばらく笑った。
「正直、まだ気持ちの整理が付いてないけど。私は妹達といつか一緒に暮らしたいから、お父さんが残してくれたお金でしっかり勉強して人の役に立つ仕事に就きたいって思ってる。うんとがんばらなくちゃ」
小さな少女を抱きながら、美貴は凛々しい顔で言った。
「うん。いいんじゃない? 美貴なら、できるよ。自分を信じて頑張って」
「ありがとう」
「お礼はもう、いいよ。そう何度も言われてもさ……なんか、照れるし。
そうそう、色々伝言預かったんだけどお父さんもお母さんも詩織さんも同じことを願ってたよ。
自分を信じて人生を楽しめってね」
「うん!わかってる。
私、クヨクヨ悩んでばっかりで、自分の気持ち無視してた。
これからは自分をもっと強く信じてみるよ」
美貴は可愛らしい笑顔で爽やかにそう言った。なんだか眩しいぐらいだ。
「いいね。その調子」
「これからもずっと、友達でいて」
「もちろんさ」
美貴はお父さん側の親戚に引き取られることになったそうだ。そして、幼い妹2人は詩織さんの姉夫婦に引き取られることになった。
瀬良刑事によると、警察はこの事件を詩織さんによる一家心中事件と銘打った。詩織さんは育児ノイローゼと鬱病による心身喪失状態と認定され、夫殺害後に焼身自殺となった。
私が調べた内情は大体のところ関係者のみに伝えれ、当然だが公式記録には記されていない。
あれからビョンデットは沈黙を続けている。でも、時々夢枕に現れて私の額に触れていく。
私はいつも一秒間に合わない。避けられているとも言えなくも無い。
いつか本人からもっとわかりやすく説明して貰わないと気持ちが悪いのだ。
だからこそ避けられているとも考えられる。
美貴達と挨拶が終わって私は家路に着いた。




